第1話 変人の森
「待てやゴラァア!!」
「うふふ、捕まえてごらんなさーい」
ここは、『沈黙の森』深層部。世に言う魔王城と呼ばれる城がある場所。
かの君、魔王が住んでいたと言われる森である。
そう恐れられるこの森に、その場には似合わない声が響き渡っていた。そう、まるで砂浜で恋人が追いかけっこをしているような…
「チッ、見失ったか!」
森を素早く駆けていた赤い影が止まる。短髪に切りそろえられた赤髪。真っ黒に染まった瞳は苛立ちを含んでいた。
パンパンとドレスを叩くとその影はため息を吐いた。
私の名はサチュア。魔族であり、種族は人を惑わすサキュバス。
今は亡き魔王の森の変人の1人だ。
魔王。かつてこの森に住み魔族の頂点に君臨したと言われる、絶対的な王。500年前のあの日以来この森は『沈黙の森』として避けられてきた。未だにSランク級以上の魔物がはびこっている。強さのみが支配するこの森に近づこうとするものは命知らずの挑戦者か、ただの馬鹿か。
カサカサッ
複数の足音が草をかき分けて近づいてくる。
「サチュア様!」
「フェリルイナーイ」「フェリルいないよーサチュアー」「また、甘味食べられたのー?」『☆¥%$°€*#+!』
声を上げる主たちは皆魔物だった。シルバーウルフを筆頭にスライム、ピクシー、リザードマン、その種類は様々。
「サチュア様。…甘味には及びませんがお納め下さいませ」
シルバーウルフがサチュアと呼ばれた夢魔族に頭を垂れる。そして、差し出してきたのはこの森になる果物たち。
「…あー、お前らはどっからその情報を持って来るんだ」
呆れた声でサチャアは呟いた。
「あれだけ騒げばわかります…」
あー…と、サチャアはため息を吐いた。
個々の魔物のままでやっていけるほどこの森も甘くはない。拾われ住み着いた魔物達は互いの知恵を特技を結集させこの森を生き抜いている。
「…これはありがたくもらっておく。ありがとうなお前たち。だか、私はフェリルに用がある」
「お手伝い致しましょうか?と言いたいところですが、フェリル様を我々が捉えることは不可能…」
「まあ、それは仕方がない。フェリルだからな」
「なにかあったら、お申しつけください。我々は返しても返しきれない恩がありますから」
それを聞くと、騒がしくしていた魔物達が動き出した。
ここにいるのは皆、訳ありの魔物達だ。普通魔物は魔族にさえ懐かない。
「さて、どうしてくれようか…」
サチュアは眉間に皺を寄せて口をヒクつかせた。
この森は、力こそ全ての場所。それでも、集まるのは魔物に限ったことではない。いつの間にか集まったのは8人の変人ども。
その変人が、サチュアであり先のフェリルだ。
そして、なぜサチュアがフェリルを追いかけているのか。
「おのれ、フェリル。私の甘味を無断で食べるなんて…許すまじ!!」
フェリルが甘味を無断で食べるのは毎度のことでもう日常茶飯事だ。しかも、私の甘味ばかり狙う。そのためか、日を追うごとにその鬼ごっこはレベルを上げていく。いつもなら、この辺りで捕まえられるはずなのだが、今日はフェリルの方が一枚上手らしい。サチュアは更に眉間に皺をよせた。
甘味は人の里まで降りないと食べられないのだ。フェリルは毎週のように降りているが、サチュアはそうはいかない。いくら、変化の魔法が確立しているとはいえ気迫までは変えることはできないのだ。運が悪ければ、勘のいい冒険者は気づいてしまう。だから、降りれても数ヶ月に一回と少ない。
フェリルはよく甘味を買ってきてくれる。甘味はサチュアの大好きだ。もちろん、魔族側にも甘味は存在するがサチュアの口にはどうしても甘すぎるのだ。
だから、甘さ控えめの人の甘味は魔族に好まれない。
