まずは信頼回復をがんばるレストア王子。
瑠璃にスライディング土下座して、ようやく和解できた沢木。
代わりに会社内でのなにかを盛大に失ったことには、まったく気づいていない。
つくづくおめでたい男である。
スライディング土下座の件は、あっという間に全社員が知ることとなったが「あの沢木を謝らせた」という事実が、上層部を感動させた。
福田以来の「沢木ストッパー」になりえる存在かもしれない、と。
そこで上層部は、沢木と瑠璃に知られないように「二人を温かく見守ること・手だし口出ししないこと。破れば厳罰に処する」とすぐに異例の社長通達を出した。
瑠璃が先輩社員達のいじめのターゲットになる恐れもあったからだ。
あんな俺様ナルシストでも、熱狂的に支持し崇拝している社員がいる。
特に、沢木にレストアされ綺麗になった女性が大半で、交際を断られても虎視眈々と沢木を狙っている。
自分に恋人ができていても、である。
社長命令となれば、そうおいそれと瑠璃にちょっかいは出せない。
その通達を見た沢木信者たちは、悔しそうにハンカチをびりびりに引き裂いたと言う。
◆
入社早々こそトラブったが、土下座謝罪以来は瑠璃も態度を軟化傾向に。
お互い先輩・後輩として、改めて通常の関係を築き始めている。
沢木の名目上の上司である課長(課長という名の監視役)は、やっと胃薬から解放されたと涙ぐみながら喜んでいたと言う。
そんな衝撃的和解から数週間が経過した。
その数週間、レストア王子沢木は何をしていたかというと…
「ほら、これも食え。うまいぞ。俺はいいから食べろ」
この近辺で一番うまい!と評判の自社の社員食堂で、瑠璃を餌付け…もとい優しい先輩ぶって食事を奢っていた。
難攻不落の瑠璃攻略作戦は、敵の胃袋から掴むお約束な物だった。
とりあえず、福田からのアドバイス通りに「レストア」の「レ」の字も今のところは口にしていない。
瑠璃の食事の好みや生活習慣を、さりげなくしかも不信感を抱かせない程度に少しづつ情報を集めている。
この数週間で分かったのは、とにかく瑠璃が食いしん坊で美味しい物を食べることに、半端ない情熱を向けている…ということだった。
家が近いのにわざわざ女子独身寮に入ったのは、実家の食費を助けるためだという。
「自分の食いしん坊のせいでいつも家計が苦しかったんです」と寂しそうに言うので、妙にキュンと来た沢木が毎日社員食堂で、お昼をごちそうしている。
レストアさせたい対象になんで食べ物を…とかなり葛藤があったが、信頼回復~信頼回復とお経のように唱えて瑠璃にご飯を食べさせていた。
しかし、今日の瑠璃は顔色が冴えない。
「どうした? 有沢、食べないのか? オムレツ好きだろ?」
オムレツを前に、瑠璃はむーと唸っている。
「沢木先輩、もう奢って頂かなくていいです。毎日はさすがに悪いですし…」
そう言いながら、残念そうにオムレツの皿を沢木に返す。
それを聞いた沢木はひどく焦った。
もしかしたら、レストアをいつかするための情報収集というのがバレたのか?
内心冷や汗ダラダラで瑠璃を見たら、さっきよりさらに顔色が悪い。
そして周囲を、特にある美女集団を気にしていた。
その美女集団の視線が、有沢を怯えさせていると沢木は気づいた。
「おい、あいつらになんか言われたのか?」
顔を近づけ、声をひそめて瑠璃に話し掛ける。
それを聞いて、より一層ビクッと顔を強張らせる瑠璃、何か言われたのは間違いない。
「あいつらに何を言われたか知らないが、先輩が奢るって言ってんだ。ありがたく食べろ!」
やや冷めたオムレツをズイッと瑠璃に寄せる。
そうまで言われると食べないわけにはいかない。
「…いただきます」
もそもそと食べ始めた途端、瑠璃を睨んでいた美女集団がズカズカと沢木と瑠璃のテーブルにやってきた。
「有沢さん、はばかりでわざわざご忠告差し上げたのに、懲りもせず沢木様にご飯をたかってるんですか? これだから貧乏臭い方は嫌ですわ」
オホホホと美女集団は、瑠璃を嘲笑う。
「その醜い体型を何とかして差し上げようと、申し出た沢木様のお顔を潰しておきながら…土下座までさせて…、何様のつもり?」
「それに…貴女、この会社の規定を知らないのかしら? それ以上太るとクビよ」
「え?」と瑠璃が顔を上げると、同じく沢木が「はぁっ、なんだその話は?」を声を上げた。
「沢木様、この醜い体型の有沢さんを後輩として、大切にしていらっしゃるのは存じてますわ。この方はレストアを拒否したのに…なんてお優しい方なのかしら」
うっとりと沢木を見つめる時代遅れな話し方をする美女社員集団。
「まぁな」
女性から褒められると嬉しいが、瑠璃をバカにしているのが態度でもあからさまで、カチンと来た。
とりあえず何が言いたいのか分からないので、しゃべらせている。
