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【死神】の力を得たダークヒーロー

作者: シオヤマ琴
掲載日:2025/11/14

俺は俗に言う無敵の人だった。


家族もいない。親戚もいない。友達もいない。恋人もいない。

お金もない。仕事もない。住むところもない。生きる希望も何もない。

社会とは完全に切り離された存在。それが俺だった。


そんな俺は大雨の降る夜、橋の下で雨宿りをしていた。

空腹で腹が鳴るが、当然のことながら食べる物など持ってはいない。


「あー……腹減ったな……」


つぶやく声も雨音でかき消される。


橋の下には段ボールで出来た小屋があった。

おそらく中には俺のような人間が寝ているのだろう。


俺はそこまで生にしがみつきたいとは思っていない。

この世に未練などないし、苦しまずに楽に死ねる方法があるのならば今すぐ実行したいくらいだ。

俺が生きている理由は自殺する勇気がないから。ただそれだけだった。



◆ ◆ ◆



いつの間にかコンクリートを背にして立ったまま眠っていた俺だったが、「ぎゃあっ……!」という男の悲鳴で目が覚めた。

寝ぼけまなこで声のした方を振り向くと、薄汚いボロ切れを着た老人が三人の若い男に顔や体を踏みつけられていた。

男たちは下卑た笑い声を上げつつ、足元で倒れている老人を執拗に攻める。


「てめぇみてぇなクズは生きる価値はねぇんだよ」

「社会のためにさっさと死ねよこらっ」

「……も、もう……やめ……」

「おい、聞いてんのかじじいっ!」

「ぐぎゃっ……!」

男の一人が無抵抗の老人の顔を蹴り上げた。

その拍子に老人の口から血が飛び散る。


老人の吐いた血が靴に付着したのだろう、

「てめぇ、汚ねぇじゃねぇかっ! このクズがっ!」

さらに男が老人を何度も足蹴にした。



老人がされていることは理不尽だし可哀想だとも思う。

だが俺には関係ない。

悪いなじいさん。

心の中でそうささやいた時だった、

「……た、助け……てっ……」

俺はその老人と目が合った。

かろうじて意識はまだあるらしい。


老人の必死の呼びかけに、俺の中にわずかばかり残っていた正義感がうずく。

しかし、残念ながら俺は人と殴り合いの喧嘩をしたことなど、いまだかつて一度もない。

そんな俺が、老人を守りながら三人の若い男を相手に大立ち回り出来るはずがない。


いや、よくよく考えればここにいるだけでも危険だ。

いつ火の粉がこっちに降りかかってくるかわからない。

俺は慌ててその場を立ち去ろうとする。


がしかし――

「おい、そこのおっさん、何見てんだよっ!」

「見せもんじゃねぇぞっ」

行動に移す前に男たちに気付かれてしまった。

……ちなみにどうでもいいことだが俺はまだ27歳だ。おっさんと言われるほどの年齢ではない。


「何見てんだって言ってんだよこらっ!」

「さっさとどっか行かねぇとてめぇもこのじじいと同じ目に遭わすぞっ」

「失せやがれっ!」


どうやら見逃してもらえるらしい。

俺はホッとしつつその場を離れた。



「おら、気ぃ失ってんじゃねぇじじいっ!」

「まだまだ本番はこれからだぜっ」

「社会のゴミはきれいに掃除しねぇとなっ!」


男たちの声が反響して俺の耳にまで届いてくる。

それから老人の悲鳴もかすかだが聞こえてくる。


