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レストア編:バランスは大事2

 

 バランスボールを椅子に!と導入し、早速ボールに空気をいれた同僚たちはピシっと姿勢よく仕事を開始した。しかし肝心の瑠璃がこけまくる。まず、維持できない。

 沢木は溜息をついて、瑠璃をバランスボールから普通の椅子に座らせ、あちこちにできた打ち身を冷やす。


「ちょっとタンコブを冷やしてろ。確か倉庫にアレがあったはずだから、取りに行ってくる」

 冷やしたタオルを瑠璃に渡し、沢木は何かを探しにでていった。


「有沢くん、タンコブ痛そうだが…大丈夫かね?」

 胃弱な野村課長は、意外にもバランスボールに軽々と座っている。

「あまり大丈夫じゃないです…」

「しかし…、ここまで乗れないとは本当に筋肉がないんだねぇ…」

「「そうそう、私達でもできるんだから」」

 先輩女性社員にも同じことを言われ、瑠璃はますます落ち込む。

「まぁ、有沢くんは若いんだ。沢木くんの運動メニューに従っていけば、きちんと筋肉はつくんじゃないかな?」

 バランスボールを軽々と乗りこなす同僚に励まされ、タンコブを冷やしながら沢木が戻るのを待つ。

 数分ほどして沢木が戻ってきた。


「有沢、これでこけても痛くないぞ」

 瑠璃の席のまわりに衝撃吸収素材を敷き詰めていく沢木。

 見た目はものすごく邪魔だ。しかしボールはきちんとボールの役目を果たすように、うまく切り抜いている。前にはデスクがあるので、横と後ろにコケてもいいように重点的に敷き詰めた。


「沢木先輩…ありがとうございます」

 タンコブを冷やしながら、バランスボールのまわりにできた転倒防止素材をみて、ホッとした。

「美しくなるためにバランスボールを使うんだ、こけまくってアザやらタンコブを作るためじゃない」

「確かにそうなんですけど…、自分でもここまで何も出来ないとは予想外でした」

 運動してない実感はあったが、まさか同僚たちや胃が弱い野村課長にまで負けるとは思ってなかったらしい。一番若いと言う事しか、勝つ部分はなかった。


「ふん、他人があっさりできているのを見て、ようやく自分の筋肉の無さに気づいたか。まあいい、自分で気づくということが大事だからな」

「今まで…なんていうか、美味しい物を食べる!ということに執着しすぎていたかもしれない…とは感じます」

「かもしれない、じゃなくて現実に執着しすぎだ」

「うぐっ、だから今はコントロールできるよう頑張ってるじゃないですか」

「ふん、今の状態はお世辞でも『頑張ってる』とは言えないな。とりあえずしばらくは健康な体に戻すことだけを考えてればいい。」

「…わかりました」


「話は変わるが、これから定期的に有沢の写真を撮るぞ。どういうふうに変化していくか、視覚からも実感しろ。このデータもすべてレストアに必要だからな」

「し、写真ですか…」

 写真といえば沢木の特大ポスターを思いだし、ピクピクと顔が引き攣る。

「お、どうした? 顔色が悪いぞ?」

「いえ、ちょっと嫌なことを思い出しただけです」

 これ以上弱みをみせてなるものかと、キリっと気分を引き締めて答えた。


「沢木家が贔屓にしている写真屋だから、キレイに撮ってくれるぞ。オプションで背景にバラとかシャボン玉とか風船とか…」

「結構です、普通に撮ってくれればいいです」

 なぜ背景にバラやシャボン玉が必要なのか…タンコブも痛いが、沢木と話すとナルシストに毒されそうで、ダブルの意味で頭が痛む瑠璃だった。

「それと有沢、確認するのをうっかり忘れてたんだが、家に体重計はあるか?」

「体重計ですか? 前はあったんですが…誰も使わないので今はないです」

「そうか…これからは毎日体重を量る方がいい。できれば体脂肪・筋肉量・内臓脂肪が量れて、さらに毎日計測結果が記録として蓄積できる体重計がいいな。デジタル表示でg単位から体重を量れる体重計の方が、やる気が出る。俺のオススメを鉄じいにもって行かせるか…」


 すかさず携帯で鉄二に指示を出す。レストアできることを先走ったため、沢木にしては珍しくいろいろと準備が抜けている。

 沢木の屋敷に来てくれた方が、本当は指導しやすい。だがまだそこまでの信頼関係もないのも理解している。しかし、ラストの追い込みは屋敷に泊まりこんでもらおうと密かに企んでいた。


