世話役、里中鉄二の苦労
※鉄二、沢木を孫のように思っています。苦労人…
里中鉄二は還暦を過ぎた沢木家の世話役である。
彼が住み込みで仕事をしている沢木家の屋敷は、市街地から外れたところにあるゴージャスな洋館。
沢木の母の美月が一目惚れして、よく確かめもせずに衝動買いした物件である。
美月に世話役として呼ばれた時は、あまりのゴージャスさに目がチカチカした記憶は新しい。
「美」がすべて!という沢木の母の独自教育を受けた沢木に振り回され、日々の疲れが取れない。
全裸でうろうろするのは日常茶飯事だし、少し留守にしたら家はゴミだらけ。
お尻を叩く回数は減ったとはいえ、気の休まる日はない。
ついでに叩きすぎて、腕も痛い。
沢木の友人と言えば、福田くらいなので彼が遊びに来るくらいしかくつろげる時がない。
その福田も最近は忙しく、たまにしか来なくなった(もう全裸を見たくない…とぼやいていた)
今日も、全裸で座禅を組んでいるところを発見し、思わず卒倒しそうになった。
すかさずお盆で制裁を加え、服を着せた。
「鉄じい、最近叩くときに殺意が篭ってないか? 尻がもげそうに痛い…」
「さっきの姿を見て、殺意を起こさない方が不思議です!」
「俺の自慢の美尻が…」
ぶつぶつ文句を言い出した沢木に、鉄じいはめまいがした。
沢木の様子が変なのは、今に始まったわけではないが、最近は特にひどいと鉄二は思う。
それとも、あのレストアしたいと言っていた女性と何かあったのか…?
聞きたいが、苦悶の表情で座禅を組む沢木を見ると聞けない。
「なぁ、鉄じい。女性の本当の美しさってなんだろうな?」
沢木がポツリと漏らした一言に、鉄二は大層驚愕した。
今まで、沢木の母美月と自分が唯一無二美しい!と断言して譲らなかったのに。
「坊ちゃん、会社で何かあったんですか?」
沢木はポツリポツリと、先日会社であった出来事を鉄二に話した。
「その時代遅れ美女集団の中に、以前俺が綺麗にレストアした奴もいたんだ。レストアし終わった時は、あんな嫌な性格じゃなかったのに…外見だけ綺麗で、中身は最悪な奴に変わってた」
あんなに醜い美女になるならレストアするんじゃなかった…と。
好き勝手に綺麗にしておいて、酷い言い草かもしれないが、沢木にとってレストアすることは芸術品を創ることに近い。
完璧な美女に仕上げたはずが、そうではなかった。
自分が今までやってきたことは、なんだったのか?と迷いが出ているらしい。
「はぁ…それで急に座禅を組みだしたんですか。馬鹿ですか、坊ちゃんは」
「な、馬鹿とはなんだ。馬鹿とは!俺は真剣に…」
「馬鹿です、いや救いようのないお馬鹿さんです。なぜそう思うのか、本当は分かってるんじゃないですか?」
「…認めたくない。あいつを可愛いと思う自分も、俺がレストアした美女を醜いと感じる自分も。レストアなんて本当は意味が無いってことも。中身と外見が揃って初めて美しいってことも…」
そう、沢木は瑠璃を可愛いと思い始めている。
最初は歩くなすびだ!とバカにしていたが、瑠璃の食べるときの幸せいっぱいの笑顔に毎日キュンとしていた。
食べる時以外はニコリともしないが、そのギャップがまたいい!とか思っている。
おわびのつもりで社員食堂でごちそうしていたのだが、最近は笑顔を見たい方が勝っていた。
そんな矢先の食堂事件だったのだ。
きっと時代遅れ美女集団は、そんな沢木の様子を敏感に感じ取っていたのだろう。
「ちゃんと分かってるなら、悩まなくていいでしょうに…不器用ですねえ」
「うるさい! とにかく俺はまだ座禅を組むから、ほっといてくれ」
プイッと顔を背けて、また座禅を始めた。
その沢木を見ながら、鉄二はまだ会ったことのない「有沢瑠璃」という女性に感謝した。
あの俺様ナルシストが、自分の今までの生き方を見つめなおそうとしている。
鉄二がどんなに説教をしても聞く耳を持たなかった。
彼女と仕事を通して関わることで、少しはまともな青年になるかもしれない。
見た目は文句のつけどころはないのだ。
中身にだいぶ問題があるだけで。
鉄二は俄然やる気が湧いてきた!白髪も黒くなる気がしてきた。
「坊ちゃん、今度その有沢様を紹介してください。そうだ、ご飯をいっしょに食べてもらいましょう。こうしてはいられない、掃除しなくては!」
沢木の返事も聞かずに、鉄二は「掃除をしなくては~」と走り去った。
さっきまで目まいを起こしそうになっていた老人とは思えない元気さである。
無理もない、ほぼ鉄二が一人で面倒を見てきたのだから。
手のかかる孫のような沢木が、まともな青年になれるチャンスを逃してなるものか!と張り切っていた。
その頃瑠璃は、風邪を引いたわけでもないのにくしゃみを連発し、背筋がゾクッとしたのは言うまでもない。
※鉄二、白髪染めを真剣に検討中。
※全裸座禅、大変な変態行為です。おススメしません。
※瑠璃、会ったこともない老人にめちゃくちゃ好感を持たれる。