わかっただろうか?人の里の甘味を食べたがるのは8人の変人の中でサチュアだけ。遊ぶにはうってつけなのだ。食べさせると見せかけてんまっ、って食べさせないあれだ。
からかわれてるのはわかっている。だが、怒らずには居られない。
「麗しき深紅の悪魔よ。そんな険しい顔ばかりしていると美しい顔が台無しだよ」
耳障りな口説き文句くさいセリフが聞こえてきた。
「レオナルド…」
胡散臭い笑みで微笑んでいるのは変人の1人、吸血鬼のレオナルドだ。
「くだらいことをほざいてる暇があるなら、フェリルを探すの手伝って」
胡散臭いキラッキラの笑みから、いつものゆるゆるのチャラ男じみた笑みに戻した。
サチュアはジロリとレオナルドを見た。見た目だけはイケメンなのにその中身は人を弄んぶ悪魔そのものだ。
「久しぶりに会えたのに…。冷たいなぁ、サチュアちゃんは」
わざとらしく困ったように笑うレオナルド。サチュアは盛大にため息を吐き、レオナルドと向き合う。
「はいはい、どうも_____「おりゃーーーーーーーー!!」
ガゴゴゴゴォォオオオオン____
可愛い声とともに何かが派手に飛んできた。すぐ横に落下したそれはどうやら大型の魔物のようだ。
「おお!レオ帰って来てたのか!」
陽気な声は魔物の上から聞こえてきた。
「やっほーミーシャちゃん」
砂埃が晴れた先にその姿はあった。
長い髪は一本に束ねられ、翡翠の髪とクリクリの瞳。くるくると周りを回る色とりどりの妖精がより一層その色を引き立てる。大型の魔物を倒した力とは裏腹に幼さを残す身体と顔つき。
変人の1人、エルフのミーシャだった。
「…ミーシャ。あんた何してんの…?」
陽気に隣で手を振るレオナルドとは対照にサチュアの顔は引きつっていた。
「なにって、パティーの準備だよ」
いつにもなく、上機嫌のミーシャ。
そう、ミーシャはパティーが好きなのだ。
いや、違う。暇つぶしに強者を殺す戦闘馬鹿だ。
パティーをするのはその残骸。いつの間にか、パティー=実力、という方程式が出来上がっているのだ。
だか、それはロクでもないものばかり。この前のスライムパティーは散々なものだった。
「なんだミーシャちゃん。今度は大蛇パティーでもするのかい?」
わざとらしく笑うレオナルドの顔が白々しい。
「おう!今日はレオが帰ってきたからな!喜べ、レオ。今日は大蛇パティーだ!」
腰に手を当て自信満々にドヤ顔をする。
絶対に今考えだろ、それ。
「あはは、でもそれ猛毒だよ」
レオナルドは満面の笑みだった。
「そんな、馬鹿…な…」
たまに、間違えるが…。
「………………」
その空間は沈黙が広がる。
「そんなの知ってる!殺すぞコラ!」
赤面するミーシャはいたたまれない。妖精たちがそれに同意するように光を荒ぶらせていた。
「あはは」
レオナルドはわざとらしい笑い声。
完全に遊ばれてるミーシャ。
「ほんとミーシャちゃんは可愛いよね。ね、サチュアちゃん?」
サチュアはため息を吐く。どうも、サチュアを巻き込みたいらしい。
「…レオナルドが帰ってきたってことは、どうせ爺やも帰ってきてるんだろ?久しぶりに8人揃いそうじゃないか。ミーシャ、レオナルドと一緒に大蛇パティーの準備をしておいで。狩った魔物は頂かなきゃ、な?」
私1人だけを巻き込むな。巻き込むなら全員巻き込め。逃げられないなら道連れだ。
「そうだね、折角狩った魔物。食べなきゃ勿体無いよね」
レオナルドはとてもいい案だ。と、満面の笑みだ。
「猛毒大蛇。みんなで食べれば怖くない…」
ミーシャが恐ろしいことを呟いた。
その猛毒は、10分も持たず死をもたらす。それを、どう調理すると言うのだ。
しかし、ミーシャは笑顔だ。その手があったとなんとも無邪気な笑顔があった。
