第2話お出かけには面倒事が付き物よね
「んー♡美味しい」
フェリルはうっとりした顔でソレを楽しんでいる。
「…」
「クランもほら、なかなか美味しいわよ。はい、あーん」
パシッ
ソレを当たり前のよう薦めてくるフェリルの手をクランセルははたき落した。地面にべちゃりと落ちたソレはシューと音を立てる。
声にならない叫びがクランセルの顔に現れた。
「フェリル!これ美味しいよ!」
そこへばくばくとソレを美味しそうに食べるミーシャが。クランセルはあの世のものを見るような顔をした。
「やっぱり?ミーシャもそう思う?」
2人の会話が盛り上がる中クランセルは流石に逃げだした。
「味覚音痴っていう言葉だけじゃ表せなくなってきたな」
その光景を見ていたサチュアがクランセルの隣に立つと、諦めた顔で呟く。
「あんなもの食べる気が知れないわ」
「同感」
食べあいっこまで始めるミーシャたちには目を疑う。
「まあまあ、2人も食べてみれば。案外美味しいかもしれないよ?」
話しかけてきたのはレオナルド。魔人族の間で新作の毒々しいお菓子をテーブルに並べ、優雅に紅茶を楽しんでいる。隣にはメリーヴィントが座り不機嫌そうだ。
「「そういうあなたが食べてみれば」」
そんな笑顔で言われたら返さずにはいられないよねと真顔で2人同時にハモった。
「俺はこっちで十分かな」
毒々しいお菓子を美味しそうに食べている。
「4人で何楽しそうに喋ってるの?」
ひょこりと現れたミーシャ。余程パティーが楽しいのかいつにも増して笑顔だ。
片手に毒物、もう片方にフォークを持っている。そして、ミーシャの可愛らしい笑顔。なんとも異様な光景だ。
「異様だな」
「「「全くもって」」」
クランセルが呟くと周りが呆れ半分に同意した。
ミーシャは毒物片手に不機嫌そうにしてるメリーヴィントの元へと一直線。笑顔だ。もう一度言おう笑顔だった。
「メリー!メリー!メリーもちゃんと食べて!亡霊だからって食べないでいるとスケルトンになるよ!」
「そんなものにはならん。…そんな毒物誰が食べるか。食べてるお前の気が知れん」
そう言い切りると紅茶に口をつけた。みんなが思っていることをドストライクにミーシャに告げるが告げられ本人はキョトンとしている。
「…?毒抜きはレオと一緒にしたよ?」
毒抜きをしたかしてないかの問題で猛毒が抜けるかといったら抜けるわけがない。
いや…もはやそう言う問題ではないのだが…。
「あら?毒の酸味も含めて美味しいって言ってたつもりなんだけど…」
「え!この酸味って毒だったの!?」
「「「…」」」
もう何も言うまい。
「でも、死にはしないでしょ!だって、メリーもう死んでるし!」
自分の安否は棚に上げてメリーヴィントに進めるのを止めない。
「私は断固として食べぬぞ」
そう言って、紅茶を一口飲む。しばらく、頬を膨らませていたミーシャだったが、不敵な笑みを浮かべた。
「…ふーん、そう。自分で食べないっていうならいいよ」
ピリッとした空気がその場を包む。メリーヴィントは紅茶から目を離しもう一度ミーシャに目を向けた。
「私が食べさせてあげるから」
お皿片手にメリーヴィントの懐へと飛び込んだ。その目すでに捕食者の目。
メリーヴィントは躊躇なく剣を引き抜いた。
「あれー、騎士様がか弱き乙女にそんな乱暴なことしていいのか?」
「これのどこがか弱き乙女か!」
完璧に戦闘態勢に入ったメリーヴィントは襲い来るミーシャの精霊魔法を避けていく。
エルフは詠唱を行わなくても魔法を使用することができる。
自然と共存し、精霊に近しい亜人であるエルフ。精霊から愛されているため、魔法を使うことに長け、その質も高い、詠唱も必要ないのだ。
この世界には風、炎、水、土、闇、光の精霊が存在している。
エルフは精霊に近しい亜人であるため闇を除く光、風、炎、水、土5属性全てを操ることができる。だが、魔力量は個体差があり魔力量に関しては魔族の方が上待っている。
魔族だが、種族ごとに特殊な能力を持つが魔力量に関しては大差はない。しかし、操れる属性はエルフと違って光を除く5属性である。個体によって操れる属性は異なる。3属性の者もいれば1つしか属性を持たない者もいる。
言うまでもないが、人族が魔法とは無縁である。つまり魔法が使えること自体が稀である。光と闇を除く4属性の気質を持つが属性を持つともなると宮廷魔導師と言う肩書きを必然的に与えられることになる。
この世界に生きるものは魔力を体に少なからず宿している。一番少ないのが人族というわけだ。
ノスフェラの種族の竜人族は、火竜、地竜、水竜、木竜、黒竜、白竜が存在する。個体によって司る属性は1つである。
属性を持たない無属性が存在する。変化魔法や身体強化などはこの部類に入る。精霊たちの力がないため魔力のバランスを保つのが難しく、扱いにくいものであり、燃費が悪いのだ。
ミーシャは上空から一気に畳み込んだが、メリーヴィントは焦ることなくそれを受け止める。
ミーシャが叩き込んだそこにはクレーターが一つ。また一つ。また一つとミーシャの攻撃は止まらない。
前も見えないほどの砂埃が宙を舞う。視界が曇る中、メリーヴィントはその砂ほこりごとミーシャを切り裂いた。
メリーヴィントが扱う剣は魔剣と評される「フェティルラマド」と言い、黒い刀剣である。黒刀と呼ばれるだけあって属性は闇を示す。
砂埃が真っ二つになり拡散していく。ミーシャの姿はどこにもなかった。
