第2章 #15
イルメラが去ってしばらく後、日が暮れた頃になって、今度はリーリヤがやってきた。彼女は一見普段といたって変わらぬ様子だったが、内に激憤を秘めているのをリーゼは読み取った。リーリヤは用意された椅子に座ることなく、立ったまま丸テーブルを挟んで話し始めた。
「殿下はお母様と何を話したの?何をしていたの?」
「危険だからザハールの治療は止めろと言われた。それと、“銀の心臓”を調べるといっていた……。私が“銀の心臓”の能力を使っていたことが気になったらしい……。いや、私のことは構わない。リーリヤ、君のほうはどうだった?」
「私も、兄さんのことはいい加減諦めろと言われた。……兄さんの部屋にはしばらく近づけないようにすると言っている。お父様は魔術で部屋に入れないようにすると思う」
それから暫く沈黙を置いて、リーリヤはこう語りだした。
「……理解できない。何がって、お父様もお母様も、兄さんを人らしく扱おうとしないこと……。この家の奥にずっと閉じ込めて、怪物同然の扱い。そしてその“怪物”の存在は口外しない。もう兄さんのことを知っている人間は外の世界にはいない。兄さんは存在していないのと同じ。こんなことは許されない」
リーリヤの語り口からは怒りがあふれ出ていた。
「確かにその通りだ。それに、今のままでは命にも関わる。私も何とかしたいと思っている。しかし、もう彼の顔を見に行くこともできないのだろう?」
「……そうね、お母様とお父様が用意した術を突破するのは困難。あと、近づいたら気付く術も当然あるでしょう……。でも、それらを逆に利用できれば、突破されるまでその向こうで好きにできるわ」
「なにか方法があるのか?」
「それはどんな術なのかを見てみないとわからないけど、無いということは無いはず。そして、おそらく“銀の心臓”の能力を使うことになるでしょう」
ここでもまた“銀の心臓”なのか、とリーゼは動揺した。
「そんなこともできるのか?」
「“銀の心臓”はそれ自体が、何というか……多数の複雑な魔術を内包したようなものだから、貴方が想像するよりもずっと多くのことが出来るわ」
「……どうしてそんなものが私の身体の中にあるんだろうか」
魔術が不得手であったことも相まって、“銀の心臓”は不気味な力を宿した異物という感覚がリーゼの中に残っていた。さらにその異物のせいで周囲から過剰に注意を向けられるこが疎ましいと感じていた。
「それは貴方達王家の問題だから私は知らないけど、そんな悩むことでもないでしょう。私からしたら羨ましいのだけれど……。魔術師としてね」
「私自身の能力ではない。そんな風には思えない」
「他の誰かに渡すわけにもいかないでしょう。力は自分のものにしてしまえばいいのよ。どう使うかがわからない貴方ではないでしょう……殿下」
リーゼは、その通りだな、と力の抜けた声で答えた。
「……それで、兄さんの件だけど、明日の昼にしましょう」
「明日? 今日の一件からの明日で大丈夫なのか?」
「術とかをがっちり固められる前にやったほうがいいと思って」
リーゼはリーリヤの意図を理解し、分かった、と答えた。
「それじゃあよろしくお願いしますね、殿下」
と、リーリヤは言い残して早足に帰っていった。リーゼは急な話に緊張してきたのを紛らわせるため、明日か、急だなあ、などと独り言を呟いた。その独り言は反響することなくはやの中で霧散した。




