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楽園  作者: 干支ピリカ
1/4

1:出会う

 西面軍所属機甲師団にいた大尉が赴任してくると、北面軍で話題になったのはその三日前。


「まだ二十四だって」

 同僚の言葉に『若いなー』と、サガミは思った。

「その歳で大尉ってことはエリートだろ?」

「エルスター戦で星三つもらった英雄だとさ」

 あぁ成る程。

 噂は聞いたことがあった。人形(カラクリ)一機で、敵方の機甲師団を一つ沈めたって話だったが、それは大げさにしても結構な戦果を上げたのだろう。

「聞いてるの?」

 一人黙ったままのサガミに、隣に座っているスズが声をかける。

 整備班でも珍しい女性兵士の問いに、サガミは笑って応える。

「聞いてるよ、でも何でそんなエリートさんが、わざわざ北面(こっち)に来るんだろ?」

 西面の戦局が落ち着いているという話は聞いていたが、そんな凄腕の人形乗りを手放す基地があるとは思えなかった。

「そう、それが変よね」

 頷く彼女に、向かい側から積極的な声がかかる。

「これはさ、やっぱりあの噂が本当だったことじゃないか?」

「うわさ?」

 スズは肩上で切り揃えられた真っ直ぐな黒髪をなびかせ、発言者に振り向いた。茶髪の青年が嬉しそうに説明しようとした時、別の声が割って入った。

「新しい大尉の赴任は、軍の人事移動の一環だ」

「カ、カデナ大佐!」

 その場にいた全員が立ち上がる。

 この部署のみならず、基地全体で上から数えた方が遥かに高い地位の男は、どんな状況においても変わらないと言われている微笑を浮かべていた。

「それ以外の理由を詮索している暇が、君らにはあると思えないが?」

「イエッサー」

 皆、直立不動の姿勢になり叫ぶと、逃げるように持ち場に戻って行った。

 サガミもやれやれと立ち去ろうとしたが、呼び止められた。

「サガミ中尉」

 一応彼は整備班の班長であるので、珍しいことではなかった。

「はい」

 敬礼する部下に、大佐はあごで隅に寄るように合図する。

「なにか?大佐」

「うむ。先刻の話に出ていた大尉の件だが」

「はい」

「噂には聞いていると思うが、彼は人形乗りだ」

「はい」

「それで、彼の騎乗する人形の整備を君に頼みたい」

 おや?と思ったが口に出さず、サガミは答礼した。

「はい」

部下の返事を聴き、大佐は先程の微笑とは別の、少し温和になった笑みを浮かべた。

「質問を受け付けよう」

 サガミは頷いた。

「はい。西面軍の人形はA-Ⅱタイプが主流です。赴任される大尉の人形も、確かそのタイプだと聞いたことがありますが?」

「その通りだ」

「しかるに私の班で扱っているものは主にB-Ⅰタイプです。その基本的構造において我国の人形はそう変わりがある訳ではありませんが、この基地にもAタイプを専門に扱っている者もおります。それを差し置いて私が担当するという理由をお聞かせ願えますか?」

