第六話『子供「あぁん?最近だらしねぇな?」』
結局、クッションの代わりになるような魔法は見つからず、尻が痛いまま城に着いた。
城に着いてから、騎士団の連中は別々に行動を取っていた為、俺は客室に一人でいた。
それがさ、城ってだけあってなんとも気品あふれる高級な部屋でさ。無駄に広いし、ソファはふっかふかだし、ベッドもふっかふかだし、枕もふっかふかだし、置物もふっかf……じゃねぇ、高そうだし。
日本の一般家庭で育った俺にはちょっと……いや、かなり居るのが躊躇われる部屋なんだよ。
それでいて、やることが無い。
セリナ神から貰った本は馬車で読んでたから、目が疲れて読む気にならんし。
こんな部屋で何もせずにじっとしているなんてできる筈がない。精神的に辛い、辛すぎる。
というわけで、城下町に行こう。もちろん無断でな。
多分、大丈夫だろ。クラウスさんに聞いた話じゃ、この王国の姫様もよく城から抜け出しては遊びに行ってるらしいし。
そりゃあ、姫様となればそれなりに一大事だけど、居候の俺が勝手に出て行く程度どうってことないだろ。飼い猫が散歩しに勝手に家を出るようなもんだ。大丈夫だ。
本の入った鞄を持って俺はドアを少し開け、周りに誰かいないか確認。………よし、誰もいないな。
そのままゆっくり扉を開け、こっそり廊下に………、
出ると思ったか!?バカめ!!
わざわざそんな面倒臭いことをするわけがないだろ!そんなわけで、俺は堂々と窓から失礼させてもらうぜ!
俺はドアを閉め、窓を開けて高く跳んだ。
この部屋の窓から城の外側へは結構な距離があるけど、尋常じゃない俺の脚力を持ってすれば簡単に届く筈だ!
……試したことないけど。
「………いてぇ…」
あと1メートル、あと1メートル程高く跳んでいれば……!
結局、城壁の外側には届かず、城壁を突き破って地面に落ちた。
二回バウンドした。
「…あー…どうしよう。城壁に穴あけちったよ…」
怒られるかな……?ていうか、怒られるで済むかね…?
「ま、いいか」
まだ誰も気付いてないみたいだし。
さて、気付かれないうちにさっさと街へ行こう。転生に失敗したとはいえ、折角のセカンドライフだ。思う存分楽しむとしよう。
その頃、城では。
「おい!侵入者だ!侵入者がいるぞ!」
「侵入者だと!?ちょっと待ってろ!さっき捕まえた刺客、牢屋に放り込んでから行くから!」
「そんなことより姫様がまたいなくなってるぞ!?」
「またかよ!?あの人、見た目と性格のわりに、変な時に自分勝手なんだから!」
「地下施設で悪魔召喚の儀式をやろうとしてる貴族の情報が入ったぞ!?」
「魔法研究室が大爆発起こした!!」
「魔物だ!魔物がいるぞおおおおおお!!」
「この刺身を作ったのは誰だぁあああああああ!!」
「ああもう!この一大事に騎士団長は何してるんだ!!」
「勇者もどこに行きやがった!?あいつがいりゃあ百人力なのに!」
城壁に穴が開いたことにも気付かないくらい、荒れてた。
こうも荒れていては、流石に良く訓練された兵士や騎士としてもまとめ役の存在が必要になってくる。
しかし、そのまとめ役である筈の人間は、
「和了だ」
「フッ、安い手だな」
「仕方ないじゃないか。麻雀なんてやったの始めてなのだから」
城の屋根の上で勇者達と一緒に麻雀をやってた。
「あー、クソッ!あともう少しで大三元だったのに…!」
何故か国王まで居た。
「ていうか、城ヤバイことになってんのに俺達こんなことしてていいのかな……」
勇者の言うとおりである。
ただでさえ厄介な問題が幾つも起きているというのに、こいつらの呑気さには呆れるばかりである。
「別に大丈夫だろう。あの程度でくたばる連中ではない」
そう言ったのは全身を黒い甲冑で隠した、いかにも騎士な人間だ。
先ほど和了った騎士団長のフィリアに、安い手とか言っていた奴だ。
このどう見ても黒騎士か暗黒騎士にしか見えない者も勇者なんだが、実は隣の国の勇者なのである。
いろいろと事情があって、今はこの国に居る。