「それに比べて…、バクバクと卑しい食べ方をして、育ちが知れるというものですわ。貴女なんかが見目麗しい沢木様の後輩だなんて相応しくありません…そうだわ! お父様にいって配置換えをしてもらいましょ。それがいいわ」
このどこか時代遅れな話し方をする社員に、沢木がキレた。
「おい、誰だか知らんが有沢を侮辱するな。いますぐ謝れ! それに太ってるからクビだなんて、会社の規定にないぞ。ふざけるな」
それを聞いた時代遅れ美女代表は、顔を真っ赤にして激怒した。
「わ、わたくしを知らないですって! 先月落ち込んでいた沢木様を励ました、綾部弥生ですわ」
そう言われて、んー?と記憶を探る沢木。
だが、全く記憶になかった。
それもそのはず、本来なら俺様気質の沢木が弱音を吐くなんて有り得ない。
弱音を吐いた瞬間に、そんな出来事はなかったこととして記憶からリセットされていた。
「いや、記憶にないな。そんな変な時代遅れな話し方をするお前と、俺が話しをするわけないだろ」
ハッと鼻で嘲笑う。
ちなみにさっきの会話の「はばかり」が理解できず、沢木はものすごく気になっている。
「あのー、お取り込み中すみませんが、よろしいですか?」
瑠璃がおずおずと話を割って入ってきた。
「何かしら?」
「何だ?」
「私の体型うんぬんはひとまず置いといてですね、沢木先輩が私にご飯をご馳走しているのは、単に私への損失補填です。先沢木輩のレストアを拒否するために、わざわざ精密検査を受けました。
まだ入社したばかりでお金もなく…痛い出費でした。ここ数週間、奢ってもらってようやく検査代金と相殺できました。ですから、綾部先輩に言われなくても奢りは結構ですと言うつもりでした」
ふぅ…とたくさん話した瑠璃は、お茶をズズっと飲みさらに続ける。
「なので、沢木先輩はもう私に奢ってくれなくて結構です。病院代の元は取れましたから、ごちそうさまでした。じゃ、私は先に戻ります。ごゆっくりどうぞ」
空になったオムレツ皿を、ササッと返して瑠璃は自分の部署に戻っていった。
残された沢木と綾部はものすごく気まずい。
「そ、損失補填だと…。俺は有沢を可愛がってたつもりだったのに、きっちり計算してたのか!」
可愛がっていた後輩になぜか裏切れられた気分の沢木は、不機嫌マックスになった。
こんな話の元凶になった綾部を激しい怒りを感じた。
反対に嘲笑していた瑠璃がいなくなり、やっと沢木と話せるわ!と沢木とは真逆のご機嫌マックス状態だったのだが。
「お前のせいだぞ! 有沢は普段あんな冷たい言い方はしないんだ。やっと普通に話ができるようになってきたのに…二度と俺の前に顔を出すな」
普段は笑みを絶やさない美貌の沢木が、今までに無く無表情で怒っている。
そんな沢木の表情は見たことがなかった綾部は、カタカタ震えてしまった。
昼時であんなに騒がしかった食堂がシン…と静まり返った。
「お前らにも言っとく! 今度有沢に何か余計なことを言ってみろ、この会社を潰すぞ。俺はそれができる存在なんだ、忘れるなよ」
ふんっと鼻息を荒くして食堂をでたら、部署に帰ったはずの瑠璃にぶつかった。
「うわっ、なんだ有沢か…びっくりさせるなよ。昼からは急ぎの書類もないし、さっさと戻るぞ」
ひょっとしたら、さっきのを聞かれたかもしれないと真っ赤になってしまった。
真っ赤な顔を見られたくないので、沢木はスタスタ早足で歩く。
「沢木先輩、早いですって。私は先輩みたいに足が長くないんですから、ゆっくり歩いてくださいよ」
後ろからちょこちょこと慣れないヒールで歩く瑠璃。
瑠璃を見ていると、ぷっ、まるでヨチヨチのひよこだな…とさっきまでの怒りはすうっと消えた。
「沢木先輩、さっきの格好よかったです! 庇ってくれてありがとうございました」
やっと横に並んで、瑠璃は沢木に礼を言った。
そう、ササッと帰ろうと扉を開けたら、デバガメをしていた別の先輩に捕まり、成り行きをちゃんと見届けなさい!と叱られて、こっそり中を覗いていたのだ。
あの時代遅れな話し方をする高飛車な人を、バッサリと言い捨ててさらに食堂にいた全員に、瑠璃に意地悪をするなと宣言した。
あの美女集団に女子トイレで囲まれた時は、本当に恐怖を感じた。
女の嫉妬は、どんなホラー映画にも敵わないな…と。
そんな美女集団をものともせず、瑠璃を守ろうとしてくれたことに感激したのだ。
ほんの少しだけ見なおした沢木の後ろを珍しくニコニコして、瑠璃が歩くという光景を見た人はいなかった。
もしいたら、きっと沢木は悶絶していただろう、真っ赤なゆでダコみたいになった顔はなかなかおさまらなかったのだから。
瑠璃に礼を言われ、完全に聞かれていた…と悟り、全裸になって最近始めた「座禅」を組みたいと思ってしまった沢木だった。
さすがにそれは無理だったが、目標としていた信頼を得ることは、思わぬ形で得ることになった。
※雑魚キャラ、綾部弥生。副社長の娘。非レストア、弥生の性格が悪く沢木は断った。
※はばかり、トイレのこと。