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第2章 #6

 非常を知らせる鐘が鳴る要塞内を走って逃げ、時には物陰に潜みながら、リーゼはエドヴィンらの姿を探し求めた。そこでも「銀の心臓」の能力はリーゼの助けとなった。この能力で操作される天使たちは行く先々でリーゼの目の代わりとなってその場の景色を伝えた。これを用いてリーゼは要塞内を手当たり次第に探った。しかし、この鳥の姿をした小さな天使は、ずっとは活動できないし、飛ばす距離にも限界があることを、リーゼは自身の疲労から感じ取った。はじめは十数ほど飛ばしていたのだが、今や3、4体が残されるのみとなった。だが、幸いにも残った天使たちはエドヴィン等の姿を捉えた。

 彼らは要塞の地下にある牢に二人ずつ押し込まれていた。

 リーゼはそこまでの道筋を天使に探らせた。そこへ至るまでには多くの障害が存在することをリーゼはすぐに知った。


 身を隠しつつ天使の導きに従って彼らのいる牢へと向かった。その牢までの移動も要塞内を走る兵の目をかいくぐりながらでなければならず時間を要したが、その間に少し疲労を抜くことが出来た。

 牢の手前までたどり着いたリーゼの障害となったのは、見張りをしている番兵たちであった。「銀の心臓」で呼び出す天使たちを使って彼らを移動させようという方法も思いついたが、うまく行くという自信がなかった。

 しかし、牢の手前まで来ておいて今更引き返すわけにもいかず、リーゼは天使たちを呼び出して攪乱することに決めた。外で動いている天使たちは、兵が牢の方へ移動しつつあることをリーゼに教えた。リーゼは一度深呼吸すると、新たに天使を呼び出して、牢の連なる狭い通路をはしゃぐ子供のように飛行させた。

 突如現れたそれに驚愕した見張りの二人は、しばらく呆けたようにそれが飛び回るのを見ていた。ようやく、これはなんだ、という言葉を片方の男が呟くと、二人はその光を追いかけていった。見張りの二人が、エドヴィンたちの入る牢から遠ざかったところで、リーゼはエドヴィン達の前に現れた。



「殿下?なぜここにいらっしゃるのですか?」

 鉄の格子越しにリーゼの姿を認めたラマンが言った。その言葉でエドヴィンもラマンに注目した。向かい側の牢にいた二人もそうであっただろう。

「伝えたいことがある。時間がないのでよく聞いて欲しい……。私がミスラから逃げるときに、アーデルハイトとユリベートが協力してくれた」

「しかし、あの男はハイベルクの回し者だったのです……!」

 ラマンの話を手で遮ってリーゼは続けた。

「知っているのか……!? ああ、彼は帝国側の人間だったんだ。そこが問題になった。あのとき、彼はアーデルハイトと協力して私を脱獄させ、帝国までの逃亡を助けてくれた。……実際は、彼の言うがままに逃げたのだけれど……。ああ、とにかく、彼らはこれを持ち出して、私がミスラに帰るのならば、私たち姉妹と帝国の間にやましい関係がある、と言うことが出来る、と言ってきた。……つまりは脅してきてのだ」

 ラマンは二度頷いた。

「……事情は分かりました。それで、どうなさったのです?」

「無理やり逃げてきたよ。いまも追われている」

「何ですと! ああ、失敬……、しかし、彼らは殿下が逃げ出したのをいいことに喜んでその嘘を流すでしょう。一体これからどうするというのです」

「ここから脱出するしかない」

「一体どうやって脱出するというのです。……この要塞からだけではありませんよ、ハイベルクからミスラまでどうやって逃げ帰るかということです」

 リーゼはそこで返す言葉に詰まったが、手は鍵を壊すために動いていた。内側からの魔術は無力化されているかもしれないが、外からならば魔術でも壊せると考えていた。

「策がないというのなら、もうおやめ下さい、殿下」

 ラマンがそう言い終えるや否や、リーゼのいる通路のすぐ近くから重い足音を響かせて兵が飛び出し、リーゼを包囲した。「銀の心臓」から生み出された天使たちは光を失って消えていた。


「まったく、あの王女には肝を冷やすよ」

 書斎に戻ろうと廊下を歩きながらマッケンベルク公は呟いた。

「ミスラの兵士を助けようとしたことは予想外でした」

 リーゼ王女にユリベートと呼ばれていた男が、マッケンベルク公の後ろで言った。彼はここではエルハスと名乗っている。ユリベートというのは、彼がミスラ王宮に入り込んでいた時の名である、とマッケンベルク公は知らされていた。

