レストア王子の敗北
※レストア、本来は機械を修復・複製する意味で使いますが、この作品では「人間を綺麗にする」という意味で使用しています。
ご了承ください。
この視点は、瑠璃です。
次からは王子視点に変わります。
突然だが、私の勤める会社には「レストア王子」と呼ばれる美形の男性社員がいる。
見た目残念な女性(現在は会社の社員に限定か?)を見つけては、半ば無理やりいろんな美容指導を行い、それはそれは美しく変身させるのだ。
本来「レストア」とは機械などの修理に使う言葉だが、新品以上に美しくなることも日本では「レストア」というようだ。
ただし、そこに彼の恋愛感情は一切ない、どちらかと言えば…彼の趣味かボランティアに近いらしい。
逆に、そんなに熱心に指導してくれるんだから、自分を好きなはず!とマジ惚れされる始末。
そうして彼の指導を受け、容姿が格段に綺麗になったのに…、レストア王子に振られる女性が後を絶たない。
しかし…彼に振られても、以前より遥かに美しくなった彼女たちには交際の申し込みが殺到するので、振られた女性も変に騒ぎたてたりはしない。それでいいのか!?
そんなこんなで、彼の「レストア」はなんと成功率100%を誇り、「この俺様に任せれば、どんな不美人も美人にレストアしてみせるぜ、世の中の女性はこの俺様のために美しくあるべきだ」と豪語する始末。
だが…、彼は非常に困難に直面している、彼の美容指導を断固拒否している新人社員によって。
そう…、「レストア王子」の現在のターゲットはこの私。
この春に入社したばかりの新人OL、有沢瑠璃22歳。
身長160センチ、体重…60キロの小太り体型、顔は人多分人並みだと思う。
学生のころのあだ名は「こぶたちゃん」もしくは「丸なすび」。
豚となすびに失礼じゃないか、私と比べるなんて。
生まれた時の体重は4キロを超えるビッグベビー、そのまま横にすくすくと成長。
まぁ…、大学卒業までにはちょっといろいろあったが、とりあえず今はこの体型で生きている。
とにかく、おいしいものを食べることが生きがいの自分に、美容指導なんてめんどくさいものは…必要ない。
「…おい! 聞いてるのか、有沢! おまえの体重は身長に対してかなりオーバーしてる、これでは成人病まっしぐらだ。俺に任せてくれれば、おまえの体重も理想体重にできるしもっと美しくなれるぞ!」
無駄にキラッキラの笑顔を振りまいている。周りの同僚の女性が「素敵…」などど呟いているが、この自分の言うことがすべて正しいと思い込んでいる俺様自己中ナルシストのどこが素敵なんだ!
私には美容マニアの変態にしか見えない。
人が現実逃避して回想に耽っているのに、横で騒いでいるのが通称「レストア王子」こと、沢木美人27歳。なんの皮肉か、『美人』という名前の通り、彼は長身で顔の造形も美しい…性格は最悪だが。
男性に美しいって…褒め言葉なのか甚だ疑問だけど、彼にはまさしく『美しい』が相応しい。
そんな人に入社早々目をつけられてしまい、毎日毎日私に美しくなるための指導を受けろと詰め寄っている。
どうやら入社式で目を付けられたらしい、迷惑なことこの上ない。
同じ部署で、さらに席も隣の先輩なので迂闊なことも言えず、このひと月は曖昧にのらりくらりごまかしていた。
腹立たしいことにこの変態、もとい先輩、仕事はできるのだ。
だからか社内で女性社員の美容指導も、やりたい放題。
わが社は健康食品も多く扱っている、先輩はそれをうまく使い女性社員を美しくしているのだ。
社長にしてみれば、自社製品を使い女性社員が綺麗になるのだからコマーシャルなんかしなくても、「ここの製品を使うと綺麗になれる」という宣伝にも一役買っている。
女性に性的な意味で手を出すわけでもなく「純粋」に美しくしているだけなのだから、と社長も先輩の美容指導を受けるよう、推進している。会社ぐるみで推進するなと声を大にして言いたい。
なので、目を付けられた私は…「レストア」させろと半ば脅迫に近いセリフで詰め寄られる毎日。
もうキレてもいいだろうか?
明日から仕事もゴールデンウィークの連休に入る。もちろん連休はグルメツアーに出かけるつもり。
それなのにこのうっとおしい先輩のせいで、気分は最悪である。
もうきっぱりと断るために今日は準備をしてきたのだ。
「先輩、少しよろしいでしょうか?」
「お、やっと俺の美容指導を受けてくれる気になった?」
ここ数日、仕事以外では口を閉ざしていたのでかなり凹んでいたらしく、私がやっと口を開いたのでにこにこしている。
「先輩は、私の外見だけを見て、美しくないと判断されたようですが…そもそもそれが私に対して失礼だとは思っていないんですか? それに成人病のことを引き合いに出されてますが、まったく心配ありません。これを見てください。」
私は先日受けた精密検査の結果を先輩に見せた。
「たしかに、身長と体重だけを見れば太ってます。それは自分でも分かっています、でも成人病の心配はありません。その検査結果を見てください、私の体は健康そのものです。ですから、先輩の指導はこれっぽちも必要ありません。」
そう、美容の面から言えばたしかに肥満体形なのだろう。
でも、血液検査もエコー・心電図その他もろもろの検査ですべて異常なし。
むしろ健康すぎるぐらいだと医師から褒められたくらいだ。
無理なダイエットは逆に良くないから、維持するのを心がける程度でいいですよ~と医師から太鼓判をもらったのだ。
「…うう、たしかに健康そのものだ…くそっ…」
明らかに肥満なのに、医師から健康!とお墨付きをもらっている。
そもそも医師ではないただのサラリーマンの彼に、綺麗になるよーなんて言われて、ど素人から美容指導うんぬんを受ける義理は無いのだ。
ふん、女が自分の言うことを全部聞くなんて妄想なんか、ドブに捨てればいいのに。
ケッと思いながら、これで先輩も諦めるだろうと思い、その日の仕事をテキパキこなした。
そして明日からのゴールデンウィーク、食べ歩きグルメツアーに向けてやる気を向けた。
もちろん、お一人様だけどなにか?
レストア王子にとって「難攻不落の彼女」…有沢瑠璃。彼女の趣味は美味しいものを食べること、そのための努力を欠かしていないのだ。
食い道楽を続ければ、将来は間違いなく糖尿病になるだろう。
糖尿病になれば食事は制限される、それはなんとしても避けたい瑠璃。食い道楽をすると決めた日以外は、修業僧に負けず劣らずな質素な生活をしている。
すべてはおいしいものを食べるために!
レストア王子こと沢木美人と、毒舌新人OL有沢瑠璃のしょうもない戦いはまだ始まったばかりである。
※この二人、出会いはマイナスからスタートです。
どうなることやら…
次からは、王子のターンです。