3:ためす
「はいOKです。戻ってください」
サガミはヘッドセットのマイクに告げる。
イヤホンから『了解』と返るのを聞きながら、サガミは周囲に演習の撤収を指示した。
10分ほどで、回収された人形を乗せたジープが戻り、助手席からキリカが降りてきた。
サガミは「お疲れ様です」と声を掛け、ICボードを持って近づいた。
「早速で悪いのですが、以前の機体データと比べた数値的なブレが、最後のテストではほとんどなくなりました。乗っていてどうですか?」
「うーん、正直言ってまだ違和感はあります。でも気になる程ではありません、って言うか、戦闘が始まっちゃえばそんな些細な余裕は吹っ飛ぶと思いますよ」
「成程」
頷いて、ボードに所見を入力していたサガミは、面白そうに自分を見ているキリカに気づいた。
「何か?」
「いや、サガミさんは、聞き返さないなと思って」
「え?」
「今みたいなことを言ったら、前にオレの機体を整備していた人なら『アバウトなことを言うな』って怒ったでしょうから」
サガミは少し考えるようにしながら、入力用のペンでこめかみを掻いた。
「まぁ、感覚を数値に変換しろって言っても、乗ってる当人には難しいですよね」
「そうですね、何パーセントが良くて何パーセントが悪いとか言えないこともないんですが」
「それをそのままこちらへ伝えられても、あまり参考にはならないと思いますよ」
サガミは少し笑った。
「あなたの感覚の尺度が、情報端末のものと一致してるという保証はありませんから。以前の基地の方がどういう情報を取りたかったかはしりませんが、オレには今みたいに言っていただいてこちらで勝手にレポートをでっち上げる方が合っています」
自分のレポートを『でっち上げ』られると言われた男は、くすくすと笑った。
「いいですね。それって、オレの感覚の尺度をアナタは分かっているってことでしょう?」
サガミは手を止めず、あっさりと言い返す。
「分かりませんよ。だからでっち上げると言ったでしょ」
ちぇっと、大して悔しそうでもなくつぶやくキリカに、サガミはようやく入力の終ったボードを振った。
「これ、カデナ大佐に出してきます。あなたは、今日のところはもう上がって大丈夫だと思います」
「はい」
キリカは素直に頷くと、周辺に幾つか転がっている椅子に腰をかける。背もたれによりかかり腕を空に伸ばしながらキリカが首を曲げてサガミに告げた。
「用ができましたら、携帯用通信機鳴らして下さいね」
サガミは片手を振り、その場から歩き出す。大分キリカに慣れてきたなと思った。
最初の印象よりくだけた相手だった。
付き合いやすいのだが、いつも何か引っ掛かるものも感じていた。それが自分のせいか、相手のせいか分からないのでいつも一歩引き気味な対応になる。
「いい奴だとは思うんだけどね」
まぁ、特別仲良くなる必要はない……ため息と共にそんな言葉を吐き出す。
基地内は外敵防止の為複雑な構造になっている。
最短距離をたどりながらサガミは司令本部へ向かった。
「つまり」
サガミの提出したレポートを一読したカデナ大佐は、余計な話はせず核心をついてきた。
「もう、キリカ大尉と大尉の人形は、実戦に耐えられる。そう、君が判断したと受け取って間違いないかね?」
「はい」
「ふむ、さすがだな。機種変更して五日間か……」
「以前乗られていた機種と、全く同程度のパフォーマンスが出来るとは申せませんが」
付け足すサガミに、大佐は分かっているというように手を振った。
「よし、お手並み拝見といこう。ちょうどと言っては語弊があるが、第21区に敵の人形が数機降りてくるという情報が入った」
「日時は?」
「明日の夜だ」
サガミは思わずため息を吐いた。
「当たり前ですが、急ですね」
「事前に情報が入ってくる時点で、急襲とは言えないがな」
「そうですね」
大佐の皮肉な口調に、サガミも苦笑を返す。
「予定では人形1機、重装甲車10機を向かわせるつもりだったが、そこに大尉の1機を加えて、重装甲車を3機に減らそう」
「妥当ですね」
大佐が口にした以上、今聞いたことは決定事項だった。
細かい話をする前に、思い出したように大佐が付け加えた。
「君も一応サポートとして同行してもらう」
サガミの反応が一瞬遅れた。
「はい」
それを見て大佐が頷いた。
「勿論、君の調整を疑ってはおらん。だが大尉は今度がBタイプでの初めての実戦だ。どんなトラブルが起こるか想像がつかないので待機していて欲しい」
「はい」
今度はレスポンスなしにサガミは返事ができた。
内心はどうあれ、外側からはいつもの彼だった。
サガミが出動する旨を聞いて、顔をしかめたのはスズだった。
「何で後方支援が大前提の班が行くのよ?」
「班が行くんじゃない。オレが大尉のオマケで付いて行くだけだ」
「だから……!」
「決めたのはオレじゃない、上だ」
きっぱり言って、サガミは彼女にすまなそうに笑った。
「別にオレが出撃する訳じゃない。現場にいてデータを取るだけだよ」
スズは唇を噛んだ。
「あーもー!」熱を振り払うように頭を一振りすると、これみよがしに彼女は言った。
「ふん、前線に行かないから第一整備は楽だとか、卑怯だとか陰口叩かれても黙ってたのにねぇー」
「そんなバカはほっといた方がいいですよ」
スズが振り返って声を上げる。
「大尉!」
背後からパイロットスーツを着て現れたキリカは、スズに、ニヤッと笑いかけた。
「ここだって充分戦場です。前線との違いは、自分から喧嘩を吹っかけるか相手が吹っかけてくるかだけですよ」
サガミも頷く。
「全くだな。どうせ装甲重機部隊辺りだろ、戦場にいたくないなら軍をやめろと言ってやれ」
人形関係以外の整備班はどこであろうと、使用される場所に一緒に派遣される場合が多い。
しかし人形は、扱いが複雑で精密な為、現場での細かいメンテナンスが不可だった。また、人形を扱える技師が少ないというのもあって、人形関連の整備士は滅多に現場に出る事はなかった。
その中でも、さらに少ない女性の技師であるスズは、何か言いたそうにサガミを見上げた。
だが実際には、キリカに向かって告げた。
「あの、大尉……ご無事でお帰り下さい」
サガミはいつも快活な彼女らしくない、しおらしい言葉だと思ったが、言われた方はそうは思わなかったらしい。
「分かりました」
真面目な声でスズに返すと、ひどく優しい笑顔を浮かべて、頷くように頭を少し前へ傾けた。
そして、サガミを振り向いて
「もう、用意はいいでしょうか?」
と聞いた。
キリカの表情に目を取られていたサガミは、はっとしてあわてて頷いた。
「あ、はい」
「それじゃそろそろ行きましょうか」
いつもの笑みを口元に浮かべたキリカは、わざとなのか昼を誘う時のような軽い口調だった。
「えぇ」
サガミも軽く応え、二人はスズに見送られ戦場に向かった。