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第2章 #18

 突如王宮へ帰還を命じられたリーゼは、藍の間という5、6人で小集会を行う部屋で待機させられていた。少し前にラマンが国王ユリウスに取り次ぐために出ていったばかりであったが、リーゼにはすでに相当に長い時間に感じられた。王都に帰ってきてから一度だけこの王宮へ入り、ユリウスと顔を合わせていたが、その時はほとんど話すことが出来なかった。それでも、彼の突き放すような冷たい声色だけはリーゼの心中に強く反響したままであった。

 そして今回は王宮にいる近衛兵や臣下たちとも顔を合わせた。リーゼの顔を見るなり目を逸らしたりじっと観察してきたりなど、異物を見るような反応を種々見ることができた。

 当然の反応だろうな、とリーゼは目を伏せた。リーゼへのアーデルハイトの毒殺未遂事件に関する疑いだけでなく、以前から誰が流しているとも知れぬ噂、それにユリベートがハイベルク帝国の密偵であったことなど、リーゼを奇特の目で見る要因は多くある。

 リーゼは首を振った。王女である以上は一挙手一投足に目が行くのは免れ得ないことだ。まずは自分の責務を果たさなければ、と深呼吸した。

 リーゼの後方にある扉を叩く音がした。

「失礼いたします。殿下、陛下のもとへお連れいたします」

 リーゼは立ち上がり椅子を戻すとラマンの後ろに続いた。リーゼが通されたのは国王の執務室であった。部屋には本棚が並び、中央奥には国王の机があり、その上には種々の書類が整理され置いてあった。国王ユリウスはその机の向こうに座してリーゼを待っていた。執務室へと入ってきたリーゼにユリウスの鋭い視線が刺さった。一瞬リーゼの膝が震えふらつきそうになった。

「お前も座れ、リーゼ」

 この部屋で待っていたのはユリウスだけではなかった。リーリヤの父ヨセフもまたその場におり、手前の机の前に座っていた。リーゼはユリウスの言葉に従い、ヨセフの向かいに座った。

「順を追って話そう。アーデルハイトに毒を盛った事件だが、まずお前が主犯だとされ、拘束、早急に処刑の手続きが取られた」

 リーゼは当時のことを思い出し、わずかに体を縮こまらせた。

「しかし、結論が性急すぎたのは明らかだった。異常だったと言っていい。もちろん執行の停止、撤回をすることになった。しかしこの混乱でその手続きが遅れる間に、お前が帝国へ逃げてしまったがな」

 なんでもいいからもっと早く撤回してくれればあんな事にはならなかったのに、とリーゼは内心呟いた。

「お前が帝国の密偵と逃げた話は一旦置いておく。我々はお前の処刑を主張した高官の背後を探った。その結果ある人物が浮上してきた」

 ユリウスは一呼吸し一層険相な顔立ちになった。

「バリアス・レイドボイル……そうだ、彼だ」

 その名前はリーゼも聞きなれたものであった。国王ユリウスの弟、リーゼから見れば叔父にあたる人物だった。

「アーデルハイトを毒殺しその罪をお前に擦り付けることで、継承権を持つ二人を排除する。これがバリアスの狙いだった」

 バリアスがその狙いを達成できた場合、彼の長男ベルワイドに継承権が移る。これがバリアスの最終的な目的であることはリーゼにもすぐに理解できた。しかし、穏和に見える彼がそれを企てていたことにリーゼは慄いた。一方でユリウスは険しい表情を崩さず淡々と話を続けた。

「そして、バリアスが一連の事件の首謀だと確信した我々は、彼を拘束する命令を出した。しかし彼はすでに逃亡していた。これがつい先日の話だ。そして、今も彼の行方は分かっていない」

 そこでユリウスは一呼吸し、肩の力を抜いた。

「こういう訳で、お前をもう疑う理由は存在しない。明日にも正式に発表されるが……お前は赦免される」

 それはリーゼが期待していた言葉だった。緊張がほぐれ、少しだけ重石が取れたような気分になった。

「あ……この度は、陛下のご尽力に感謝申し上げます」

「……本題はここからだ。クレーピアス領のランゲンが、2週間前から悪魔に襲われている。お前にはランゲンの救援に向かってもらう……ラマン、説明を頼む」

 そうユリウスが言うと、扉の前で直立したままだったラマンがリーゼとヨセフの座る机のところへやって来て、その上にランゲン周辺の地図を広げた。

「現在、ランゲンの町は毎夜悪魔の襲撃を受けています。その悪魔はランゲンの西にある森から来ていることが分かっています」

 とラマンは広げた地図に指をさした。

「つまり、ここに『深淵の湖面』が発生したのです」

 “深淵の湖面”とは、悪魔の世界に通じる穴であり、そこから悪魔が人間の世界にやって来ると言われている。実際“深淵の湖面”と呼ばれているものからは悪魔が大量に出現し、人間の居住地域近くにそれが発生した場合には多くの死傷者や悪魔憑きを生むなど大きな被害をもたらしていた。

「殿下には、この『深淵の湖面』の封印、破壊を現地の兵と協力して行っていただきます……。これには、殿下の『銀の心臓』の力が必要なのです」

「分かりました。もちろん行かせていただきます」

 これは王女、将来の王となるリーゼの責務であることは理解できていたし、純粋に人々を助けたいという思いもリーゼにはあった。しかし、“銀の心臓”の能力に関しては漠然と期待と不安が入り混じっていた。上手く扱えるかもわからないし、そもそもリーゼ自身の能力ではないことがきまり悪さを生んでいた

「『銀の心臓』の能力をしかるべく発揮してもらうために、ヨセフ公にも同行してもらう」

 とユリウスが目線でヨセフを指して言った。

「よろしくお願いします、殿下」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ヨセフが“銀の心臓”のためにこの場にいることはリーゼにもすでに分かっていた。彼とその妻イルメラに、先日その“銀の心臓”の状態を調べてもらったために察しがついていた。しかしその時同時に“銀の心臓”の宿主でもあるリーゼの体も調べられ、なおかつその時は眠っていたので少し気味悪さも抱いていた。

「明日には出発してもらう。準備しておけ」

 ユリウスはそれだけ言い残すとリーゼを下がらせた。


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