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第2章 #14

 魔術調査用の地下室で目覚めたリーゼは、イルメラと共に自らの部屋へ戻った。イルメラはリーゼの部屋へ居残り、少し話をしても良いかと尋ねてきた。話というのは間違いなくザハールの治療をしようとしていた件についてであろうとリーゼは見当を付け、イルメラの提案を承諾した。

 イルメラはリーゼの世話係であるアンネに二人分の茶を持ってこさせた。

「それで、話というのは一体?」

「危険な真似はしないようお願いしたいのです、殿下」

「それは、ザハールを治そうとしていることについてでしょうか?」

 イルメラはゆっくりと頷いた。

「一連の術式は危険を伴います。ザハールにこの術式を行うことは止めていただきたいのです」

「リーリヤは大丈夫だと言いました。先ほども、その予行を成功させたところです」

「予行で使用する魔術方式と、実際の人間の体のそれでは複雑さが桁違いです。あの子の親だから言う訳ではありませんが、確かにあの子は魔術師として秀でています。しかし、何と言いますか……、自信過剰になっていると思います」

「それでは、ザハールはこのまま……」

 リーゼがそう言うと、イルメラは険しい表情を浮かべ、口を閉ざした。そうしてしばらく沈黙の時が流れた。その沈黙を破ったのは茶の用意が出来たアンネだった。アンネが二人分の茶を配り終えると、イルメラがアンネに対して口を開いた。

「ありがとう、アンネ……。悪いのだけど、席を外してもらえる?」

 アンネはイルメラの要求に素直に応じた。リーゼはこれ以上何か重要な話があるのか、と動揺し、数回瞬きをした。

 アンネがその場を去り足音が遠くなると、イルメラはリーゼに茶を進めて、さて、と話を切り出した。

「殿下が王宮の地下牢から逃げ出した夜の話なのですが……、私も人伝でしか知らないので、直接お聞きしたいと思いまして」

「長くなりますが……。帝国にいた時の話も?」

「いえ、それはまたの機会でいいでしょう。今日はあの夜のことだけ……。そうですね、殿下の従者ユリベートが実は帝国の密偵で、彼の手助けで牢を脱出したのでしたね?」

「その通りです。……しかし、私は彼の正体は知らなかった……。これは本当です」

「殿下と彼が共謀してあの事件を起こしたという人も多いですが、そうではないと?」

「その通りです」

 リーゼがそう断言すると、イルメラは肯定の意を示し、口元を緩めた。

「……私も、殿下がそんなことなさるとはあり得ないと思います。彼が殿下に罪を着せて、“銀の心臓”と共にこの国から脱出しようとした、というのが真実だと思いますね」

「それもよく耳にしますが……、私は信じられません」

 リーゼがそう言うと、イルメラはふっと笑って肩を落とした。

「いや、本当のところは私もわかりませんよ……。もちろん真実が何なのか気になりはしますが、今は謎解きをしたいわけではありません……。それで、“銀の心臓”を狙ったアルザス司教に襲われたりしつつも、王宮から、この王都から、そしてこの王国から逃げおおせたわけですね」

「……はい。なんとか……」

 イルメラはあの夜リーリヤとの間であったことについて探ろうとしているのだろう、とリーゼは察していた。当時のリーゼが追われる立場であったことを鑑みても、リーリヤがリーゼを襲ったことはそれだけで十分重い処罰が下されることは間違いない。しかしそれ以上に、要人たちは“銀の心臓”を狙ったことでより重い判断を下すだろうとリーゼは推測していた。もちろんリーゼには友人であるリーリヤを売るつもりは無かった。

「あの夜、他には何もなかったでしょうか?」

 ほら来た、と、リーゼは内心呟きながら、慎重に選んだ言葉を口から発した。

「何か、と言われても……。あの夜は本当に……突風のように驚くべきことが何度もやってきては去って行ったので、すぐに全は思い出せません……」

「……そうですか……。実は、あの夜にリーリヤが殿下に会いに行ったらしいのですが、お会いになりました?」

「……いいえ。でも、私を逃がすのに協力してもらったとアーデルハイトが言っていたかもしれません」

「なるほど、そういうことでしたか……」

 そうイルメラは言うものの、リーゼの目にはそれで納得しているようには見えなかった。しかし、これについてそれ以上イルメラから詮索を受けることは無かった。トヴァリでの生活はどうだったか、何をしていたか、などを話してこのお茶の時間は終わった。


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