記憶
突き立てる物が無ければ切っ先は行き場を失くす
果たしてそれは救いか、あるいは絶望か
茜浜市は所謂地方大都市の一つだ
人工は六十万人を超え、一時期は周囲の市町村を合併し政令指定都市を目指そうとまでした巨大な市である
しかし、その町の中でも温度差があり駅周辺の発達した地域と、境界ギリギリの地域では様相がまるで違くなってしまう
車で20分も走れば山や田畑を簡単に見ることが出来るほど開発されている地域は密集している
急速な発展に付いていけない人や、発展に合わせて移り住んだものの中心部にいるほど収入があるわけではない者
その両者が中間地点で住宅街を気付きあげるのにさほど時間はかからなかった
目覚ましの時間の三十分前に起きる
日々の生活習慣に刻まれた癖で、時計を見ながら後悔してしまう
(もうちょっと寝れたのに・・・)
そう思いながらも体を起こし、寝起きの頭を働かせようとするのは生来の生真面目さからか、はたまたここで寝たら起きれる気がしないが故か
考えるほどの事でもなく、後者であろう
そもそも自身が生真面目であると感じたことなど生憎一度たりとも無いのだから
「朝飯でも作るか」
目標を決め準備に入る
時刻は6時50分
登校までにはまだまだ時間がある
二階にある自室から出て、階段を下りて一階のリビングに出る
「うわっ、寒ッ!!」
冷え切った朝のリビングは、春先でもあるのに関わらず息が白くなるのではないかと言うくらい寒かった
イソイソとエアコンのスイッチを入れ温まるのを待つ
そのついでとして冷蔵庫の中にあるものを確認する
パッと開いた中には大量のチョコレートとその山に隠れるようにヒッソリとある僅かな食材
対比的には10:1であろうか
「あっちゃぁ、食材ほとんどねぇじゃん
今日あたりでも買い出し行かないといけないな」
呟きながら手前にあった板チョコを一枚取り出し、乱暴に開封して噛みつく
軽い音と共に少し先で割れて少し小さい破片になる
口の中が甘さでいっぱいになり、それに若干の不快を感じるーなはずなのに
「何で、いつも喰っちまうんだろう?」
自分自身そこまでチョコレートが好きなわけではない
むしろ甘いものは全般的に苦手であり、お菓子なども付き合い程度で多少食べるくらいだ
なのにチョコレートは食材が無くなっても絶対に冷蔵庫の中に大量に買い置きをしてしまう
「それに・・・これを食べてるときだけ何か思い出しそうになるんだけどな・・・」
口の中の甘さを感じるたびに何か大事な事が脳裏をよぎる
しかしその内容を認識できないモヤモヤが更にチョコレートを食べる手を加速させる
あっという間に一枚食べきってしまい二枚目に手を出そうとする
ーーー!
ズキッと頭痛がする
まるで鋭い針で脳を直接刺されたかのような痛み
二枚目に手を出そうとするたびにこの頭痛は俺自身を襲う
まるで何かを遮ろうとするかのように
以前無理矢理二枚目を食べたことがあるが、その時はあまりの痛みに気を失い数時間気絶してしまった
「ったく、何だってんだよ
高々チョコレート一枚如きに」
そうぼやきつつも冷蔵庫から離れ、リビングの椅子に掛けておいた上着を羽織る
家を出るには少々早い時間だが、朝ごはんを調達しなくてはいけない事を考えるとちょうどいいのかもしれない
「いってきます」
玄関先でつぶやいた言葉には、当たり前のように返事は無かった
もうすぐ梅雨入りしそうな季節にしては珍しく湿気が少ないように感じる
それが外に出た最初の感想だった
傘の必要性が無い事を確信し、今日の選択が間違いではなかった事を少し喜ばしく思う
大人しく天気予報を見ればいい事ではあるが、いつも決まって外に出た感想で傘を持つかどうかを決めるのが癖になっていた
住宅街の近くには二種類の高校がある
駅前の方向にある自分の通う県立高校
それと反対の方向にある私立の進学校だ
今正に自分の隣をあるいていく少女達はその私立校の生徒であり、自分も含めて周囲の男子学生はその姿をチラチラと覗いている
なにせ美少女揃いと噂の学校であり、お嬢様学校とまで言われているのだから、それも仕方のないものだ
車が二台ほどしか通れない道を進んでいくと開けた大通りに出る
この辺りから住宅は減っていき、ビルや娯楽施設、コンビニなどが多くなってくる
その通りを数分歩いた所にひっそりと学校が立っているのだ
「おっと、朝飯買わねぇと」
近くのコンビニに入り陳列棚を見る
朝買っていく人が多いのか十分に補充されたおにぎりやサンドイッチが並んでいる
数分悩んだ末にサンドイッチとお茶を手に取りレジに並ぶことにする
財布の中身が若干軽くなったものの生活費はまだまだ痛くはない程度だった
おつりを貰い外に出ようとした時、一人の女子生徒とすれ違う
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白い世界
剣、刃、ナイフ、刀、銃剣
真っ白な風景の中に刀剣の類が所狭しと並ぶ
そんな異形のカタチ
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「え!?」
口から漏れ出た声は誰にも伝わらなかったようだ
一瞬意識が飛んでいたらしく、すれ違った少女は既に店の中で商品を選んでいるようだ
一体なんだったのだろうか?
しかし、意識しても思い出せそうに無い
仕方なく学校へと向かうことにした




