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レストア王子、瑠璃の胃袋を掴む:1

 

 あの食堂の騒ぎ以来、瑠璃は食堂に行かなくなった。

 というより、怖くて行けなくなった。

 沢木と瑠璃が食堂に行くと、あの時代遅れ美女集団が瑠璃を睨むのは変わらないからだ。


 美女集団は、沢木に釘を刺されたので何も言わないが…いい気分ではない。

 いくら瑠璃でも、悪意や敵意に平気ではいられない。

 食堂に誘っても頑なに行きたがらない瑠璃を、不審に思った沢木が問い詰めた。

 渋々、瑠璃が食堂に行くのが怖いことを伝えたら、何を思ったのか…翌日から沢木が瑠璃に弁当を持参してくるようになった。


 しかも二人分なのに、三段のお重箱弁当。

 毎日運動会のお弁当のような物を、沢木が作れるはずもない。

 事情を聞いた鉄二が瑠璃を不憫に思い、なら私が作ります!とものすごく張り切って作っている。


「沢木先輩、毎日お弁当を持参してもらわなくても…、私はコンビニ弁当でいいんですけど」

 と言いつつ、いただきますと言ってからお弁当をつまむ。

 自分で作るという選択肢は、独身寮暮らしの瑠璃にはない。

 年頃の娘がそれでいいのかと思うかもしれないが、瑠璃がキッチンに立つと「味見~」と称して次々と作るものが消える。

 いざ食べようと思うと、すでにおかずが無いなんてしょっちゅうであり、とうとう作らなくなった。

 決して料理ができないわけではない、舌が肥えているだけあって、むしろ腕はいい方だ。

 作るよりは、食べたい派の瑠璃である。


「うーん、今日もおいしい…」

 そして鉄二が作る料理は、非常に瑠璃好みだった。


「だろ? うちの世話役の鉄じいが作ってるんだけど、はっきり言ってどんな店より旨いぜ」


「確か沢木先輩のお屋敷?で住み込みで働いてる鉄二さんでしたよね。 すごいなぁ、こんなにおいしい料理が作れるなんて…」

 むしろ、鉄二さんが先輩になってくれないだろうかと、鉄二が聞いたら泣いて喜びそうなことを考えていた。


「もとは母親の世話役だったんだが、今は俺の世話役だな」

 実際は母親と息子二人分の世話役である。

 鉄二の白髪が増える理由はどちらにあるのか…


「沢木先輩は料理しないんですか?」

「なぜ俺が料理を作らなければならない」

 手が荒れるじゃないか…と、ぶつぶつ文句を言う。

 沢木は、料理に関してはまったく才能がない。

 自分の外見を磨くことか、瑠璃をレストアしたいと思うことしか今のところ頭にない。

 こちらも食べたい派であるが、瑠璃とはだいぶ意味が違う。


「じゃあ、鉄二さんは…沢木先輩の身の回りの世話もして、さらに私の分のお弁当まで…やっぱり明日からお弁当いりません」


「なぜそうなる?! 鉄じいに悪いと思うなら…俺が作るから、コンビニ弁当は止めろ。あれはカロリーが高いし添加物だらけだ」

 肌が荒れるじゃないか…とまたぶつぶつ言う。

 

「…そもそも、なんで私は沢木先輩とご飯を食べないといけないんですか?」

 たまには一人でのんびり食べたいのにな…と瑠璃は思っていた。

 沢木がまとわりつく以上、この会社で親しい友人ができるのは無理だとすでに諦めてしまった。

 それならぼっちな方がまだマシかもしれない。

 同じ部署の同僚は瑠璃に優しいが、俺様沢木に遠慮しているのかあまり仲良くはなれない。


「えっ!」

 箸をポトリと落としてしまい固まる沢木。

 食事を一緒に食べることを否定され、ショックを隠せない。


「沢木先輩、箸を落としましたよ? 先輩?」

 固まった沢木を不思議そうに見つめる。


「有沢は…俺とご飯を食べるのは嫌なのか?」

 ようやく動き出した沢木は、それだけしか聞けなかった。

 最初が最初なので、瑠璃から好かれている自信はなかったが、まさか側にいるのも疑問に思われていたなんて…今までの努力(俺にしては頑張ってる!)はなんだったのか、と溜息をついた。


 瑠璃は自分の発言で、なぜそんなに沢木が落ち込むのか理解できなかった。


「だって…沢木先輩は仕事の先輩で、私の友人ではないです。あくまで仕事上の先輩・後輩だと。まぁ確かに先輩には迷惑かけられっぱなしなんで、こうやってご飯をご馳走してもらえるのは、正直助かりますけど」