関係ない。俺にはなんの関係もない。

老人がどうなろうと知ったことか。


君子危うきに近寄らず。

俺は馬鹿じゃない。

見ず知らずの老人のために痛い思いをするつもりなどこれっぽっちもない。

それが普通の人間のとる行動だ。


そう自分に言い聞かせながら――気付けば俺は、きびすを返し駆け出すと男の一人に殴りかかっていた。


「ぐおっ……!?」

「な、なんだてめぇっ!」

「うわあああぁぁぁぁーっ!」

「この野郎っ!」


無我夢中だった。

人生初の殴り合いの喧嘩に俺はアドレナリンがとめどなく出ていたことだろう。

そのおかげか痛みを感じることはなかった。

だがしかし、三対一では到底勝てるはずもなく、あっという間に俺は地面に転がされていた。



「ふざけやがってクソがっ!」

「痛かっただろうが、このやろっ!」

「てめぇもじじいと道連れにしてやろうかっ」

言って男の一人がポケットからバタフライナイフを取り出すと、俺のそばにしゃがみ込みそれを振り回した。


「あん? なんだてめぇ、何笑ってやがるんだっ」

「っ……」

男に言われてハッとなる。

俺は痛みを感じることのないまま死ねると思い、いつの間にか笑っていたようだった。


「気味の悪い奴だぜ、さっさとやっちまえよ」

「ああ。ん……っていうかじじいはどこ行ったんだっ?」

「あ、いねぇぞ。逃げやがったなあいつっ!」


男たちの会話から察するに、俺が殴られている間に老人は逃げ出したらしい。

老人にまだそんな体力が残っていたということに感心しつつ、死の間際に俺のちっぽけな命でも誰かの役に立ったのだと思うとなぜか誇らしい気分になった。

これでいよいよ本当にこの世に未練はなくなった。


「全部てめぇのせいだっ。じじいの代わりにてめぇがあの世に行きやがれっ!」


俺は覚悟を決めて目を閉じる。

まさにその時、


『ちょっと待て』


としゃがれた声が降ってきた。

それを受けて俺と男たちは上を見る。


「「「「っ!?」」」」


すると、俺たちの視線の先には黒い翼を生やした人型の何者かがいて、信じられないことに宙に浮いていたのだ。

目に映った得体の知れないそいつが何かわからず俺たちは言葉を失った。

そんな俺たちのことなど気にも留めずそいつは口を開く。


『人間の生死に興味はないが、三対一はちと卑怯なのではないか』

続けて、

『よって我は貴様に我の力の一部を分け与えてやる』

そいつは俺の頭を掴むと『ふんっ』とうなった。

そして驚くべきことに直後、そいつは姿を消した。


「き、消えたぞっ!?」

「今の奴どこ行ったっ?」

「どうなってんだ一体っ……」

狼狽する男たち。

俺も内心はそうだったが、いかんせん殴られ過ぎてあごが外れていたらしく、何も発することが出来ないでいた。


しかしながら、容易には信じがたいことだが、俺にはあいつの正体の予想がついていた。

なぜならあいつが俺の頭を掴んだ時、あいつは俺の脳内に直接こう語りかけてきたからだ。


『我は死神だ。貴様に死神の力を分け与えてやる。試しに強く念じながらそこにいる男の体を触ってみろ。たちどころに生命力を吸収できるぞ』と。


そして――疑念を持ちながらも俺が一番近くにいた男の足に触れた瞬間、その男が生気を吸い取られたようにぐったりと膝から崩れ落ち、反対に俺は男たちに負わされていた怪我が一瞬で治ったからだった。


