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第2章 #19

 ラマンと共に国王の執務室を出たリーゼは、とにかく準備をしなければ、と、この王宮の自室へ戻ろうとしたところで、現在の自室は実質的にローザンヌの屋敷にあることを思い出した。リーゼはラマンに一旦王宮の自室に寄り、それからローザンヌの屋敷に戻りたいと頼んだ。問題ないでしょう、とラマンは答えた。ローザンヌの屋敷に戻るには、いまだ執務室でユリウスと話しているラマンを待った方が都合がよいので、その間に自室から何か必要なものがあれば取って来ることになった。

 がらんとした自室には白く埃が積もっていた。リーゼは机の上を人差し指でなぞってその具合を確かめた。

 それに満足して机から離れると、奥の棚から飲料水用のガラス瓶と革袋、クローゼットから外出用の外套を取り出した。ほかに必要なものはあっただろうか、と部屋を見まわしていると、部屋の扉を叩く音がした。ラマンが迎えに来たのだろうか、と思い、はい、と返事をして扉を開けた。

「リーゼ姉様……!」

 扉を開けると、それを吹き飛ばすようにアーデルハイトが抱き着いてきた。リーゼは突然のことに驚いたが、すぐに愛する妹であると理解し彼女を抱き寄せた。

「よくここに私がいると分かったね、アーデルハイト」

「姉様を見た皆が教えてくれました……。本当に、また会えて嬉しい……。ハイベルクにいる時は、ずっと心配していました。それに、王国に戻って来ても、ローザンヌのお屋敷にいて、会えなかったものですから、本当にまた姉様の顔をみれて良かった」

 アーデルハイトは普段と変わらぬ口角を上げた笑みを見せた。リーゼもそれにつられて顔の緊張が緩んだ。

「私も嬉しいよ、アーデルハイト……。心配もかけたし、何よりアーデルハイトにも迷惑をかけてしまって、本当にすまない」

「いいえ、謝ることはありません。姉様のせいではありませんから」

 リーゼが王宮から逃亡する際に、アーデルハイト自身の言うままに協力させてしまったことを申し訳なく思っていたが、アーデルハイトは気に留めていないようであった。

「せめて、礼は言わせてほしいな……。ありがとう」

 リーゼがそう伝えると、ふふ、と声を漏らし笑みを見せ、アーデルハイトは再びリーゼに抱き着いた。

 アーデルハイトは、リーゼが机の上に置いた外套やガラス瓶に目を止めた。

「またローザンヌのお屋敷に戻るのですか?」

「ああ、そうだ。そして明日にはクレーピアス領に向けて出発する」

「クレーピアス領……、今悪魔に襲われていると騒ぎになっていますね……。姉様が対応するのですか?」

「そうだ」

 リーゼがそう言うと、アーデルハイトのリーゼを覗く目が遠目になった。

「せっかく戻って来たのに、また行ってしまうのですね」

「悪魔に襲われているランゲンの人々を助けなければならないからね」

「それが終わったら、また王宮に戻ってこられるのですか?」

「それは、分からないな……」

 自分との再びの別れを悲しむアーデルハイトの顔が、リーゼの胸中を刺した。

「大丈夫だ、すぐまた会えるよ」

 とっさに出たその言葉以外には何も出てこなかった。それでもってアーデルハイトも自身もごまかす他には何もできなかった。


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