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ロスト・カノンの熾天使  作者: 紗雪
プロローグ
2/47

プロローグ #2

牢の重い鉄格子の扉が開かれると、無駄に抵抗するリーゼを兵たちが早く入れ、と言わんばかりに押し込まれた。

入ってまずかび臭さが鼻を突いた。地下にある牢だからだろうか、湿度が高い気がした。

簡単な作りの木のベッドが幸いにしてあった。リーゼはそこに崩れるようにして腰掛けた。

もはやあのときから何があったのか、リーゼにはっきりとした記憶はなかった。リーゼが会場に戻った時には、すでにアーデルハイトは医師の所へ運ばれていた。

それから、部屋に戻って、誰かが乗り込んできて……。ここに連れてこられたのだ。

崖から突き落とされたような今の状況に、呆然として頭もはたらかず手足すらも思い通りに動かず、リーゼはそのまま床に就いた。


しかし寝心地は最悪だった。それは環境のせいかもしれなかったし、精神状態によるものだったかもしれない。起きているのか寝ているのか分からなくなるぐらいだったが、いつの間にか眠っていた。

次の朝になっただろうか、外の様子のわからないまま目が覚めると、ベッドに座ったままじっとしていた。


おそらくは太陽がある程度昇ったときだろうか。兵に連れられ、見覚えのある人物がリーゼの牢の前に現れた。

「……ユリベート……」

「アーデルハイト殿下は、一命を取り留めなさいました、意識は、まだ戻っていないようですが」

「……そうか、よかった……」

何が、よかった、だよ。お前がやったんだろ、とユリベートを連れてきた兵士がつぶやいた。

「違う!……私は何もしてない!はめられたのだ!」

さらに何か言おうとする兵士を抑えて、ユリベートが話し始めた。

ユリベートの話を聞くと、どうやらリーゼが侍女のクララにに毒を盛るよう指示した、ということになっているらしい。

当然、まったく身に覚えが無かった。

「クララは、王女に指示されてやった、という遺書を残して死んでいました。あくまで、上は自殺だといっています……」

「そんな……クララが……」

遺書そのものよりも、死んだことのほうが嘘であって欲しかった。今いる侍従の中では、一番長い時間つかえていた彼女の死は、三叉槍で胸を貫かれたほど痛かった。しかし、今涙を見せるわけにはいかなかった。リーゼは隠した瞳に涙を溜め込んだ。

「裁判は、明日です……。早すぎる、と思いますが……。不利な証拠が見つかる前に、姫を潰したいのでしょうね」

「どうして……」

こうなったのだ。リーゼの頭をよぎるのはそんな言葉ばかりだった。

もう用は済んだだろう、と兵がユリベートを外へ連れて行った。


一人になったリーゼは、妹、アーデルハイトのことを心配した。ユリベートの話で、生きていることは分かっていたが、やはり自分で見ておきたかった。今の状況で叶うはずもないのだが。

アーデルハイトは、この王室内でリーゼに優しくしてくれる数少ない人物だった。あの王妃の下で育てられたという風には感じられないほどだった。

そんな妹のため、本当は一刻も早く見舞いに行って、傍にいてあげたいのだ。しかし、見舞いをするどころか、自分が毒を仕向けたことになっているなんて!

リーゼは悔しくて仕方がなかった。


あれから二度目の夜を迎えたようだ。見回りは欠伸をしているし、リーゼ自身、まぶたが重くなっていた。リーゼは眠気に促されるまま、硬い床に就いた。

二日目だからだろうか、昨日のようになかなか寝付けないということはなかった。眠りに落ちる寸前、自分は死刑になるのだろうか、など考えていた。


リーゼは夢を見た。いつもリーゼが見る、不思議な夢。

いつもリーゼが寝起きするような、いやそれよりも贅沢かもしれない、天蓋つきのベッドから目覚めるところからその夢は始まる。

目覚めると、そこは檻の中。檻の中に、リーゼのベッドだけがぽつんと真ん中に置かれている。

リーゼはベッドから抜け出す。絵の具を一様に塗っただけのような白い床に、裸足で立つ。

檻に閉じ込められているように見えるが、そうではない。その檻は、内側から開けることができるのだ。

その扉の部分、そこからは、下り階段が繋がっていた。外にはその階段以外には、暗い闇しかない。階段から踏み外すと、奈落の底まで堕ちそうである。

その階段、格子の扉の向こうを見ていると、“あれ”が現れるのだ。

“あれ”はずるずると、体を引きずってやってくる。“あれ”の体はとりあえず人の形をしている。だが、顔は見えない。闇の衣で覆われているのだ。大きさ的には子供だ。そして、その子はまず決まってこういうのだ。