メリーヴィントは目を瞑ると振り向いた。キィインと音を立てて剣が混じり合う。
ミーシャは楽しそうに笑っており、メリーヴィントはミーシャの剣の重圧に押されている。
「情けないねぇ。か弱い乙女に騎士様が押されてるなんて」
ケラケラと笑うレオナルドは青色のクリームに包まれたスポンジケーキを美味しそうに食べた。
「いつ見てもすごい色。本当に魔人族が食べてるの?レオナルドだけの間違いじゃなくて?」
ミーシャたちに呆れたサチュアは、レオナルドに問いかけた。
「これでも、マダム達ご用達のケーキなんだよ」
毒々しいクリームに包まれたお菓子たちはどうしても美味しそうに見えない。
「…どれも同じに見える」
「そんなことないよ。一つ一つ味も違うよ」
「そうは見えないけど」
まじまじと、ケーキを見るがやはりどれも同じに見えた。
「サチュアも食べてみればわかるよ、きっと」
レオナルドは一切れとるとサチュアに差し出すが、サチュアは首を振った。
「じゃあ、一口だけでも」
一口分フォークに取ると面白半分でサチュアに差し出した。躊躇なくそれを一口で食べると、眉間に皺を寄せた。
「今日は随分素直だね」
レオナルドは目を丸くした。まさか、そのまま食べるとは思っていなかったみたいだ。
「…甘さがクリームの滑らかさを消してるし、クリームとクリームの重さがスポンジ本来の食感を潰している。私は好みじゃない」
サチュアは真剣な顔でケーキについて批評した。
いつになく真剣な表情の裏にはしてやったりという顔が見え隠れしていた。レオナルドはそっか、それは残念と笑顔で答えると残ったケーキを食べ始めた。
「派手にやってるわねー」
ようやくフェリルとロザリナがやってきた。まだ、ミーシャたちは死闘を繰り広げている。優勢はミーシャ。
「レオ、またそんな毒々しいものを…」
毒々しいケーキが目に入ったのか、フェリルはそう呟いた。
「フェリルも食べるかい?」
「遠慮しとくわ。私は甘さ控えめな方が好きなの」
流石の味覚音痴もその甘さには敵わないらしい。
「そう言えば、最近物流が良くなったのか、ラシャンにも新しいものがたくさん入ってきてるわよ」
「本当か!」
ふと、フェリルが呟いた話にサチュアは食いついた。キラキラと目を輝かせ振り向く。
「サチュア可愛い…」
ロザリナが頬を赤くしながら呟いた。ハァハァと興奮した様子で近づいてくる。
「物流が良くなったってことは、生地とかも新作入ってきてるじゃないか?」
興奮しながら近づいてくるロザリナを無視してフェリルに尋ねた。答えを求めるようにフェリルを見るとにっこり笑って言葉を発した。
「ええ、新しい服生地も糸も入ってきてるわよ。値は張るけどどれもローの好きそうなデザインばかりよ。ラルさんが張り切って不思議なデザインばかりなんでも、王都で流行り出そうよ」
「ほんと!それは良かったわ。ちょうど、新しい刺激が欲しいと思ってたのよ」
顔を赤くしながらも、サチュアの思惑通りフェリルの話へと食いついた。
「どう?たまには外に出てみない?」
「行くわ!」
思いのほかロザリナは即答した。
「珍しいな、あの臆病者のローが外に出るなんて…」
「服を作ってたら自ずとそうなるの!安心して、サチュアに似合うドレスを作って見せるわ」
ロザリナはウインクを飛ばす。
「服を作ってくれるのは有り難いんだが、動きやすいので頼む。ヒラヒラした服はどうも動きにくい」
ウインクを無視すると思っていたことを口にした。
「えー…サチュアは女の子なんだからもっとおしゃれしていいと思うんだけどな」
ロザリナは勿体無いと言わんばかりにブツブツ呟く。
「いざ何かあった時対処しきれんだろ。… そうだ。私に似合うかつ動きやすい服を作れないか?」
挑戦的にロザリナを見る。挑戦的な言葉にロザリナは目を丸くしたが、すぐに細めた。
「ふふ、私のセンスと技術を問おうと言うのね。わかったわ、面白そう。なにより、サチュアの頼みだものね」
職人魂に火がついたのかロザリナは不敵な笑みでその案に乗った。
「その代わり、ちゃんと褒めてね」
いつもの笑顔に戻ると、ご褒美を求める子供のように笑った。はいはい、と軽く受け流すとワシャワシャと頭をのこねくり回した。流石のロザリナも髪が崩れると嫌がっているがにやけた顔は隠せないみたいだ。
「一緒に生地をみましょうね」
ロザリナがこねくり回していたサチュアの手を取りそう言った。しかし、サチュアはため息を吐いた。
「…行きたいのは山々なんだが、明日は_____ドォォオオオオン…」
轟音とともに砂埃が舞う。
どうやら勝敗がついたみたいだ。砂埃が晴れるとメリーヴィントの上に馬乗りになったミーシャの姿があった。
「好き嫌いすると!聖樹がメリーの魂掻っ攫いにくるよ!」
「むぐっ」
ミーシャはいつもの調子に戻り、半ば強引にソレを放り込んだ。絶対に飲み込んでやるものかと必死の抵抗をするメリーヴィント。
哀れ…。
「ミーシャちゃんってば大胆ねー」
フェリルがそう呟いた。ソレの餌食となったメリーヴィントは白眼を向いている。
「手応えがない、日々の訓練怠ってるんじゃないメリー…」
答えは返ってくることはないが、ミーシャはメリーヴィントに問いかけた。
「…サチュアー」
メリーヴィントで遊び飽きたミーシャがサチュアに鋭い眼を向ける。遊び足りないようだ。
「明日、ササの実の収穫だ。それで、勘弁してくれ」
「あっ、そう言えばそうだったね」
