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楽園  作者: 干支ピリカ
2/4

2:なつく


 日差しのキツイ朝だった。

 午後からまた暑苦しくなる……軽く息を吐いて仕事場に入ってきた、整備班の副長、スズ・プロムナー軍曹は、昨日の午後から姿を見せなかった班長を見つけた。

「おはよ!」

 軽くその猫背気味の背中を叩いたつもりだったが、相手は軽い悲鳴を上げ身体を引きつらせた。

「!……ってぇー。あぁおはよう、スズ」

「どうかしたの?ユーヤ」

「はは、昨日床で寝ちゃって……」

 スズは見せつけるように形の良い眉を寄せる。

「また? 前も確か格納庫(ここ)のスノコの上で寝てたわよね?」

「いや、今度はちゃんと部屋まで行った」

「じゃ、何でベッドまで行かないのよ!?」

 もっともな疑問に、サガミも少し頭を抱えた。

「あー、そのー、床の上で考え事してたらそのまま眠くなったんで」

 あきれた……、とスズはつぶやいた。

 もっともな言葉なので、サガミも反論しなかった。

 そこへ他の班員もやってきた。

「おはよっございますっ、班長、スズ!」

 再び後ろから先刻よりも強い力で背を叩かれ、サガミはもう言葉もなくうずくまる。

「ど、どうしちゃったの、サガミさん?」

 サガミに代わってスズが冷たく答えた。

「昨晩、床でお休みになったそうよ」

「え、また倉庫で鉄板と添い寝ですか?」

 どこまでも情けない話だとサガミが慨嘆すると、背後から、すでに昨日一日で聞きなれてしまった声がした。

「ゆうべ、あれからまた倉庫に戻ったんですか!?」

 斜め後ろを振り仰ぐと、銀色の光に包まれているようなキリカの頭が見えた。

「違います。昨日はちゃんとあのまま部屋で眠りました。ただその場所がベッドじゃなかっただけで」

 立ち上がり説明するサガミに、キリカは複雑な表情をしたまま訊く。

「床で寝るのがお好きなんですか……?」

 背後で笑いが起こる。

「違います。不可抗力です」

 疲れた口調でサガミが弁明すると、また密かな笑いが起こった。サガミはパンッと手を叩くと、彼らへ向けて号令をかけた。

「機甲大隊第一整備班整列! 新しい大尉殿だ!」

 好奇心も手伝って、四名の班員は一瞬で二人の前に揃った。

 サガミはスズの前に手を差し出す。

「大尉、ウチの副長のプロムナー軍曹です」

 スズは一歩前に出て、優雅な仕草で敬礼する。新任の士官を見る目は、あふれんばかりの好奇心で輝やいていた。

「シアン・キリカです。お世話をかけると思いますがよろしく」

 キリカは端正な顔で微笑み、右手を差し出した。

「スズ・プロムナーです。こちらこそよろしくお願いします、大尉」

 スズは軽く頭を下げ、顔を赤らめてキリカの手を取った。

 一人一人に名乗らせると、サガミはすぐにその場を解散させた。仕事は毎日ギリギリまでたまっている。しかも今日は、自分は別件にかかりきりになるかもしれない。

 別件キリカを振り向くと、彼はにこっとサガミに笑った。

 朝食前に寮で顔は合わせていた。司令からキリカを呼びに軍曹が差し向けられていたので、そちらに任せて以来である。

「オレは今日からあなたの下でBタイプの演習だそうです」

 サガミは額を押さえた。言葉を少し飾ってもらいたかった。

「大尉……」

「昨日も言った気がしますが、キリカでいいですよ。オレもサガミさんって呼びますから」

「じゃあキリカ大尉。確かにオレがサポートにつきますが、あくまでこの演習は大尉が主体で行われるものですから」

「はい」

 歯切れの良い返事だったが、サガミには頷くキリカの口元が笑っているように見えた。

「どうかしましたか?」

 口を閉じたサガミに、キリカが声をかける。

「……いえ、行きましょう」

 からかわれるのは面白くなかったが、それを指摘するには階級が足りない。サガミは機体の方へ歩きだした。

「あの、オレなんか気に障ること言いました?」

 すぐに横へ並んだキリカが首を傾け尋ねる。

「別に何も」

「別にって感じじゃないですか」

「そうですか、オレはいつもこんな感じですよ」

「サガミさん!」

 情けない声で名前を呼ばれ、サガミは面倒そうに息を吐く。

「失礼しました、大尉。オレはからかわれるのが、あまり好きではないもので」

「オレも嫌いですよ。誰かアナタをからかいました?」

 明快なセリフに、サガミは立ち止まり相手をまじまじと見る。

「からかっていたんじゃないんですか?」

 途端に素っ頓狂な声が返る。

「オレがあなたをですか? 神に誓ってそんなことしてません!」

 キリカは言い切ったが、サガミには本気かどうか分からなかった。

 ですが……とキリカが言いづらそうに続けた。

「オレにその気がないのに、そう聞こえることがあるのは知っています」

「?」

「つまりですね、時々オレにそういう風に言ってくる方がいるんですよ」

「時々、ですか?」

「はぁ、大体オレが好意を持った人なんですが」

 淡々と、何やら恥ずかしいことを言われた気がして、サガミは眉を寄せたが、相手がどうやら本当に困っている様子なのは見て取れた。

「もうこの件を追求するのは止めましょう。オレが何か誤解していたようですから」

「それじゃ許してくれるんですか?」

「少なくとももう怒ってません」

 それは事実だった。気が抜けてしまった。

「良かった」

 子供みたいな顔で笑われ、サガミは相手がどういう人間か分からなくなってしまったが、次のセリフでそれは困惑の境地に達した。

「サガミさんに嫌われたくないんです」

 それは何故かと、尋ねる権利が自分にはあるような気がしたが、どこか返る答えが怖かった。

「そうですか」

芸のない返事をしたサガミに、キリカは

「そうです」

平然と返した。

 それじゃあ……とサガミは冷静にこの会話を断ち切って、今日の演習についての話に移った。


 とはいっても、この時周囲が興味深々で二人のやり取りを見ていたことなど、全く気がつかなかった位には、サガミに余裕がなかった。

 結果、後から業務連絡をスズと交わした際、

「気が合う人で良かったじゃない」

 と言われ、サガミは驚愕の表情を表すことになった。

 スズとしては自分達のチームに組み込まれる上官が、エリートを鼻にかける嫌な奴だった可能性の方が高かったので心からの祝いの言葉だった。

 そしてサガミの表情を無視して言葉は続けられた。

「あなた達、昔からの友達みたいだったわよ」

 サガミは天を仰ぐしか出来なかった。


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