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いよいよレストア開始:その1

 

 社長からの再三に渡る厳しい御達示により、悪意ある噂は瞬く間に消えた。

 でっちあげなのだから、当然とも言える。

 秘書とは名ばかりの仕事をしない重役の娘達を、本気で追い出したい社長だった。


 ◆ ◆


 一方、社長から綺麗になりなさいと厳命された瑠璃だったが、今まで自分を磨こうなんて考えたこともなかった。

 平日だったので、寮に戻り特売のモヤシをモグモグと食べている。

 給料はもらっているはずなのだが、最近は財布の中身が寂しい状態が続いている。

 自分のお金のやりくりの不味さにさすがにヤバいと感じ始めていた。


「沢木先輩のレストア、いったい何をするんだろう…ものすごく不安。鏡の前で変なポーズを取らされたりしそう。そもそもダイエットなんて本気でしたことないし。めんどくさい…」


 おいしいものを食べるために、食べるのを制限するのは苦ではない瑠璃。

 しかし、「見返す」「社長命令」など、とてもじゃないがやる気はでない。

 自分から綺麗になりたいと思わなければ、意味がないんじゃない?と、思いながらモヤシをひたすら食べる。

 それにしても、いつから始めるんだろう…と考えていたら、急に携帯が鳴った。


「はい、有沢です。え、先輩? は、何を…」

 一方的に用件を告げて電話は切れた。

 荷物をまとめろ、なんで?疑問符が頭に浮いたが、気にせずモヤシをもぐもぐ食べる瑠璃。

 いったいどれだけ茹でたのか…。


「有沢、支度はできたかー!」

 いきなりノックもなしに扉をバーンと開けて、ドカドカと入ってきた沢木。

 電話を切って数分しか経ってないのに、用意できるはずもない。

 モヤシを口いっぱいに頬張ったまま、瑠璃はびっくりして固まった。


「なんだ? まだ支度してないのか…おい、早く用意しろ。何を固まってる、口に入れたのを早く食べろ」

 ここは女子寮で、男子禁制である。それなのにごく自然にノックもなしに瑠璃の部屋に上がりこんできた。瑠璃は急いでモヤシを飲みこんだ。


「沢木先輩、ここ女子寮で男性は立ち入り禁止ですけど…いったいどうやって…」

「細かいことは気にするな。有沢に話があると言ったらすんなり入れてくれたぞ? それと社長に直談判して、お前は俺預かりになった。俺の屋敷で生活してもらう。ほら、さっさっと荷物をまとめろ」


 ツッコミ満載のセリフに唖然としてしまったのは仕方ないことだろう。

 何が楽しくて、俺様ナルシストと暮らさなければいけないのか?


「嫌です、なんで先輩の家に行かないといけないんですか?!」

「お前、俺が何も知らないと思ってるだろう? この寮でも嫌がらせされてるそうじゃないか。なぜ、早く言わない」

「うっ、嫌がらせと言ってもたいしたことないですし…大丈夫ですから…」


 社長からのメールが届いて以降、社内での嫌がらせや誹謗中傷は無くなった。

 しかし、寮では私物を隠されたり、連絡事項が回ってなくてお風呂に入れなかったり…と地味に子供みたいな嫌がらせが続いていた。


「俺の家が嫌なら、実家に避難しろ。レストア自体はそんなに長い期間じゃない。今は子供みたい嫌がらせでも、こういったのはエスカレートするもんだ。何かあってからじゃ遅い」