ミーシャはいつもの笑顔で元気に返事をして、近寄ってきた。
ササの実。高級と称されるその果物は言葉に恥じぬ甘さと食感を兼ね備えており、喉から手が出るほどの価値がある果物である。
ササの実は、一斉にタイミングを見計らったように熟す。それが、明日というわけだ。
「そういえば、もうそんな時期だったわね」
フェリルが残念そうに呟いた。
「ああ」
サチュアは項垂れた。
「ササの実の収穫なら仕方ないわね。物流が良くなったからビスタが張り切って新作を作っているはずだわ」
「もちろんだ。ビスタによろしく伝えてくれ」
甘味を食べたりとサチュアに意地悪をするフェリルだが甘味仲間なのに変わりはない。手を取り合って見つめ合うフェリルたち。
「おいおい、いくら死なないからってこれはお粗末だろ」
レオナルドは呆れたように枝でツンツンとメリーの頬をつついている。
「まぁ、メリーだし…」
ロザリナがそう言いレオナルドの手を叩き落とすと、クレーターから芝生へメリーヴィントを移動させた。
「そのうち起きるでしょ?もう、死んでるんだし」
「メリーなら大丈夫よ」
「このくらいのことで、ダウンしてちゃメリーのやつもまだまだだね」
メリーヴィントの扱いが雑なのはいつものことだ。むしろ、レオナルドが心配することが珍しいのだが。
「あんたも心配してもいないのにメリーに突っかからない」
気絶しているメリーヴィントで遊んでいたレオナルドにロザリナが注意した。
「素直に心配してるだけじゃないか。数週間に一度しかあそ…楽しめないんだらサービスしてよ」
テーブルまでもどると椅子に掛けてあったマントを羽織った。
「あら、もう帰るの?」
「ああ、残念ながら」
白々しく困ったように笑うレオナルド。
「随分早いな」
「なに、もっと俺といたいの?」
レオナルドが振り返りピタッと目が合った。
「寝言は寝て言え」
ピシャリと言い切ったサチュアにレオナルドは笑った。
「ははは、居たいのは山々なんだけど…俺も忙しいんだよ。処理することが多くてね困っちゃうよ」
「…人族どもか?」
「なに、心配してくれんの?…俺嬉しい」
真面目に質問してるにも関わらず、レオナルドはからかうようにそう言った。
「どう取ったらそうなるんだよやめろ。気持ち悪い。こっちは真面目に話してるんだ」
「ごめんごめん。サチュアちゃんが珍しくお喋りしてくれるものだからつい」
あまりサチュアはレオナルドとしゃべりたがらない。その理由は、こいつと関わるとろくなことがないからだ。レオナルドの掌で踊らされペースを乱される。だから、あまり関わりたいと思わないのだ。
しかし、同じ森でこうやって喋っている限り嫌いというわけではない。事実、強さも頭の良さもそれなりのものを持つ奴だ。
「…ついに、決着がついたみたいでね」
困ったようにレオナルドは言った。
「あら、決着ついたのね。あ、だから物流良くなったのかしら?」
「ああ、そうだね」
「幾ら何でも早すぎるだろ」
幾ら何でも早すぎる。ラシャンは王都からかなり離れた場所に位置する。いくら王が決まったからって物流が良くなるのは早すぎるしおかしい。
「王座を打ち取ったのは弟のアディニス・マヴィリアンって言えばわかるだろう」
各々がやはりと納得した表情で頷く。
「へー、弟が王座を取ったんだねー。ってことは、兄の方はどうなったの?打ち首ー?」
ミーシャが関心したように言ったと思えば笑顔で恐ろしいことを口にする。
「廃嫡、国外追放だよ。それもご丁寧に、手を貸してはならないっていう御触れ付きでね」
「緩いな」
「まあ、黒幕は王妃だしね。王妃のほうはバッサリ弟君に殺られたみたいだけど」
真っ黒い笑みで笑うレオナルド。
「兄のフェルリアムは最後の最後まで人形だったってことね」
フェリルが呟くとその言葉は沈黙に沈んで消えた。
「まあ、化け物と謳われたアディニスと結局人形と罵られたウィルリアム。どちらが王座に着くとしてもしこりは残るだろうよ」
「簡単に政治がまとめあげられたのもアディニスが王座についたと聞けば納得はいくわね」
中々の曲者が王座についたな、とレオナルドはあきれ顔だ。
「力で抑えればすぐだもんな」
ミーシャがその元気よく言うが実際はそんな甘いものではない。
「人族って色々めんどくさいのね」
「まあね。今に始まったことじゃないんだけど」
人族。こちらとは真逆の東の大陸に位置する魔人族因縁の相手だ。新王、アディニス・マヴィリアン納めるマヴィリアン帝国が存在する。もともとは2つの国が存在していたと聞くが、遠い昔に滅んだそう。
ロザリナが苦い顔で呟くがフェリルの言葉通り今に始まった事ではないし結果としてとばっちりを食らうのは魔人族だ。
「これから、いろいろ大変そうね。レオナルド」
「勘弁してほしいよ」
楽しそうに笑うレオナルドだがどこか疲れた表情が残る。
「おっと、そろそろ帰らないと会議が始まっちゃう」
レオナルドは魔法陣を展開し始めた。
「魔族に腰を据えていると何かと大変ねー」
「頑張れー」
「はいはい。心のない応援ありがとー」
フェリルとミーシャがレオナルドになんとも心のこもってない声で言葉を送る。手を振りながら一瞬にしてレオナルドは消えた。
「あーあ、行っちゃった。そういや、爺やは?」
つまらなそうにミーシャがつぶやいた。
「さっき、クランといる所を見たけど…」
「クランなら爺やと城の中に入ったみたいだ」