「まだ自分の疑いが晴れていない状態では、ミスラに帰ろうとはしないのではなかったか?」

「私たちも、王女の味方というわけではありません。彼らを利用してここを脱出した後、一人でどこかに逃げようとしたのかもしれません」

 エルハスは淡々と自らの推論を述べた。

「王女には、どこか行くあてがあったのか? トヴァリの教会には、もう戻れないだろう」

「王女が頼れる先は、この周辺にはないでしょう」

 マッケンベルク公は書斎の扉を開いた。机の上には、先ほどまで目を通していた通商関連の書類がそのままで置いてあった。

「つまり、王女にとっては、ここに留まることが一番よい選択なのだな」

「その通りです」

「しかし、我々にとってはそうでは無いな。ミスラの兵士も含めて、扱いに気を付けねばならない。……王女にかかっていた疑いが晴れたというのは本当なのか?」

「間違いありません。王女は何らかの謀略に巻き込まれたと外務省は判断しました」

 マッケンベルク公はやれやれと呆れた態度を示した。

「もったいぶる必要はない。国王の病状が芳しくない。継承権がらみの事件なのだろう……。ああ、君はミスラに潜り込んでいたのだったな。君の見解を聞きたい。首謀者は誰か?」

「私も謀略の線を支持します。しかし、具体的に誰が何をしたのか、ということは全くわかっていません。外務省に対しても、同じく報告しました」

「ふむ、もう少し内情が分かるまでは、様子見だな……。それで、これからあの王女をどうするかだが……、君たちがマルニスクまで連れてゆくのか?」

 マルニスクはハイベルク帝国の首都で、皇帝フェルビナクの居城が存在する。

「いいえ、外務省としてはミスラへの帰国を認める方針です。皇帝陛下もこれを支持しました。そもそも、王女のハイベルクへの亡命は突然のことでした。短期間でこれを実現するため教会の介入を許しました。結果的に、ハイベルクにとって、王女は扱いの難しい存在になりました。それゆえに、今回の判断に至りました」

「なんだそれは、我々は無意味に王女を捕らえさせられたのか……、と言いたいところだが、ミスラ側がこんな強硬策に打って出たのだ。人の畑を踏み荒らした奴らを、黙って素通りさせるわけにはいかないということだな」

 はい、と頷いたエルハスに対し、マッケンベルク公は嘲るような笑みを向けた。

「君は王女の逃亡のために奔走した訳だが、その結果皆が混乱し、結果的に我々は何も得られなかった……。君が功を焦ったために、だ」

「弁解の言葉もございません」

「まあ、いい。結局、この混乱の源は、“銀の心臓”という得体のしれない何か、だ。先刻、あの王女が使っていた妙な魔術、あれがそうなのか?」

「詳細について、私は知らされておりません。詳細を知っているのは、顧問の魔術師や閣僚など、一部に限られると思われます」

 マッケンベルク公はうんうんと二度頷き、口を開いた。

「王女のために、ちゃんとした部屋を用意させよう。このままほかの四人と一緒に放りだしても良いが、きちんと“迎え”に来させた方がよいだろう。皇帝陛下もそれで納得してくださると思う」

 マッケンベルク公は、皇帝が記した今回の件に対する対処について書かれた書面を手に取ってエルハスや家臣に示した。その場で彼の意見に異を唱えるものはいなかった。


  リーゼは自らを連れ戻しに来たミスラの四人とは離れた牢へ入れられ、隅で小さく体を小さくして座っていた。ミスラの牢の中で頭から離れなかった死を待つ恐怖が蘇り、そして自らの行動が軽はずみであったと後悔していた。

 リーゼがそうしてしばらく心中穏やかではないまま隅でじっとしていると、自分の方へ向かってくる足音が聞こえてきた。足音はそのまままっすぐリーゼのところに来て、リーゼを外に連れ出した。リーゼを連れ出したのは、役人風の男と護衛の兵士が二人だった。自分を牢に入れたり出したりしてどうするつもりなのだろう、とあれこれ考えているうちに、机と整えられたベッドがある、小さいが綺麗な部屋に通された。リーゼはこの部屋で休んでいい旨、そして何か用の場合は召使いに申し付けるように、との説明を受けた。リーゼは役人風の男に、自分はこれからどうなるのか、と尋ねたが、良い答えは返ってこなかった。

