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勇者タケルのこの上ない遺憾

作者: Tm

春のファンタジー短編祭(武器っちょ企画)参加作品です。詳細は主催者遊森謡子様の3/20活動報告にてご参照ください。

●短編であること

●ジャンル『ファンタジー』

●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』

 おっす! 俺大和タケルってんだ!

 突然こんなこと話し始めるのもアレだけどちょっと今たてこんでるからまきでいくな!

 俺ってば今やとわれ勇者やってんだけどさ、それがもうタイヘンでタイヘンで……え? なんでそんなことしてんのかって?  そっから話さなきゃダメ? やっぱそうか。


 いやな、俺今もうすぐ17歳になる16歳なんだけど、16歳の誕生日にたまたま暴走してたトラックにたまたま轢かれてたまたま即死だったわけ。

 で、気づいたら異空間にいて、自称神様が「お前手違いで死んだんだけど、別の世界のほうにぶっこむんでそっちで生活しててください」って言われたの。

 手違いって何? 神様ってお役所仕事なの? その場合保険料とかどうなるわけ? 慰謝料は誰に請求すればいいわけ?

 とかいろいろ聞いたんだけどさ、全部スルーされて全然別の世界に召喚されたわけよ。神様って案外自己中なのな。俺的にはとてもとても愛せないわ。

 んでさ、その召喚されたところがよりにもよってとある王国のお城の中だったんだよ。で、みんな俺を見たとたんに「勇者様、世界をお救いください」とか言ったんだ。もうほんとリハーサル何回してたの? って聞きたくなるくらいのシンクロ振りでね。

 で、何説明しても聞いてくれなくてちゃくちゃくと出発の準備が整ってあれよあれよという間に魔王討伐隊とか少数精鋭で編成されちゃって、よりにもよって俺がリーダー。理由、勇者だから。

 何その俺ルール。勇者だから死なないとか勇者だから世界を滅ぼす力がある魔王を倒せるとかお前ホント俺の何を知ってんの? って聞きたかったよね。

 しかも少数精鋭とかっていって周り可愛い女の子ばっかりでさ、可愛いのはいいんだけど不安なことこの上ないしぶっちゃけ自分すらレベル1のモンスターに一撃で撃沈される自信があるのにさらにメンバーを死守しつつとか無理ゲーにもほどがあるでしょ。

 無理だから。平和な日本で暮らしてた俺なんてこの世界じゃハムスター同然だよ。うちのハムスターを魔王と戦わせてみたとかさあ、まじニコ厨ばりの無茶振りだって。

 馬鹿じゃないの? 俺という人間をなんだと思ってんの? ハムスターだよ? 可愛がれよ。真綿に包むように守ってくれよマジで。それが本来の俺という存在の楽しみ方だと思うの。


 まあさ、色んな愚痴言ってみたけど、俺が最弱な代わりにみんな強かったんだよね。そこは本当ラッキーだったと思うよ。

 たとえ僧侶のお姉さんがびっくりするくらいビッチだったとしてもさ、ちょっと最初いい感じまで行ったエルフの女の子が同じパーティの女戦士に寝取られたりとかさ、傷心の俺に迫ってきた猫耳ロリ娘が実はつるぺたどころじゃなくって真正の男の娘だったとかもうそういうのはしょうがないよ。気にしたら負けだと思ってスルーした。

 それにさ、実は俺あんまり本気じゃなかったんだよね。だって魔王討伐とか、無理だし。自衛隊呼んで来いよって話だよ。

 最初はマジ焦ったけど、聞くところによると各国が競うように勇者を旅立たせたって話だからさ、多分「魔王倒した国が一番ね!」みたいなノリだったんだろ。それ聞いたらもうなけなしのやる気も一気に削がれて、どうせ俺以外の勇者様が何とかしてくれるだろーって。てかなんとかしてくれと。そう思ったからね、のんびりのびのび魔王討伐の旅を謳歌してたんだよね。


 幸いやっぱりそういった強い奴らはタフだからか足も速いらしいの。行く先々モンスター討伐の名残はあってももう解決した後で、かなーり楽だった。すいすい行けた。

 でもこれがだめだったんだろーなー。こりゃもうイケるなって思ってさ、とりあえずゴール目指してみっか、みたいなノリ。失恋のやけくそともいうけど。勇者と魔王との壮絶な戦いの後とか、いの一番で見学できるとかなかなかないっしょ?

