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レストア王子・沢木という男、その2

新しい人、登場です。

 鏡の前で恒例の全裸チェックを延々としていると、いきなりお盆が飛んできた。

 しかし、毎度のことなので沢木はヒラリと交わす。ガラン…とお盆はむなしく下に落ちた。


「坊っちゃん、全裸でうろうろするのはお止めくださいと何度言えば分かるんですかっ?」


 執事服っぽい服装の白髪の男性がいうのももっともである。

 沢木は毎朝鏡の前で30分以上、全裸でポーズを取りながら体のラインが崩れていないかチェックするのだ。せめて…下着は付けてほしいと思うのは、誰もが感じるはずだ。


「うるさいな、鉄じい。これは俺の神聖な儀式だと何度言えば分かる? 母さんだって鏡の前で同じことしてたじゃないか、どうして俺だけお盆を投げられなくちゃいけない?」


「お、同じじゃありません! 奥さまはきちんと服を着てました。決して全裸ではありません。毎朝、見たくもないものを見せられるじいの気持ちも考えてください! あと、鉄じいではなく鉄二、です。 妙な呼び方もしないでください、坊っちゃん。」


「なら、鉄じいも27歳の男を捕まえて坊ちゃんなんて呼ぶなよ…」


「いーえ、27歳にもなって裸で部屋をうろうろして、妙なポーズを取る大人の男性なんて存在しません! 裸でうろうろして許されるのは小さな子供くらいです。ですから、全裸でうろうろする坊ちゃんは、きちんと服も着ることもできないこ・ど・も、ということです。」


 ふん、と鼻で笑う初老のこの男性、里中鉄二といい、昔から沢木の母の身の回りの世話をしていた。

 沢木の母が彼を身ごもり、家を勘当されてからは里中夫婦がしばらく母を見守っていた。

 沢木親子の生活が安定すると、今度は鉄二の妻が体調を崩し入院してしまい、それからは妻を看病するので…としばらく会っていなかった。

 たまに彼の顔を見には来ていたらしいのだが、沢木は小さかったため記憶にない。


 母子二人の生活に余裕がでてきた頃、海外を飛び回る母が一人息子を心配し、鉄二を屋敷住み込みの世話役として雇ったのだ。

 鉄二の妻はその時にはすでに亡くなっていたので、二つ返事で世話役として乗り込んできた。

 まさか、あんなに可愛かった彼がこんな変態俺様ナルシストに育っていたなんて、誰も想像できなかっただろう。


 鉄二は、ナルシストは仕方ないとしても(彼の母もナルシストだった)、毎朝毎朝、全裸で自分を見つめてウットリするのは、本気で止めてほしいと嘆いている。

 自分が妻の看病をしている間に、どうしてこんな風に育ったのか…。

 以前、帰国していた彼の母、美月に問い正したが「あら? 美しく育ってるからいいじゃない。よしくんは、私の自慢の息子だわ~」とまったく気にしていない。

 二人とも世間とは大きく価値観が違っているのだ。

 そんな調子なので、鉄二の白髪はここに住み込んで一気に増えた。


 鉄二がぼんやりと考え事をしている間に、これ以上叱られては堪らないとばかりに素早く着替え、鉄二が用意してくれた朝食を食べることにした。

 それに気付いた鉄二は、手早くお茶を用意する。


「そういえば。坊ちゃん、有沢瑠璃様は新しい恋人候補ですか?」


 ぶふぉっ、と沢木は食べていたご飯を吹きだした。

 ごほごほとむせている。


「汚いですよ、鏡の前であんなに大きな声で宣言していたじゃないですか。照れなくてもいいですよ? これから有沢様をデートにでも誘うんでしょう? そのうち、じいにも紹介してくださいね。」


 わくわくにこにこした面持ちで、沢木の返事を待っている。

 鉄二は心配していた、自分を好きすぎるあまりに女っけが無さすぎるのである。

 もしかして違う道に走ったのか、と妙な心配をして沢木を激怒させたこともある。

 男に走ったわけじゃなくて、安心したのはつい最近のことだ。

 ちなみに男もレストアするのだが、男はあまりレストアしたくないのが本音である。

 自分より美しい男はこの世に必要ないと考えている、だから男のレストアはかなり手抜きしている。


「ち、違う。有沢瑠璃は恋人じゃない、今年入社した新人社員だ。俺が仕事の教育係で仕事を教えてるんだ、それだけだっ」

 むせたのか、かなり苦しげに恋人ではないときっぱり否定する沢木。

 それに首をかしげる鉄二は、さっき聞いたことはなんだったのか不思議に思った。


「だって坊ちゃん…、有沢瑠璃様をアタックするとか攻めるとか…恋人にしたいんでしょう?」


 どうやら鉄二は、鏡の前の沢木の大きな独り言を聞きかじったらしく、都合の悪い変態発言は聞こえてないらしい。


「…確かに有沢を綺麗にしてやりたいとは思ってる。けど、それだけだ! 恋愛感情なんてダニほどもないぞ!」


「ああ…、また坊ちゃんのやってる、れすなんかのことですか…はあ~、そんなことする暇があるなら、さっさと恋人を作ってください。ゴールデンウィークに暇な男なんて、掃除の邪魔です。」


