4:しずむ
現場は、もう十年近く前の集中爆撃によって打ち捨てられた町だった。今では廃墟に背の高い草木が茂り、半分ジャングルのような状態だ
「こんな都合の良い場所、よく知ってるよなぁ」
偽装用のテントを被せた軍用軽トラックの中で、サガミがぼそっとつぶやいた。
隣に座っていた通信技師兵が大きく頷いた。
「全くですねぇ」
この車に乗っているのは二人だけだった。もう3台、重装甲車が、近辺に隠れていて、2台の人形達はその遥か前方の空き地で照準を合わせている。
「敵さんは、オレらより余程この国を知ってるのかもな」
「それはウチの諜報班も同じでしょうね」
皮肉な話だ。だが相手は、自分の生まれるずっと前からの敵だ。この戦場にいる誰よりも長い間、この地を調べていると思えば自然だろう。
「いつまで続くんでしょうね、この戦いは……」
一人ごとのように届けられた言葉に、サガミは少々驚いたように隣を見た。サガミより四、五年は若いだろう准尉は、はっとしたようにサガミを見て生真面目に頭を下げた。
「すみません!このような場で士気をそぐような事言って」
サガミは首を振った。
「いや、オレはこの戦争が終るなんて考えたことがなかったから新鮮だったよ」
「中尉は士官学校出てすぐこちらですか?」
「あぁ……」
サガミは息をするように嘘をついた。本当のことは話せないし、ましてやこんな夜のこんな場所に向いた話でもない。
「准尉は、普通の大学とか専門校へ行くとかは考えなかったのか?」
先程の言葉と、青年の育ちが良さそうに見えたので、サガミは訊いてみた。
「はい。そちらへ行ったら、おそらく安全な場所で反戦を詠っていじけるのが目に見えていたので。それにこっちへ来た方が、自分でも誰かの役に立つんじゃないかなあと思って」
月明かりが差し込む下、はははと小さく笑う青年が、サガミにはどこか羨ましかった。
そういう優しい理由はいいなと思った。戦場にはあまり向いてないが。
「中尉は……」
准尉がそう言ったところで、敵機襲来を知らせるランプが赤く瞬いた。
車の中にも緊張が流れる。
サガミは頭に上げていたヘッドセットを定位置に直す。現在通信は禁止されているが、戦闘が始まってしまえばその限りではない。
レーダーを見ていた准尉が、「見えました、敵機影11」と静かに告げる。
耳の痛くなる沈黙の中、サガミの思考はそれを嫌って先程の話を考え始めた。
あのまま会話が続けられていたら自分は何と言っていただろう?
自分には選ぶ余地はあまりなく、なし崩しに軍に入って歩兵から……って? そうすると歳と階級のバランスが崩れる。技師という立場で下から始めれば、普通この歳ではどう頑張っても軍曹がいいところだろう。
だが士官学校を出ていれば、卒業と同時に任官される。
だから、周囲に不自然さを感じさせないように、ユーヤ・サガミは士官学校卒になっている。
だが彼にそこへ通った記憶はない。多分誰にもないだろう。だけど記録にはあるので、サガミが士官学校へ通っていたことを疑う者はいない。
ヒトの認識なんてそんなもんだ。
だからと言っては何だが、幼い頃の僅かな故郷での記憶の方が幻で、自分は戦場で生まれたんじゃないかという錯覚に時々陥る。
戦場で死ぬ――のは決定事項だった。
誰から言われずとも己の中で。何の疑いもなく。
ならば故郷の記録は既に消去され、記憶も曖昧な自分は、何処よりも戦場で生まれて死んでいくのが当然な気がして来るのだ。
突然目の前が明るくなった。
「始まりましたね」
意外に冷静な声が、サガミを現実に引き戻す。
サガミもヘッドセットの無線のスイッチを入れ、ツマミを回し流れてくるノイズや声を掻き分けて必要なモノを捜す。
『・・・z・・・・gigigi・・・こちら・・ナンバーワン・・』
ビンゴ、とつぶやきながらサガミはツマミを固定する。
「ナンバーワン、こちらB6です。コードをダブル0クリアに設定して、出来る範囲で現在状況をお知らせ下さい」
あらかじめ打ち合わせ済の認識コードを会話に混ぜながら、サガミは電波から読み取れる位置を己の端末に入力する。
『・・・あー・・・敵は多分11機。ウチ・・人形3機』
「タイプ分かりますか?」