フェリルの言葉にサチュアは答えた。レオナルドがいなくなった席に座ると紅茶を3人分つぐ。
「玉座の間にでも行ったのかしら?」
「さあな」
フェリルとミーシャは椅子へと腰を下ろし紅茶を啜った。
「大蛇鍋も飽きたしな。新しい食材でも取ってこようかな」
机にべたりとうつ伏せになりながらぼやく。何体も階級の高い魔物を殺されては森のバランスも崩れてしまう。
「明日まで我慢してくれ」
ぶーぶー、とつまらなさそうに不貞腐れミーシャ。
「全く、ミーシャお前というやつは」
コツンとミーシャの頭を叩いたのはダウンしていたメリーヴィントだった。
「あ、メリー大丈夫?」
「ふん、心配などしていないのによく言う」
「あはは、大丈夫そうだね」
メリーヴィントの体は無傷。すこし埃をかぶっている程度だ。
「ミーシャが元気なのは嬉しいことなんだけど。これじゃあ、クレーターが増えるばかりね」
「元気なのはいいことじゃない。戦闘中のあの生き生きとしたミーシャの顔いいわぁ」
フェリルが苦笑すると後ろからロザリナがそう言ってきた。サチュアたちの背後に立つときゅうっと2人まとめて抱きしめた。
「女の子はいいわ。癒される」
ロザリナの胸のせいでこっちは息苦しい。苦しい、と呟くと素直に離してくれた。ちなみに、メリーヴィントの服を作ったのもロザリナだ。だが、ドレフの方が作りがいがあるそうだ。
「ノスフェラはどこだ」
そんな会話をしているとメリーヴィントが話しかけてきた。
「うーん、王座の間にでもいるんじゃない?」
フェリルが答えた。メリーヴィントはそうか、と言うと城に向かって歩き出した。
「なに、爺やのとこ行くのー?」
「関係ないだろう」
「私も行くー」
ミーシャは付いて行く気満々なようだ。メリーヴィントは何も言わずに歩みを進めた。
「あれ、クランは?」
「爺やと一緒よ」
ロザリナの問いかけにフェリルが答える。
「クランも大変よね。クランも海底に身を置いてるから」
「…このまま行けば海への被害は広がる一方だからな」
ロザリナの言葉に皆が頷いた。新王がつき国が安定すれば自然と海へ手を伸ばしてくるだろう。そこで一番被害を受けるのは人魚というわけだ。
「その分、空からの情報は大事だわ」
海はこの世界の7分の3を締める。
人魚が住む海底帝国は合わせて7つある。海の全てを把握するのは不可能に近い。外界のことなど特にだ。
だから、空からの情報はとても有力なものだ。
「この森は平穏だな」
「いいことじゃない。平穏が一番だわ」
「服を作れて、可愛い女の子がいれば満足だわ。他に何もいらないわ」
サチュアのつぶやきに各々が答える。
今日もこの森は平穏です。
____________________…
日が開ける前、先日賑わった廃墟に灯りがともっていた。
「じゃあ、行ってくるわね」
メイド服を身にまとい、片手にカゴを持ったフェリルは、収穫のために出発しようとしていたサチュアたちにそう告げた。
「くれぐれも忘れないでね」
「はいはい」
最終確認とばかりにサチュアは甘味について再度確認する。サチュアの必死さにフェリルは笑いながら頷いた。
「サチュア〜。どう似合う?」
踊り子ようにくるりと回ると、脚をクロスさせ手を頭の上で組みモデルポーズを決める。
「ああ、似合ってるよ」
「もっと、心を込めて!」
素っ気ないサチュアの言葉に不服だったロザリナは不機嫌になる。
「ローはなんでも似合うよ!」
「ありがとー!私頑張るわ」
そこに、ミーシャは知ってか知らずかフォローの言葉をかける。ロザリナはミーシャを抱きしめて金髪の髪にキッスの雨を降らせる。
「ロー早くしないと帰りが遅くなるわ」
「はーい」
フェリルの呼びかけに返事をすると、最後のキスをし名残惜しそうにミーシャから離れた。
「行ってきまーーーす」
「ほら、はやく行った行った」
「気をつけてねー」
サチュアはしっしっと手で払い、ミーシャはブンブン手を振って見送った。フェリルたちも手を振りながら転移魔法の光に包まれて行った。
転移といっても街まで転移するわけではない。転移してるところを見られたら元も子もない。だから、転移を使うのは森の入り口まで。入り口までなら確実に誰かに見られることはない。そこからは徒歩となる。だから、わざわざこんな早い時間から行動を始める。
バレるようなことは種さえ起こさないためだ。
「私たちも行くか」
「腕がなるね!」
フェリルたちがちゃんと飛んだのを確認するとミーシャたちも収穫地、農園へと出発した。農園はこの『沈黙の森』の中部の北に位置し、珍しい物から日常的に食べられてる物まで栽培している。ほとんどは、食料だがラシャンで納品することもある。
あと数十分で夜が明ける。
ここからが、正念場だ。ササの実は夜明けとともに花から実となる。そして、日が実を照らした瞬間に真っ赤に染まり熟すのだ。しかし、1時間経つと枯れてしまう。
「本当に何もしなくていいんだな」
サチュアは再度ミーシャに確認を取った。
「何回やってる思ってるの。サチュアこそ手間かけさせないでよ」
ミーシャからは頼もしい言葉が返ってきた。
「はいはい」
サチュアは返事をすると綺麗に並べられた平たい石の中心に立った。結界魔法陣が刻まれている。
「風の精霊シルフよ。新しい風を運び、四季を呼び、大地を包み、恵みをもたらす大いなる風の精霊シルフよ。我が望がまま、我が意志に答え、この地に守りの加護を与え給え。この地に咲く恵みを守り給え」
