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第1章 #8

 ふと窓の向こうを見ると、空を平たい雲が覆っていた。日がどのくらい傾いたかを見たかったのだが、太陽の居所は全くつかめそうにない。

 雲のおかげで薄暗かった部屋が、突然明るくなった。それはリーゼの隣にいる、カノンの描き出した魔法陣の光だった。リーゼもキーリーも、いったい何を始めるのかとカノンのほうを見つめた。

 カノンが何か力を加えたような素振りをすると、魔法陣の半径はあっという間に拡大し、外縁はあっという間に壁の向こうへと吸い込まれてしまった。カノンは自分の周りに残した内側の魔法陣を何やら手さぐりすると、ある場所で手を止めたかと思えば、今度はその辺りをさぐり始めた。

 少しの間それを繰り返して、カノンは魔法陣を閉じた。

 リーゼが何事かとカノンの顔をのぞき込んでいると、「裏口を見つけた、」と呟いた。

「今の魔術で?」

 カノンは頷いて、「うん、これで出られると思うよ」と微笑んでみせた。

「あと、ほかの子もそこにいるみたい」

 残りの子供を捜す必要がなくなり、リーゼはほっと安堵のため息を吐いた。

「初めからそれ、使っておけばよかったのに」

 キーリーは呆れた顔をしてため息を吐いた。

 リーゼもキーリーと同様のことを思ったが、昼間のうちはあまり大きな魔術は使わないように、と彼女が言われていることを思い出し、不満を口にするのはやめた。

「じゃあ、あと少し休んだら行こう」

 代わりにそう声を掛けて、リーゼはあとわずかの休息のうちにできるだけ脚を休められるよう注力した。

 冷たい風が吹き込んできたのを合図に、リーゼは立ち上がった。カノンとキーリーもそれを見るなり追って立ち上がり、三人はそれぞれの服に着いた埃を叩き落とした。

 自然にリーゼとキーリーの視線がカノンに集まり、カノンは面映ゆそうに「ええと、こっちですよ」と言って二人を案内した。

 カノンは廊下にでると、先ほどの魔術を再度展開した。頭の中で地図でも描いているのだろう。

「うん、すぐ近くよ」

 カノンは先頭に立ち薄暗い廊下を慎重な足取りで進んでいった。ゆっくりではあったものの、足取りに淀みはなく、無事に出られそうだという安心感があった。

 そしてすぐに、裏口らしき両開き扉にたどり着いた。しかしその扉の向こうに広がっていたのは、行き止まりの大きな部屋であった。部屋に掛けられている止まった大時計がリーゼたちを見通しているような気がした。

 カノンはその結果に極めて困惑しているようで、何を言おうかと戸惑っているようだった。

「話が違うじゃないか!」

 キーリーは部屋全体に響き渡るような声で、「もう、窓を壊して出ればいいじゃないか!」と叫んだ。

 彼は一直線に窓へ向かった。しかし彼が窓に近づくと、ひとりでにカーテンが勢いよくしまったのである。

 それを皮切りに、全ての窓のカーテンが閉じられたのだ。それにより部屋は一度暗くなったが、今度はろうそくに火が灯り、部屋が明るくなった。

 自然に点いたろうそくが照らす部屋のなかで、あの時計が一際存在感を放っていた。それに引かれて三人が時計に目をやると、時計の針が滅茶苦茶に動き出した。短針は時を進め、長針は時を遡っていた。あっけにとられていると、足元の床が波打ち、リーゼは転びそうになった。足元の床だけではない。壁が、天井が波打ち歪んでいる。歪んでいるのはこの部屋の空間自体だった。

 次第に部屋がねじれ、上下左右が不覚になった。もはやリーゼが見るものすべては元の空間における姿を失っていた。隣にいたはずのカノンももはやねじれた空間に合わせて引き伸ばされ、リーゼの周りを渦のように回っていた。唯一、あの時計だけが元の空間での形をとどめていた。短針と長針のねじれた回転が空間を引っ掻き回してねじれた渦を作っているようにも見えた。

 気が付くとリーゼはその渦に飲み込まれていた。もはや形のわからないリーゼの体、が回転しつつ時計の方へと吸い込まれてゆく。その時計の中心から黒いものが生え、リーゼに向かって口を開いた。それをリーゼが認識すると、渦の中からリーゼの体が引き出され、元の空間での形で形成された。幾本もの黒い触手が花弁のように開き、リーゼを飲み込もうと待っていた。

 あれに呑まれる、とリーゼは恐怖しもがいてみたものの逆らうことはできなかった。

 その時、背後からの光を感じた。そちらの方を振り返ると、カノンが立っていた。それもきちんと元の空間での形をしていた。いや、カノンの周りだけ元の空間の姿に戻っていたのだ。さらに空間のさらなる変化は続いた。歪んだ空間による渦が内側から削られていった。