 で、行ってきました魔王城。そしたら……あーあ。これだよ…………。



「さあタケル! 奴を倒すのよ!」

 いやいやいや。

 いやいやいやいや。

 待って。待って待って待って。マジ待って。タンマ。タイム。

 さあ! じゃない。さあ! じゃないよ。倒すのよ! とか簡単に言ってくれるな。つーかお前がやれ。奴を前にそれだけ言う度胸があるならまずお前がやれ。殺ってくださいお願いします。


 ――――もう、ほんと、なに、これ……。

 なんでこうなったの?

 呆然とする俺。その俺からやや離れたところから俺をけしかけようとする仲間たち。そして俺の前で悠然と構える黒衣の……魔王、ご本人様。


「や。や。や。なんでいるの。なんで生きてんの。なんで余裕綽々で腕組んで暗黒微笑浮かべてるの」

「クックック……何故生きているとはご挨拶だな、勇者よ……我は貴様を今か今かと待ち構えておったというに……」

 いやいやいやいや。いいよ。待ってなくていいよ。死んでていいよ。先に死んでてよかったんだよ。いちいち律儀に俺のことなんて待たなくていいから。待ち合わせ場所変更になったからさ。クラスの連絡網メールきてないのお前だけだから。お前ハブられただけだから。

「なに。なんで。なんでなの。先に来てた勇者たちは? スタンプラリー終わらせて帰ったとか言わないよね? だったら俺も帰らせてくださいお願いしますスタンプ押してください」

「フン……案ずるな。いずれ貴様も同じところへ送ってやる……」

 案じてないよ。案じてないからね。強いて言うならこんな状況に陥っている俺の身を今全力で案じています。つーかこいつ人の話ちゃんと聞いてる?

「てか、え……何……死んだの? 殺したの? 殺しちゃったの、お前。お前勇者殺しちゃったの?!」

「…………いずれ貴様も同じところへ送ってやる」

 二度言わなくていいよ。なんなの。素直に認めろよ。なんで微妙に回答そらすんだよ。なんかずるいなーコイツ。

 おい勘弁してくれよマジで……。なに、ほんと、勇者使えない……。ここぞというところで死んでどうすんの。村々のモンスター討伐とかにいちいちいかまってるからだよ。そりゃそんなことしながら旅続けてたら疲れるでしょ。魔王戦前に疲労困憊で過労死もするって。

 おーいマジないわー。ほっときゃいいんだよ村のモンスターなんて。ちょっと生活するのに不便な程度の悪さしかしてないんだからさー。村人なんか困らせときゃいいじゃん。目先の善行より遠くの大儀だよ。魔王倒すことだけに心血そそいでりゃよかったんだよ馬鹿が。


 あ、ちょっと待って、魔王のステータスみとこ。

 えーとなに? レベル82?

 ……わかってたけどやっぱつえーわ。さすが魔王だわ。魔王様まじぱねーっす。無理だわ。だって俺この間やっとレベル35になったばっかだし。先発の勇者たちがことごとくモンスター倒してったせいで倒せるモンスターが軒並み雑魚くらいしか残ってなかったんだよね。まあそれでもレベル上げ頑張ってる風に見えるから助かるーとか思ってたんだけど。

 あーやべー帰りてー。帰って録画してた深夜アニメ観て寝たい。もうちょっと真面目にレベル上げしときゃあよかった。経験値ぞろ目になるよう雑魚モンスターで調節するとかやってる場合じゃなかったわ。

「何してるのタケル! ボーっとしないで」

「うっせブスちょっと黙ってろ」

「なっっ」

 あーもう後ろの外野うるさい。もう、ほんと、どうしよう。やべーわこれ俺死ぬの? 死にたくないんだけど。あーどうしよう。なんかないかなんかないか。

 あれ、ちょっと待って魔王のコマンドの属性のところ……

 『モエル』?

