土下座も美しく。
ここから、やっとコメディー色を出せると思います。
三人称、難しい…
連休も明け、通常の業務が始まった。
始まったのだが…現在、沢木と瑠璃の所属する「新製品企画・発案課」の面々はどうしたらどうしたらいいのか困惑していた。
連休中はずっとおなかを壊して体調不良の瑠璃も、自分の目の前の信じられない光景に目が点であった。
それというのも、出社してきた沢木は瑠璃を見るなり、ものすごい勢いで土下座したのだ。
俗に言うスライディング土下座、ようつべあたりのギャグに近い。
美形は土下座すらも華麗で美しい…なんて周りの面々は考えていたようだが、当の瑠璃は混乱した。
いきなり先輩に土下座されるなんて、どう反応すればいいのやら困惑するのも当たり前だ。
「入社したばかりのヒヨッコの有沢に、仕事と関係ないことで不愉快にさせて本当に済まなかった!」
ゴン!と頭を床にこすりつけ、沢木は瑠璃に謝罪した。
足が長いので土下座しにくいのか、お尻がややプリッと上がっている。
いささかやり過ぎではあるが、瑠璃の中にあった沢木へのなんやかんや苦手意識は見事に吹っ飛んだ。
そして瑠璃に新たな認識が生まれた。
(俺様でナルシストに加えて、お馬鹿でアホなの?)
確かにこの一ケ月、付き纏われてうんざりしたけど、瑠璃の体を心配してくれていたのは事実だった。
「あんたは私のおかんか!」と突っ込みたいのを必死に耐えていた。
別に関西出身ではないのだが。
連休前にきっぱり断ったから、てっきり怒ってるとばかり怯えていた瑠璃は拍子抜けした。
などど考えていた無言の瑠璃を見た沢木は、まだ瑠璃が怒っていると慌てた。
「こうなったら…、有沢、俺の尻を思う存分叩け! あ、顔はだめだぞ」
何を思ったのか、プリっとあげたお尻をくるりと瑠璃に向けた。
これでは「どうぞぶってください、女王様!」の図式だ。
途端にまわりからキャーと黄色い悲鳴が上がる。
(ど、土下座の次はお尻を叩けと…、この人、ほんとになんなんだろう…実はマゾなの?)
瑠璃がかなりドン引きして後ろに後ずさると、沢木が器用に尻を上げたままにじり寄る。
助けを期待して周りに視線を向けたが、みんなはわくわくして成り行きを見守るつもりなのが見て取れた。
(なんか先輩たち、キラキラキャッキャしてる…美形は変態でも得だわ)
はぁ…とやるせなさにため息をついた瑠璃、沢木はビクッとする。
「こんなに俺様が謝罪してるというのに…くそっ、こうなったら!」
いきなり沢木は立ち上がりスーツを脱ぎだした。
「うわっ、なんで服を脱ぐんですか! 止めてください」
瑠璃は異常に素早く服を脱ぎだした沢木を、必死に止めようとする。
家ではいつも全裸になるので、服を脱ぐのが非常に早い。
二人がもみ合いになり、わあわあ騒いでいたら救世主が現れた。
「はい、ストップ~」
いきなり二人の間に、一人の男性社員が割り込んできた。
「有沢さんかな? はじめまして。営業の福田といいます、沢木の馬鹿がビックリさせてゴメンね」
そう言いながら、あっという間に沢木に服を着せていく。
福田は大学時代から全裸の沢木に慣れている、見たくないので着せるのがうまくなった嬉しくない特技である。
「沢木、先日…ちゃんと女性に対する謝罪の仕方を教えたよね? どうしてこんな騒ぎになってるのさ?」
「土下座で有沢に、謝った。鉄じいが謝るなら土下座だと。で、なかなか許しをもらえないから、尻を叩いてもら…ぐっ!」
だいたいの流れを察した福田が、沢木にアイアンクローをかましていた。
「キレて、社内で服を脱ぐなと何回言えばわかるのさ?」