緑色の光が魔法陣から溢れてくる。弾け飛んだかと思うと、ササの木々を守るように光が散っていく。
サチュアはふう、と一息吐いた。サチュアの仕事はササの木々に結界を張ることだ。せっかくの実が魔物に食べられてしまえば元も子もない。
「ふふ、腕がなるわ」
ミーシャが不吉に笑いササの木々に消えていく。それを、見送った後サチュアは結界の外へと出た。
一度発動した魔法陣を組む結界はちょっとやそっとのことで壊れることはない。
「ここらでいいだろ」
ササの実がなる木々の近くに大きなテーブルクロスを引いた。サチュアは陽気に持ってきた紅茶を注ぎ始めた。
紅茶を注ぎ始めたところで夜が明け日の光が実を照らしていく。ふっと、花が咲いたように実が赤く染まり出す。
「うふふふ、あはははははははは」
ミーシャの笑い声が響き渡りササの実の収穫が始まった。
「これが高級品だっていうだから、驚きだよな」
年に1度決められた日にしかならない。ササの実。それはただの果実ではない。丸呑みしてしまうほどの大きな口に、全てを切断させてしまうような鋭い歯。目的の核は口の奥深くに存在する。そのため、その核を収穫するには、酸と毒素が充満するそこに突っ込むか飛び込むか引きずり出すか。兎に角、タチが悪い実だ。だか、その味は美味で苦労して取る価値がある。希少価値と呼ばれる所以だ。
笑い声と残虐な行為を横目に紅茶を飲む。ミーシャがああなってしまえば手出しは無用。むしろ、手を出したらこちらが攻撃されてしまう。今のミーシャには動くものすべては敵である。カチャリと紅茶を置くと持ってきた籠から果物を取り出した。丁寧にナイフで剥いていく。
「…っ!…美味しい…」
一口食べれば程よい甘みが口いっぱいに広がる。昨日魔物達から貰った果実はサチュア好みのものばかり。
「流石、私の好みをよく知ってる」
そんな呑気なことを言っていると何かが飛んでくるのが見えた。
ブーン。と飛ぶのは蜜が大好きなディリラセッキーカ。サチュアの目の前を通過すると結界に当たってベシャッと潰れた。残骸が地面に転がる。人の頭くらいの大きさがあり、あと少しで成熟といったところだろう。
サチュアは気にせず紅茶を一口。
すると、もう一匹やってきて同じように地面に残骸が落ちた。
ディリラセッキーカは蜜を吸って成長していく、しかしこの森に蜜と言える蜜はあまり存在しない。そのため生存競争が激しく一匹成熟するのも難しい。今落ちた大きさに成長するにも困難を極めるだろう。
…。
うん?
「あああああああ!!!アイプルの木に虫除けの結界、魔力補充するの忘れてたぁあ!」
美味しいものには虫がつく。これは、常識である。この森との害虫ともなればその脅威は考えなくともわかると思う。結界を貼らなければならないほどといえばその被害は容易に想像できよう。
サチュアは走り出した。
__________________…
「着いたぁあ」
「ここまで長かったわね」
ラシャンの門の前にはメイドの格好をした2人の女性の姿があった。
1人は、金色の髪に緑色の瞳を持つナイスバディのメイド。もう1人は、真っ青な髪に紫色の瞳を持つ気品に満ちたメイドだ。
メイドの服を着ていればどこかの貴族のお抱えと勝手に解釈してくれる。それに、ここまで絶世の美女だとしたら、それだけで大物貴族お抱えのメイドと解釈してくれよう。
「全く、わざわざ歩くなんてめんどくさい
ギリギリになるまで、変化使わなくてもいいのに…」
「まぁまぁそう言わず、必要なことなんだから」
「それにしても、まさかここまで活気付いてるとは驚きだわ」
街はお祭りでもあるのか花やレースが飾られ華やかである。入り口では商人や旅人でごった返していた。
「さぁ、行きましょうか」
フェリルはロザリナの手を掴むと歩き出す。街の中に入ると人、人、人。
「まず、商業ギルドに行ってもいいかしら?」
フェリルがロザリナに聞くと無言で了承した。
「今日は目一杯楽しみましょうね」
フェリルは困ったように笑った。ロザリナの顔は警戒心が剥き出してあり、このような場所では笑うこともないければ、表情を崩すこともない。
「商業ギルドも賑やかね」
たどり着いたのは商業ギルド。冒険者ギルドとは比べ物にならない清潔感と華やかさだ。ここは更に商人達でごった返している。
「あそこでナーヤ酒を納めて、ナナって名前を出して納品の書類をもらってきて。そしたら、エントランスまで届けて頂戴」
「…」
ロザリナは一瞬嫌な顔をしたが、渋々といった顔で歩き出した。ロザリナを見送ると臆することなく、足を進めた。
エントランスにたどり着くと受付に来た商人達で溢れていた。
「ナナ様、お久しぶりでございます。ようこそおいでくださいました」
受付に向かおうとすると、1人の女性がが笑顔で話しかけてきた。
「カナリアさん、お久しぶりですね」
フェリルは笑顔で挨拶を交わす。眼鏡をかけぴっちりした清掃で熟練感を出すカナリアと呼ばれた女性。
「ふふ、いつにも増してご機嫌ですね」
フェリルのその言葉にカナリアは笑みを深めた。
「ええ、あのくだら…おっと失礼」
「別に構わないわ。くだらないのはみんなわかってることだのもの」
「ふふ、ナナ様もそう思われますか」
笑顔だ。怖いくらいにカナリアは今まで見せたことのない笑顔を見せた。
「こっちとしても、せいせいしたとこよ。まさか、決着がつくまで5年もかかるなんて」
笑いながらフェリルは呟いた。