 燃える? 炎系ってこと? まさかの燃焼系? 俺的イメージだとおじいちゃんが延々と鉄棒グルグルしてるかんじなんだけどそれでも強そう!

 いや、そもそも魔王って闇属性じゃないっけ。それともなに、魔王しかない特性なのか? 闇属性と炎を掛け合わせたとか?  うっわ強そう痛そう。

「さあこい勇者!」

「いや行かない」

「えっ」

「えっ」

 魔王がびっくりしている。びっくりはこっちだよ。なんで俺が行くと思ってるの。死ぬとわかっててなんで俺が行くと信じてるの。いらない信頼だよ。いつから俺とお前はそんな気心の知れた間になったんだよこえーな。

 さてはこいつ友達いないな。一回話しかけてきた人は無条件で親友とかそういうクチだ。あーますます無理だわ俺。

「ちょ、もう、ほんと無理だから。勇者リタイアするから帰っていいっすか」

「リタイアってなんだ。そなたは勇者であろうが。己が責務を果たせ」

「いや魔王にSEKKYOUされるとかマジ勘弁。責務とかいいからさ、帰りますね俺」

「待て待て待て待て」

 引き止めんなし。裾引っ張んな気安く触るな。

 思いっきり手を振り払うとちょっと傷ついたような顔をされた。ウゼー。かまってちゃん臭がプンプンするぜ。

「なに。なんすか」

「いや、そなた、勇者であろう……?」

「いや今さっきリタイアするって言ったじゃないですか。もう俺一般人なんで」

「死を覚悟してここに来たのではないのか!」

「……っせーな。いきなりキレんなうるさい」

 いらっとして思わず本音を漏らしたら魔王の眉毛が完全に八の字になった。なんか唇噛みしめてプルプルしている。

 鬱陶しいなこいつ。魔王のくせに悲劇のヒロインとかギャグってレベルじゃねーぞ。

「大体ね、俺死にたくないの。世界が魔王に支配されるのと俺が死ぬの天秤にかけたら余裕で俺のほうに傾くくらい自分が大事なの。言ってることわかります?」

「死の覚悟がないと」

「ないよ。ないない微塵もない。めっちゃ生きたいもんげー生きたいそれこそお前殺してでも生きたいだから自発的に死んで貰えるとすっごく助かる」

「ならばくるがいい!」

「行かないってばもー。やっぱ人の話聞いてねえじゃん! うざい魔王うざい! おいこんなやつ放っといて帰ろうぜもう!」

 縋り付こうとする魔王を避けて後ろに打診するも『もうちょっと話聞いてあげなさいよ!』と返される。

 じゃあお前が聞けばいいじゃん。女子会でもなんでも開いて思う存分聞いてあげればいいじゃん。魔王トークとかさせてあげればいいよ。俺は帰らせてもらうから。

「大体さあ、じゃあ逆に聞くけど、あんたはどうなの?」

「どうとはなんだ」

「死んでいいの? 死にたいの? 待ってたとか言うけど殺してくれる勇者が来るまで待ち続けるの? どんだけ被虐思考なの怖いんですけど」

「魔王たるもの覚悟はできておる。勇者とて然り。当然だ」

「いや当然だとかどや顔で俺ルール言われても……じゃあいいじゃんぐだぐだ言ってないで死んでよ。ここまで来るのにどんだけぐだぐだしたくだりが必要なんだよめんどくさいなあ」

「い、いや死にたくはないぞ」

「どっちだよ」

 指先つんつんしても全然可愛くねーんですけど。もじもじすんな。

「戦って死ぬのは構わぬがな、自発的に死ぬとなると……今まで倒してきた者たちにも、我を慕ってくれる配下の者どもにも顔向けできぬゆえ」

「……」

 ……魔王、いいヤツじゃん。

 えっ、ちょ、え? おかしくない? 魔王いいやつっておかしくない? やめてよなんかこれじゃあ俺が嫌な奴みたいじゃん。俺別に悪くないのになんか感じ悪いカンジじゃん。ええー。

