episode11.静咲=サンザーラ、と言う男
静咲=サンザーラと言う男は、今年で二千八百五十三歳を迎えるが、他の樹天仙からしたら、まだ、成人を迎えたに過ぎず、若かった。しかし、ミルディアからすれば、十分すぎる程に長くこの地を生きて来た、樹天仙ではある。更に、他の樹天仙と違う所は、転生を果たした樹天仙ではなく珍しい位の天然樹だった。
天然樹と言うのは、樹天仙と樹天仙の間で子が生まれた。つまり、転生等一度もして居ない新たな命と言う事だ。
彼の他には兄も居たが、彼の場合は確かに、天然樹だが、純潔種ではない為に、純粋な天然樹、と言う訳ではなかった。
また、静咲はそれだけでなく、女性に対しても、樹天仙にはとても珍しい存在だった。
普通の樹天仙は、二千歳を迎える頃に、必ず、妻を選ぶが、静咲は、それに全く興味を示さず、そればかりか、生まれて、現在まで、全くもって、彼の周りには、女性の気配は無く、生まれた瞬間から現在まで隣に女性を置いた事は、ただの一度もなく、また、触れた事もなければ、声をかけた事すらなく寧ろ寄せ付け無い雰囲気を出し続けて居た。
更に、静咲は王家のその最も濃い血筋とされ
一番高い位の持ち主だった為に。
樹天仙の女性から声等かけられるはずもなく、例え、掛けられたとしても、静咲自体が興味を抱く事は皆無だった。
その為、朝起きた瞬間も、何も感じる事もなく、ただ朝起きては森の中で眠り、起きては、再び、夜再びどこかで寝を繰り返す、長い年月を永遠と過ごしていた。
だが、今はどうだろうか、日々過ごすその、一瞬一瞬が、彼の中で変わっていた。
眠る時のあの憂い想う、気持ちは何だったのだろうか?
彼女はもう寝ただろうか、今日は少し冷えるが、彼女の体温で耐えられるだろうか?
そう言えば食事はとって居たのだろうか?
等と、寝る前にずっと考えていた。
朝も同じだ。
彼女はもう目を覚ましただろうか?
今何を考えているのだろうか?
木の家から出て行ってしまってはいないだろうか?
あの窓からの景色を眺めているのだろうか?
そして、最後に、朝はこんなに空気が澄んでいただろうか?
と想えるのだった。
彼が変わったと思える事はそれだけでは無かった。起きていつもやる事は決まっていた。
顔を、洗い、その後、水浴び。
そして、普段付けている小さな鈴付きの紅い簪が解かれた事により、その地面よりも長い、銀色のまるで絹の糸の様に滑らかな髪を梳き、青く長く鋭い手の爪をとぎ、鋭い歯を研ぐ。
これが必ず朝の日課だった。
だが、今日はそれに加え、生まれてこの何千年もして居なかった事を、彼は、やろうとしていた。
それをする事に、自分でも驚いている。
それは、あの、ミルディアと呼ばれる女性を喜ばせる物を探す事だった。
ここ何日も探しているけれど、一向に見つからないそれを、静咲は夢中で探し続け、その間彼女に会えずに居た。
静咲は、どうして他の者を喜ばせる事に自分が労力を使っているのに、こんなにも自分が心躍っているのだろうかと不思議に思って居た。
森の中を散策し木々に異常が見られないかを見ながら、彼女の喜びそうなものを探していく。こうしてみると、あの、全くもって退屈に思えた世界が、違う世界に見えて来るのは一体何故なのだろう。
違って見える世界。
それは、より一層の色があり、自らの心にまで、それが付いたのかと思うほど、違って見えた。
何時も見ている樹や花や草、川の水の流れですら、その一つ一つがゆっくりに見え、微笑みが自然と零れて来る。
ふと、近くの樹ノ国の華を見て、これを蔓作りの鉢植えにして、持って行って、見せたらどんな風な顔を見せてくれるのだろうか。
と想像を膨らませると、再び、笑みがこぼれる。
あの、輝くような深い、深い緑色の瞳と、温かく小さな手で、また、私の袖口を軽くつかんで・・・。
ありがとう。
と、囁いてくれるのだろうか。
そう思った時だった。
急に、胸が苦しくなる。
[ありがとう―――。]
「何だ。・・・・。変な感じだ。」
前にも、あの声を聞いた事がある気がして。
あのまるで木漏れ日の中から羽がふわりと静かに落ちて来る様な優しい声で・・・あの微笑みで、心から礼を言われた気がして。
そう思いながら、歩いて居ると、ふと、光が自らの肌を照らし、静咲は、それを見て、微笑むと、小さな鳥籠を右手に作りその光を何粒か中に居れると、その足をそのままミルディアの居るあの木の家に向けたのだった。
そして、ミルディアの居る木の家に着いた静咲だったが、何かが可笑しいと、思い、今まで、穏やかな眼差しから、鋭い眼差しへと変わり、辺りを見回す。争った形跡はないが、肝心の会いたい女性が居ない。
「逃げた?」
ふと、首を傾げながら、眉間に皺を寄せるが、逃げたにしては、違う気がする。
「この匂い・・・。
どうやら、招かざる客が来た様だ。」
あの、ミルディアとは違う、明らかな不愉快極まりない匂いに、
静咲の表情は更に、険しい殺気に満ちた表情へと変わって行く。
小さな鳥籠となっていた右手は最早解け、何個かの光はそれにより解き放たれるが、
静咲にとって今はどうでもよく、足早にその場を後にした。