「ええ、身内のことはしっかり管理していただきたいものです。いくら我らが王でも責務を全うしてくれない王など、ただの飾りでしかありませんから」
ズバスバというカナリアの目はどこか生き生きとしている。相当、とばっちりを受けてきたみたいだ。
「カナリアさんも言うわね」
「陥落した王のことだから言えるのですよ」
堕落した王、新王アディニスの兄に当たるバデッシュツは気が弱く、我儘で横暴妃に操られ踊らされていた。
そう言うカナリアは受付の方に促した。
「いつも通り納品でよろしいですか」
「ええ、今日はナーヤ酒を納品しにきたわ。今年はいいのができたわよ」
カナリアが受付嬢に紙とペンを受け取る。
「申し訳ありません。なせに、物流が良くなって混んでるものですから…。例年通りの金額でよろしいですか?」
「ええ、それでお願い。ナーヤ酒はいつも通り倉庫に通してあるわ」
そう言うと、横からカタリと木の札が置かれた。ロザリナがいつにも増して不機嫌そうな顔をしている。
「では、こちらに記入をお願いします」
納品の書類を差し出す。フェリルは差し出された紙にスラスラと記入していく。
フェリルたちが作るナーヤ酒は質が高く、ナーヤ酒の中でも上等のものとして扱われている。
「国全体が活気付くのは良いわ。おかげて物流が一気に良くなったからたすかるわ。それにしても、上等な物ばかりね。受付するのも一苦労ね」
記入しながらそんなことを呟いた。
「はい、わざわざ明日新国王がこの街に足をお運びになるそうです」
ニコリと腹黒く笑うカナリア。ただでさえ反勢力も残って言うというのに国王自らが動くというのは前代未聞であり、反勢力を悪い意味で刺激しかねないからだ。
「反勢力もまだ残ってるのに随分と軽いことをするのね。アディニス国王陛下は」
「力で反発勢力を抑えようとしてるのですよ。こちらとしては、迷惑極まりないんですがね」
現王のアディニス国王の力は人間には少し余るものがある。救世主と歌われる反面、化け物のと罵られる者たちもいる。反勢力を抑えるのであらばそれを見せつけるのは一番手っ取り早く簡単なことだろう。
「…とばっちり受けたらたまったもんじゃないものね」
商人と言えばその手の類に一番関わりを持つ。迷惑を被るのは目に見えてわかってしまう。
もちろん、その手の類には手を貸さないのは当たり前だ。だか世の中、善人ばかりとも限らないのは人の貪欲な欲望のせいだろう。
書類を書き終えたフェリルはカナリアに渡す。
「確かに、お預かりいたしました。こちらが、金額でございます。ご確認ください」
「カナリアさんのことは信用してるから」
籠の奥底に袋を仕舞うと、またよろしくねと声をかけ歩き出した。
「またのご利用をお待ちしております」
カナリアは深々とお辞儀し見送った。
フェリルたちが見えなくなると、フゥっと一息つくと受付嬢に書類を渡す。
「はい。お疲れさまです、ギルド長」
受付嬢の言葉にふっと笑い、カナリアは受付の後ろに入っていった。
「案外すんなり終わってよかったわ。混んでるからもっとかかるかと思ったらカナリアさんが気を利かせてくれたみたい」
「…はぁ、2度とやりたくない」
ため息を吐くロザリナはどっと疲れたみたいだった。人混みという、他人にさえあまり会おうとしないため疲れるのも無理はない。
「一息つきましょうか。あそこに入りましょう。あそこのパンケーキは美味しいのよ」
指差すお店は明らかに食事をする店でお菓子やというわけではなさそうだ。中に入ると、そこそこ混んでるようだったが無事席に座ることができた。
女将さんを呼ぶと、パンケーキを注文する。毎回パンケーキしか選ばないのか女将さんに呆れられていた。
ロザリナは店を見渡した。少しお酒の匂いが充満していた。明日まで待ちきれず騒いでいるやつがいるみたいだ。
「リターナ。リタが美人さんだからおまけしてくれるって」
ウインクするフェリルにパンケーキのことなど忘れ顔には出さないがうっとりした雰囲気になる。
「食べ終わったら、次の店ね」
「?!」
ロザリナはまだあるの!?と食べながら不機嫌な顔した。ロザリナの目が鋭く警戒心の色を強めた。フェリルもそいつらに気づき深く溜息を吐き冷たい目になる。
「おい、姉ちゃん達」
「ひゅー、別嬪さんだね」
案の定現れたのはどこぞのチンピラ。
「かわい子ちゃんが2人で危ないよ?」
「俺たちが護衛としてついてあげよっか?」
しかも、スキンヘッドとヒョロッこい男の2人組となんともテンプレだ。気持ち悪い目つきでじろじろと見てくる。
店の雰囲気が一瞬で冷たくなる。バカ2人はそれに気づかないが。
敵意むき出しのロザリナにお代を渡す。
「出来上がってたら包んでもらって」
ロザリナは納得いかないとフェリルを見た。しかし、すぐに行動を開始した。パンケーキをゆっくり食べる時間を奪われたことにご立腹のご様子だ。
「おい!待ちな!!」
ロザリナが逃げだそうとしていると思ったのかヒョロっこが捕まえようとする。
「まっ、待って!」
ヒョロッこの前にフェリルが立ちはだかった。
「ああん?」
フェリルの反応をビビっているのかと思ったのか、気を良くしたチンピラはニタニタしながら近づいてくる。
「おい、お姉ちゃん大丈夫か?なんだか、すごいことに巻き込まれてるが」
さっきのおじさんが心配した様子で聞いてくる。ロザリナはカウンターにお金を置いた。
「…パンケーキを貰いたいんだけどまだできてないの?」