「いや、もう、いいじゃん。アンタはよくやったよ。そろそろ死んでもいいんじゃない? ってか死んどけって。世のため人のため世界のために死んどけって」

「……そ、そうか?」

 よし、ほだされかけてるぞ魔王。なんか後ろで『クズ!』とか聞こえるけど後で覚えてろよ。今はこのまま平和的に魔王に自分で死んでもらおう。

 あえて馴れ馴れしく魔王の肩を抱き、旧知のような振る舞いで引き寄せ囁きかける。

「そうだって。みんなお前が死んでくれるの待ってるんだよ。世界中の期待をお前が背負ってんの。わかる? お前にしかできないことだよ。俺だってまじ尊敬するわ。俺にはとてもできない」

 だって死にたくないもん。

「……わかった」

 おっしゃキター!

 テンション上げ上げで魔王から離れる。その気になってくれればこっちのもんだ。俺やればできるじゃん。マジ選らばれし勇者だったのかも。タケルさんまじぱねーっす。

「我は……我は…………勇者、お前を殺す!」

「よく言った!…………いやなんで?!」

 いやいやいやおかしいよね。今の流れでその結論はおかしいよ、ねえ。わずか数秒の逡巡の中で一体どんな変革があったの。

 驚き戦く俺をしり目に、魔王はなんだか思いつめた表情で、自分語りを始めた。

「我はずっと迷っておった……これで良いのかと。訪れる勇者を軒並み倒し、魔王として君臨し、配下をまとめ、そしてまた殺戮の日々……」

 いいじゃん別にそれで。魔王らしくてすっごくいい感じだと思う。強いて言うなら勇者が来た時点でお前が倒されなかったことが俺の誤算だよ。

「だがお前の容赦なき言葉の数々に……ようやっと理解したわ」

 容赦なきってお前のメンタルが豆腐なだけだろ。

「我も魔王としてこうあらねばと! 迷いを捨て、容赦を捨て、魔王ぜんとせねばならぬと! それこそが今まで打倒してきた勇者へのせめてもの弔い……そして配下への精一杯の誠意となり、ひいては我のため、そしてお前のためともなると思うのだ」

 いやならないよ。ならない。全然ならない。すっごいメーワク。すっごい独善的思考だと思う。

 なに俺のためって。どこが? どの辺が? お前は俺の何を知ってるの? やめてそのちょっと優しい微笑。魔王がしていい微笑じゃないと思うの。

「解っておる……勇者、そなたもここに来るまでに並々ならぬ鍛錬をしたのであろう。血反吐を吐く思いで前進し、己を叱咤してここまで来たのであろう」

 いやしてない。そんなんしてない。それ誰の話? このもやしボディのどこを見て言っているのそれは。

「それを無駄にしてよいのか。たとえ無理だとわかっていても挑まずにはいられない。そなたの本心はそうであろう、勇者よ!」

「いや全然違う」

「えっ」

「えっ」

 なんで唖然としてるの。唖然とするのこっちだよ。なんなの。魔王って妄想癖でもあるの? 勇者を美化してどうするの? 何がお前をそこまでさせるの? 勇者について何かすごく好い思い出でもあるの?

「もうそんなんいいからさ。さっさと済まそ。俺は今までの苦労や努力を無駄にしても、不意にしていいから生きたいの。今までの時間がすべて無駄だとしても今このとき生き延びられれば過去のことはどうでもいいからさ。ね? わかった?」

