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序章ーあるいは一人の始まりの物語

月が綺麗に輝いている

そんな柄にも無い事を思ったのは、こんな街の影のような場所だからだろう

繁華街の大通り、そのビルの路地裏を入り組んで歩き、その果てにたどり着くビルで埋め尽くされた閉ざされた町の死角

四角く切り取られた空は、その輝きの一部しか見ることはできない

そんな地べたの上に寝転がり月を見ている自分は何をしているのだろうか?

子供の頃、見上げた夜空に浮かぶ月派不気味で、恐怖の対象だった

夜の闇にすべてを持って行かれそうで、その中でぼんやりと光っている月が不気味で

益体もない幻想ではあったものの、幼い自分はそれに恐怖し、夜は部屋から一歩も出ないことも多かった

なので記憶の中にある月はあそこまで綺麗だった覚えはない

しかし、こんな他愛もない事を思い出すのは何故だろうと首を傾げようとするも、体が引き攣った様に動く気配もない

視界は空に固定されていて、動かすことも満足に出来やしない上に、体の制御が全て乗っ取られたかのように感覚も掴むことができない

痛みも感じないのになぜ動かないのだろう?

「ーーーーーーーー」

近くで誰かが話をしている

何故か聞き取ることは出来ないが、どうやら男性の声の様だ

年はそれ程おいている様子もないが、何かに焦っているかのように勢い混んで話している

「ーーーー!ーーーー」

「ーーーーーーー」

「ーーーーー」

それにこたえているもう一人は女性の様で、内容は未だに聞き取れないものの語尾や二人の態度で口喧嘩をしているのだと分かる

こんな路地裏まで来て喧嘩をするなんて穏やかじゃないな

傍観者の様にそんな事を考える

視覚、聴覚、触覚、嗅覚ーつまり五感の内四つが機能していなく、残る最後の味覚も試せないだけで機能しているとはいいがたい

有り体に言えば、自分の体が把握できないのだ

気が付けば行き成りこの状態だったという訳でもないのに、記憶を遡ることも出来やしない

「ーーー!!」

「ーーーーー、----」

彼等の口論もヒートアップしてきたのか、今にも手を出しそうだ

女性を殴るな、なんてフェミニストではないが、それでも暴力になってしまえば遅かれ早かれ何らかの遺恨が残る

それになにより

ー俺を間に挟んでそんなに喧嘩しないでほしいんだがなー

視界は上を向いていて彼を挟んで左右に男女が立っているので否が応にでも見せられてしまうのだ

暴力とは然程縁のない人生を送ってきただけに、巻き込んでほしくないという自己本位な願いを思ってしまう

人生?

そうだ、俺は・・・誰なんだ・・・

当たり前の事が思い出せず、今までの記憶もマトモに思い出すことは出来ない

俺が自分自身について悩んでいる間にも頭上の二人はヒートアップしていたらしく、遂に女の方が平手打ちを男の頬にする

パチンッ

乾いた音がビルの室外機しか音を出す者が居ない路地裏に響く

男は放心したように、頬を抑え、だが数秒もするとされたことが分かったらしく、女の胸倉をつかみ殴り飛ばす

視界から二人がフェードアウトした俺は、その二人の事を考える、わけでもなく自身に起こったことの理解に奔走していた

女の平手打ちが乾いた音をだしたその瞬間、何故体が動かないのか理由が唐突に分かった気がしたのだ

気がした、というのも自分に確かめる術が無かったからであり、恐らく間違いないであろう

理解をしたが故に全てが走馬灯のように思い出されていく

何故路地裏に入ったのか、あの二人は誰なのか、そしてーなぜ自分はこの場で四肢を切り落とされ、死にかけているのか

全ての因果関係を理解し、原因が分かり、冷静になった頭は今までの過去を思い出させる

自分の事も分かる、何が起きたのかも分かる、この後どうなるのかも・・・大体わかる

もしもこの瞬間ではなくーそう、例えば学校でこのような状況になったら喚き散らすくらいはしたかもしれない

だが・・・それも今では関係ない

あの白く不気味に映る月

酷く不愉快で、だけれども何故か暖かくて、そんな不思議な感情を抱かせる状況にあって

「あぁ、こんな風に死ぬのも悪くない」

血で埋まり切った、もう声が出ないと思っていた喉から思った以上にすんなり言葉が出せた

自分でも意外な事実に驚愕と、ある種当然とも思っている確信が入り混じった複雑な気持ちも、今は心地良い

緩やかな坂を徐々に加速しながら転がっていくように、自分の未来は死へと向かっている

その証拠にいまや何一つできる気もしない

だが、それでも殺したと思っていた人物が唐突に言葉を発したのは恐ろしかったのだろう

先程までお互いを殴り合っていたというのに、気が付くと何も聞こえなくなっていた

聴覚が死んだという可能性もあるが、ビルの室外機の五月蠅さは変わらずなので、自分が言葉を発したから怯えて逃げたのだろう

ー俺を殺したくせになんて奴らだー

皮肉めいた感情が口角を若干あげさせ、不器用なしたり顔を作る

命の灯は刻一刻と減っており、残りは幾ばくも無い事は自身がよく分かっていた

だがそれも今でとなってはどうでもいい

ただ一つ、ただ一つだけ不満があるとすれば

「あぁ、あんなにも月が綺麗なのに・・・

いや、だからこそ無意味に死ぬのも悪くはない、か」

その不満も目を閉じ光を遮れば溶けて消えていく

そうだ、これでいいんだ

一人納得し、深淵へと一歩、また一歩を踏み出していく

これが俺の物語の終わり

だが、その途中で声が聞こえたような気がした



「人生はチョコレートのような物なのよ

苦いビターだったり、あまーいミルクだったりね

貴方の人生は、どんな味なのかしら?」



気分が乗ったから書いてみた

気分のままに続けていこうと思う

のんびりまったり・・・だけれども今夜は月が綺麗だから・・・

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