「有沢、最近の体重計はすごいぞ。入力した年齢・性別・身長から『標準、やや太りすぎ、太りすぎ、やせぎみ、やせ過ぎ』を判定してくれる。ダイエットに夢中になりすぎて、陥りがちな痩せすぎも防げる。俺がやるレストアで、痩せすぎは許さない。女性には適度な脂肪が必要だ」

「そうなんですか、ただ痩せたらいいかと思ってました。キレイに痩せるって、なかなか難しいんですね」

「骨ばった女性に美しさは感じないだろ? モデル業界も、痩せすぎモデルは使わないと変わり始めてるしな」


 そう、スーパーモデルと言われるモデル達に憧れて、ガリガリに痩せる女性(少女に多い)が社会問題になっている。事態を重く見た業界が、痩せすぎモデルは使わないとはっきり宣言したのだ。


「ま、今日帰宅したら体重計が届いてるから、時間を決めて量るように。毎日量る時間を決めて、写真を撮るか…計測した体重の数値をすべて俺に送れ」

「うわ、めんどくさ…くないです」

 すぐめんどくさいと言う瑠璃に、沢木がタンコブを増やそうとしていた。

「そのすぐにめんどくさがるのをなんとかしろ!」

「無理です」

 きっぱり言い切る瑠璃に、沢木の怒りが爆発した。

 うおおお、と叫んで服を脱ごうとしている。

 ここしばらくは脱ぎたい衝動を抑えていた沢木だったが、プチっとキレた。

 いつもなら瑠璃が止めに入るが、タンコブを冷やしていたため、止めに入るのが少し遅れた。

 そのほんの数秒の間に、沢木は上半身裸に…恐るべき速さである。

 ギネスに申請すれば、世界新記録も有り得る。


「沢木先輩、迷惑なので服を着てください」

「嫌だね。有沢がそのめんどくさがりを直すなら、着てやってもいい」


 ギリギリと睨み合う二人を、同僚達は呆れて見ていた。

 そもそも瑠璃が毎日体重を量り、それを報告すればいいだけの話。

 回りからしてみれば、脱ぐ沢木とめんどくさがりな瑠璃は似た者同士な扱いだった。


「まぁまぁ、二人とも落ちついて。沢木くんは服を着なさい。有沢くんも沢木くんの“レストア“に、我社の社運がかかってることを忘れてないかね? 体重を量り報告することも仕事だよ」