話に花が咲いてきたあたりでサチャアは密かにその場を離れた。
レオナルドが満面の笑みでこちらを見ていたのは見なかったことにする。
___________________…
カサカサと森の中を這う音が静かな森に響き渡る。
ひょこりと姿を現したのは、ここにいるには非力すぎる黒猫だった。黒猫がたどり着いたのはこの森に唯一流れる川であり、海へと一直線に繋がっている川だ。
「ぷはっ!ふふふ、見た?あのサチュアの顔。変身魔法にこうも気づかないなんて。ふふ、新記録更新ね」
ポンっと可愛らしい音を立て、黒猫は絶世の美女へと姿を変えた。
腰まで伸びる真っ青な髪と穢れのない真っ黒な瞳。そして、吸い付くような白い肌。それらを引き立てる淡い青のドレス。
しかし、魔人族やエルフの象徴である尖った耳はどこにもない。角でさえも。その容姿は人間そのものだった。
そう。この森の変人の1人、人族のフェリルだ。
ピシャッ、 その美貌を容赦なしに水鉄砲で崩したのは、川から顔を覗かせる人魚だった。
「楽しそうで何よりだわ。フェリル」
人魚独自の美しい声を響かせるのはこの森の変人の1人、人魚のクランセルだ。
「あ、クラン!」
顔にかかった水を手で拭いながら無邪気に笑うフェリル。その笑みもどこか気品に満ちている。
クランセルは企みが失敗したと不機嫌だ。
「今日はミーシャがパティーをするみたい。クランもくる?」
フェリルは近くの岩場に腰をかけた。器用に靴を脱ぐとドレスを膝までたくし上げ足先を川に晒した。
「いやよ、あの子が考えるパティーなんてどれもろくでもないじゃない」
クランセルはフェリルが座る岩場に頬杖をついた。
「この前は確か、スライムパティーをするとか言ってスライム集めてたわ。ウォータースライムが欲しいとか言って川辺まで来てたもの」
フェリルとクランセルはミーシャのことを思い浮かべた。
「いい迷惑だわ」
「いいのよ、ミーシャのそんなところが可愛いんだから」
精霊魔法を使うミーシャなら檻を作ることも罠を仕掛けることも簡単にできよう。だか、それをミーシャはしなかった。いや、しなかったんじゃない。思いつかなかったのだ。
実力ある。だか、たまに突拍子のないことを起こす。つまり、頭が悪いのだ。
「でも、ウォータースライム見かけによらず美味しかったわ」
「…そんなの、知りたくもないわよ」
スライムは外壁に特有の特性があり、身を守っている。酸であったり、プラチナであったり。美味しいか美味しくないかで問われれば美味しくない。そんな、外壁の下の核などたかが知れてる。
しかし、ウォータースライムは大発見というほど美味しかったのだ。
「とにかく、嫌よ。わざわざあんなうるさい所…」
「来たらきっと楽しいわ」
クランセルは人魚。変身魔法で人型には慣れるが進んで自ら出たくないと思うのは当然だ。
クランセルは無視を決め込んだ。
「ふふ、そんなクランにプレゼント!」
「フェリル…?」
心配したクランセルがフェリルの顔を覗き込む。ペチッ、フェリルの手に顔が捕まった。
「うふふふっ」
フェリルがニタリと笑うと耳に何かが触れた。
その瞬間、クランセルの体は燃えるように熱くなる。驚愕して目を見開いた。耐えきれず、川へと飛び込んだ。
尾ひれだったそれは鱗のついた人の足へと変わり、水かきやエラは消え人型の姿になった。
「げほっ!げほっ…っはぁ。お嬢は…乱暴だなっ!」
「う〜ん…少し反発が大きいかしら?だめね、クランと波長を合わせたつもりだったけど…。バランスが悪いわね」
「なにっ、悠長に観察してんの!!」
クランセルは耳からピアスを乱暴に引き抜いた。その瞬間またあの熱が身体を襲う。冷やすように川に沿って深く深く浸かった。
