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第2章 #10

「このローザンヌ家は代々、優れた魔術師を輩出すると同時に、魔術に対する知見を蓄積することによって今の地位を得た………。ああ、殿下ならご存じですよね……。そういうわけで、逆に、この家に生まれるものには優れた魔術師であることが求められる。しかし、そのために婚姻も魔術に優れた家の者と結ぶようにしているといっても、いつも優れた素養のある者が生まれるわけではない。……その一人が僕です。僕は生まれつき、扱える魔力の量が少なかったのです……。といっても、普通の魔術師に比べれば十分だったのですけど……。とにかく、僕はこの家を継がなくてはなりませんから、父はこのまま僕の魔力が足りないのを放っておくことはしませんでした……」

ここまで話すとザハールは一息付いた。

「……これまで、ローザンヌ家の跡継ぎで魔術の素養がない者はどうしていたのですか?」

とリーゼが尋ねた。それにはリーリヤが答えた。

「兄弟姉妹で魔術に優れたものに家督を譲っていました」

「それじゃあ、リーリヤや、他の親戚が継ぐのではだめだったのか?」

リーゼがリーリヤに尋ねると、ザハールに続いてリーリヤも顔をしかめた。

「……殿下、実のところ、私も生まれたときは特別魔術に優れていたわけではなかったのです」

「何だって、リーリヤ……。信じられない。今の君は、この国でも5本の指に入る魔術師じゃないか……」

リーゼが困惑していると、再びザハールが話し始めた。

「まあ、そうはいってもリーリヤは十分優秀な方だった。僕たちの代では一回り優れていた。……つまり、僕たちの代の親族たちはほとんど、不運にも魔術の素養が優れていなかった。これはこの家の存続にかかわる問題だった。そこで、父たちは、僕たちの足りない才能を後付けで補おうとしました。この家に蓄積された魔術の知識、そして家の魔術師の技量なら、さほど難しくないと父たちは判断しました。……そして、父たちは、『悪魔喰い』という手法を選択しました」

「『悪魔喰い』?」

リーゼはその響きに少しおののいた。

「まさか、食べるのか?」

「はは、本当に口で食べることはしません。『悪魔喰い』では、悪魔の魂を特殊な魔術で変質させ、それを吸収することによって、術を受けた者の生成できる魔力量を増やすのです」

「そして、それが失敗した?」

「はい。悪魔を変質させる術が完全ではなく、一部もともとの悪魔の性質を残した部分がありました。そして、僕への施術が完了した後、その残っていた悪魔の破片、とでも言うべきものが僕の体を蝕み始めました。父たちはすぐにその異常事態に気が付きましたが、悪魔は僕の体と魔術系に癒着し、取り除くことは出来ませんでした。幸いにも、封印の魔術を施すことによってその悪魔の活動を停止させることが出来ました。しかし、悪魔に侵食された影響で足は不自由になり、封印術の影響で魔術を使うことが出来なくなりました」

ザハールは笑みを浮かべてはいたが、その表情には諦めが浮かび上がっていた。

「この部屋で動いている魔術も、封印術の一種なのですね?」

「はい」

「それでは、ずっとこの屋敷のこの一角に?」

「いえ、部屋の術は、万一僕が完全に悪魔と化してしまったときに逃がさないため、そして他の悪魔から目を隠すため、そして王都の退魔師たちに感知されて面倒ごとになるのを防ぐためのものですから、屋敷の中くらいなら移動できます。もちろん、自分で歩いてゆくことは難しいですが……」

ここまでザハールの話を聞いたリーゼは彼のことを不憫に思うと同時に、明確に分別できない不快な感情を抱いた。

「わざわざこんな話をさせてしまって申し訳ない、ザハール。私の想像の及ぶところではないのですが……、さぞ辛いことでしょう」

「いえ……」

とザハールは微妙な返答をした。

「しかし、こんなことになっているとは全く知らなかった」

「魔術で失敗したとなったら、魔術の名家としてのローザンヌ家の名前に傷がつくでしょう。父たちはそれを恐れているのでしょう」

リーゼの中で不快な感情がより濃くなった。リーゼは次の言葉を発するためにそれを飲み込んだ。

「リーリヤも、その『悪魔喰い』を受けたんだろう? 何ともなかったのか?」

「はい、私の『悪魔食い』は成功し、兄さんのように体が悪魔に蝕まれることもなく、私の扱える魔力の量は莫大なものになりました。殿下には以前お話したかと思いますが、私の魔力量は歴代でも一番だと父には評されています」

リーリヤは淡々と答えた。

「……そうか、それは幸いだった、と言っていいのかな……」

「私のことは構いません、殿下。でも、兄さんをここのままにはしておけない。だから、殿下に力を貸してほしいのです。殿下の持つ“銀の心臓”の力を利用すれば、兄さんを苦しめている悪魔を取り除くことが出来るはずです」