 カノンから時計までの空間が元に戻っている。そしてそれはおそらくカノンがやったのだ、とリーゼは思った。彼女の周囲に見える魔法陣がそのためのものなのだろう。

 一方で空間が如何になろうとも気にすることはなく黒い穴はリーゼを引き込もうとしていた。

 それを確かめたらしいカノンが動いた。彼女は正面に魔法陣を展開した。その中心はリーゼと時計を貫く直線上にある。カノンはあの黒いのと時計に攻撃をするつもりのようだ。

 ふとそのカノンと目があった。彼女はいつになく真剣な顔つきでリーゼの向こうにあるものを睨み付けていた。いつもの幼げな表情からは予想のつかないものだった。

 カノンは魔力を魔法陣の外縁へ注入。魔力を受け取った外縁部は回転を加速させ、注がれ続ける魔力をより内部へと投入。それを中心部まで繰り返す。それに要する時間はほんのわずかであった。

 このままでは自分が邪魔になっていのではないか、とリーゼは思った。

 だがカノンはそれに構わず放った。中心の光輪から――内側ではなくまさしくその円周の部分から――放たれた六本の光線は、全て的外れの方向へ向かった。そしてリーゼを回避すると、急激に角度を変えて時計の方へ収束していった。光線は黒い何かを貫き、時計の文字盤上で一点に交わった。

 針が弾け飛び、大時計がばらばらになるのと同時に、異常な全てが消え去った。時計に吸いこまれそうになっていたリーゼは床にたたき落された。その衝撃で現実の痛みがリーゼの全身に走った。痛みと虚脱感で立ち上がれずに天井を仰いでいるとバタバタという足音が背後からやってきた。

「大丈夫?」

 カノンは両膝をついてリーゼの顔色を窺っていた。大丈夫だ、と言って体を持ち上げると彼女は安堵して顔つきを元のあどけないものに戻した。

 リーゼはあたりの様子が一変しているのに気が付いた。そこはまさしくリーゼたちが最初にこの屋敷へ入った玄関であった。無論時計の木片などは転がっていなかったが、代わりにあれだけ探しても見つからなかった子供たちがいたのである。もちろんキーリーもその近くにいた。

 彼らもはそれぞれの顔を見てはお互いに首を傾げていた。どうやら子供たちも互いの行方が知れなくなっていたようだった。ともかくリーゼとカノンはその子供たちを屋敷の外に連れ出し、それぞれの家へ帰るよう言った。


 キーリーを母親カミラの元へ連れてゆくと、早かった、とは言われなかったが、遅かった、ということも言われなかった。そこでリーゼとカノンは体感に比べて屋敷の中にいた時間が極めて短かったことに気が付いた。

 キーリーと別れたあと、リーゼとカノンはそのどうもおかしい時間の感覚について話した。

「つまりね、空間と、私たちの空間の認識がいじくられていた、って言うんだと思う」

 彼女は最初大雑把にそう説明した。さすがに説明不足だとわかっているのか、カノンは上を向いたり下を見たりして説明の言葉を探した。

「いや、大丈夫、なんとなく分かったよ」

 リーゼはそうカノンを遮った。「ともかく、助かったよ……。ありがとう」

 リーゼがそう告げると、カノンは面映ゆそうにしつつも嬉しそうに顔をほころばせた。それからカノンは自慢げにあの屋敷のことを詳しく話し始めた。どうやらあの時計は悪魔の分身、もしくは時計に悪魔が住み着いていたらしい。そしてそれがリーゼたちの時間と空間の感覚を狂わせ、キーリーはリーゼたちが来るまでの時間を実際の時間の流れに比べ短く感じ、リーゼたちが来てからは長く感じたのだ。そして屋敷の廊下のつながりも空間的にいじられていたので、何度も同じところを行き来するようなことになったのだという。

 最後リーゼが時計に吸いこまれそうになった時には――もちろんあれも空間を変化させていた――カノンがそれを元に戻したのだという。

「最後の攻撃はね、うん、リーゼのところで曲がるようにしたから大変だったのよ」

 カノンはそこまで説明すると、話し疲れたのかため息を吐いた。それから館に戻るまではぽつりぽつりと思い出したようにたわいもない会話をするだけだった。そんなふうにカノンは疲れた様子だったし、そして今回はカノンに助けられたということもあったので帰ったらゆっくりと休ませようと考えた。

 そのカノンに目線を向けると、彼女と目があった。「早く帰って休もうか」と言うとカノンは頷いて返した。

 ふと空を見上げると、雲の切れ間からわずかに光が差していた。


・かなり遅れました。申し訳ありませんでした。

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