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第1章 #17

 間もなく正午と言う時間になり、リーゼ、カノン、ベルの三人で昼食の準備をしていると、せかせかした様子でアーベルが厨房に入ってきた。

「どうしたんですか、司教。まだ昼食には早いですよ」

「ベル、私はお昼を食べに来たのではないのですよ。……材料は余りそうですか?」

 カノンが辺りを見て昼食の材料を確認した。

「お昼は簡単なものだし、今日は人も少ないから、余るほどはありませんよ。……一体どうしたんですか?」

「いや、昨日教会で受け入れた町の人へ食事を作っていたのですが、少しその材料が足りなくて、集めて回ろうと。……いえ、無いなら仕方ないですね。まあ、いざという時はあなたたちの昼食をそのまま出しますか」

 アーベルは手を振りつつリーゼたちの前から姿を消した。現実になりそうな彼の冗談を笑う者はなかった。ただリーゼが笑わなかったのは単に面白くなかったからだった。しかしベルはやはり自分の昼食が抜かれることを恐れたのか、

「足りるといいね、向こうの材料」

 と呟いた。

「心配なら、自分たちの分だけ隠しておけばいいんじゃない」

 そう言ってカノンはベルを笑った。

「でも、あの人たちは災難だったんだ。少しくらい自分たちが我慢してもいいと思うよ」

 そうリーゼが呟くと、そうだね、とカノンが応えた。

「いや、そのくらい僕だって分かってるよ」

 彼はそういうと背を向けて棚の中を漁った。そんな彼のふるまいにカノンは笑みをこぼした。

 今日食堂に来た全員が昼食のプレートを受け取った後、リーゼ達もいつもの食堂端の席について昼食を始めた。ベルはいつものように、まずナイフでパンに切れ目を入れてそこへ小皿に乗った野菜群を突っ込んで食べ始めた。その様子を横目で見ていると、カノンが、

「あのさ、」

 とリーゼに声を掛けてきた。

「さっきの、龍を撃ち落とす話だけど……」

 カノンの隣に座っていたベルが並べられた単語に反応し、口に入れたものを咀嚼しながら首を彼女の方へ動かした。カノンはその目線に気づいてちらりとそちらに目をやった。リーゼはカノンに続きを促すことにした。

「どうだい、できそうか?」

「あ、うん。わたしが今考えているのと同じようなものがどこかの本の中にあったのを思い出したの。だから、それを参考にして仕上げればいけると思う」

 そうカノンは淡々とした様子で答えた。興味を持ったらしいベルが、青物を挟んだパンを皿の上に置きカノンに尋ねた。

「いったい何をやろうとしてるんだ? 噂の龍を撃ち落とすって言ったけど」

「ええと、捜索魔術と攻撃魔術を連動させる……要は繋げるってことね。これで攻撃術の方を当てやすくなると思うよ」

 カノンの説明が不足していると感じたのか、ベルは首を傾げた。

「連動、って、よくわからないけど、普通に攻撃すればいいんじゃないのか?」

「高いところを飛んでる龍を撃ち落とすんだよ。小指くらいずれるだけで当たらないよ。しかもあの龍はバリアを持ってる。狙う場所はそれが薄い翼の部分……できないわけではないかもしれないけど……」

 そこでベルは、ふうん、と面白くなさそうに首の角度を正面に直した。

「確かにそれは、かなりの無茶だ」

 と、リーゼはカノンに頷いた。

「……問題は、いつあの龍が現れるかだね。現れるまで索敵魔術を展開し続けるのか? あのあたりまで索敵魔術を展開できる魔術師なんて、私はカノン以外知らないのだが……展開し続けたら魔力が尽きそうだし、第一、一日中展開していたら体が持たないのでは?」

「えっ、そう、そうだね……。うーん、龍が来たことが分かればその時だけ、そこだけに術を集中させられるんだけど」

 町に到達する前に龍を撃ち落とすための術だが、その龍の接近が探知できなければ術の意味がない。龍の接近を確実に知るのにはカノンの索敵魔術が有効なのだが、その展開時間には魔力、そして体力的に限界があった。たとえ展開中に都合よく龍が来ても、その時には索敵術でカノンの魔力を消費していることも十分考えられる。

「まあ、まだ魔術を実際に試した訳じゃないし、それを考えるのは試した後でいいよね」

「うん、そうだな……。でも、場合によっては別な方法を考えないといけないかもしれないね」


 午後の自由時間を迎え、カノンはさっそく例の魔術を試験することにし、リーゼもそれに付き合った。まず数回、障害物のない上空の適当な方向に術を放った。術の動作に問題はなく、まずそれに二人は喜んだ。

「今度は実際に飛んでるものに試さなきゃいけないんだけど……、鳥に撃つわけにもいかないし、どうしようか」

 と、カノンは首を捻った。二人でしばらくあれこれ思案した結果、山にいる悪魔の一体を目標にすることに決まった。山というのはあの龍が逃げている山でもある。カノンは聖堂の側塔に上って試験をしようと提案し、リーゼもそれに頷いた。