 たまには良いことを言う沢木だった。

 確かに、寮でモヤシをひたすら食べるよりは、実家に戻る方がいい。


「わかりました。しばらく実家に戻ります。あ、鉄二さんの料理を習うのは…」

「レストア中は、我慢しろ。綺麗になればいくらでも習っていいぞ」


 やっぱり料理は禁止か…と瑠璃がぼやくのも無理はない。

 台所に立つと、鉄二の料理の味見につい熱中してしまい、鉄二に叱られる。

 実家に戻っても同じじゃない?と思ったが、沢木がとんでもないことを言い出した。


「明日から有沢は実家から会社に通勤すること。俺が毎日迎えに行ってやる。週末は今まで通り、俺の家だ。毎日どこででも運動と美容レッスンはするぞ。覚悟しろ」

 実家での食事メニューや食材は、きっちりカロリー計算したものを瑠璃の母親に渡すと言う。


「ええっ、家族に迷惑かけたくないんですけど!」

「大丈夫だ。さっき有沢の家にいきさつを話したら、寮を出て戻ってこいって言ってたぞ?」


 そう。瑠璃の家族は、会社が近いのにわざわざ独身寮に入ったことを心配していた。

 しかも会社で嫌がらせを受け、寮でもされてると聞けば心配するに決まっている。


「うー、なら荷物まとめるんで少し待っててください」


 はー、大変なことになってしまったと思いながらも、久しぶりに実家に戻れるのは嬉しかった。

 その様子を見て、沢木はしてやったりと笑いを堪えていた。

 実は沢木預かりでもなんでもない、ただの嘘である。

 レストアすることは渋々了承した瑠璃だが、沢木の屋敷で暮らすことは無いだろうと考えて、瑠璃の実家にあらかじめ連絡をつけていたのだ。

 瑠璃の家族は驚き、寮に行かせるんじゃなかった!と後悔していた。

 沢木が原因であることは、一言も話していない。こ狡い男である。


「先輩、だいたい荷物まとめました」

「よし、カバンを貸せ。うぉ、なんだこの重さは!」

「モヤシです」

「モヤシだけでこんなに重いわけないだろう!」


 沢木はそう言って、カバンを開けた。だが瑠璃が言った通り、半額シールが貼ってあるモヤシが大量に入っていた。 しかも傷み始めていてやけに臭い。


「アホか! 傷んでるモヤシをこんなに買って、全部食べるつもりだったのか?」

「そうですけど、いけませんか?」


 何かいけなかった?と瑠璃は首を傾げる。

 それを見た沢木は脱力した。

 沢木は変わったやつ、とは感じていたが、まさかの行動に唖然とした。

 お腹を壊しかねない量の痛んだ食べ物を買い込み、ひたすら食べる瑠璃の姿を想像してゾッとした。


「まぁいい、鍵を閉めて管理人に渡すぞ。残りの荷物はまた後日取りに来ればいい」

 とりあえずカバンの中身は見なかったことにした。

 実家に戻り、家族に話した方が言いだろうと沢木は考えた。


「沢木先輩、レストアって何をするんですか?」

 やる気はないが、自分がどんな目に合うかわからない。

 歩きながら沢木に問う。

「その話しは有沢の家に着いてからだな。今まで通りのやり方で有沢に通じるか…他にも確かめたいことがある」


 今までレストアした女性達は、自分に自信はないがそれでもある程度は自分が綺麗になりたい!という思いが根底にあった。

 沢木のレストアはその綺麗になりたいという気持ちを引き出し、やる気を起こさせることが前提にある。

 しかし、瑠璃にはそれが無い。

 本当に女性なのかと心配になるくらい、自分に無頓着だった。

 沢木は自分のレストアがどこまで通用するかわからない瑠璃に、かつてないほど燃えていた。


 ここ数カ月、さりげなく瑠璃の食事の好みや生活態度、運動量などをチェックしていた。

 なぜおなかだけがぽっこりしてしまうのか、知りたかったのだ。

 健康診断の結果は特に異常なしだったが、それであのなすび体型はあり得ない。

 絶対、なにか問題があるはずだと沢木は考えていた。

 年頃の女性なのに、綺麗になりたいと微塵も思わないのにも疑問が残る。

 過去に何かトラウマになることがあったのかもしれない、沢木は家族にこっそり聞こうと企んでいた。


 こんなふうに瑠璃の知らないうちに、協力体制が整いつつあった。

 これから、始まるレストア王子による「有沢瑠璃変身計画」はこうして静かに始まった。


 納得していないのは本人だけである。



※モヤシ、痛んだものを食べるのはおススメしません。おなかを壊します。

もったいないですが、廃棄した方が身のためです。瑠璃は茹でて冷凍しようと考えてました。


※次回から、独特のレストアが始まります。

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