表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/47

第1章 #5

結局、リーゼたちに本格的な出番が与えられたのは二週間ほど後のことだった。


術師の一人が悪魔を探知する術を展開する。それによって彼らができるのは、ごく狭い範囲にいるそれらの位置を知ることだけだ。つまりそれを座標上の点のようにしか感知できないのだ。

しかしリーゼとカノンには見えるのだ。彼らがどこにいて、どんな姿をしていて、どんな動きをしているか――つまり、普通の五感による情報と何ら変わらない。

「今日はまず、慣れることに集中しましょう。サポートはするわ」

フローリスはリーゼの肩を一回だけ軽く叩いた。

「さっそくだけど……“奴ら”は今、何体見える?」

リーゼは、ゆらゆら揺れる不定形の影――それが夜でも見えるのは、その中心に淡い光があるためだ――を目で数え始めた。そのリーゼの視覚が確かなことは、すでに皆知っている。

「……1、2……10……。10体です」

かなり遠くにいるそれらをリーゼが数え上げると、フローリスは首を傾げた。

「うん?いつもはもっと倒しているような気がしたけど……。ああ、後からやってくるのかしら。……まあ、重要なのは位置のほうね。位置が分かれば――それに動きも――そうすれば、数段効率的」

リーゼは頷いて、フローリスにそれらの情報を報告した。これができるもう一人の彼女――カノンは町の反対側に出ている。今頃カノンも同じようなことをやっているのだろう。

「奴らは日付が変わると一斉に町に向かって来る。その前に叩くわ」

フローリスはリーゼ見た悪魔の位置に向かって人を向かわせた。彼らは足元を見るようにして、一歩一歩慎重に近づいてゆく。リーゼには一瞬奇妙に見えたが、すぐに納得した。リーゼには見えているその存在は、彼らとっては見えない脅威なのだ。彼らが持っているのは視覚や聴覚に劣る探査術だけだ。

悪魔の一体が、接近する彼を見つけた。それは地を浮遊して移動し、途中にあった木をすり抜けて移動する。

 実体も無く、音も無い。あるのは夜より暗い闇と、その中心で燃える光だけだ。さらにそれが見えているのは、この場では自分だけ――リーゼはその目に見えている悪魔に対して全く実感がわかず、この場にいる全員に騙されているのではないかと不安になった。

悪魔が急に速度を上げ、慎重に進む彼に猛進した。危ない、とリーゼが思わず叫んだ。それと悪魔が彼の探査魔術の範囲に入るのは同時だった。彼は瞬時に反応し、高速で接近する実体の無い悪魔を斬るための剣で迷うことなくその中心を切り裂いた。不定形の悪魔は霧散し、中心の光は夜の闇の中で消えていった。彼は、手ごたえあり、のサインを送ってきた。

「大丈夫よ。何年もやってるのよ。あのくらいの対応、出来て当然よ。……リーゼ、近いのから教えて頂戴」

リーゼは一番近くにいる悪魔の位置と状態を報告した。フローリスはそれにしたがって剣士たちに命令を下す。そして彼らの探査術範囲内に入ったら攻撃する。これの繰り返しだった。町からある程度の近さにいるのを全て倒し終わったら終了だ。