『全・・・部L型に見えます』
「それはラッキーでしたね」
『の・・ようで・す・・――――』
戦闘に入ったのだろう。ピッという機械音がして無線が使えない状態になった。
マイクを少し離れた位置にずらしたサガミは、物問いたげな視線に気づく。
「あぁ、敵さんのLタイプの弱点は側面にあってな、そこを突くのにウチのB―Ⅰタイプ、今大尉が乗っているものの腕が適してるんだよ」
「なるほど」
「これなら大尉1機で何とかなったかもな」
サガミがぼそっとつぶやいた言葉に、准尉が驚いたように声を上げる。
「人形は3機だとしても全部で11機ですよ!」
その声に非難の響きを聞き取って、サガミは逆に質問した。
「人形1機で重装甲車何台買えるか分かる?」
「え?」
いきなりの質問に目を丸くした相手に、彼はもう一度その言葉を繰り返した。
「えーと、10台くらい……でしょうか?」
サガミはため息をついた。
「その認識じゃ無理ないな」
「あの?」
「掛ける10。倍じゃない、相乗した数が正解だ」
ワンテンポおいて、彼は叫んだ。
「ひゃ、百台ですか?!」
「それだって安く見積もった数字だ。実際にはもっと上、開発費を入れたら基地1コくらいコストがかかっている」
口を半開きにしたまま言葉も出ない相手にサガミは続けた。
「それに人形は乗り手の力量でその戦力は2倍にも、3倍にもなる。仮にも西面軍でエースを張っていた人形乗りなら、この倍の戦力でも一人で片付ける力量が当然要求される」
だから人形乗りの軍での地位は高い。気の荒い連中も多い。常に最前線に回され、高い能力を期待される代償である。
キリカも、いつも浮かべているあの笑顔の下で、どこか屈折しているのかもな……サガミは、遠くに明るく燃えている陽炎のような光を見つめながら、その中で敵と踊っているであろう『人形遣い』を思う。
見つめすぎて息苦しくなってきた頃、その光が弱まって来た。サガミは、放心気味に座っている隣に向かって尋ねる。
「レーダーは?」
「あ、は、はい! 敵の残存数はもう殆どありませ……あ、消えました」
その声と同時にイヤホンにノイズが復活する。
『・・・B6、応答願います・・・・・こちらナンバーワン・・・』
サガミはマイクを元の位置に戻した。
「はいB6」
『・・・・・戦闘、終了しました』
「了解。こちらのレーダー反応も消えました。後の始末は重装甲班に任せて、すみやかに帰投願います」
『了解・・・』
無事終了か……サガミは人知れず息をつく。
真面目にキリカの能力を判断するなら、こんな簡単な戦場では話にならない。
だからこれは能力の確認でなく、彼のBタイプに対する適性検査のようなものだろうとサガミは推測した。
サガミは手元の情報端末を操作し、キリカの戦闘に関するデータの最後に、『問題ナシ』と打ち込む。
今回のデータでキリカの適正は保証されたと言っていいだろう。
だとしたら次は本番がくる。
だが、何でここにいるのが『オレ』なんだろう……? 考えても仕方ないことを考えてしまうのも、この場所のせいだ、とサガミは思った。
大昔医者から送られた、『とにかく嫌なものから気をそらすことだよ』の忠告は、当時のサガミのリハビリに非常に役立った―――ゆえのトラウマなんだろう。
キリカの人形が近づいて来た。
戦場は嫌い。人形は嫌い。人形遣いはもっと嫌いだった。
「……中尉?」
准尉が心配げにのぞきこんでいた。
「悪い、少し疲れた」
サガミは自嘲気味に唇を歪め、指で眉間を押さえる。
「何もやってないのにな……」
「い、いえ! ここの雰囲気だけで充分疲れますよ! オレなんか、これでもう5回は出てきてるのにまだ慣れませんから。後ろで記録してるだけなのに!」
通信担当の新兵さんなんかに気遣われて……サガミの笑みは本物になってしまった。
「そうだな」
サガミが笑いかけると、准尉がほっとしたように笑った。
ワタシハ過去ニオイテ100度以上ノ出撃ヲ繰リ返シテマシタ……
口に出せないサガミは、頭の中が徐々に過去に侵食されていくのを感じていた。
戦場に来てから?いや――――キリカが赴任してきてからだ。
冷めていく意識のどこかで、あきらめるようにつぶやく自分の声を、サガミは遠く聴いた。