 側塔へは聖堂を通っていかなければならないのだが、その聖堂でリーゼたちが目にしたのは、昨夜竜に襲撃され家を失ったトヴァリの町の人々だった。彼らから浴びせられかけた視線が、特にカノンは気になっていたようだが、とにかく二人は側塔の階段へと向かった。側塔の頂上にたどり着くと、ここまで黙っていたカノンが口を開いた。

「責任感じるよね、あの人たち見てると」

「そうだね。でも、あの龍が出てくるなんて誰も分からないし、手強かった。……ごめん、これは私の言うことじゃあないね。カノンに責任があるというなら、私にもある。……とにかく、術のテストをやってしまおう」

 龍に対抗する術を完成させることが、いま自分たちにできる責任の取り方だ、とリーゼはカノンに促した。

 わかったよ、とカノンは頷いた。

 まず山の中に潜んでいる悪魔を探すため、独立の索敵魔術を展開した。

 カノンに比べ魔力の乏しいリーゼは捜索する角度を絞って術を展開した。確かに山の暗い部分、しかしここから見える部分、にはぽつりぽつりと悪魔がいるのが分かった。ただ、リーゼはそれよりも隠れている悪魔が多くいることに気づき驚いた。カノンが早速例の新しい術を展開しようとしたが、リーゼはどの悪魔を狙うのかわからないことに気づき、待ったをかけた。

「どの悪魔を狙うのか示してもらわないと……」

「ええと、あの木の下にいる……、って言われてもわからないよね。どうしよう」

 迷った挙句、カノンは術を発動させた。索敵の魔法陣二つが左右に、と攻撃術の魔法陣が中央に並び、中央の陣から魔力の束が発射された。目を閉じて索敵術に集中したリーゼは、カノンの術が悪魔の一体を確かに貫いたことを確認した。

「今の悪魔のすぐ左にいるのを狙うよ」

 カノンは集中しているのか正面を向いたままで固い表情を変えることもなかった。リーゼもまた、わかった、と索敵術を維持することに努めた。

 三つの魔法陣が連動して微かに動いたのを確認し、リーゼは索敵術に意識を集中するため目を閉じた。カノンの狙う、先ほど消えた悪魔の左にいた悪魔は不穏な空気を感じたのか森の奥に隠れようとしていた。魔力が空気を割く音が聞こえたと思うと、その悪魔は索敵術から消失した。

「どうかな、リーゼ、上手くやれた?」

「うん、狙い通りだったよ。確認した。これで術は問題ないね。……あとは龍が山を飛び立ったことを知る方法だけだね」

「それなんだけどね、この魔術のことをアーベル司教に言って、それでみんなと相談しようと思うの。皆で龍を倒そうっていうんだから、わたし達だけで勝手にあれこれ決めるのは良くないと思う」

 リーゼもそれに頷き、早々に退魔師たちの館に戻ることにした。帰り道では聖堂内の人々の目線がリーゼたちに集中することは無かった。彼らはリーゼたちを教会に出入りしている普通の少女たちだと認識したのだろうか。


 退魔師の館に戻った時に目についたのは、困惑の顔つきだった。リーゼとカノンには彼らの表情に思い当る節が無く、ただ不思議がるばかりだった。二人はその退魔師たちの話に耳を傾けるのを後回しにし、アーベルの部屋へ向かった。しかし、扉の前まで来たときにすでに中に来客の気配がした。またあとで来ようか、と二人で話していると、

「外に誰かいるね」

 と言うような声が聞こえ、すぐに扉が開きアーベルが顔を覗かせた。

「ああ、君たちか、済まないが用があるなら後でまた来てくれるかな」

 そう彼は少々申し訳なさそうに言った。すると、

「別に構わん、入れてやれ」

 と聞き覚えのある声が響いた。その声を受けたアーベルはリーゼたちを部屋へ入れた。中ではクラウスが背筋を直にし椅子に座っていた。リーゼの頭の中で先ほどの声とクラウス顔がつながった。

「あっ、座る場所がないな。君たち、そこに座るかい?」

 と、アーベルは先ほどまで自分が座っていたであろう所を示した。リーゼは首を振った。

「いえ、座って話すほどの用ではありませんから、立ったままで構いませんよ。……カノンは?」

 カノンに目を向けると、カノンはリーゼに対して頷き、

「わたしも、大丈夫です、」

 と答えた。

「わかった、それで、一体どうしたんだい?」

 アーベルは元に位置に腰かけ、リーゼたちに尋ねた。リーゼはカノンに目配せした。それでタイミングを得たカノンは術の概要と目的について話した。その話を聞き終えたクラウスが、

「なんだ、長くなりそうじゃあないか。……ちょうどいまかの龍の対応について話していたところだ」

 と言った。

「皆から話は聞いたかい?」

 と、アーベルに問われ、二人は首を横に振った。

「まさか、直接悪魔の巣に乗り込むことになったのですか?」

 そうリーゼが問うと、クラウスは、

「いいや違う」

 と否定した。

「軍の派遣を要請することが決まった」

 軍の力を借りれば龍への対処も幾分か楽になるはずだが、その割に彼らがあまり浮かない顔をしていることをリーゼは疑問に思った。

「何か問題でもあるんですか?」

 アーベルが声を落として答えた。

「要は、私たちがやらないなら、彼らにやってもらう、ということですよ」

 町長は直接龍の住処へ赴き脅威を退けるというを譲らなかったようだ。リーゼはなぜ彼が強固に誰かが危険な山へ入り龍を征伐することにこだわるのか疑問に思った。それはカノンも同様だったようで、