「そのピアスがあれば、いちいち魔法をかけなくても遊びに来れるわ。便利でしょう?魔道具」
フェリルの言葉が耳に入らないくらい胸の奥がまだドキドキしている。さっきの熱が収まりきれていないらしい。
この世界には、魔法がある。
精霊魔法がほとんどだ。自然に祈りを捧げてこそ発動する精霊魔法は古代より生きとし生けるものたちの力となってきた。
故に、その力を一つの場所に束縛しようという観念は存在しない。
しかしながら、魔道具は現にフェリルの手の中にある。
魔道具。魔法で発動される現象を魔法陣として魔道具の材料となる物に刻み込むこと。繊細な魔力操作が必要とされる。それが高度な魔法になればなるほど、外界との魔力魔具に込められた魔力のバランス。複数の魔法陣の同時形成と発動。たとえ、その概念あったとしても生成には困難を極めるだろう。
「…フェリル、貴女はなんて規格外なの」
あまりの規格外にクランセルにただ呆れる。
「あら、行かないなら行かなくてもいいのよ?」
クランセルは諦めたようにフェリルの隣に座った。
「いやよ。このままじゃ、実験体として使われそうだし…」
「ふふ、そんなことしないわよ」
しかし、外そうとしていた指輪を元の位置に戻したのをクランセルは見逃さなかった。
「どうだか…」
「まあまあ、そうと決まれば!」
フェリルは両手に魔力を込めた。光がフェリルの両手を包む。
「万物を守り司る精霊よ、我に力を与え給え。我が望がまま、我が意志に答え、我手に与えし力で、かの者に地を!」
魔法陣がクランセルの真下に展開される。
眩しい光が溢れたと思ってらクランセルは人へと姿を変えていた。
あられもない姿で川から上がる。
「ほんと、貴女には負けるわ」
ニコニコ本当に嬉しそうに笑うフェリルを見るといつも調子が狂ってしまう。
「…このままじゃいけないわ。ドレスは?」
「ふふ、今日のドレスはねー」
ノリノリで取り出したのはクランセルの真っ白い髪に似合う水色のマーメードドレスだった。
テキパキと着替えを手伝うフェリルは嬉しそうだ。
「変わった型のドレスね」
「ローがクランのために作ったんですって。ハイウエストで、このフリルのあしらえ方…人魚みたいでしょ?」
「まぁ、確かに人魚みたいね」
「でしょー?ローが来たら褒めてあげてね」
「絶対お断り。そもそもあの引きこもりは来ないわよ」
「うふふ」
「なによ」
「何でもないわ。さぁ、行きましょう」
フェリルはクランセルに手を差し出した。もう、クランセルは諦めた顔でその手を取った。
手を取ると真紅の魔石で見繕われた指が光を灯す。そこを媒介に、転移魔法が発動された。
「逃がさないわよフェリル!」
突然聞こえてきた声はサチュアのものだった。
木々の隙間から飛び出してきたサチュアは空中で拘束魔法を発動させる。
「大地と大木の精霊よ、我に力を与え給え。我が望がまま、我が意志に答え、我手に与えし力で、かの者を捕縛せよ!」
その言葉とともに、木の根がまるで生き物のようにフェリル捕まえようと動き出した。
「サチュア、あなたもパティーにいらっしゃい!城で待ってるわ」
なんとも呑気な顔とともにフェリルとクランセルは姿を消した。
標的を失った束縛魔法は不発に終わり、1人取り残されたサチュアはただ立ち尽くしていた。
「…」
訳がわからなかった。一つ、いや、簡単な魔法を発動させるのも難しい。高位の魔法である転移魔法なら、なおさら複雑な術式と長い詠唱が必要だ。
サチュアはこめかみに手を当てた。
フェリルがまた何か規格外のことをしでかしたのは理解できた。
しかし、あの様子だと甘味を無断で食べたことはすでに忘れていると見て取れる。
…フェリル。貴女は私をからかうために無断で食べたんでしょう?
