すずめ王国
2ちゃんねる投下作品を少しだけ改編して投稿しました。
朝倉メグミは走る。近所の中学生をあらわすセーラー服にカーディガンを着て、指定のかばんを抱えた小柄な女の子は走る。
いつもは時間を掛けて通過する聖地、彼女にとって特別な場所である『メグの名所』ですら風のように駆け抜ける。
その名所は歩道に植わった街路樹の特別な一本『黄金虫の墓標』であったり、赤い郵便ポストの『小太りレッドマッスル』などであったりするのだが、今日はそれらのどれも眼中に無い。
彼女は急いでいるのだ、もうじきその時間が、歴史的瞬間が訪れる。だから走る。軽やかに走る。そうやって走るのはけっこう楽しい。
思えば天地開闢以来、様々な国家が興り多様な文明が発展し続けてきた。そして数え切れない戦いによって淘汰されてきた。
それらのうねりのなかで今日、戦いを続けてきたとある一派があまたの敵を打ち倒し凱歌を上げ、歴史に名を残すのだ。
『第四十回小鳥大戦争』その決着の行方を彼女は知っている。その結果が現在にどうつながっていったか、歴史を知っている。
気になる結末は、『すずめ王国』の成立! 領域→二丁目あたり。国民→すずめ。主権→すずめの国王……わお、三要素ばっちりじゃん。
彼女は公園の大きな木の下に辿り着いた。息を弾ませてかばんを下ろし、中から給食のパンを取り出す。
そのパンを小鳥たちに餌として投げ与えるかといえば、あげない。自分で齧る。
齧りながら彼女は考える、「そういえば絶対強者って本当はカラスじゃない?」
さらに言えばトンビも鷲も鷹もいる、ただこの町にはふさわしくない、ってゆうかいない。うん、見ない。
カラスは怖い、朝の通学途中にゴミ袋をあさっているところに遭遇し、とまどっているところを威嚇された、追い払われた。
だからカラスの王国は認めない、わたしの入り込む余地の無い世界には、わたしの歴史が生まれることは無いのだ。
「鳩はどうなの?」さらにパンを齧る。鳩もなかなかの強敵である。
たとえばここが神社で、わたしがこんなふうにパンを齧っていたらきっとすごいことになる!
気が付くと、まわりにいっぱいの鳩だかりができて、そこでジ・エンド、わたしはパンを差し出すしかない。
もぐもぐと顎を動かしながらぼんやりと考えている……そろそろ時間だ。
冬の日没は早いから薄暗くなった町のあらゆる場所からすずめたちが帰ってくる。公園の中にあるこの大きな木に、多くのすずめたちが集う。
暗くなった空の、濃い青の天幕に小さな黒い点が羽ばたいている。公園の木に帰ってくるすずめたちが徐々に数を増し、さえずりが大合唱となる。
あたりが闇に染まる頃、それはもう耳を塞ぎたくなるほどの大音声となる。数は力だ! と言わんばかりの強烈な歌声!
『天の端っこの低空で
ミミズや芋虫、木の実
米をまくじーさんもおるし
ああ我らが羽毛の寝床(チーパッパ!)
風きり羽の栄光高らかに』
やっと覚えたすずめ王国の国歌を彼女は諳んじた。作詞作曲は彼女だから、やっと完成したと言うべきだろう。国歌の完成に合わせて今日、まさに今、すずめ王国の国王が決まる。
「う~ん、でも。さてどうしようか」
実は彼女はすずめの国王を誰にしようか、全く考えていない。彼女が知らないことは彼女の歴史に刻まれない、歴史に存在しないものを語る術を彼女は持たない。だから誰にもわからない。
わたしは朝倉メグミ、中学生、女子、好きなものはカレーパン。
それだけ? 何者でもない。わたしは中学生の女子で、名前はあるけれど他のみんなにも名前はある、みんな同じだ。
「わたしって何者? 何になりたい? そうね……決めた! わたしは体育の先生になる! それっていいねぇ」
相変わらずすずめたちは騒がしい、ひとつひとつの声が集まり、一堂に会し、それはもう聞き取り困難な、言わば雑音。
「もう何言ってるかわかんないよ! まっいいか。また見に来たらいいし」
ともあれひとまず歴史は刻まれた。朝倉メグミは中学時代に体育教師を目指して、新名所『すずめ王国』が出来た。