そう一言いうと、有無を言わさないロザリナ。あまりに場違いな言葉に女将さんと店主は目を合わせた。
「早くして」
キョトンとしながらパンケーキを詰め始める。
「なんだ?怖がってんのか?困っちゃうなぁ。俺たち唯雇ってもらいたいと思っただけなんだよ。こんな、別嬪さんを外に出したら変な人がよってきちまうだろう?」
こんな真っ昼間に、しかもこんに人がいる中で自分たちが馬鹿と言ってるようなもんだ。ロザリナはフェリルに目を向けた。
さっきまで怯えた声を出していたフェリルだが、今はピンと背を伸ばし堂々とした目をテンピラに向けた。
「てめぇ、舐めたまねしてんじゃねぇぞ。人がせっかく親切に言ってやってんだ。素直に聞いておいたほうがいいぞ?」
「怒らせると怖いからなぁ、兄貴のやつ」
耐えきれなかったのか、フッとフェリルが笑ってしまった。
「何笑ってんだよ、あ?」
机を蹴り飛ばした。しかし、遂にはフェリルは目線さえを外してしまった。
「てめぇえ」
キレたチンピラが掴みかかりそうになった時、
「きぁぁああ」
なんとも、可愛らしい声を上げたフェリル。一瞬、チンピラの気が逸れる。
「何をしている!!」
入ってきたのは、騎士様たちだった。見た所王城の騎士団だろう。王城の騎士団には頭の切れる人間もいる。いくら変化をしているからといって気づく奴は気付くだろう。当てが外れたと、フェリルは顔を見られないようカウンターの方に逃げた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
とりあえずお礼を連呼しながらロザリナの手を引いて裏口から出て行く。
案の定、チンピラが大騒ぎしてくれたおかげで、うまく逃げられた。
「あれ、さっきの別嬪さんは?」
騒ぎが鎮圧された頃、1人のだらしなさそうな声を上げたのはおじ様な騎士様。
「とっくに逃げましたよ」
他の騎士達にチンピラを任せてやってきたのは、さっき声を荒げて来てくれたまだ若い青年の声だった。
「ふーん、そう」
「なにか、気になることでも」
青年は横目で隊長と言われた男を盗みみる。
「いいや、別嬪さんだなって」
こめかみを手で押さえながら呆れ返る。
「そうですか。隊長には処理してもらう書類が山程あるのです。ああ、処理する案件が増えましたね」
青年は隊長を促した。
「あー…そっちでテキトーにやっておいてくれ」
「ふざけないでください。全く貴方という人は…。部下の苦労をもう少し考えていただきたい」
そう言うと渋々と隊長は歩き出した。
うまく逃げ切れたフェリルたちは大通りを歩いていた。
「あーあ、結局パンケーキ食べ損ねちゃった」
現れた騎士団のせいで慌てて店を出たため貰うことができなかった。
「まあ、いいか。迷惑料ってことで」
「…」
フェリルはロザリナを盗み見る。
「…」
「そんな不貞腐れないで。次は待ちに待った服屋よ。『キララ』ってお店なんだけど斬新で大胆なデザインでね。柄は王都で流行りだというんだけど、デザインが独特でね。ほとんど人が来ないの。田舎だから流行りとかになると物価が上がるし、何よりあのデザインだからね」
ニコニコ笑うフェリルはさらりと酷いことを口にした。
「でも、リタとは合うかもしれないわね。ほら、あそこよ」
指差した店は繁盛していない雰囲気がだだ漏れだ。
カランッ
店に入ると、誰もおらず大通りのような賑やかさはどこにも無い。
「なんて、斬新なドレスなの!はっ、この生地すごいわ。こんなおしゃれなデザイン見たことない」
人がいないことをいいことに、興奮した声でロザリナが叫んだ。フェリルがさっき言っていたように不思議なデザインや斬新なドレスが飾られている。ロザリナの好みにクリーンヒットだったみたいだ。
「ほら!来て」
フェリルの生地を体に合わせてくる。ロザリナが喜んできれたことにフェリルは満足気だ。
「お、誰かと思ったら。ナナちゃん久しぶりだね。最近顔出さないからどうしたもんかと心配したんだよ?」
奥から男性の声が聞こえた。出てきたのは30代後半と思われるガタイの良い男性だった。
「ラルさん。ごめんなさい。色々と忙しかったのよ」
フェリルは笑って挨拶を交わす。
「そっちの別嬪さんは?」
「この子はリターナって言うの。リタ」
「ザーラルって言うんだ。ラルって呼んでくれてかまわない」
「……」
ザーラルは手を差し出した。ロザリナはさっきまでの興奮していた表情は消え、睨む。
「ごめんなさいね。そのうちなれると思うから気に______「貴方がこのドレスを作ったの?」
ザーラルを睨んだまま呟く。ロザリナが喋ったことにフェリルは嬉しそうだ。
「ああ」
いきなりの言葉だが、慌てず肯定する。
「…センスいいわね」
ポロリと出た言葉が静かな店内に響く。
「あっはっはっ、俺のセンスを理解できるやつがこの街にいたか!こりゃ嬉しいね」
ロザリナの言葉にザーラルは豪快に笑った。
「いやー、最近新しい生地で服を作り始めたはいいが、ぱったり人足が無くなってな」
「…王都には、貴方のような変人は多いと聞く。これだけの才能があるなら王都で一発掛けてみるのも無謀じゃないわ」
「そりゃ、嬉しいね。お嬢ちゃんとは同業者として色々話せそうだ」
「ええ、私も貴方とはぜひ語り合いたいわ」
意気投合した2人。どんどん2人の世界が広がっていく。このままでは入る余地もなくなるってしまうとフェリルは口を開いた。
「リタ。私は『ハネール』に行ってくるわね。甘味買わないとアーサーに怒られちゃうから」