「…放置って、放置プレイって、そんなぁあ」
切に願うその声は酷くその場に響いた。
____________________…
この城のことを魔王城と呼ぶが、そんな大それた容姿ではなかった。幾たびの戦いの中で外壁は崩れ、装飾品は美しかった物陰もなく錆び、城の場内だった場所には草木がはびこるほど自然と一体化していた。
それを守るように高くそびえ立つ門に1つの大きな魔法陣が出現した。
「この城に来るのも久しぶりね、クラン」
「…ええ、本当に久しぶりだわ」
ふわりと地に降り立った。門をくぐり抜けるとそこにはいつもと変わらない城が広がった。
「メリー!メリー!」
フェリルは門をくぐり抜けると楽しそうに誰かの名前を呼んだ。
「メリーではない。メリーヴィントだ。…何用だ?」
不諦めた様子で姿を現したのは、この森の住人の兼自称門番の亡霊騎士のメリーヴィントだ。
「あ、メリー!ミーシャがパティーを開くって言ってたんだけど、メリーもどう?」
さも、当たり前のように尋ねるフェリルとは反対にメリーヴィントは激怒した。
どうも、パティーが行われようとしていることを知らなかったらしい。
「なんだと、あいつらまたそんなふざけたことをこの神聖な場所でやろうというのか!「フェリルー、クラン!」
あろうことか、そこに話題の人物がメリーヴィントの存在を無視するようなタイミングで現れた。
「…あんた門番とか言ってるくせに侵入許してんじゃん」
「ほんと、ほんと。俺たちの気配にも気づけないなんて…。ぷっ」
クランセルの発言に上書きするようにひょっこり出てきたのはレオナルドだった。
「レオナルド、貴様…」
メリーヴィントは激怒した。
しかし、肝心のレオナルドはというとクランセルにいつもの挨拶を交わす。
しかし、明らかに怪訝そうな顔をするクランセル。クランセルの拒絶にも躊躇うことなく絡んで案の定、平田打ちを食らった。ほんと飽きない奴だ。
もはや、話の中心だったメリーヴィントは蚊帳の外。
「メリーもしようよパティー!もう準備し終わったからさ!」
「っ!!貴様らなぁあ!」
そこに、空気の読めないミーシャ登場し、メリーヴィントは遂にキレた。ミーシャはというとポカンとしたなんともアホ面な顔をしていた。
そこに追い打ちをかけるように、ぽんぽんと肩を叩かれ振り向くと頬を指で突かれる。
「まあまあ、そう怒んなって。短気だなメリーは。可愛いミーシャちゃんの努力を無下にするのか?紳士のすることじゃないぞー、メリー?」
頬に平田打ちをくらった跡のニコニコスマイルのレオナルド。
「メリーもパティーにいらっしゃい。多いほうが楽しいわ」
満足そうに楽しく笑うフェリル。
「…はぁ」
メリーは諦めたようにため息を吐くと、スタスタと歩き出して行ってしまった。
「メリー、待って!みんなで一緒に見るの!」
我に返ったミーシャがその後をが追いかける。
「ほらほら、クランもそんな難しい顔しないで一緒に行こう?」
「…」
さっきの平田打ちのことなど気にもせず手を差し出すレオナルド。ミーシャは真顔で差し出した手を無視して、スタスタと歩いて行ってしまった。
「あーあ、振られちゃった」
残念という表情で呟いた。
「みんな、元気ねぇ」
ひとり、何かの余韻に浸るフェリル。
「…フェリル。ババくさいことは言うもんじゃないよ?」
「…ふふ、みんな可愛くて」
少しの間だけ、2人視線が絡み合う。先に目を伏せたのはレオナルド。
「俺たちも行こう。ミーシャちゃんと頑張ったんだよ?猛毒鍋」
「ふふ、随分と刺激的な名前だこと」
スッと差し出した手にフェリルは迷うことなく手をとった。
__________________…
「はぁはぁ…」
静かな森には荒い息の音が響く。サチュアはようやく川辺から城まで中間地点にたどり着いた。
「ちっ、何て理不尽なっ!」
ああ、私の甘味!フェリルのバカ!
