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第10話

「社長さんは、いつもこんな風に、面接されるんですか?」


千恵美は言ってしまってから、そんな質問をした自分に驚いた。

けれど、彼は何を聞かれても動じない様子で、

また、前髪を掻きあげた。


「ん、ああ。

 

 そうだね。

 まあ、相手がしゃべりたくなければ、

 それほど突っ込んだ質問はしないつもりだけど」


千恵美は、思わず、赤くなってうつむいた。

ふふふふ、とまた、彼は柔らかく微笑んだ。

何か、全てを見透かされているような気がする。


全てって!?


千恵美が一瞬、困惑の表情を浮かべたのと同時に、

彼は言葉をつなげた。


「正直、こういう仕事内容だろ?

 

 これはこれで信用商売だからさ、

 あまり、誰でもOKっていうわけにはいかないんだ。

 だから、ある程度、その人となりを知ろうとして

 努力はしているつもりだよ」


「あ…」


千恵美は、また、楽になった。

彼との会話に、緊張は無用だった。


「申し遅れちゃったけれど、

 僕は、岸田。

 岸田優也です。


 名前も名乗らず君の話ばかり聴くのはフェアじゃないよね。

 ごめん」


そう言って、彼、岸田は頭を下げた。


「岸田、優也さん、ですか」


千恵美は、完全に警戒心が無くなったのを自覚した。

会ってからたかだか10数分が経っただけだというのに、

こんなことは、初めての感覚だった。


「そう。

 安心した?っていうか、安心してくれていいよ。

 まあ、自分から言うのも何だけど、

 僕ってね、とても攻撃性の低い部類の人間なんだ。

 

 だから、安心していい」


不思議な余韻を残して、岸田は一度、間をおいた。


「名前って大事だよな。

 親が勝手につけただけのはずなんだけど、

 やっぱり相手が何者かを示す、記号サインなんだろう…」


独り言のようにつぶやいて、こちらをまっすぐに見つめた。


「この仕事は、他人のプライベートを覗き見するような仕事だ。

 だから、そこで見たこと、聞いたことは、他言無用。

 すぐ忘れちゃった方がいい。


 そういうことさえ、守ってくれれば、

 後は、その場の雰囲気に流されちゃってくれりゃいい」


「そうなんですか?」


千恵美は、気が軽くなると同時に、少し違和感を覚えた。

結婚式にしろ、葬式にしろ、親戚一同が会する場面だ。

そこで、全く見ず知らずの自分がいて、奇異に思われないのだろうか。

それだけじゃない。

新郎新婦あるいは故人について、

コメントする必要はないのだろうか?


「意外にね、周りは参列者、つまり出席者に注意を払わないもんなんだよ」


「そうなんですか!?」


千恵美は素直に驚きを表した。


「ああ。

 それがいいかどうかは置いといて、

 新婦の友人と書かれた座席表を見れば、それで納得するし、

 親戚の振りして参列者席に座って、俯いていれば、

 それが故人とどんな関係にあるのかなんて、全く気にされない。


 とにかく、何人がそこに来たかが重要なんだから」


「・・・・」


千恵美は、呆気にとられた。


小学生の時に習った「村八分」という言葉。

地域のつながりを維持するために、

冠婚葬祭だけは、どんな住人だろうと、参加するのが日本の風習だと習った。


だからこそ、その場では、

人々の交流が和気あいあいとなされるものだとイメージしていたのに

ただ、人数が問題だとは…

それでは、参列者はただの置物に過ぎないではないか。


「嫌になった?」


メガネの奥の瞳が優しく揺らめいた。


「い、いえ。

 そういう事ではないんですけど、ただ…」


「ただ?」


「私たちの社会って、なんだか寂しいなって…」


フフフ…


岸田は、柔らかく笑って、前髪を掻きあげた。

千恵美の鼓動は早くなった。


「君の感性は正しいよ。

 全く、こんな仕事、狂ってる」


「社長…?」


「でもね、こういう仕事が仕事として成り立つっていうのも

 列記とした事実。


 その現実に愕然するとしないとに関わらず、

 世の中では、今日もどこかで形式的な式が粛々と進行されているんだ。


 これも、現代における生活の営みの方法なんだろう。


 だったら、まっすぐ、何がそこで起きているのか、

 見つめてきたら?


 その勇気が君にあるなら」


「あ、あります」


千恵美は反射的に答えた。


「すみません、ここに来ておきながら、

 びっくりしたりして。


 私、世の中のこと、何にも知らない甘ちゃんなんです。

 だから、この機会に社会勉強させてください」


「ふう…ん。

 そっか、甘ちゃんね…」


ちょっとだけ、探るような目で岸田は千恵美を見た。


「そうだね。

 だったら甘ちゃんを卒業して、ちゃんと人を見る目も養った方がいい。


 人は付き合う相手で、人生変わっちゃうこともあるんだから」


「え…!?」


何のことを言われているのか、ただ、先ほどからの心臓の鼓動が

大きく跳ね上がったのを自覚した。


「千恵美。

 千の美しさに恵まれる…か。

 すごい名前だね。


 さっきも言ったけど、

 親が勝手につけたと思った名前でも、

 その人物を表していることが多いなって思う。


 親の願いを子どもは敏感に受け止めて、

 その期待に応えようとしているのかもしれないね」


「え…」


千恵美の戸惑いにはお構いなしに、岸田はじっと彼女を見つめた。


「君は十分、美しいよ。

 けれど、今のそれは、若さあればこその美しさだ。


 内面を磨くんだ。

 どんな環境だろうと、どんな経験だろうと、

 自分を磨くための研磨剤だと思ってね」


意外な場所での意外な言葉に、

千恵美の鼓動は、ただただ、速くなるばかりだった。


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