 ひどいことを言うが、母が海外出張でいない間に沢木を一人にさせていたら、この屋敷はゴミ屋敷になってしまう。自分のことにはものすごく気を使うのに、掃除などの家事能力は皆無だった。

 男やもめにウジが湧く、を有言実行してしまうのだ。

 鉄二が妻の墓参りのため数日留守にしただけで、屋敷は目も当てられない状態になってしまっていた。


「そもそも、女性を綺麗にしたのなら、そのままお付き合いすればいいじゃないですか?」


 そう、レストアが終わるとたいてい告白されるのだが、それをばっさり断っている。

 レストアすることと、恋愛は彼の中では別の次元なのだ。

 レストア対象の女性にしてみれば、見た目のよくない自分に声をかけてくれた上に、ものすごく熱心に美容についてのアドバイスをしてくれ、悩みなどにも親身になり聞いてくれ、綺麗になれば、手放しで喜んでくれる。

 見た目極上な沢木にそんなことをされたり言われたら(俺様な部分はスル―)、たいていの女性は沢木に惚れてしまうのだった。


 例え性格が俺様ナルシストでも構わない!とレストアされた女性は、真剣に交際を申し込むが、沢木はレストアと恋愛は別だといい、さらに「俺の理想はこういう女性だ」と若い頃の沢木の母の写真を出す。


 その写真を見て、たいていの女性は泣く泣く諦めるのだった。

 それでも彼が女性社員に恨まれたりしないのは、密かにレストアした女性を好いている男性達に後を任せているからだった。

 レストアして綺麗になっていく彼女達の笑顔を見るのが沢木の喜びでもあるので、泣かせるのは本意ではない。


 そうして一人、また一人と女性社員を次々にレストアしていき、ついたあだ名が「レストア王子」であった。本人はその呼び名をとても気に入っている。


 彼のレストアしたいと思う基準はこうである。

 肌が荒れている、髪の毛質が傷んでいる。

 生活や食生活がすさんでいる、そのせいで肥満ならなおいい。


 などなど、どうでもいいような細かい基準があるのだ。

 そして極めつけは、そのことに本人が気付いていない、もしくは気付いているけど何もしていない人である。綺麗になることにやる気のない女性を見ると、非常にレストアの腕がなるのである。


 有沢瑠璃は、その彼の基準をいい意味で100%満たしていたのだ。

 そうでなければ、入社してすぐの社員紹介の場でこんなことは言わなかっただろう。


「君を美しくしたい、いや、この俺様が美しくしてやる。喜べ新人!」


「は? めんどくさいんでお断りします。」


 まさか、ばっさり断られるとは思わなかったのが沢木の誤算だった。

 プライドはひどく傷ついたが、これで諦める沢木ではない。

 連休にいろいろと作戦を練ろうと考えているのだ。

 恋人がいないのは確かだが、今までになくレストアしたいと強く感じたのは有沢が初めてなのだ。

 それまでは、ある程度下調べをしたうえでレストアの話を持ちかけていたのだから…


 レストア素材として、一目ぼれした状態に近いのかもしれない。

 くくくくく、と不気味な笑いをしながら食事をする沢木を眺めながら、鉄二はため息をついた。


「あ、坊ちゃん。今度全裸で鏡の前でポーズを取ったりしたら、お尻ペンペンしますから。」


「なにっ、俺の神聖な儀式を邪魔するのか?」


「なら、せめてパンツは履いてください。突然、来客があったらどうするんですか! ここは奥様のお屋敷でもあるんです。自分の部屋に小さな鏡しかなくて姿見がここにしかないからって…食堂の鏡の前で全裸は許しません。」


 お盆をグワッと掲げて、沢木にゴミを見るような冷たい視線を送る鉄二。

 沢木家の唯一の常識人である。


「…わかった。今度からパンツは履くことにする…」

 しぶしぶパンツを履くことを同意、しかしかなりしょげている。

 口を開かず、服も脱がず、ジッとしていればきっと…極上の男、沢木美人。

 彼の連休初日は、鉄二のお小言で過ぎて行った…



鉄二は執事ではありませんが、沢木がコスプレショップで執事もどきの服を着せてます。

白髪執事。常識人。そして、沢木の俺様行動の被害者の一人。

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