甘味を食べられた怒りなどどこかに消え。虚しい。ただひたすらに虚しい。
ゴォォオオオオオオ______
雄叫びと共にサチュアの頭上に影がさす。
「…爺やも来たか」
緑の鱗を煌めかせ、知的な鋭く優しい目をした龍は、この森の変人の1人、竜族のノスフェラ。最年長にして、みんなにおじじや爺やと慕われている。
『爺や!どうせ見てるんでしょ!』
サチュアは飛び去ろうとしているノスフェラに向かって思念を飛ばした。
『…!これはこれは、サチュア。久しぶりだのぉ』
『わざとらしい!分かっているなら助けて!』
『ほっほっほっ、また姫様に遊ばれましたか』
『爺やも人が悪い。私は被害者だ!』
『ほっほっほっ、人使いが悪いのぉサチュアは』
サチュアは空中へ飛び跳ねた。
「…はぁ、助かった爺や」
『苦労人ですのぉ。サチュアは』
風が頬を撫で、鱗を伝ってノスフェラの暖かさが心地いい。
『ほら、着きまし「あのやろう、呑気に笑ってやがる!」ほっほっほっ』
忘れていた怒りが吹き上がる。
『ほどほどにしませんと_______…』
ノスフェラの声を聞く前にサチュアは飛び降りた。
『_____また、からかわれますぞぉ…
全く、この地には良い子ばかり集まりますのぉ』
「甘味ぃぃいいいいいいいい!!」
飛び降りた先には目的のフェリル。サチュアとは対照的にフェリルは満面の笑みだ。
「あ、サチュア。ローちゃん、もう来てるわよー」
「へっ?」
サチュアのなんとも言えないアホな声は飛び出してきた影に攫われる。
サチュアは勢いよく地面に叩きつけられた。叩き落とした張本人はと言うと…
「サチュアァァアア」
興奮しているご様子で。
長く伸びる尾はくねくねと動き、その金色の髪と鱗が放つ光はなんとも鬱陶しい。
「ロー!離れろ、暑苦しい!」
この森の変人の1人、着物を着崩し着こなすのは蛇女のロザリナだ。
「約束が違うわ!遊びに来ると約束したはずでしょ!」
尾がサチュアを締め上げる。
「ぐぅっ、」
「私はこんなに、サチュアを愛しているのにぃい!」
グリグリと抱きついてくるロザリナを横目に、サチュアはクランセルに視線を飛ばした。
その瞬間、クランセルは真顔のままとんでもないオーラを出したが自分の方が大事なサチュアは躊躇せず口を開いた。
「ロー!ほら、見ろ。クランがお前がデザインした服着てるぞ!」
そう、クランセルが来ている服はロザリナがあしらえたもの。彼女は服をデザインするのが大好き、元いい女の子を可愛くするのが好きなのだ。
「っ!?どこ?どこ!」
予想通りロザリナはクランセルに食いついてきた。
「…ちっ!____「きゃー!素敵よクラン!似合うと思ってたのよー!」
クランセルは慌てて飛び引いた。が、素早く尾に足を取られる。
「ウエストもぴったり!着崩れもないし、完璧だわ!」
クランセルを捕まえたロザリナはあちこち確かめるように触る。クランセルは諦めた顔をした。
「相変わらず、ロザリナは元気ですのぅ」
いつの間にか、隣にはノスフェラが立っていた。
「久しぶりね?爺や。元気そうでなによりだわ」
驚いた様子もなく、フェリルは自然にノスフェラに話しかけた。
「姫様もお元気そうで」
「もうその呼び方はよして頂戴。人族といっても、遠に人族の寿命を越しているわ。姫と呼ばれる歳じゃないわ」
フェリルは困ったように笑う。大きすぎる魔力はその者の時間さえも狂わす。
人族は、魔力を持つ者と持たない者がいる。他の種族に比べて魔法を使える者は少なく、尊敬されるのと同時に恐れられる存在。
「儂から見ればフェリルはまだまだ子供じゃわ」
