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序章ーあるいはもう一人の始まりの切っ掛け

白くて窮屈な病院の中で彼に出会ったのは偶然としか言えない

後の私はそう語るだろう

では、今の私は?

そういうのならばきっと、運命とか必然とか、そういった確定事項なんだ、って主張すると思う




当時の私は非常に頻度の高い入退院を繰り返していた

それは自身の体が病魔に蝕まれていたものによる

現代の医者が匙を投げだす程度には難病だったらしく、発作が起きるたびに救急車で運ばれ治療を受けるために入院する羽目になった

初めの数回は慣れない事も相まって多少は大人しくしていたものの、ある程度回数をこなし、発作が収まった後の容体も理解した頃、私の趣味は院内の散歩になっていた

それでも最初の頃は比較的元気な人達ー検診や診断に来ていた人や骨折程度の入院をしている人たちと遊んだりお話をしていた

しかし、その度に実感するのは彼らと自分の違い

彼等に取ってこの場所は一時的な宿り木に過ぎない

ここで一休みをし、回復したら自分の望むところへ飛び立って行ってしまう

それに反して自分はどうだ

すでにこの鳥籠の中でしか生き永らえない、そんな籠の中の鳥

飛び立つ術も忘れ、広い世界の事など知らず、ただ今を生きているだけの存在

触れ合うたびに違和感が自分を襲い、傷つけ、蔑んでいった

それに従い徐々に触れ合う人たちも変化させていった

通院の人から、病室にこもりっきりのお爺ちゃんやお婆ちゃんたちに

あの人たちは私を孫の様に可愛がり、そして様々な話を聞かせてくれた

井戸端的な物から、伝承、果ては学校の勉強などまで

中には動けない人たちも多かったが、一様にお話ししていると楽しんでくれた

だけれどもここでも弊害が出てくる

何度も何度も足を運ぶけれども、いつか終わりがやってくることにまだ気が付けていなかったんだ

最初のお別れは、あるおばあさんだった

いつも私にお勉強を教えてくれていて、先生って呼んでた人の良いおばあさん

優しくて、でも怒るときは怖くて、大好きだったおばあさん

何時もの様に会いに行った先には見知らぬ大人がたくさんいて、ナースさんやお医者さんもいて、おばあさんはベットで寝ていて

それでみんな泣いていた

「先生、今日も来たよ?」

私が声を掛けると大人の人たちが私の方を向き、お医者さんに尋ねる

「先生、あの子は?」

それに答えたのはお医者さんではなく、良く挨拶をするナースさんだった

「三つお隣の個室に入院している子です

よく佳代子さんの所に来てはお勉強を教えてもらっていたみたいで・・・それはそれは仲が良く、まる、で、家族、のよう、で」

最初の方は普通に話せていたのに、その状況を思い出してか後半は涙交じりの声になっていくナースさん

それを聞いて大人の人は

「そうなんですか、母は此処でも誰かに教えていたんですね」

とハンカチを目元に当てて答えていた

「先生?」

私はその状況を理解できないまま、先生に駆け寄った

寝ているなら早く起きて教えてほしい、約束は守らなきゃいけないものだって先生が教えてくれたんだもの

しかしベットの近くでさっきまでナースさんと話をしていた女の人に止められる

「あのね、おばあちゃんはちょっと疲れちゃったんだって

だから、今日のお勉強は中止って言ってたよ」

頭を撫でながらお姉さんが話しかけてくる

幼い私はその言葉にうなずき、自室へと戻って行った

明日の勉強の時に褒めてもらう為に、もっと勉強するんだって


翌日、おばあさんの部屋は綺麗な空き室になっていた

私は泣き喚きナースの人たちを困らせることになってしまった

それが最初のお別れ

その後も幾度・・・両手の指で数えるのも難しいくらいのお別れを経験し、私自身も学んだ

「あぁ、結局、私はこちら側でも無かったのか」

通院している人たちのように外を夢見る事も出来ない

入院している人たちのように終の棲家にすることも出来ない

結局私は中途半端だったのだ

そうして誰とも距離を置き、日々の移り変りが色褪せたように感じていた

そんな時の事だった、彼に出会ったのは



「ねぇ、オジサンは何してるの?」

それは何時ものように中庭を散歩しているときの事だった

身長は170位だろうか

短めに切りそろえた髪に然程筋肉を感じさせない細身の体

しかし病弱そうな雰囲気は感じられず飄々とした体でその場に座っている

オジサンと呼ぶには少し若いが、私の年からしたらお兄さんと呼ぶには少し大人びている、そんな印象を受ける人物だ

「うん?あぁ、ごめんね、ちょっと人を探していて」

どうやら座っているベンチに座りたがっていると思ったのか、私の座る分の席を空けてくれる

実際はそうではないのだが、空けてくれるというのなら遠慮なく座るのみだ

横並びになり、もう一度問いかける

「ねぇ、オジサンは何してるの?」

「うーん、オジサンは止めてほしいかな、まだ19なんだけれども」

質問には答えず、オジサンに引っかかりを覚えたのか訂正を要求してきた

私としてはこのままでもいいのだけれど・・・

まぁ、話が進まない事にはショウガナイ、と割り切り名前を聞くことにした

「それなら名前を教え欲しいな、オジサンとかお兄さんって呼ぶよりはいいと思うのだけれど?」

呼び方に拘りがあるのなら、名前にしてしまえばいい

幼いながらも名案であると私は考え、実行した

「名前、か

久しぶりに尋ねられるねぇ」

遠くを見据えながら感慨深いかのように呟く

「私の名前は■■■■■

まぁ、覚えずらいかな?」

あの時なんと名乗っていたのかは、今ではもう思い出せない

覚えずらいと言っていたのは間違いではないだろう

ただ、その時は覚えずらいと言っていただけではあるが

これが私と彼ー後に師匠と呼ぶことになる青年の出会い

春の木洩れ日の下での事だった




そして私は、ワタシになった

春の日差しは柔らかく、それでいて・・・

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