どうやら沢木が服を脱ぐのはよくあることらしく、服を着たのを見て女性たちが妙に残念そうにしていた。
「あのー、私、もう怒ってませんから、気にしないでください。土下座するほど怒ってたわけじゃないですし…これからきちんと仕事の指導をしていただければ。」
確かに連休前までは怒り心頭だったが、土下座されるほどではない。
瑠璃は新人らしく、普通に仕事がしたいだけなのだ。
「あー、そのことなんだけどね、有沢さん、ちょっといいかな? 課長、有沢さんと沢木、借りていきますね。30分ほどで戻ります」
福田は沢木と瑠璃の上司に了解を得て、使ってない会議室に二人を連れて行った。
「で、改めまして、福田満と言います。沢木とは大学の同期生でね、腐れ縁なんだ。いつもならこいつの暴走を止めるのは、僕の役目なんだけど…今回は僕が海外に中期出張してて、誰も止められなかったんだ。ごめんね?」
「有沢瑠璃と言います。今年入社しました、入社して沢木先輩にいきなり…」
「あー、うん。そのいきさつは全部聞いてるから、言わなくていいよ。全く…」
ポカッと沢木の頭を小突く福田。
ぶすっとむくれている沢木は、ふてくされた少年のようだ。
福田は今までのいきさつを聞いて瑠璃を助けに来てくれたのだった、と理解して味方がいた!と嬉しかった。
思わずキラキラした目で福田を見つめる。
それが面白くないのは沢木である。
福田の前に沢木が出てきて、瑠璃の視界を遮った。
「ちょ、沢木先輩、邪魔です。せっかく社内で味方を見つけたのに、沢木先輩の超変態ぶりをじっくり語れる相手なんていなんですから…、あ、やばっ」
思わず瑠璃が常日頃、心の中でついていた悪態が味方を得て油断し、つい口にでてしまった。
慌てて口を押さえたがもう遅かった。
変態発言を聞いた沢木のこめかみが、ピキッとなった。
「こ、この俺が変態だと…?」
「い、いや、まあ、そのなんと言いましょうか…。変態というよりは自分大好きナルシスト? いや、自己中? じゃなくて俺様? んー、うまい言葉が見当たらないですが、まとめると先輩は、すごい変人です」
もう言ってしまった言葉は仕方ない。
今度は瑠璃が土下座する覚悟で、沢木に素直に自分の意見を伝えることにした。
「ぶはっ、ひい~、やばい、なんなのこの子、沢木の美貌に目もくれず性格だけを見てるなんて、鉄二さん以来じゃない? 気にいったよ、有沢さん。課は違うけど、よろしく」
「はい。喜んでこちらこそお願いします」
にっこり笑って、福田と握手を交わす瑠璃。
「…おい、俺を仲間はずれにするな! とりあえず、レストアの件は置いとく。まずは仕事だな、今まで指導できなかった分、ちゃんと指導するから。改めてよろしく」
福田との握手を無理やり外し、沢木は瑠璃の手を取りぶんぶんと振って握手する。
そんな子供っぽいやり取りに福田は目を見開いて、くすくすと笑っていた。
沢木の土下座で毒気を抜かれた瑠璃は、職場の先輩としてようやく向き合うことができたのだった。
しかし、瑠璃は気づいていなかった。沢木は「レストアの件は置いとく」と発言した。
決して諦めたわけではない、諦めたふりをしただけである。
次なる攻略のため、いったん良き先輩として振る舞うことにしたのだ。
そうとも知らない瑠璃は、入社して初めて笑顔で仕事を全うした。
王子、会社でもたまに脱いでます。
というのも、会社にジムがあるからです。ジムを使用後、めんどくさくて半裸でうろうろ。
露出狂の気もあり…
とりあえず、瑠璃とは和解しました。
はた迷惑な行為は、止むのかなー?