第2章 #17
この後も順調にザハールの体に巣食う悪魔の処理を進め、4体目の悪魔を除去した時であった。リーリヤがこの部屋の外で起こる異変に気が付いた。
「まずい、お父様達が帰ってきたみたい」
「今日は夜まで帰ってこないはずでは?」
とリーゼが尋ねたが、リーリヤからの返答は無かった。
「何をしているんだ!」
というついこの間も聞いた怒鳴り声が部屋に響いた。リーゼは手を止め、声の主、ヨセフへ目を向けた。
「リーリヤ、お前はまた懲りずにこんな事を……やめろ、今すぐ!」
「やめる理由がどこにありますか、お父様。ずっと兄さんを苦しめていたのは、お父様たちでしょう」
「リーリヤ、浅慮が過ぎる。お前の魔術のことだけを言っているのではない。ザハールが普通の人間のように動けるようになったとしても、今更普通に生きていくことはできない」
「兄さんの体に悪魔を残したままでいい理由にはなっていません」
「それだけのために“銀の心臓”を、この王国の秘宝を使うことなど許されない」
「そうだとしても、私は止めない」
「ならば力ずくでも止めさせるぞ!」
リーゼは緊張で少し気分が悪くなったが、それを飲み込み魔術の操作を誤らぬよう気を張った。それ以外リーゼに出来ることはなかった。
「殿下、手を引いていだだけますか」
というヨセフの言葉がリーゼの耳に入ると、一転して反発心が芽生えた。いや、緊張が解かれてそれが露わになったというのが正確かもしれない。
「この“銀の心臓”をただただ隠し持っていることに何の意味があるでしょうか?」
とリーゼが返すと、ヨセフは眉間の皺をより深くした。
「殿下もその真なる価値を理解する時が来るでしょう……。どうか手をお引きください。受け入れられないのであれば、強引にでも止めさせていただきます」
リーゼはその言葉を無視し、“銀の心臓”で呼び出した天使を再度操ろうとした。その瞬間、全身を締め上げられるような苦しみに襲われた。全身の魔術系の流れが異常をきたしたことによるものだ。ヨセフが魔術系を阻害する魔術を使用したのだ。リーゼは苦しさに耐えかねて床に倒れた。
しかし床に伏せて間もなく、体の末端のほうからすっと苦しみが消えていった 。リーゼは体を起こしつつ目を開いた。リーゼに代わってヨセフが同じように苦しんでいるのが目に入った。いったい何が、とうめいているヨセフを、遅れてやって来たイルメラが介抱していた。その二人にリーリヤは魔術を突きつけ、部屋を出るように迫った。リーリヤとイルメラは少しの間睨み合う形となった。
「あなたの考えはよくわかりました、後の処遇は外でゆっくりと考えます」
とイルメラが突き放してヨセフに肩を貸しながらリーゼ達の目の前から去った。場に残された感情と空気がリーゼに若干の罪悪感と吐き気をもたらした。
「リーリヤ、いいのか?」
「あなたの気にすることじゃない」
リーリヤはそう切り捨てると、ザハールへの処置を再開するようリーゼに促した。リーゼももちろん続行する心積もりであったので、自然と残り2箇所の悪魔除去に取り掛かった。残っている仕事はほぼリーゼのものであった。習得したばかりの術式を操りながら、時折リーリヤの方へ目をやると、目を閉じて何かを考えている姿を見せる時があった。
「リーリヤ、終わったよ。これで問題ないか?」
と、悪魔の除去がすべて済んだ際に終わった際にリーゼが尋ねた時も、
「……ええ、見せてみて」
と少し鈍い反応を見せた。しかし、リーリヤがザハールの状態を確認すると目を輝かせた。
「これで……」
リーリヤはそう呟くと、全体の魔術系の流れを再開させた。リーゼとリーリヤは、流動を再開した魔力の中に悪魔の残滓が混じっていないか、念入りに確認を行った。
「良かった……」
確認を終えたリーリヤはそう呟くと、ザハールの頭の方へ移動して、まだ眠り続けている彼の方へじっと目線を落とした。灰色の空から降ってくる光が二人の影を浮かび上がらせていた。ここは二人だけにしようと思い、私は先に部屋に戻るよ、とリーゼは言い残してその場を去った。先ほどまで封印が施してあった扉は光を失い、手で押し開けることができるようになっていた。
自らの部屋に戻るため廊下を歩いていると、険しい表情のイルメラが向こうからやって来るのが見えた。向かってくる彼女と目が合ったので、リーゼはなにかされるか言われるかと思い立ち止まって構えた。しかし結局彼女は目を合わせたままリーゼの横を通り過ぎ、リーリヤ達がまだいるあの部屋へと向かっていった。一体どんな様子になるのか気になったが、家族の問題に首を突っ込みすぎるのは良くない、と思い来た道を前に進んだ。ふと空を見やると、先ほどよりも雲が厚く黒くなっているような気がした。
せっかく家族の体が良くなったのだから、もう少しこの家の中は明るくならないものだろうか、とリーゼは心なしか悲しく思った。“銀の心臓”の件やザハールが床に就いていたために棚上げになっていた後継者問題もあって、より問題を大きくしたのかもしれない、とこの家の事情を思案した。“銀の心臓”については自分も陛下その他の面々から追及されそうだ、とリーゼの心中にさらに憂鬱が差し込んだ。