 大佐は推し量るような目で、サガミを見ていたがややあって口を開いた。

「大尉の、この基地においての人形は、Bタイプを使ってもらう事が決定している」

「それは……」

 タイプAとBは中の構造においてそれ程の変化はないが、操作性には幾つか大きな違いがある。

 新兵の頃は取りあえず与えられた機に乗ることになるが、一度慣れてしまえばタイプの違う機に乗り換える事は滅多に無かった。

「何かね?」

 そんなことは百も承知だろう大佐のその言葉で、それ以上の質問が無意味なことを知ったサガミは、首を振った。

「いえ、質問は以上です」

「よし。三日後の午前11時、指令本部に出頭したまえ」

「イエッサー」

 彼の敬礼に頷いて、大佐は格納庫を後にした。

「ねえ何だったの?」

 重いドアが閉じるのを見届けて、スズが走ってきた。

 サガミはそちらには曖昧な笑みを浮かべて首を振り、胸の内で

「めんどくさい事になりそうだ」

とつぶやいた。


 ノックをするとすぐに入るように、中から了承の声がかかった。

「機甲大隊第一整備班所属、サガミ中尉入ります」

 ドアを開けると、中には北面司令官のクガ大佐とその秘書の女性兵士、副指令であるカデナ大佐、そして背の高い男が一人立っていた。

 男の短い銀色の髪が、ちょうど窓からの光に反射していた。サガミは思わず目を細めた。

「サガミ中尉、ご苦労」

 カデナ大佐が彼に声をかけ、横に立つ背の高い男の方へ向き直る。

「キリカ大尉、こっちが今話していた君の人形の整備を担当するサガミ中尉だ」

 大尉と呼ばれた男はサガミに手を差し出した。

「シアン・キリカです。よろしく」

サガミが心もち顔を上げると、彫の深い端正ともいっていい顔立ちに、感じの良い笑みが浮かんでいた。

 髪の淡い色とは対照的な、深い青の瞳が他人に強い印象を与えるだろう青年は、確かに大尉と呼ばれるには若い。

「ようこそ北面軍へ。ユーヤ・サガミです、よろしくお願いします」

 サガミも当たり障りのない挨拶を告げ、その手を軽く握った。

「早速で悪いのだが中尉。第九倉庫に彼の専用機となる『B-Ⅰ』タイプの人形がある。一応のサイズデータは渡してあるが調整を頼みたい」

「分かりました」

 頷いて、新任の大尉を促して退去しようとしたサガミの背に、カデナ大佐の声がかかる。

「あぁサガミ中尉、ついでと言ってはなんだが、彼の宿舎での部屋は君と同じ棟なんで、そちらへも案内を頼む」

「了解しました」

 軽い返答をしてサガミは、その部屋を後にした。


「何かと面倒をお掛けするようで、すいません」

「謝られることなんか何もありませんよ、大尉」

 腰の低い人だなとサガミはひそかに驚く。

 軍の中核である人形(からくり)乗りの若いエースなんて、どれ程増長していてもおかしくないのだ。

「サガミ中尉はこちらに長いんですか?」

「そうですね、もうかれこれ5年以上になりますね……っと、キリカ大尉」

「はい?」

「私相手に敬語は不要です。ご存じでしょうが階級も下ですし」

 苦笑いを浮かべたサガミに、窘められた相手は屈託なく笑った。

「あぁ、気にしないで下さい。オレこないだの戦で、いきなり特進しちゃったんで、まだ中尉、いやその前に中尉に上がったばっかだったから、まだ少尉みたいなもんなんですから」

 そう言われても、と思ったことが顔に出たのだろう、尚もキリカは言った。

「サガミ中尉はオレと同い年か少し上でしょ? ならオレが敬語使っても変じゃないでしょう?」

 軍隊には階級が違えば、実年齢は殆ど意味をなさないものだと……なんて言っても仕方なさそうなので、「はぁ」とか言って言葉をにごしたサガミに、キリカは面白そうに尋ねた。

「でもサガミ中尉もその歳で中尉なら、敬語は使われ慣れているんじゃありませんか?」

 サガミは少し気を引き締めた。

「後方支援部隊の場合、昇進はそれ程劇的じゃありません。私は結構歳相応だと思いますよ」

「そういうものなんですか」

「はい」

「へー」

 そんな話をしてるうちに、彼らは倉庫に着いた。

 二人が入っていくと、サガミの顔見知りの現場管理官が手を上げた。

「サガミ!こっちだ」

「ヤマネ少佐」

 そちらに歩いていくと、彼らを待たずに管理官はすたすた歩き出す。

 小走りで追いついてその後につくと、手元のボードを見たままのヤマネから声がかかる。

「届いてるぜ、B-Ⅰタイプ『パンゲア』。そっちのハンサムな大尉さんが乗るんだろ?」

 相手の背中に向けて、キリカが笑って応える。

「本日からこちらの基地に配属になりました、キリカです。よろしくお願いします」

「オレはヤマネだ。物資補給の主任やってる」

 応じつつもヤマネは前を向いたままで、いきなり左折したかと思うと立ち止まり、ようやく二人を振り返った。

「これだ」

 そう言いながら空いている方の手で彼が叩いたのは、三メートル四方の鉄枠に支えられている深緑に塗られた装甲騎兵―――人形(カラクリ)であった。

「一応のアンタのデータは叩き込んでおいた。後の調整はサガミに頼んでくれ」

「はい」

「大佐、コレもう格納庫(オレんとこ)に持って行っていいんですか?」

 サガミが聞くと、ヤマネは近くの柱にあったコントローラーを取り出す。

「いや、一応ここで梱包解いて一通り中身確かめてくれ。お前なら一人で平気だろ?」

 あからさまに顔をしかめた相手に、彼は豪快に笑ってコントローラーを手渡す。

「悪く思うな、ウチも今ちょっと手が足りなくてな。後で不具合が出ても、そっちまで引き取りに行くのが面倒なんだわ。優秀な助手もいることだし頑張れや」

 言うだけ言って、あっさりと立ち去ってしまった後姿を見ながら、サガミが恨めし気につぶやく。

「やれっておっしゃるならやりますがねー……」

「こことサガミ中尉の仕事場は遠いんですか?」

 キリカの問いにサガミは頷き、コントローラーを忌々しげに見つめる

「遠いんですよ。基地の対角線上の反対です。だから大佐の言いたいことも分からなくありませんが」

 サガミはコントローラーを作動して、人形の鉄枠を外すと、思わずため息をついた。

 いつもならサガミの班四人でチェック項目を割り振って行う作業である。

「……ちょっと、かかりそうですね」

 優秀な助手と指名されたキリカが、苦笑を浮かべてつぶやいた。


 二人がその夜宿舎に帰り着いたのは、夜番の兵士が出勤する頃だった。

「着任早々、こんな時間まで働かせてしまって……」

「いやあ、こんなもんでしょう」

 彼の軽い口調にも、さすがに疲れが混じっている。

「……しかも、整備の手伝いなんかさせてしまって」

「あ、それは当然です!」

 急にはっきりとした言葉が返ってきて、サガミは顔を上げて相手を見る。

「自分が乗る機体の整備に、自分が立ち会わなくてどうするんですか?」

 明快に言い切られて、サガミは少し考えて言葉を返した。

「立ち会うだけでなく、色々させてしまいましたが?」

「戦場だったらオレ一人でやる事です、今日はアナタが一緒で本当に楽でした」

 心からそう思ってると分かる言葉に、サガミも微笑んだ。

 だが彼を部屋まで送って別れた後、そう離れてない場所にある自分の部屋に戻ると、サガミは閉めたドアにもたれかかった。

ズルズル体を地べたに落とすと、サガミは苦い物を食べたように顔をしかめた。

「……あーあ。もっと嫌な奴だったら良かったのに」

 わざわざ口に出してそう言うと、そのまま座り込んで眠ってしまった。



※人形:カラクリと呼ばれる装甲騎兵。

ガンダムというよりボトムズみたいなもんだと思っていただければ…いやボトムズって分からんか(-_-;)。それじゃGガンダム…もっと分からんわー(実は自分もよく分からない)。



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