「サトルっ、おいどうしたっ?」

「て、てめぇ、何しやがったっ!」

突如仲間の一人が倒れたことで男たちは取り乱す。

一方の俺は自分に死神の力とやらが宿ったことを確信する。


立ち上がり男二人と対峙する俺。

とそこへ再び死神の声が俺の頭の中だけに聞こえてきた。


『貴様に分け与えた力は全部で三つ。浮遊と透明化と生命力吸収だ。念じるだけで貴様の自由自在に扱える』


浮遊と透明化と生命力吸収……。

それが俺に与えられた死神の力……。


「リョウっ、サトルの奴死んでるぞっ!」

「なっ!? て、てめぇがサトルをやったのかっ! こ、答えやがれ、ぶっ殺すぞっ!」


俺に向けたバタフライナイフを持つ手が震えている。

突然の仲間の死によって男たちはかなり動揺しているようだった。

男が死んでいたことで俺も少なからず心は揺れ動いたが、だからといって立ち止まるつもりはなかった。

なので俺は心の中で透明になれと強く念じた。

すると、瞬時に俺の体が透明になり、男たちからは見えなくなる。


「き、消えやがったっ……!」

「さ、さっきのおかしな奴と一緒だ、な、なんなんだ一体っ!」


俺はバタフライナイフを手にした男にそっと近付くとその手を掴んだ。

その途端、男は全身から力が抜けたようにどさっと地面に倒れた。


「リョウっ!? な、なんだってんだくそったれっ……!」

吐き捨てると残った最後の一人は仲間を置き去りにして逃げ出す。

だがもちろん逃がしはしない。


俺は浮遊能力を発動させてみた。

すると直後、俺の体が宙に浮いた。

その浮いた状態のまま、俺は男に向かって高速で飛行すると男の背中に手を押し当てた。


「ぐぁっ……!」


男の体から俺の手を伝って全生命力が一気に流れ込んでくる。

それを吸収したことで、俺は一段と活力がみなぎってくる感覚がした。と同時に男は俺の養分となり地面に沈んだ。


『ふむ、死神の力を上手く使いこなしたな』


透明になったままどこかで見ていたのだろう、死神の声が届いてくる。

俺は自分でも驚くほど落ち着き払って言った。


「なあ、あんたは死神なんだよな。なんで俺にこんな力をくれたんだ?」


俺は透明化を解いて姿をあらわにする。

死神もそうしたようで俺の前に姿を見せた。

あらためてその姿を見ると、背丈は2mを超えていて、背中には黒い翼があり、なかなかに異形な存在だった。


死神は俺の問いかけにただ一言、

『気まぐれだ』

とだけ答えると体の向きを変え空高く舞い上がる。

そして次の瞬間、死神は目にも見えないほどの速さで遥か彼方へ飛び去っていってしまった。


一人その場に残された俺は、たった今三人の男の命を奪ったというのに罪の意識を微塵も感じてはいなかった。それどころか高揚感で嬌声を上げたい衝動にすら駆られていた。


「ふ、ふふ……死神の力、か……」



――こうして持たざる者だった俺は、ひょんなことから死神の力を手に入れることとなった。


俺が助けた老人は戻ってはこなかった。

なので俺は老人の使っていた段ボール小屋に身を落ち着けた。

中は少々臭ったが季節は冬、生身の体で夜を明かすよりはマシだと考え俺はそこで眠りについた。



翌早朝、目覚めると雨はすっかり上がっていた。

俺は橋の下から抜け出て、人気のない街中を一人さまよう。

その道すがら、頭の中を巡るのは死神のこと。


死神は俺に三つの力を与えると言った。

一つ目は浮遊能力。

二つ目は透明化能力。

三つ目は生命力吸収能力。

これら三つの力は昨晩すべて試してみたので、死神の話はすべて事実だったということになる。


だがそんな力を手に入れてもなお、俺には生きる理由が見当たらない。

死神の力があれば俺はこの世界で神にだってなれるかもしれないが、俺には生まれながらにして欲というものがあまりないのだ。

そのため、この力を利用して金持ちになってやろうだとか、沢山の女性をはべらせてやろうだとかは一切考えられない。

いわゆる宝の持ち腐れってやつだ。


いっそ自分に生命力吸収の力を使ってみようか。

そうすればもしかしたら苦痛なく楽に死ねるのではないだろうか。

そんなことも頭をよぎったが、万が一取り返しのつかない事態になったらことだ。


結局、俺には死ぬ度胸もなければ未知の世界に飛び込む勇気もないのだ。


俺には手に余る代物をもらってしまったのかもな。

自分を卑下しながら道路沿いを歩いていた。ちょうどそんな時、

「放してくださいっ!」

女性の甲高い声が耳に入ってきた。


顔を上げると前方に、ホスト風の男二人に絡まれている若い女性の姿があった。

