01話 「瑠璃子」
瑠璃子が本編の主人公になります。
早朝、枯葉が覆う表門の側に瑠璃子は箒を片手にぼんやりと佇んでいた。
彼女は色鮮やかに染まった紅葉をまじまじと見上げ、その景色を目に焼けつけた。
赤や黄に色づいた生い茂る木の葉の隙間からこぼれる日の光、肌を掠める秋風、何処からか聞こえる鳥の囀りや鋭く耳を澄ませば聞こえる滝の流れる音などを全身全霊で感じ取る。
(……素敵。ああ、何て素敵な世界なのだろう)
襟元から覗く半襦袢と赤い伊達襟、白衣に行灯形式の巫女袴を履いている瑠璃子。真珠のように透き通った肌、艶やかな癖のない黒髪を一つに束ねたその姿は、まさに彼女にお似合いの出で立ちだった。
瑠璃子がしばらくその場でぼーっと突っ立っていると、遠くの方からそれを咎める声が飛んできた。
「――瑠璃子、お手が止まっていますよ。いい眺めだからといって見とれていないで、先にやるべきことを済ませなさいね」
「……あ、はい。母様」
母の凛として響く声。けして大きな声を出しているわけでもないのだが、瑠璃子にはその声が何倍にも大きく、敏感に聞こえてきた。
「わかればいいのです。お昼過ぎに荷造りのお支度がありますから、それには間に合わせるようにするのですよ。多代さんも午後にはお帰りになるでしょうから、それまでにはきちんとやるべきことを済ませて、……瑠璃子、聞いているの?」
「あ、はい、聞いています……!」
絹華はあまりにもゆったり過ぎる娘に溜息をついた。
社殿へと続く回廊で立ち止っている彼女は、瑠璃子に何かを言おうとして――そして次には口を紡ぎ目線を瑠璃子から外して俯いた。
おそらく娘の態度を正すことを諦めたのだろう。何も言わずにそのまま奥へと立ち去って行った。
娘に失望したような母の態度に、瑠璃子は胸を痛めた。たとえ見る景色が新鮮であっても、それに夢中にならずに与えられた役割をきちんと果たすべきだったのだと。手を休めてはいけなかったのだ。
瑠璃子は悲しい表情を浮かべて、掌に握る箒を見た。
どうしても周囲の物事に好奇心が駆り立てられてしまう。今まで、見られなかったものだけに色や形や大きさを確認したくて仕方がないのだ。
(母様をがっかりさせないようにしなければ……)
穂先の目の粗い竹箒の間に挟まる数枚の落ち葉を軽く振り外すと、瑠璃子は袖を捲り直した。そして、再び作業を開始する。
サーッ、サーッと箒を数回右左に動かすと、また動きを止め、顔を上げて色づく景色を眺めて――瑠璃子は買い出しから戻ってきた多代に声を掛けられるまで、箒で掃いては景色を眺めて、掃いては眺めてを何時までも繰り返していたのであった。
瑠璃子はあまりにものんびりとした性格であった。