「開けて」

リーゼが扉の鍵をあけようと近寄る。しかし、鍵がないことに気づく。

「鍵を探すから、少し待ってほしい」

リーゼがそう言うと、その子は残念そうに言う。

「早く、見つけてね」

そこでいつも夢は終わる。



翌朝、リーゼが目を覚ますと、数人の兵がリーゼの牢の前にいた。

「出ろ」

リーゼは大人しく従った。牢の外に出された代わり、重い手錠をさせられた。

そのままリーゼは、裁判所の被告席へ連れて行かれた。

リーゼの罪状が読み上げられた。

そこには、アーデルハイトのことだけではなく、公費を私的利用していたこと――その額はミスラ王室財政赤字額の半分に相当する)、この後に謀反まで起こす予定があったこと、などが書かれていた。そして、よくもまあ作り上げたものだ、という大量の証拠が並べられた。この罪状を聞いたときリーゼは冷静でなかったため気付かなかったが、王室の問題点の原因をほとんどリーゼに押し付ける内容だったのだ。

これも一種の作戦だったのだろうか。身に覚えのない罪状の多さにうろたえていたリーゼはどこから反論していいか分からず、まともな反論にならなかった。もっとも、論理的に反論したところで結論が変わるとは思えなかった。

 法廷が下した結論は、当事者の死をもって幕を閉じるべき、というものだった

即ち、死刑。

 

 

 リーゼは牢の中に戻された。刑の執行は三日後となった。どんな手段かは聞いていない。

 わっと泣き出したい気分だった。腐った王室に、うまいようにはめられ、この命を終わりにしなければならないと考えると、悔しいし、怖かった。

 アーデルハイトのこともそうだ。こんなことをするなら、はじめから自分を毒殺すればいいだろうに。

そこでリーゼは思った。もしかして、はじめからアーデルハイトが目的で、その罪を自分に擦り付けただけではないのか?

 そんな考えが浮かんだ時だった。いつもの見回りの兵と違う足音がした。足音から察するに、一人ではない。その足音がリーゼがいる牢の前で止む。

「リーゼ姉さま」

リーゼは驚いて下を向いていた顔をそちらに向けた。流れるようなブロンドの髪を持つその少女は、紛れもなく妹のアーデルハイトだった。

「アーデルハイト!?どうしてここにいるんだい?其方は、毒を飲まされて、まだ医者の所にいるはず……」

思わずリーゼはアーデルハイトの前まで駆け寄ったが、そこでリーゼははっとした。アーデルハイトもリーゼが毒を飲ませたと聞かされているだろう、とおもったのだ。

アーデルハイトは首を横に振った。

「確かに、わたしはあの時倒れました。でも、あれは毒ではありません……そう思います。毒なら、もっと苦しかったはずです。……はっきりいいます。姉さまは、なにもしていないのでしょう?他の罪もすべて……リーゼ姉さまが、そんなことするはずがありません」

リーゼは頷くようにして下を向いた。喉元まで一気にこみ上げてきたそれを堪えるためにもそうせざるを得なかった。

「……医者も一枚噛んでいるに違いありません。わたしに睡眠薬でものませて、裁判が終わるまで口封じしたのです。……やはり、この王室は病んでいます。……わたしが起きた時、もうリーゼ姉さまの裁判は終わっていたのです。だから、もうこれしかリーゼ姉さまを助ける方法はないのです」

アーデルハイトの背後に控えていた侍従が、牢の鍵を開けた。重い鉄格子がゆっくりと開かれる。

鉄格子越しではなく、直接アーデルハイトと対面する。

「リーゼ姉さま。……こちらを」

それは、ここから外までの脱出経路を示した地図だった。

「この地下牢の先、この地下室にある、秘密の通路から外に出てください。……そこに、姉さまの御付き、ユリベートと言ったかしら、が待機しているはずです。大丈夫、彼はリーゼ姉さまの味方です。」

アーデルハイトはリーゼに微笑んで見送ろうとしていた。

「アーデルハイト、其方は……こんなことをして……。だめだ、其方が罪人になる必要なんて……」

リーゼは涙交じりの声で無駄な説得をした。アーデルハイトはまた首を横に振った。

「わたしは大丈夫です。リーゼ姉さま。……こんなところで泣いていたら、見張りが来てしまいます。……本当は、姉さまとずっと一緒にいたかったのです。でも、仕方ありません。ここから逃げて、姉さまの身が落ち着いたら、わたしに場所を教えてください。いつかきっと、会いに行きます」

「アーデルハイト……」

リーゼは愛らしい妹を強く抱きしめ、声を殺して泣いた。それでも合間に嗚咽が漏れた。

「こんな姉で、迷惑ばかりかけて、いたのに……。其方は……っ」

その先は言葉にならず、ただぽろぽろと涙が床に落ちていった。

「気にしていません。早く行かないと、本当に見回りがきてしまいます」

リーゼはアーデルハイトを抱いていた腕を解いた。

「いってらっしゃい、リーゼ姉さま。……また、会いましょう」

アーデルハイトも目を潤ませていた。

「……其方なら、立派な君主になれるだろうな……」

リーゼはアーデルハイトの手にそっと触れた。

「いろいろと、すまなかった、そして、頼む。アーデルハイト」

「どうか、生きていてください。リーゼ姉さま」

その言葉を背中で受け、リーゼは地下牢の奥に足を踏み出した。



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