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第2章 #7

 それから一週間ほどして、マッケンベルク公らが呼び寄せたミスラからの迎えがやってくる予定の日になった。迎えの馬車が城内に入ってくる少し前に、ラマン、エドヴィン、ルーマー、ネスターの四人が牢から出てきて、用意された部屋で待っていたリーゼの前に姿を現した。リーゼが前に彼らを逃がそうとたため、それ以降彼らのいた牢に接近することが禁じられていたので、彼らと対面するのはそれ以来であった。

「ラマン、エドヴィン、ルーマー、ネスター……。皆、ずっと牢に押し込めることになって申し訳ない」

「殿下の方こそ、よくぞご無事で……」

 とラマンが頭を下げた。

「私は大丈夫だよ。……もうすぐ迎えが来るそうだよ」

「はい、我々もそのように聞いております」

「……とりあえず、其方らも迎えが来るまで休んでいるといい……。ああ、もしかして、場所がないのか……。まあ、この部屋でいいだろう。椅子も余分にあるし……」

 ラマン、エドヴィン、ルーマーの三人は部屋の端に並べられていた椅子を適当な位置に置きなおして座った。体の大きなネスターは椅子ではなく壁に背をつけて床に座った。そのまましばらく誰も口を開かず休んでいたが、リーゼとふと目が合ったラマンがこう切り出した。

「失礼ですが、殿下……、殿下はミスラにお帰りいただけるのでしょうか?」

「……ああ、帰るよ……。ここにいても、状況が良くなることはないようだし……。本音を言えば、やはり、帰るのは怖いけどね……。そうだな、ラマン、其方は私があの事件について無実だと考えているのか?」

「無論でございます。殿下」

 ラマンがそう返答すると、二人を横から見ている形で椅子に座っていたエドヴィンも、すぐにそれに続いて、

「私も、殿下の無実を信じております」

 と言った。リーゼとしては、もう答えはこれで十分だと思ったのだが、ラマンはルーマーとネスターの二人も、お前たちはどうなのだ、と問いかけた。ルーマーは、

「えっと……、自分は……、殿下は無実だと思います」

 と答えた。相変わらず床に座ったままのネスターは、

「うーん、俺は、よく分かりません」

 と、まるで答えを確信している時のように答えた。するとエドヴィンが、

「それはどうしてですか!」

 と語気を強めたので、リーゼはそこでエドヴィンを制止した。そしてネスターはこう続けた。

「いや、殿下、申し訳ない……。しかしですよ、アーデルハイト王女に毒を盛った犯人が殿下でないとすると、誰なんですか。目星はついているんですか?」

 それにはラマンが答えた。

「それは、あの男に決まっています。ユリベートと名乗って堂々と王宮に入り込んでいたあの男です。殿下に罪を擦り付けつつ、アーデルハイト王女を殺害することによって、ミスラを混乱に陥れつつ“銀の心臓”を殿下ごと手に入れる、という、二重の目的達成のために仕組んだことです」

「……それは、おかしいよ。彼らは今私ごと“銀の心臓”をミスラに返そうとしている。それに、私がミスラから逃げられたのは……」

 リーゼがそこで言い淀んだので、ラマンが、どうしたのです、と突っ込んできた。

「もちろん、私が逃げるのを大部分やってくれたのはユリベート、ああ……ここではエルハスと名乗っている……。とにかく、彼だけでなくて、アーデルハイトも逃亡を手伝ってくれたんだよ」

「何だと! それはつまり……どういうことだ……」

 とラマンは混乱した。

「ああ、その噂を聞いたことがあります。アーデルハイト王女殿下は、自分があんな目にあったにもかかわらず、姉を犯人ではないと信じて逃がした、アーデルハイト王女はすごいな、って話なんですけどね」

 とルーマーが皆に説明した。俺も知ってる、とネスターが頷いた。

「……あの男が、アーデルハイト王女を唆した、ということですかね……」

 とエドヴィンが意見を述べると、ラマンは首を振ってから一息ついて言った。

「これ以上は、ミスラに戻って、衛官たちに調べさせないことにはわからないな……。そういえば、殿下とあの男が一緒に逃亡するのを見ていたのは、ディミトル・ローザンヌのご息女で、彼女が言うには、彼は後からやって来たと……」

