現在
ここはまだ春の季節なのか。
日本ではもうセミの鳴き声が減ってきてるのに。
相も変わらず荘厳な扉を前に、呼び鈴を軽く鳴らして一歩下がる。
髪を簡単に後ろでまとめ、騎士の制服みたいな格好で城の中をうろつくのはやっぱり浮くんだろうか。
新米らしきメイドさんがぽかんと口をあけて固まっているのには…なんかもう慣れた。
「誰だ。姫への用件と名を述べよ」
扉越しのくぐもった声が低く問う。
「ニトリでーす。宅配に伺いましたー」
「なんだお前か。久しぶりだな」
少し扉が開くと、中から30代前半の男が軽く笑って出てきた。
引き締まったからだと黒く焼けた肌をみると、最初に会ったときから結構立つのかと思わせる。
なんせ門番は体格が良かったもので。
そんな門番から姫付きのイケメン護衛にまで昇進したというのに、妙に庶民らしい気安さが抜けていない。平和ボケとまでは行かずとも、のんびりした笑顔はほのぼのしそうだ。
自分の横にどんと置いている妙に大きい茶色の箱を見て、納得したように男が頷いた。
「また姫さん、お前に会うために…」
「この世界には小さいものが魔術便で届けられるようになりましたから。
私も久しぶりに夏緒に会いたかったので、別にいいんですけど――」
「せつき――――――――っ!!」
「ぐおっ…う…」
どんばんがしゃん。ぱきーんどっぼーん。
というなんとも不吉な音と共に、フワフワした癖毛の黒い塊が飛びついてきた。なんだか護衛がかわいそうなことになってる気が。
「ま、いっか。毎回だし」
倒される方が悪い。世の中に真実だろう、うん。
別に自分のせいで城の修繕費がかさむわけじゃあるまいし。
「会いたかったよ瀬月!」
「はいはい、私も。久しぶり」
この世界にきてから一回り小さくなった――というか、子供の頃に体だけ若返ってしまったという咲も順調に成長しているらしい。ぎゅうっと抱きしめあうと、もうだいぶ背が伸びたのだと肩の位置でわかる。
私欲で言えばもう少し可愛いままでいてほしい気がする。
「あ、注文したのは?」
「持ってきたよ、ほら」
現にぱっと顔を輝かせてぱたぱたと荷物に駆け寄る姿を、いつのまにか見知ったメイドさんや騎士隊の人とか宰相とか隊長とか王様とか…えー…。まあつまり善良な人々と変態さんもとい、ロリコンさんが幸せそうに見つめていらっしゃる。どっからわいてきたんだ。
「こんど人間用ゴキブリホイ◯イでもサービスしてあげよっかな」
どうやら異世界の王道を一直線に突っ切っているらしい。我が友達。
「これこれ。ニトリのっていいよねー。安くて機能的で」
「そーゆーのホント好きだよねぇ」
頼まれていた配達はソファ―だった。
…重かったんだよ!それ。
わざわざニトリに注文して、家の中で転移陣まで運んでようやくトリップ出来るんだから。
しかし家具の広告が積まれていた彼女の部屋をみて、友達の苦労は家具への執着心の前に敗北するのだと理解した。
「メイドイン地球最高!また研究にもってこうかな」
うれしそうにくりくりとした目を閉じて荷物に頬ずりしている咲を横目に時計を見ると、そろそろ夕方の5時ぐらいになっていた。
「ごめん。咲、はんこと料金」
「はーい」
予め渡してある配達票と「こちら側」のお金を渡される。
「きょうもお兄さんに会いにいくの?」
「うん。面倒だけど、メンテナンスとかあるし」
「頑張れー」
「そっちもね。護衛によろしく」
手を下にかざして転移陣を刻む。
「配達完了」
ふっと目の前がゆらぎ、慣れためまいを感じる。
瞬きをしてついた場所は、そもそもこんなことになる原因となった場所だった。