「!」

 瑠璃はすっかり忘れていたが、今回の沢木のレストアは会社の一大プロジェクトなのだ。

「そして、沢木くんも感情が高ぶると脱ぐ癖をなんとかできないかね…。そのうち警察のお世話になるんじゃないかと、心配で胃が…」

「善処しますが、本来なら生まれた姿のままでいたい、…イテッ」

 瑠璃から濡れたタオルが投げつけられた。

「裸になる趣味は自宅だけにしてください。猥褻物陳列罪で通報しますよ?」

「わ、猥褻物…俺の美しい裸体を猥褻物扱いするな!」

「見たくもない先輩の裸を見せられるこっちの身にもなってください、迷惑です」

 ですよね?と、瑠璃は先輩女性達に同意を求めたのだが…


「んー、沢木くん美形だし、お肌はツルツルで裸は綺麗だし…ねぇ? 別に迷惑じゃないわよ」

「そうそう、メタボ旦那のブヨブヨした裸なら、鈍器で殴りたくなるけど。沢木くんの裸は目の保養、癒しだねー」


 まさかの裸容認だった。

 唖然とする瑠璃と野村課長、喜ぶ沢木。


「沢木くんの脱ぎ癖は、一種のパフォーマンスとして捉らえればいいのよ。下半身は脱がないから。社内で本当に嫌がる女性社員なんて…有沢さんだけよ」

「そうそう、“ただしイケメンに限る“を実行できる唯一の存在だわー」

 ねー、と頷く既婚者の女性社員達。沢木の裸祭はむしろもっとやれ!と思ってるらしい。

 今さらだが、沢木がいる部署、野村課長と女性社員達は全員既婚者であり、独身は沢木と瑠璃だけである。

 沢木が服を脱ぐ変態行為を女性社員一同(男性社員は除く)に期待されていたことを知った瑠璃、この会社が変わり者の集まりであることをようやく実感した。

 そんな瑠璃の心情は床に置いて、沢木は自身の裸体を褒められご機嫌である。


「よし、バランスボールでウォーミングアップするか!」

 呆けた瑠璃をボールに座らせ、向かい合う。

「まずは基本の姿勢から。いいか、骨盤を前後に動かせ。こうだ」


 沢木がバランスボール運動の見本を見せる。

 瑠璃がおっかなびっくりやるのを確認して、一応できたので次に進む。


「次は、上半身が動かないように気をつけろ。そして腹筋に力を入れて、ゆっくりゆっくり骨盤を前に動かす。で、お腹の力を抜かずに、約2秒この姿勢を保つ」

 瑠璃がおなかを突き出す。すでにプルプルしている。

「よし、じゃあ、次に腹筋を伸ばして腰に力を入れろ。ゆっくり骨盤を後ろに傾けて、また約2秒間姿勢を保つ」

 沢木と同じようにやっている瑠璃だが、すでに踏ん張れない。プルプルを通り過ぎてブルブルしている。

「これを前後で1回とカウント。5回の2~3セットを目安にやるぞ」

 それを聞いた瑠璃、ボールからずっこけた。

「有沢、まさか…もうできないとか言わないよな?」

「いえ、違います。ちゃんとやります」

 本当はすごく辛いが、言われっぱなしは悔しいので堪えている。


「基本の姿勢から、今度は骨盤を左右に動かすぞ」

 沢木がプリプリとお尻を左右に動かす。

 瑠璃も真似をするが、うまくできない。


「次に、頭からへそにかけて棒があるイメージをしろ。そして傾かないようにして、骨盤を左右に…こうだ」

 上半身は動かさず、器用に腰だけをくねくね左右に動かす沢木。

 瑠璃は左右に体がぶれまくっている。


「こら、有沢…体がぶれまくっているぞ。腰、骨盤だけを左右に動かすんだ。その時にウエストから両脇にかけて負荷がかかるから、その感覚を意識しろ」

 沢木に言われたようにやろうとするが、起き上がり小法師のように右に左に体が揺れる。

「まぁ、慣れればできるようになるか…。これも左右で1回、5回を2~3セットだ」


 ラジオ体操でいえば、出だし程度の運動だった。

 瑠璃は自分の筋肉の無さに、がっくりである。


「沢木先輩、私に筋肉が付くか…非常に不安になってきました」

「奇遇だな、俺もだ」

「…指導する先輩が不安にならないでくださいよ。余計、不安になるじゃないですか」

「ふん、まだ冬まで日にちはあるんだ。焦って変な筋肉をつけるより、質のいい筋肉をつけるほうがいい」

「そんなものですか」

「そんなものだ」


「どうでもいいから、早く服を着なさい…」

 二人のやり取りを見ていた野村課長が、やっと沢木に服を渡す。

「それは一度着たので、着ません」

 そう言って、どこから出したのか新しいシャツをサッと着る。

 脱ぐのも早ければ着るのも早い。


「一度着たものは、不潔だ」

 そう言って脱いだモノをすべてカバンに突っ込んだ。

 もちろん洗濯するのは鉄二である。

 きっとシワシワになっているであろうシャツを見て、鉄二のお尻叩きが炸裂するのは間違いないだろう。


「ウォーミングアップも済んだし、仕事するか」


「はい、この前出した企画なんですけど…ここは…」

「あー、そうだな。もう少しリサーチするか…」


 二人がようやく仕事を始め、ホッとした野村課長。


 話しは真剣なのだが、バランスボールに乗りつつ、瑠璃が不安定にグラグラしながら会話をするので、周りは非常にハラハラしている。


 そんな空気をまったく読まない沢木と、バランスボールに必死に乗っかる瑠璃。


 朝から混沌としたまま、なんだかんだでこの日は過ぎていった。


 ◆


 痛むタンコブをさすりながら帰宅した瑠璃は、部屋の布団カバーが笑顔全開沢木仕様になっているのに悲鳴をあげたくなった。瑠璃の母がしつらえたらしい。


 同じくシャツをぐちゃぐちゃにした沢木は、帰宅した際に鉄二に見つかり、お盆でお尻を叩かれそうになり必死に逃げていた。


「坊ちゃん! また会社で服を脱ぎましたね!」


「今日は上だけだ!下は脱いでない」


「逃げながら、むかつくドヤ顔で偉そうに言わないでください」


 屋敷内ならまだ許せるが、会社で同じような行為をしていると知り怒り心頭である。


「そういえば、有沢は今日は何も言わなかったな…」

 いつもなら沢木が脱ごうとすると、すかさず瑠璃が押さえに来ていた。

 実は、ひそかににそれを楽しみにしていたりするムッツリスケベ沢木。


「今日は…? まさか、そんなにしょっちゅう脱ごうとしてるんじゃないでしょうね、坊ちゃん」


 ギクッと動きが止まったところに鉄二の鉄拳が炸裂した。

 その日は沢木家からシクシク泣く不気味な鳴き声が聞こえたとか、聞こえなかったとか…。


※瑠璃、タンコブ量産中。


※沢木のむっつり発覚。


※鉄じいが下した鉄拳は秘密。体重計はすぐに瑠璃のうちに配達済み。

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