「いや、この城に来てまだ三日も経ってない奴が言っても信憑性沸かないんだけど……」
「いや、コイツの言う通りだアツシ。此処に置いてる連中は簡単にはくたばらんよ」
国王が言う。
というか、国王がこんなに砕けた口調で良いのだろうか、悩みどころである。
それにしても、若い国王だ。40は余裕で越えてるらしいが、どう見ても20代にしか見えない。
ちなみにアツシとは、この国の勇者の名前だ。名前から分かるとおり、日本人である。
「そうだぞ、アツシ。大体、君は心配性過ぎるんだ。もう少し気楽にしたらどうだ?」
「フィリアさんは気楽過ぎるんだよ!」
「なら、加勢しに行くか?君一人で。ちなみに今起きている問題は、『侵入者の確保』『姫様の確保』『悪魔召喚の儀式の阻止』『爆発現場の瓦礫処理』『魔物の退治』、あとは……」
フィリアが周りを見渡すと、城壁に穴が開いてるのに気がついた。
先ほど、憂が開けたものである。
「…そうだな。あとは『城壁の修理』くらいだな」
刺身?知らないなそんな事。と、そう付け足すと、視線を勇者アツシに向けた。
「…………………」
勇者アツシは思わず沈黙した。『ていうか、普通一度にこんなに問題って起こるもんなのか?』って思った。
まわり三人は、彼の言葉を待つ。
「どうするんだ?」
「………そうだな…」
勇者は、
「もう半荘しようか」
兵士や騎士達に問題を丸投げした。
「ん?」
なんか城が騒がしい気が…………ま、どうでもいいか。気のせいだろ。
さて、俺こと桐江憂さんは、城下町をぶらぶらしてます。いやー、なかなか良い町だね。城下町以前に王都だもんね。すごいすごい。
で、適当に大通りっぽい所を歩いてたら、美味しそうな匂いを辺りに撒き散らしてる屋台があったんだ。なんかの肉の串刺しっぽかった。
美味しそうだなー…、食べたいなー…(稲川淳二風に)、とかって思ってたんだけど。ここで大事なことに気がついたんだ。
「俺、金持ってないじゃん……」
クソッ…!もっと早くに気付くべきだった…!なんで今まで気が付かなかったんだ…!これでは……これではっ…!目の前で売ってる肉が食えないではないかあああああああああああああ!!
俺は走り出した。
目の前にある肉が食えない事に耐えられなくて。
周りでその肉を頬張る人達が羨ましくて。
金が無くて買えない事が悔しくて。
屋台のおっちゃんの笑顔が眩し過ぎて。
なんで、なんでなんだ……。なんで俺だけが食えないんだ!!(※お金が無いからです)
辺りに漂う美味しそうな香りが俺の腹を空かせようとしてくる。
もういやだ…。もういやだこんなの!金貰って来とけばよかった!!
俺は走った。
な、泣いてなんかいないんだからねっ!
それから、俺は走り疲れたから公園のベンチに座っていた。
公園と言っても、中央に噴水があり、端にベンチが置いてあるだけの簡素なものである。まあ、それだけあれば充分なんだろうけど。
ちなみに、今は太陽が少し傾いてきたぐらいの時間だ。だいたい14時くらい?
「……ハァ…………」
傍から見ても落ち込んでるのが良く分かるぐらいに、俺は落ち込んでいた。
「……お腹空いたなぁ…」
腹が減ってきた。口調もだんだん弱々しくなってきてる気がする。
隣のベンチでは一人の女性の周りに、十数人の大中小と様々な子供達が集ってる。
好かれてるなー、この人。とか思ってたけど、周りの子供が非常にうるさい。ギャーギャー騒ぐ声が空いた腹に響いて敵わん。だんだんイライラしてきた。
本来なら俺は、子供は嫌いじゃない。好きな部類に入らなくもない。きっとイライラしてるのは腹が減ってる所為だろ。
それにしても、綺麗な女性である。長く白い髪が綺麗だ。うどんみたいだ。
…腹が減った。
顔はとても整っている。肌も、もちもちすべすべしていそう。饅頭みたいだ。
…うん、腹が減った。
「どうかしましたか?」
うどん饅頭が……って、違う違う。隣の女性が話しかけてきた。ちょっと凝視しすぎたか?