 しれっと毒を吐いて、鉄二特製弁当を堪能している。

 周りの同僚も、ご飯を食べながら「そうだそうだ」と密かに同意している。

 新人の瑠璃と話したいのに、沢木がべったりくっついているのでまともに話せない。


 沢木がべったりなのは、瑠璃を一人にしたらまた何かに巻き込まれるんじゃないかと心配しているからなのだが、瑠璃にはいい迷惑だったらしい。


 沢木は呆然としてしまった。

 今まで女性と言うのは、みんな自分に好意を抱くのが当然だと思っていた。

 側にいて喜ばれることはあっても嫌がられることなんて無かった。

 ほんのり瑠璃に好意を抱いている沢木としては、非常に切なくてやるせない。

 まあ、それはひとまず置いておくことにした。

 細かい事は気にしない、それが俺のいいところだと沢木本人は思っている。

 それよりも瑠璃が鉄二の料理を気に入っているのなら、こっちからアプローチしてみる方向に転換した。


「そういえば、鉄じいが有沢にご飯をご馳走したいって言ってたなぁ…あぁでも、もう有沢は俺と一緒に食べたくないんだったな…」

 わざとらしくしょんぼりと肩を落とす沢木。

 それを聞いて慌てたのは瑠璃。

 別にいっしょに食べたくないわけじゃないけれど、毎日は遠慮したいだけである。

 美人は三日で飽きるというが、美形も同じじゃなかろうかと瑠璃は思う。

 とはいえ、鉄二の弁当は瑠璃が今まで食べた中で、一番おいしいのだ。

 美味しい物が食べれなくなるのは、正直とても辛い。


「違いますよ、沢木先輩。たまには一人で食べたいなーって思っただけで、別に先輩と一緒が嫌なんじゃないですよ?」

 心にもない事をいうと、胃がむかむかする瑠璃だが鉄二の弁当に惚れてしまったので、本人に会ってみたい好奇心はある。


「よし、なら今度の休みは俺のうちに来い。俺が寮まで迎えに行くから、昼ごろにするか。あと…有沢は苦手な食べ物とかあるか? アレルギーとかあったら鉄じいに言っとく」


「え、今週末ですか?!」

 いきなり言われて戸惑う瑠璃だが、沢木としては逃がすつもりはない。


「なんだ、何か予定でもあるのか?」

 断るのか、この俺様の誘いを!とばかりに瑠璃を睨む。


「イエ…予定はないです、アレルギーや好き嫌いもありません」

 親の敵のように睨まれては、とても断れない。


「そうか、期待しとけよ。詳しい事は鉄じいと打ち合わせするから、有沢は体ひとつでうちにくればいい」

 先輩の家に手ぶらで来いと、…さすがにそれは失礼だなと思った。

 うーん、お財布がすでに空なのでどうしよう…と、瑠璃は違うことで悩むこととなった。


 ◆ ◆



 そして週末の昼前。

 女子独身寮に沢木がやってきた。

 普段のスーツではなく、ラフな格好である。ソワソワと落ち着きがない。


「沢木先輩、早いですね、まだ約束の時間の30分前ですよ。支度に時間がかかるんでもう少し待ってください」

 瑠璃がなぜか粉まみれで、寮から出てきた。

 沢木からの寮に着いたメールを見て、いったん下に下りてきたのだ。


「は? おい、有沢。なんで粉まみれなんだよ! 少し早く着いただけだから、待ってる。何をしてるか知らないが早く用意しろ」

 実は今日が楽しみでものすごく早く起きてしまい、動物園の熊のようにウロウロして邪魔なので鉄二に迎えに行きなさい!と叩きだされたのだ。

 沢木が屋敷に女性を連れてくるなんて、初めてであり鉄二は凄まじく気合いを入れて料理を作っている。


「はーい、もう包むだけなんで。待っててください」

 そう言って、パタパタと寮に戻って行った。


「何を包むって…? あいつ、なにか作ってたのか?」

 そう、瑠璃は手ぶらじゃ失礼だと思い、台所を探して団子の粉を発見し、お団子を作っていた。

 本当は菓子折りでも買いたいのだが、新人の瑠璃のお給料では余裕はない。

 しかも、ここしばらくは食堂事件のせいでストレスが溜まり、つい食べ過ぎてしまい給料日まで小銭しか残ってないのだ。

 沢木の弁当で食いつないでいるのは内緒であった。

 コンビニ弁当を買う、とは言ったものの買うお金は無く水を飲んでやり過ごそうと思っていた。

 このことがばれたら、沢木からのキツイ説教が待ってるなんて瑠璃は知らない。


「沢木先輩、お待たせしました」


「遅い! いつまで待たせるんだ…、か、かわいい…」

なかなか出てこない瑠璃をイライラして待っていた沢木は、振りむいて…驚いた。

瑠璃は普段のかっちりしたスーツ(おなかはぽっこりだが)ではなく、ふんわりとしたコットン生地のワンピースを着ている。

ふわふわした雰囲気の瑠璃にとてもよく似合っていて、おなかさえぽっこりしてなければどこかのお嬢様のようだ。

見慣れない服装の瑠璃につい、見とれた。


「この寮からそんなに離れてないけど、歩くからきつかった言えよ?」

てっきり車で迎えに来るかと思った瑠璃は拍子抜けした。

歩くのは好きなので、沢木と世間話をしながら楽しそうに寮をあとにした。



※長くなるので いったん切ります。次は鉄二の料理。



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