表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/47

第2章 #20

「誰と話しているのですか」

 開け放たれたままの部屋の入り口から、わずかに怒りを滲ませた低い女性の声がした。

「お母様……!」

 その声の主、アーデルハイトの母親であり王妃のゾフィーヌは、一瞬刺々しい目線をリーゼに向けた。

「その小賢しい、卑劣な人間から離れなさい、アーデルハイト。今度こそ殺されてしまいまいたいのですか」

「お母様、姉様はあの事件の犯人ではありません……! お母様も分かっているはずです」

「さて、どうでしょうかねぇ」

 再度ゾフィーヌはリーゼに睨みを通した。

「それに、ユリベート……あの帝国の密偵を従者として置いておいて、その男と帝国へ逃げたのでしょう。そんなことまでした人間がなぜ堂々とここにいるのでしょう」

「あの人が帝国の密偵だとは知らなかった。分かったのは帝国に行ってからです。それに、あの時の私には、彼に従って逃げる他の選択肢はありませんでした」

 とリーゼは声を落ち着かせながら反論した。

「本当にそうでしょうか。知っていたかどうかなんて他人には分かりませんから。それに、選択肢が無いということは無いでしょう。親交のある貴族の家に助けを求めることもできたのでは? それをしなかったのは……、この国と王家に害なすため……、いいえ、単に駆け落ちのつもりだったのかもしれませんね」

 と、嘲った。それが単なるからかいであると知っているリーゼは、一切の無視を決め込んだ。

「お母様、もう止めましょう」

 アーデルハイトがゾフィーヌの前に一歩進み出て、声を少しうわずらせてそう訴えた。しかし、ゾフィーヌはそれを手で制止する仕草を見せて言葉を続けた。

「とにかく、あなたが王位を継承するに値する人間か、相当に疑問だということです……。まあ仕方ありませんね、母親があの人ですから……。」

「なにを……」

「生家のために私たちを裏切ろうとして、逆にその生家に裏切られた愚かな人……、違いますか?」

 母ナスターシャを侮辱されたリーゼは怒りで一瞬思考が白く染まった。そして徐々に色彩を取り戻してゆくその向こうから、ゾフィーヌの声が聞こえてきた。

「アーデルハイト、行きましょう」

 ゾフィーヌはアーデルハイトにそう促し、リーゼに背を向けて去るところであった。

「あなたはいつもそうだ……。悪意に満ちた妄想ばかり振りまいて……!」

 リーゼは去り際のゾフィーヌの背中へそう投げかけた。するとゾフィーヌはくるりと回ってリーゼに早足で歩み寄った。そして右手を振り上げて平手をリーゼの顔に打ち下ろした。

「……そうやって好きなだけ喚いていなさい。何にもならないでしょうけど」

 そう言い捨てると、ゾフィーヌは今度こそ部屋を去った。

「姉様……大丈夫ですか」

 アーデルハイトがリーゼを心配するように顔を覗き込んでいた。

「……私は大丈夫だ。ゾフィーヌ様のところへ行った方がいい」

 リーゼはアーデルハイトから目線を外し、声を荒げないように抑えつつ促した。

「でも……」

「……いいから、行くんだ」

 アーデルハイトは少し逡巡したのち、ゾフィーヌの後を追うように小走りで部屋を出ていった。アーデルハイトの気配が遠くなると、リーゼは震わせた息を二回大きく吐き出した。怒りと悲しみが再びリーゼの頭に靄を掛けた。このためにリーゼは自分を呼ぶ声に対してすぐに返すことが出来なかった。

「殿下……準備の方はお済でしょうか」

 声の主はラマンだった。空いたままの扉の向こうから、部屋の中のリーゼの様子をうかがっていた。一部始終を見ていただろうな、とリーゼは推測した。

「……はい。今行きます」

 リーゼはそう力なく答えると、旅の用意をかき集めて部屋を出た。ラマンを無視するように通り過ぎようとすると、ラマンに呼び止められた。

「殿下、ゾフィーヌ様のお言葉ですが、あの方の言う通り殿下の立場は厳しくなっております」

「……やはり、聞いていたのですね」

 ラマンはこれに頷くと、改めてリーゼに話し始めた。

「ゾフィーヌ様の言葉が気に障ることもありましょうが、現実として、一連の事件を受けて皆の殿下を見る目は厳しくなっております」

 リーゼは何も言わず、ただ床に視線を落とした。

「聞き入れたくなくとも、現実は変わりません……。だからこそ、まずはこの度陛下から与えられた役割を完遂しましょう。そのようにして、一点ずつ評価を回復していく他はありません」

「……わかりました」

 反論できる点がなく、リーゼはそう応えるしかなかった。怒りのやり場もないまま、自らの未熟さを指摘されるに至り、リーゼは全身に水を被ったような気分に浸された。

 リーゼは首を振った。とにかく今は自分の役割を果たすことを考えよう、明日には出発だ、ローザンヌの屋敷に戻って準備をして体を休めよう、とその気分を振り切ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