 苦労も努力もさほどした覚えはないけどね。

「よしわかった! さあこい勇者!」

「全然わかってねえじゃん。やだもーこの人なんでこんなに話が通じないの気持ち悪い」

「さあこい勇者!」

 ファイティングポーズをして急かしてくる魔王。これはもう話を聞くとかいう問題じゃない。勝手に心の成長して勝手に自己完結して勝手に理想的展開に導こうとしてる。

「……わかった。わかったから、じゃあ、こうしよう。俺も腹をくくる。魔王、お前を倒すために自分なりに頑張ってみる」

「さあこい勇者!」

「わかったって。聞けよ。…………だからね? でもね? 俺死にたくないから、そっち行くけど、殺さないでね。楽勝で倒せるなら殺さないでおしまいって手もあるでしょ?」

「だがそれでは他の者たちに示しが……」

「え? じゃあ何、殺すの。魔王、俺を殺すの。殺しちゃうの。レベル82の魔王が、やっとこさ中ボスくらいにしかならないレベル35の俺を。それってどうなの? そういうの世間では理不尽って言うんだけど、魔王的には違うわけ。中ボス程度の勇者を全力で倒す俺かっこいいとか思っちゃってるわけですか」

「いや…………」

「へえー。あ、いいよ別に。あの世に行ったら道半ばで散って行ったお前のご自慢の部下たちにもさ、死闘を繰り広げた勇者たちにもさ、言っとくからアンタの素晴らしい武勇伝。いいよ、ほら。殺せば? レベル35の俺をレベル82の力で殺せば? 幼稚園児が蟻の巣穴を埋めるような感じでやっちゃっていいよ?」

 なんか後ろで『魔王そんなヤツやっちゃいなって! 殺っちゃえ!』って聞こえてくるけど今は無視だ。とにかく最低限俺の命の保証だけはせねば。

 それが保証できるなら後ろの奴らを生贄にでもして凌辱なり触手責めなりお好きにやっちゃってーって話だ。我ながら完璧なプラン。せいぜいアヘ顔の練習でもしてるんだな、雌豚ども。

「で、どうすんの? 俺を殺してそのご立派な志と引き換えに誇りを捨てるか。俺を生かして絶対的強者としての余裕と賢明さを世に知らしめるか。どっち」

「……う、ぬぬ。腑に落ちぬが、そなたがそこまで言うのであればそうしようではないか」

「よし魔王賢い! 英断だよ! さすが後ろの馬鹿共とは格が違うわ! それでこそ支配者の器だよ!」

 よーしそうとなったらちゃっちゃと終わらそう。大げさにぶっ飛んで『く、くそ……これだけやっても魔王にはかなわないのか……』とかいっときゃお互い体裁整うだろうし。魔王のほうには『うぬがごとき虫けら、殺すに値しないわ。去るがいい』とか言ってもらえればなおベター。

 あー光明が見えてきた。人生って素晴らしい。

「よし、じゃあちゃっちゃと済ませてさっさと終わらせようぜ魔王」

「さあこい勇者!」

 おお、やる気満々だ。よっぽど今のセリフをびしっと決めたかったんだろうなー。うーん、やっぱ悪い奴じゃないんだよなあ。てかなんでこいつ魔王やってんだろ。だめだろこんなやつ魔王にしちゃ。見た目だけ体裁取り繕っても中身がアレじゃあね。

 ちょっと魔王軍の行く末を心配しつつ、意気揚々と構える魔王を前に俺も自分の武器を取り出す。

 愛刀、封兆。

 俺に依頼してきたお国に伝わる、持つ者によって相応しい形に変化するという伝説の武器らしい。代々その名刀を使って歴代の勇者たちは数多の敵を屠ってきたという。

 なんか誇らしげにどや顔で説明されたけど、歴代の敵たちの血を吸いこんでるかと思うとなんとなーく触りたくもなかったのだが押し付けられては仕方がない。自衛に持っとこうということで、その怨念もといご利益に預かることにした。そして今これで、魔王を屠ることはできなくとも、応戦してなるべく攻撃をいなせたらいいなあとちょっとへっぴり腰で考えていたりする。

「ククク……それが貴様の武器か。なかなか風流な様ではないか!」

「はあ、どうも……」

 いや、うん、風流ってか、これ。

 まあ、こっちの人にとってはちょっと微妙に見慣れない、のかな。

「さあこい勇者!」

「お、おう!」

 と、とりあえず行くしかないよな!