 それからリーゼは日が暮れるまで待ちぼうけだった。日が暮れて完全に暗くなって、食事が出された。毒が入っているかもしれないと考えると、なかなか口が進まなかった。食事を終えると、召使いが扉を叩き、リーゼに食べ終えたことを確認してから食器類を回収した。そしてまたすぐに戻ってきた。どうかしましたか、とリーゼの方から尋ねた。

「外務省のエルハス様が、殿下に今の状況について説明したいとのことです」

「エルハス?」

 リーゼには心当たりのない名前であった。だが、召使がその場から下がって、その代わりに現れたのは、リーゼがユリベートという名前で知っている人物であった。彼と顔を合わせたのは今日二回目であった。彼がミスラに潜入していたハイベルク帝国の人間であること――しかもミスラにいた当時リーゼはそれが全く分からず彼をそばに置いていた――を知った今、リーゼは彼を目の前にして余計に動揺していた。

「ご無沙汰しております。殿下」

 彼の挨拶はミスラで身分を偽ってリーゼの前にいた時と変わらぬ風であった。

「……エルハスというのが、其方の本当の名前なのか?」

「そうお呼びいただいて構いません。……もちろん、ユリベートの方でも構いません」

 と、彼は含みのある答え方をした。

「私に、一体何の話があるというのだ……、エルハス?」

「現在殿下が置かれている状況について、説明させていただきたく参りました」

 リーゼは黙ったまま、頷いてユリベートに続けるよう促した。

「ミスラ王国は、殿下がアーデルハイト殿下を毒殺しようとした、というのは違う、と現在判断しています。殿下の裁判から有罪、量刑の決定までは異常な早さであり、何者かの暴走があった、と現在ミスラ王国の首脳部は認識しています」

「今更何を言っているんだ……。それなら、初めからおかしいと気付くべきじゃあないか。……だめだ、そんな話信じられない。今ミスラに戻っても……」

「殿下のおっしゃることは理解できます。殿下が自らの身の保障についてお気になさるのも……。とりあえず、続けてもよろしいでしょうか?」

 リーゼは再び頷いて了承した。

「殿下、“銀の心臓”については?」

「知っている。教会の祭司から何度か話を聞いた」

「……その、“銀の心臓”が殿下と共にあるために、ミスラ王国は殿下を早急に帰国させようとしました。踏み込んだ言い方をすれば、焦っていました。殿下を帰国させようとすれば、ハイベルクに妨害されると考えたのでしょう。その結果、あのような強硬策に出て、今に至ります……。ここまでが、ミスラ王国側の主な動きになります。宜しいでしょうか?」

「……国王陛下は今回の件について、どう見ているんだ……。何か言っていたか?」

「国王も、先ほど私が述べた通りの考えを支持しているとのことです。これ以上のことは、分かりません」

「……そうか……」

 リーゼはそう呟くと、それきり黙ってしまった。リーゼがそれ以上口を開かないと見たエルハスは、再び話し始めた。

「それで、ハイベルク側の対応ですが……、教会との協議の結果もあり、殿下にはミスラにお帰りいただくのが適当である、と考えております」

 リーゼが彼の発した言葉の意味を理解すると同時に、目の前が暗くなるかのような感覚に落ち込んだ。

「……そう言い出すと思ったよ……」

 リーゼは俯いて、また黙り込んでしまった。そして少し間を置いてまた口を開いた。

「……其方はハイベルクの人間で、ずっと私達を騙していた」

「そういうことになります」

「皆……、少なくとも私は、全く気が付かなかった。あれだけの時間、一緒にいたにもかかわらずだ……。私はとんだ間抜けだな」

「……それは違います。私はミスラの王宮仕えとして、自然に入り込めるよう訓練を受けていました」

 これに対してリーゼの返答はなく、相変わらず俯いたままだった。

「……殿下、今日はもうお疲れのようですね……。詳しいことは、また明日にでもお話しさせていただく、ということで宜しいでしょうか」

 ああ。とリーゼは力なく頷いた。

「それでは失礼いたします」

「……待って!」

「いかがいたしました?」

 リーゼは立ち上がって彼を呼び止めたが、彼が振り返って再び顔が向かい合うと、言うはずだった言葉が喉で詰まって体の方へ逆流しばらばらに散らばった。

「……いや、やはり、なんでもない。……すまない、エルハス……」

「……そうですか。それでは改めて、失礼いたします」

 彼はそのまま部屋を立ち去り、扉の閉じる音が響いた。


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