フェリルの言葉にロザリナは思いの外すぐに振り向いた。
「え、私も行くわ」
「大丈夫よ。リタはリタのしたいことをして。こんなこと滅多にないんだから」
フェリルを心配したのか、行くといったもののフェリルの言葉に安心して興奮を隠しきれずに頷いた。
「行ってくるわね。ラル、リタのことよろしくね」
「ああ、まかせとけ」
そう告げると、手を振りながら店を出た。
『ハネール』という看板を掲げたお菓子屋のようだ。closeと看板がかかっているが中では忙しなく人が動いていた。ふと、10にも満たない少年と目があった。
「いらっしゃいませ。ナナさんではありませんか。お久しぶりですね」
「ええ、お久しぶりビスタさん」
出迎えてくれたのは、ビスタと呼ばれた少年だった。
「お一人ですか?」
「ええ、アーサー来たがってたんだけど仕事が溜まっていてね。時間が合わなくて。立て込んでたかしら?」
「大丈夫ですよ。どうぞ入ってください」
ビスタはフェリルを招き入れた。
「そうでしたか、それは残念です。ここに入っているものは今季の新作です。季節の果実が使われてますからオススメですよ」
ニコリと笑うと、10とは思えない丁寧な言葉遣いで商品を進めていく。
「どれも美味しそうね」
「はい、物流が良くなりましたから材料を気にせず新作作りに専念できます」
嬉しそうに笑う顔は年そのものだった。
「新作を3個ずつもらおうかしら。それといつものやつもお願いね」
「ありがとうございます」
ビスタが自ら箱に詰めていく。
「それにしても、忙しそうね。何か大きな仕事でも入ったのかしら?」
フェリルが尋ねるとビスタは満面の笑みを浮かべた。
「明日、国王陛下がお見えになるのはご存知ですか?」
「ええ、どこもかしこもそれでいっぱいだったわ」
「明日、領主様と貴族達が国王陛下を招待し大きなもてなしパーティーを開くそうなんですが…。そこでうちの商品が使われることになりまして」
しっかりした面持ちでビスタははっきり告げた。
「まぁ、よかったじゃない!」
「はい。このチャンスをものにしてみせますよ」
希望に満ちた勝負に挑む顔で頷いた。
「あ、そしたら私が買っちゃって大丈夫?」「はい、そろそろナナさんが来る頃だと思ってたので」
ビスタがケーキを包んだ箱を渡す。ありがとう、悪いわねと箱を受け取ると代金を支払う。
「ナナさん、これ」
「お祝いだと思ってもらっておいて。いいお菓子を作ってね」
「ありがとうございます」
ビスタは素直に貰ってくれた。
「ふふ、お父さんも喜ぶわね」
「はい、父にもナナさんの期待に応えられるよう頑張ります」
ビスタの父はもともとこの領主お抱えのお菓子職人だった。しかし、亡くなった瞬間店の味が落ち散々言われたあげく専属を解任させられてしまったのだ。それから、数年。ようやくここまで漕ぎ着けたのだ。
「私は退散するわ。頑張ってね」
「ありがとうございました」
深々とお辞儀をするビスタに見送られながらフェリルは『ハネール』を出た。
変わらず、人々は賑やかだ。人混みをかき分けロザリナがいる『キララ』に足を進める。
新王がきていると言うだけあって警備も厳しくなっている。一方で騒ぎすぎで暴動が起きているのも事実。
「平和ねー」
のんきにそんなことを言いながら人ごみの中を黙々と歩く。どこもかしこもここぞとばかりに客引きに大忙し。スンっと匂いを嗅げば香ばしい匂いから甘い果実の匂いまでどれも美味しいそうな匂いばかり。パンケーキを食べ損ねたフェリルのお腹は耐えきれず鳴っていた。
ドンッ
何か食べて行こうかと立ち止まった。すると、フェリルに誰かがぶつかってきた。食べ物のことで頭がいっぱいだったフェリルは不覚にもそのまま倒れ込んでしまった。
「うほぅっ」
あまりに不意打ちで変な声が出た。だが、そんな問題ではない。つんのめりした拍子に籠も一緒に放り投げてしまったのだ。
もちろん中身は言うまでもない。
「そいつを捕まえてくれぇ!」「盗人だーー!」
そんな声が後ろの方から聴こえてきた。
「ちっ」
その子は舌打ちすると、フェリルを踏みつけながら立ちが上がり逃げたそうとする。すかさず足を掴み転ばせる。
「まあ、そんなに急がないで、ゆっくりお姉さんとお話しましょう」
フェリルは起き上がるとニコリと微笑んだ。
___________________…
アイプルの蜜。それは伝説とまで歌われる最高級の蜜。アイプルと言う虫たちが花の蜜を集め巣を作り上げる努力の結晶。そして、天敵とも言えるのがディリラセッキーカだ。
「はぁはぁはぁ…」
荒い息と原型止めていない何かの残骸が落ちている。その生き物の体液が地面を汚す。
「こりゃ、ローに怒られるな」
戦闘をしないつもりでいつもの服を着てきたのがいけなかった。動きにくく、ビリビリに破れ所々に血が滲んでいる。
怒りに任せて、惨殺したディリラセッキーカの死骸が足元に転がる。
全て根絶やしにした所で結界を張った。しかし、処置が遅かったせいで半分が全滅してしまった。
「半分残ってるだけで良しとするか…」
ふぅ、とため息を吐いた。ディリラセッキーカの体液と汗でベタベタする自分の体を見て再度ため息を吐いた。
水辺を探すため、動き出した。
「全く、災難な日だ」
ガサガサと音がした。まだ、ディリラセッキーカの生き残りが残っているのであろうか、戦闘態勢に入る。
現れたのは
「いや、迷った迷った」