 覚悟を決めて、刀を構える。魔王とにらみ合うこと数秒、ついに時は動き始めた。

「……………………待って。タンマ。やっぱなし。やっぱやだ。やりたくない」

「何を言うか! 今更怖気づいたかっ」

 いや、怖気づくっつーか、だって、ねえ? なにこれ。絵的におかしいもん。

 構える魔王。同じく構える勇者の俺。そこまではいい。

 でもこの、これさあ、この武器。愛刀とか言っちゃったけど、封兆とか名前つけちゃってるけどつまり、これ……。

 ――――包丁だし。

「なんで包丁? リーチが足りない。柄も両手でつかみにくい。つーかこれ両手でつかむと別の絵面に見えること山の如しなんですけど」

 持つ者によって相応しいってどこが? どういう判断基準? 馬鹿にしてんのこの伝説の武器さんは。

 だって考えても見てよ。これつかんでさあ、今から殺し合いとばかりに鬼気迫る様相で魔王と対峙って、もう、これ、火サスじゃん。今まさに湯煙旅情殺人事件じゃん。倒す殺すっていうよりほんとに『殺害』って感じだよ。生々しいよ。

 無理無理無理。こんなん俺絶対無理だって。

「どうした勇者よ。具合でも悪いのか、顔が真っ青だぞ」

「う、うん、大丈夫。心配かけてごめんね」

 魔王の優しさが胸に痛いわ。なに、これ、俺どうしたらいいの。

 そもそもこの絵面がさあ……。立ってる場所というか、あんまり深く考えなかったけどここって……。

 魔王を仰ぎ見る。背後にそびえたつ魔王城。とりあえずわざわざ城外で出迎えてくれた魔王の気配りは置いておくとして、建ってる場所だよ、つまり。

「なんで崖の上?」

 ぽつりとつぶやくと、魔王はきょとんと首をかしげる。

「え?」

「え? じゃないよ。なんで魔王城が崖の上に建ってるんだっつの。崖の上の魔王様って、どっからどうつっこんだらいいか皆目見当もつかない」

 これじゃあモロ火サスじゃん。殺す側か殺される側が絶対崖から転落することうけあいじゃん。こんなにお膳立てされたロケもなかなかないよ。 そもそもこの城は何を思ってここに建てられたの。製作者と依頼者の意図が全く理解し難いわ。

 いかんともしがたい思いで魔王城を見上げているその時、魔王が恥ずかしそうにぽつりとつぶやいた。

「…………一度、海の見える丘に住んでみたかったのだ」

 いやここ丘じゃない! 崖! 崖だよ! 条件が微妙にかみ合ってませんけど! 建築士何考えてんの?

『丘とか無理だから崖でいいよね』

 とか思ったんだろうか。魔王舐められてる! めちゃくちゃ舐められちゃってますけど!

「……いや、だって危なくない? 崖の上のアレみたくこじんまりした家ならともかくさあ、城だよ? 自重どんだけだと思ってんの。つーかよく建てられたな」

「格安だったのだ」

「しかも悪徳業者にまんまとはめられてるし。いいの? 魔王がそんなんでいいの? 『ちょれーわ魔王www』とか絶対思われてるけどそれでいいの?」

 てかよくよく考えると海の見える丘に住んでみたかったってどんだけ乙女チック。そりゃ舐められるわ。乙女心利用されてカモられるわ。

 ――あれ?