微笑みかける女性の青い目が、俺を映している。
その青い目はとても綺麗で、美しくて、きっと舐めたらソーダ味なんだろうな……って、何考えてるんだ俺。とにかく、話しかけられた以上こちらも何か喋らねば。
「…あ……いや、何でもな遺テ雲・稼ィ蛙閻・シ江\腹・減ッ多・・・」
「え?」
「な、なんでも無い…!ちょっと、滑舌が悪いもんで……」
腹が減りすぎて呂律が回らなくなってしまった。どんだけ腹が減ってんだ俺……。ていうか、今のどうやって喋ったんだ?
「もしかして、お腹が空いてるんですか?」
「へ?」
何故分かった!?
今の文章で何故分かった!?
どう見ても文字化けしてただろ!?
「あ、『なんでわかった?』って言いたいのでしょう?わかりますよ、そのくらい。顔にも出てましたし。昔から、表情からその人が何を考えてるのかを見抜くのは得意だったの。それに、この子達との付き合いも長いから、貴女くらいの歳の子の考えを見抜くのは簡単ですよ」
「へ、へぇ…それはそれは……」
なんだ、顔に出てただけか。
それでも凄いな…。普通無理だろ初対面相手にそんなこと。
まあ確かに、俺は良く顔に出る方だって言われてたしな……。
でも、今の一瞬でそれを把握したってことは、それなりに人との長い経験を持ってるってことだろうな。
ていうか、さりげなく子供扱いされた……。
「お腹空いてたの?」
「だらしねーなー、ねーちゃん」
ここで、俺の方を見てるだけで口を開くことの無かった子供達に話しかけられた。
「うるさいな……、それくらい自覚してるっつの。ってこら、まとわりつくな。よじ登るな。髪を引っ張るな!」
この子供達は人懐っこいっていうか、他人に警戒しなさ過ぎだろ…。まあ、こいつらはまだ子供だから仕方ないけどさ。
「こらこら、やめなさい。彼女が困ってますよ?」
とか言いつつ、止めようとはしないんですねアナタは……!
「そんなことより、お腹が空いているのでしょう?余り物だからこんなものしかないけど、良かったら食べて?」
そう言いながら女性は、弁当箱らしき物の中から、どう見てもサンドイッチなそれを俺に渡してきた。
「あ、ああ。ありがとう……」
くれるって言うんなら、ありがたく貰っておこう。
コンパクトに食パンのような物で具を挟んだタイプのサンドイッチだな。日本じゃコンビニでよく見かけるタイプの物だ。
余り物とか言ってるけど、わざと多く作ってきたんだろうな。さっきチラッと弁当箱らしき物の中を覗いた時、一人分とは思えない量のサンドイッチが入ってたし。|(ていうか、なんでサンドイッチオンリーなんだ……?)その様子からして、周りの子供達の為にでも作って来てるんじゃないか?
いや、そんなことどうでもいい。今の俺は腹が減ってるんだ。さっさと、このどう見てもサンドイッチなこれを食べてしまおう。
俺はサンドイッチを口に入れ……
ゴッ!!
「うっ…!!」
ようとしたら鈍い音と共に、頭に強い衝撃が来た。一瞬意識が飛びかけたため、ベンチから落ちて地面に倒れた。
周りの子供の行き過ぎたイタズラか?とも思ったが、いくらなんでも力が強すぎるから、そうではないらしい。意識が飛びかける程の衝撃だぞ?子供が出せる筈が無い。
それに今、目の前でうどん饅頭……じゃなかった。女性が数人の男に攫われてたし。
決定的瞬間と犯人の顔を見てしまった俺は、とりあえず状況の整理をすることにした。
……と言ったって、整理するまでもないな。さっきの綺麗な女性が攫われて、俺のサンドイッチが地面に落ちたってだけだ。急展開乙。
犯人の意図?んなもん知るかよ。今の俺にはそんなことはどうでもいい。
重要なのは、俺のサンドイッチを砂まみれにしてくれた事だけだ。
それ以外のことなんぞ後回しだ。ついでで、女性も助けてはおくけど。
外傷は特に無いみたいだ。ちょっと頭がズキズキする程度で。
それにしても、普通に気絶できるレベルの衝撃だったぞ?
いや、まあ犯人もその気で襲ってきたんだろうけどさ。
さて、そろそろ起きるか。そして奴らを叩き潰しに行こう。
食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ?
私はサンドイッチの中ではネギトロおにぎり派です。