「どうして、あの人はわざわざ危険な所に行かせようとするんですか?」

 とアーベルらに尋ねた。

「少し昔の話になる、」

 とクラウスが切り出した。

「町に悪魔の侵入を許し、その結果、一人悪魔に喰われ犠牲になった。その犠牲者と言うのが、今の町長の娘だ。昨日の一件で天に召されたのは、その子と同じ年頃の子供だ。彼には思うところもあるのだろう」

 リーゼの横でカノンは悲しげな表情をして立っていた。リーゼもまた町長の心情を想い悲しみを覚えた。

 そして同時に自分の父親のことが頭に浮かんだ。

 そのリーゼの中の像をかき消すようにアーベルの声が流れ込んできた。

「軍がいつここに到着するか分からないが、今夜は間違いなく来ない。すなわち、今夜再びあの龍が現れたときには、私たちだけで対処する必要があります」

 アーベルに続いてクラウスが口を開いた。

「そしてその、もし今夜現れたらどうするか、と言う話をしている時に君たちがやってきた。その魔術を携えてな」

「問題は使いどころですね。撃ち落とすにしても、下で足止めするために皆を移動させないといけませんからね。……まあ、一応参考にはしましょう。……もしかして、先ほど側塔から飛んでいた光はその魔術のですか」

 アーベルから先ほどの術のテストのことを訊かれ、リーゼとカノンは、はい、と頷いた。

「ああ、勝手なことをしないように! 暴発したり、町に当たっていたら、龍と君たち、どちらが悪いのかわかりませんよ」

 ごめんなさい、とカノンが言うのに続いて、リーゼも

「申し訳ありませんでした、」

 と謝った。


 アーベルの部屋を出てすぐ、カノンがリーゼに話しかけてきた。

「昔に子供を亡くしていたなんてね」

「え、ああ、町長のことか……」

 そこで先ほど消えた父親の像が再び頭の中に浮かんだ。リーゼはそれでしばらく黙っていたが、ふと見るとリーゼの顔をカノンがのぞき込んでいた。

「どうしたの? 難しい顔して」

「いや、自分の父親のことを思い出しだだけだよ」

「リーゼのお父さんって……、ああ、場所を変えようよ」

 そう言ってカノンはリーゼを中庭へ引っ張っていった。いつもはこの時間帯いるはずのベルもおらず、中庭にはリーゼ。おそらくは町の中を走って体力錬成でもしているのだろう、とリーゼは思った。

「リーゼのお父さん、っているのはミスラ国王だよね。確か重病でずっと床に臥せてるとか」

「そうだよ、でも、最近はずっと良くなったみたいだけど」

 とリーゼは頷いた。

「町長の話を聞いて、あの人があそこまでするかな、って思ったんだ。あの人は、私が死んでも悲しまないだろうな、って。あの人は、私が首を切られるって時になっても、何ひとつ私に何かすることは無かった。結局、私はあの人に後継者候補の一人としか見られていなかったんだ。厳しかったのも、私のためじゃなく、自分に都合のいい後継者を作り出すためだったんだよ」

 リーゼが父親への不満を告げると、カノンは首を振った

「そんなことないよ。きっとリーゼが死んだら悲しむ」

「どうしてそう言えるんだい? あの人は、お母様が亡くなったときに、『母のことは忘れるんだ、』って言うような、そういう人なんだ」

 話すうち、思わずリーゼの語気は荒くなっていった。カノンは俯いて黙ってしまった。リーゼもまた荒い呼吸を静め、そのまま口を閉ざした。そこで冷静になったリーゼは、父への自分の不満を聞いていたカノンには両親がいないということを、そしてその両親を亡くしたであろう戦争に無関係ではなく、むしろミスラ王家の血を引く自分は彼らを殺したのに近い立場であることを思い出し、自分は眼前の人間の心さえ慮れない惨めな奴だと思い至り、自分の行為に後悔の念を覚えた。

「ごめんなさい。カノンは自分の家族がどんな人かも知らないって言うのに、私は自分のことばかりだった。しかも、戦争に関わった王家の中の話なんて」

 カノンは首を横に振った。

「気にすることないよ。リーゼは関係ないよ。それに、本当の親の顔もわからないし、わたしにとっては、ここの人たちが家族みたいなものだし」

 館の人々を家族と言ったとき、カノンは少し照れくさそうにしていた。とっさにリーゼは、

「私も?」

 と聞いてしまった。

 カノンは虚を突かれた顔をしたが、すぐに笑って、

「うん、もちろん。リーゼだけ仲間はずれなんてことはないよ」

 と答えた。

「ありがとう」

 そうリーゼがカノンの好意に例を言うと、カノンは余計に顔を赤くして気恥ずかしそうにしていた。


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