それを聞いたリーゼはこれまでの話、リーリヤが“銀の心臓”を欲している理由、にようやく合点がいった。

「……そうか、そういうことだったのか」

リーリヤは無言でリーゼに頷いた。事情を把握していないザハールはその光景を何気なく見ているだけであった。

「協力していただけるのですね、殿下」

見た覚えのない真剣な表情でリーリヤがリーゼの目をのぞき込んでいた。

「勿論だ。……しかし、“銀の心臓”の力を使うといっても、どう使えば良いのか……。それに、“銀の心臓”をうまく扱えるかも分からない」

「殿下、それは私にも協力します。まずは、方法や手段を調べるところから始めましょう」

「そうだな、それがいい。……君ほどの魔術師がついてくれるなら安心だが……」

「こちらからお願いしているのですから、当然のことです」

リーリヤが協力すると聞いて、リーゼにはザハールを救う光明が見えた。同時にこれをやり遂げようという意思も湧きだした。

「わかった。今すぐという訳にはいかないが、ザハールに憑いた悪魔を取り除くために、ために私にできるだけのことをするよ」

「ありがとうございます、殿下」

とザハールが薄く笑みを浮かべながら礼を言った。

「お礼は治すことができてからにしましょう」

とリーゼは返した。

「……殿下、今日はこの位で宜しいでしょう。そろそろ家の者に見つかるかもしれませんので。殿下、このことは秘密にお願いします。“銀の心臓”を使うと言ったら、私達の身になにが起こるか分かりませんし、父たちが匙を投げた憑き物に手を出すと言って、許すとも思えません」

「……分かった。しかし、ザハールを治すなら、いずれ説明が必要だろう……、まあ、兎に角今日はこれでお暇しよう」

リーゼはザハールに改めて挨拶をすると、部屋を後にした。リーリヤもリーゼに続いて部屋を出てきた。


部屋を出た二人が向かった先は先ほどの庭であった。先ほどとは少し場所を変えて、つる薔薇の植えられている一角にやって来た。幾分か花を咲かせたつる薔薇が、格子トレリスの上をきれいに這わせてあった。

「薔薇と言えば、あの夜私に使った魔術を思い出す」

「あの夜のことは、改めて、申し訳ありません、殿下」

「もう、気にする必要はないよ。リーリヤ、君の事情は分かった。お兄さんを治すために、“銀の心臓”が必要だったんだろう。相談したところで、陛下や君の父親は認めないだろうし」

「“銀の心臓”は、絶大な力を秘めていますからね。たとえその能力の一端であっても、迂闊に晒すのは憚られますからね」

と、リーリヤはリーゼの横で静かに話した。

「……なんだか、君がそうやってしおらしくしていると、私の調子が狂ってしまうよ。いつも通り、少し不遜な感じで話してほしいな」

とリーゼが言うと、リーリヤは少しむすっとして、

「不遜、って、その言い方はどうなのよ」

と返した。

「はは、これは済まない。でも、そんな感じだよ。それがいい」

それを聞いて少し呆れているリーリヤから、リーゼはそこのつる薔薇に目を移した。そしてリーリヤに目線を戻して、興味本位でリーゼはこう尋ねた。

「ところで、あの時使った蔓を動かす魔術、あれはどんな仕組みになっているんだ?」

「ああ、それなら……お見せしましょう」

リーリヤは二人の前にあるつる薔薇に向けて手のひらを差し出した。リーゼの目に、一瞬、リーリヤがその手のところで何かの魔術を発動させるのが見えた。つる薔薇は即座に動きを見せた。ざわざわと全体が蠢き始め、リーリヤが差し出した手のひらに向かって蔓を伸ばし、開いた花をそこに浮かべたところで動きを止めた。

「リーゼ、これを見て」

とリーリヤが言うので、リーゼは彼女の手元を覗き込んだ。蔓や花の表面で、何か魔術が動いているのが見えた。

「薔薇が魔術を使っているのか?」

「いえ、魔術は外から埋め込んだもの。私が魔力を供給して、その魔術を動かして、蔓を操っているのよ。私が最初に使った魔術は、その魔術を起動して、魔力の供給を始めるためのもの……。薔薇が魔術を使っている、というのもそこまで間違いではないかもしれないわね。この薔薇は」

「あの夜は、わざわざ地下室まで、その魔術の首輪を着けた薔薇を連れてきたのか」

と、リーゼは軽く冗談を飛ばしてみた。

「そうよ。でも、犬の形ではなく、人の形にして連れてきたのだけれど」

リーリヤがそうやって冗談に乗ってきたので、リーゼは満足して笑みを浮かべた。

「リーリヤは流石だね、この王国でも指折りの魔術師だけはある」

「……リーゼ、貴女、さっきも同じようなことを言っていたけれど、そこは、王国で一番だ、と言ってほしいわね」

「……すごい自信だね。……まあ、分かったよ」

と、リーゼが応えると、リーリヤは得意げな表情を返した。

「……それは何より。……ところで貴女、今日はこれからどうするの?」

「そうだね……、今の立場では、あまりうろついていると咎められるだろうし、部屋に戻って手紙を書くよ。……手紙を出すのは許されるかな?」

「手紙? 相手はどなた?」

「トヴァリにいる友達だよ。トヴァリにいたときは、一緒に退魔師をやっていたんだ」

と、リーゼは説明した。リーリヤは、その手紙の相手に対する興味をほとんど失ったらしく、

「へえ……そうなの」

と淡泊に答えるのみであった。

「それじゃあ私は部屋に戻るよ」

「ええ」

とリーリヤは返事をした。動かしたつる薔薇を元に戻そうとするリーリヤを残して、リーゼは自らに与えられた部屋に戻った。


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