 ラマンがその存在を口に出したことで、リーゼはあの晩逃げようとしている自分を襲い、“銀の心臓”を奪うと言っていた友人、リーリヤのことを思い出した。

「リーリヤ……! そうだ、リーリヤはどうしているかな?」

「……は、彼女ですか……。特に何も聞いておりませんが……、普段と変わりなく過ごしているのではないかと……」

 とラマンが答えた。

「そうか……」

 リーゼは今それ以上リーリヤについて追及することはしなかった。彼女が“銀の心臓”を奪おうとしたことを話すかどうかは、友人として彼女に一度その真意を確かめてからにしようとリーゼは考えていた。


 昼を知らせる鐘の前ごろになって、ミスラからの迎えがこの城に到着した。リーゼたちは案内されて外に出ると、ミスラからの迎えである馬車と御者、役人、馬に乗った兵士二人、それにリーゼに仕えていた召使のアンネも来ていた。また、マッケンベルク公他のこの城の人間も出てきており、マッケンベルク公はミスラの役人と何か話していた。

 外に出てきたリーゼに、まず声をかけてきたのはアンネだった。

「殿下……」

「ああ、アンネ、よくここまで来てくれた……。わざわざ来てくれて嬉しいよ」

「私も殿下のお顔を再び見ることが出来て嬉しいです……。殿下、お召し物をお持ちしたのですが……、いかがいたしましょう……」

「時間をもらえるか、聞いてみるよ」

 リーゼはミスラの役人とマッケンベルク公の間に入り、彼らと交渉して、着替える時間をもらった。アンネは馬車から着替えの入った大きな鞄を取り出し、リーゼはアンネと共に先ほどまで休んでいた部屋に戻った。部屋に戻ると、早速アンネが鞄を開いてリーゼの着替えを一着取り出し、こちらでいかがでしょうか、と提案して示した。薄い浅葱色を基調とした外出用の服であった。リーゼはそれに頷き、

「うん、それが一番いいよ。ありがとう」

 と答えた。

 それから着替えを終えたリーゼは再び迎えの待つ外へ出た。

「……ああ、殿下がお戻りになられたようだ……」

 と、マッケンベルク公が手を叩いて迎えた。

「これでお別れですね、殿下。どうかこれまでのご無礼をお許しください」

「いえ、許しを請わなければならないのは私達のほうです」

 そういった瞬間、傍にいたミスラの役人が苦い顔をしたように見えた。しまった、とリーゼは思った。そして次の瞬間にはその顔がより険しくなったように見えた。しかし、そのまた次の瞬間には、視線が自分ではなく別の人間に向けられていることに気が付いた。

「ああ、エルハス、君も殿下に別れの挨拶をしなければな」

 彼はリーゼの少し後を追って城外に現れたようだった。ラマンなどは彼をにらみつけていたし、その他のミスラの人間も彼にじっと視線を向けていた。そしてリーゼも彼が口を開くのを待っていた。

「……殿下、これからもいろいろと険しい道程になるかと存じますが、どうかご自愛ください」

 リーゼは後方で彼を睨むミスラの人間に一度目をやってから、こう尋ねた。

「一つ、いいかな……。ミスラでのあの事件は、其方が仕組んだことなのか?」

「それは明確に違う、と答えさせていただきます。ミスラの皆様がお疑いになるのも致し方ないとは存じておりますが……」

 リーゼは、そうか……、と答えるに留めたが、後ろではラマンが、

「図々しい奴め、よくも……」

 といった調子であった。

「……今度こそ、本当にお別れだな、エルハス」

「……今後も、私の立場で出来ることなら、お力になりたいと存じます」

 そして二人は顔を向かい合わせたまま沈黙していたが、リーゼは途中で呆れか、もしくは折れたのか、彼から目線を外した。それを見てマッケンベルク公が、

「それでは殿下、名残惜しいですが、お別れですね」

 と言った。

「……次の機会には、まっとうな形でお会いしましょう」

 リーゼはマッケンベルク公と握手を交わし、ミスラの役人に誘導される形で馬車に乗り込んだ。ラマンら四人も自分たちの馬を取り返し、それに跨った。リーゼ達の乗った馬車を含む行列はゆっくりと動き出し、城門をくぐり抜けた。そして行列はゆっくりとした速度のまま、ミスラへの道のりを歩み始めた。



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