存在を確認し合うように微笑んだ2人は視線をロザリナたちに戻した。
「また、ロー暴走してんのー?」
スタスタと歩いてきたのはミーシャだった。その隣には、ミーシャに手を引かれて渋々といった顔のメリーヴィントとレオナルドが立っていた。
「元気なのはいいことよ?うふふっ」
フェリルはニヤリと笑った。
「でも、クラン?色気が足りないわ!女の子なんだから化粧ぐらいしなさい!化粧は女の子のたしなみよ!」
「そんなの知らないわ!第一、人魚が化粧なんてするわけないでしょ!」
「うー!確かに、化粧なんてしなくても人魚はみんなこぞって美人だけど!」
興奮したように、目をギラギラさせて見つめてくるロザリナにクランセルは青ざめた。
「もっと私が可愛くしてあげ_____あうっ」
痛々しい音と、にっこり笑ったフェリルの顔があった。どうやら叩かれたらしい。
「ただでさえ、ロザリナは引きこもりなんだから。パティー始まる前にバテるわよ?」
「そーそー、そんなことよりパティーしようよ」
フェリルとミーシャが止めるように言うが、当の本人は痛いそぶりも見せず、はあはあと息を漏らし余韻に浸っていた。
「ローちゃんってほんと変態だよね」
レオナルドがクランセルを持ち上げ、ロザリナから引き離す。
「はっ!出たわね、女の敵!!ローちゃんを離しなさい!」
余韻から戻ってきたロザリナはレオナルドを見ると天敵を見たようにくってかかった。
「はは、酷いなぁ。女性が困っているのを助けるのは紳士として当たり前だろう?」
「なにが紳士よ!詐欺師の間違えでしょ!私とクランの大切な時間を取らないで!」
警戒し睨みつけているロザリナとは逆にレオナルドは楽しそうだ。
「…女性に許可なく、抱きかかえるなんて紳士のすることじゃないわね」
されるがままになっていたクランセルが口を開いた。
「おっと、これは失礼」
優しい手つきで降ろそうとするも、その手を叩かれ何事も無かったように2人から離れていった。
「照れ屋さんなんだからっ…と」
レオナルドの頬すれすれを尾がかすめる。
「クランが汚れるでしょう!!」
「それ、酷くない?」
レオナルドは笑みを深めた。
クランセルはスタスタと歩くと。ある場所て止まった。
「サチャア。よくも私を売ったわね」
「…仕方ないだろう。クランだってあの状況だったら即座に私を売っただろう」
「ええ、全くその通りだわ」
ぱんぱんと埃を払うと、まだじゃれ合うロザリナたちを眺めた。
「地上というのはどうも動きにくいわ」
「そう言ってる割には楽しそうよ。クラン」
「…だから、きたくもない地上に来てるのよ」
困った笑みでそう言うクランセルにサチュアは頷いた。
「ココは居心地がいい」
多分みんな思っているであろうことをサチュアが呟いた。
「…甘味さえフェリルに食べられなければ」
まだ、根に持っているらしい。
「その甘味は、フェリルが買ってきてくれてるんでしょう?皮肉ねー」
クランセルはクスクスと笑うとからかうようにそう言った。
「うるさいわね」
ふんっ、と息を吐くとロザリナたちに目を向けた。
フェリルが苦笑しながら、さっきのチョップをもう一度食らわす。
しゃがみこむロザリナだが、どこか嬉しそうだ。どうせまた、惚けてるんだろう。
しかし、フェリルは間髪入れずにもう一度食らわすと、ロザリナは根を上げた。
煙をあげる頭を抑えて涙目で悶えるロザリナ。
「サチュアーーー!クランーーーー!はやくーーー!パティーーー!!!」
ミーシャがブンブンと手を振る。
「調子いいんだから」
これが、この森の日常。