 ちょっと待って、確か……


 属性:モエル


 モエル……。魔王……。魔王、モエル……。系統……。


「魔王萌え系!」

「いかにも我は萌え系。よくぞ見破った」

 いやいやいやいかにもじゃないって。むしろ知りたくなかったそんな恥ずかしい属性。攻略方法もわからないしわかりたくもない。

 いや確かに萌えなくはないかもしれないけど。なんか良いヤツだし趣味は乙女チックだしそのギャップを思えば考えようによっては萌えるかも……知れないけど、さあ。

 いや、やっぱ、でも……。


「きもちわる……」


 ――――多分、心底染み入るような声音で言ってしまったからだろう。

 俺のその小さな呟きは魔王の耳に届き、そして見る間に魔王は密かに耐えていた涙を決壊させ、一目散にその崖の上の城へと逃げ帰ってしまった。

 なんというあっけない幕切れだろう。これまで数多の勇者を葬ってきた魔王が、たったの一言で撃退されてしまった。ちょっと、いやかなり、可哀そうなことをした気もする。

 魔王の消えていった魔王城へと視線をはせる。

 ちょっといいすぎたかもな……。

「………………ま、いいや」

 帰ろ。ぶっちゃけどうでもいいや。幸い首が繋がったし、あとは後続の皆さんにお任せして俺は精一杯やり遂げた感をかもしつつ帰還しよう。

 ていうか実際よくやったしね。結果も出せたし。あの分じゃ多分三か月くらいは引きこもって出てこないんじゃないの。俺いい仕事したわー。

「スッキリしたわー。じゃあ帰りましょうか皆さん……」

 くるっと振り返ると、さっきより心なし遠いところにみんながいた。なんでそんな離れてんだろう。


『サイッテー』


 ……ん? なんかソロで聞こえた。すごいシンクロして聞こえた。

 え、なに、その目。軽蔑っていうか侮蔑に染まりきった眼差し。

「ちょっと待ってください。このまま帰るなんてあんまりだと思います。魔王さん泣いてましたよ。それでいいんですか?」

 ビッチな僧侶さんはいつものエロい流し目はどこへやら、氷点下の凍えるような眼差しで言った。

 ていうか、なに。別にいいでしょ。魔王なんだし死んでも泣いても別によくない? ここ来た意味わかってんの? そしてどうして俺はこんなところで魔王を泣かせたことについてビッチに怒られてるわけ。

 返す言葉に迷っていると、隣の女戦士が自己主張甚だしく大げさにウンウン頷く。

「アタシもそう思う。大体さっきから見てればアンタなんなの? 何しにここに来たわけ? しかもブスってあたしたちのことじゃないでしょーね」

 "たち"じゃなくてお前のことだよ女ゴリラが!

 と、言いたくなった。言ったら非難囂々なので口を閉じたが、これだけは言いたい。

 俺のエルフちゃん返せ。

「勇者さんがそんな人だなんて思いませんでした。がっかりです……」

 うん、俺もね、すっごくがっかりしたんだよ。君をあの女に寝取られた時にはね!!

「勇者さまぁ……ボクも、魔王ちゃんが可哀そうだと、思うナ……」

 へえーそう。別に。どうでもいい。ついでに言うと俺的に男の娘は発言権持ってないから黙ってて。

 ていうかなに魔王ちゃんって。一言も会話を交わしてないお前らがそう呼び合う瞬間ってありました?

 なんだこの空気。すっごい既視感。クラスの女子に放課後呼び出された気分。アウェイ感が半端ない。とっても息苦しい。

「いや、だって、さあ……」

 なに。なんで。なんで俺責められてるの。さっき『さあ! 倒すのよ!』とか言ってた人たちになんで怒られなきゃいけないの。

 俺然るべき対処しただけだよね。こうなったのだって別に意図してしたわけじゃないし。魔王殺してもいないし、超平和的解決じゃん。褒められるならまだしも、道端に落ちた蝉の死骸を見るような目を向けられるいわれはなくない?

「俺にどうしろと……」

 苦し紛れにそういうと、彼女たちは声をそろえてこう言った。


『謝りなさい』




 こうして、俺の魔王戦は終戦を迎えた……と思いきやややこしいことになり、魔王城に引きこもってしまった魔王に平身低頭謝る羽目となってしまった。


 その後何故だか俺は魔王と友達になることになってしまい、その数年後平和条約が結ばれた。

 後の歴史書には、魔王にはたちの悪い友人がいたと記されていたようだが、そんなことは今の俺には知る由もないことだった……。

 ひどい(内容だ)よ!!

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