「いつもより数段早く終わったわ。やっぱり敵の位置が分かるといいわね」

そのフローリスの評価は他の退魔師に共通だった。とにかくこの時期は寒いので、時間の短縮は健康面を考えるとそれなりに評価点らしい。またフローリスはこうも言っていた。

「撃ち漏らしがいないのが一番いいわ」

撃ち漏らしがあって誰かが悪魔に喰われる危険性が低くなるということだ。どうやら自分は役に立っているらしい、ということをリーゼは確認して頷いた。


それから、別段会話をすることもなくフローリスたちと一緒に館へ戻った。館に帰ると、すでにカノンたちの方も戻ってきていた。しかしカノンは部屋に戻っているようだった。

「ご苦労さま、今日はもう部屋に戻りなさい。……多分、明日また詳しい話をすると思うから」

「わかりました」

カノンはリーゼが帰ってくるのを待っていたようで、リーゼが扉を開けて顔を見せると、「おかえり」といって顔をほころばせた。

「ただいま」

リーゼがドアを閉めて部屋の中へ入ると、カノンが「そっちはどうだった?」と尋ねてきた。

「私は敵の位置とか、数を知らせたりした……だけだな。でも、役に立ってる、のような感じのことは言ってた」

「わたしと同じだね……。あんまり実感湧かなかったけど……。あ、そうそう、聞いた?明日、大司教から話があるって、わたし達に」

「え?……そういえば……そんな事、……言っていたかな?」

確かにフローリスは明日話があるというようなことを言っていた。フローリスの口ぶりでは、まるであの大司教、クラウスが出てくるような話のようには思えなかった。

「なんだろう、少し怖いなぁ……。悪い話じゃないといいんだけど……」

カノンが不安そうに部屋の隅の方を見つめていた。

「うん?やましいことがあるわけでは無いのだろう?きっと大丈夫だ」

「……ふふっ、そうだね。……リーゼに言われると安心するなぁ」

カノンはリーゼに向けてにこにこしてみせた。カノンといたのは二週間と少しだが、とても仲が良くなったように思える。まあその二週間の間には、カノン以外の同年代の同姓と話すことがほとんどなかったから、というのもあるかもしれない。

しかし、リーゼはカノンに、それだけでない、不思議な感覚を味わっていた。それは懐かしさに近い。カノンの瞳が、一度だけ見たことのある美しい海の、青色をしているせいだろうか。

「もう寝ましょう。リーゼ。掃除は明日もやらなきゃいけないし……」

その合図で、リーゼも寝ることを決めた。いつものように、すぐに眠れそうだった。



リーゼは目覚めた。しかし、そこはあの夢の中だ。

「また……ここだ」

この夢は実に久しぶりだ。今日はあの子供は来るのだろうか。いつもこの鳥篭のような空間の外側から呼びかけてくる、あの子は。

「来たね。リーゼ=マーキュリウム=ミスラ」

その子はもうすでに外に立っていた。その子はリーゼを、こっちに来て、と呼ぶ。

するとリーゼはもうすでに檻の外に立っていた。ようやく、続きが見れる。

リーゼは一歩ずつ階段を下りはじめた。するとその子はすたすたと階段を下りて行き、早く早く、とリーゼを急き立てた。リーゼはあわててその子の元まで駆け下りた。上の檻の中からでは分からなかったが、階段はらせん状に、どこまでもどこまでも下に続いていた。しかし、ここは夢の中だ。気がつくと降り切っていた。

そこはとても大きな、図書室だった。何千、いや何千万という本が背の高い本棚に隙間無く並べられている。

「記憶だよ……。分からない?ほら、あそこが抜けているよ」

その子が指し示した本棚には、他の本棚と対照的に、一冊の本も置かれていなかった。

「今はいいよ。こっちだよ……」

その子はリーゼの手を引いて、図書室から連れ出した。今度は、雪の中だった。両側に枯れた木が平行に並んでいることから、ここはどこかの道だと理解した。

「ここは……だめだ。こっちへ戻ろう」

その手を引いてきたはずのその子が、リーゼの手を強く引いた。ほとんど大人のような力だった。

しかし、リーゼがその手に引っ張られて後ろを向く直前にリーゼはあるものを見た。見てしまった。

それは、同じく子どもだった。顔は見えなかった。しかし、知っている顔のような気がした。

(あの子は――……)

リーゼがその名を意識する寸前に、リーゼの意識は深層の闇へと落とされてしまった。


リーゼは目を覚ました。カノンはまだ寝ている。部屋の外からは朝の支度の音が聞こえてきた。カノンを起こさなければならない。

「起きる時間だ。カノン……また怒られるから……」

カノンの肩を揺らして、やっとカノンは目を開けた。あわててカノンも支度を始めた。そのカノンの眠そうな目を見たとき、リーゼは自分が何の夢を見たのか忘れているのに気がついた。はたして何の夢だったのだろうか、夢を見ていたことだけは覚えているのだが――。

「うわわ……。リーゼ、お願い、寝癖直すの手伝って……」

鏡を見て寝癖がひどいことに気付きますます慌てるカノンを見たとき、何かを思い出せそうだったが結局何も思い出せなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