女性は肩とバッグを男二人に掴まれ、思うように身動き出来ないでいるようだった。


普段の俺ならそんな光景を見たら、関わらないように見て見ぬふりをしていたことだろう。

だがこの時の俺は違っていた。


死神の力を手に入れていたからか。それとも自暴自棄になっていたからか。はたまたその両方か。

とにかく俺は息を吸って吐くかのごとく、

「やめろよ、迷惑してるだろ」

当たり前のことのように彼らの間に割って入っていった。


「ああっ? なんだおっさん、なんか文句でもあんのかっ」

「怪我したくなかったらあっち行っとけよおっさん」


……またもおっさんと呼ばれてしまった。

世間的には27歳はもうおっさんの部類に入るのだろうか。

そんなことを気にしながら俺は二人の男の前に立ちふさがる。

女性はその隙に一目散に走って逃げていった。


「あっ、おいこら逃げんなっ……くそっ」

「ちっ……おい、お前のせいで女に逃げられちまっただろうがよっ」

男たちは俺をにらみつけてくる。

「なんとか言えよこらっ」

さらに俺が何も口にしないでいると男の一人が胸ぐらを掴んできた。


俺は痛い思いをするのは二度とごめんなので、やられる前にやろうと男たちの腕を両手でそれぞれ掴んだ。

そして強く念じた。

その刹那、

「うぐっ……!?」

「えげぇっ……!」

男二人は奇声を発したかと思うとそのまま地面に倒れ込んだ。


俺はしゃがみ込んで倒れている二人の頸動脈に手を当てる。

一応生死を確認するためだ。

すると二人とも脈はなく、すでに絶命していた。


「……また、殺してしまった」


自分の手をみつめながら、しかし俺はまったく後悔はしていなかった。

なぜならば社会のゴミが消えたことで、この世界がほんの少しだけだが浄化されたような気がしていたからだ。


「おい、そこのお前さん。見てたで」


足元に男二人の死体を置いたまま自身の手に視線を落としていると、サングラスをかけあごひげを生やした男が話しかけてきた。

冬だというのに上半身はアロハシャツだけだった。


殺人を目撃した一般市民が俺を糾弾しようとしているのかと思い、逃げた方がいいか、などと頭を巡らせていたところ、

「おっと、待ってくれや。わいはお前さんを警察に突き出したりなんかせえへんで」

サングラスを外しながら言うアロハシャツ姿の男。

みかけによらず意外と優しい目をしていた。


俺のもとに近付いてきて地面に横たわる二人の男に触れ、

「こいつら死んどるな。お前さん、あの一瞬でどうやって殺したんや?」

興味深げに瞳を光らせる。


「いや、別に……」

死神にもらった死神の力で殺したんだ、と言ってもどうせ信じてはもらえまい。

そもそも信じてもらおうなどとも思っていないし、話す気もないが。


「まあええか。なあ、そう警戒すんなって。ちぃとばかりお前さんと話がしたいだけやからな」

とアロハシャツ姿の男は言う。


「悪いけど、俺には話なんて――」

そう返したところで、ぎゅるるるる~と腹の虫が大きな音を鳴らした。


「がっはっは。なんや、お前さん腹が減ってるんか。ちょうどええ、わいも朝飯にしようとしてたところや。そこの喫茶店は顔がきくから店を開けてもらおう。ついてきい」

アロハシャツ姿の男はそう言うと、準備中の看板が出ている喫茶店に向かって歩いていく。


俺はどうしたものかと考え、立ち尽くすが、

「早く来いって。好きなものおごってやるよってに」

その言葉を聞いた俺は、三日ぶりの食事の誘惑に負けアロハシャツ姿の男のあとを追った。



◆ ◆ ◆



「簡単に言えばスカウトや。裏社会へのな」


大量の皿に盛りつけられたパスタやピザなどを一心不乱に食していると、アロハシャツ姿の男が口を開く。


「スカウト? どういうことだ?」

「なあに、そのままの意味や。お前さんは役に立ちそうやからな、うちの組織にスカウトしたいんや」

「組織? 話が見えないんだが……」

「聞いたことないか? ケルベロスって」

アロハシャツ姿の男は訊ねてくるが俺にはまるで聞き覚えがない。


「まあ、うちは陰の組織やからな。知らなくても無理はないか」


自嘲気味に笑ったあとアロハシャツ姿の男はこう続けた。


「ケルベロスってのはこの東京を拠点として暗躍している半グレ組織や。だがそこらの半グレとはわけが違うで。半グレって聞くと暴力団になり損ねた不良グループって思うやろうが、わいたちはそうじゃない。暴力団以上に裏社会にどっぷりと浸かった、この腐った世界には絶対必要悪の組織なんや」

「……悪い、俺の理解力不足かもしれないがあんたの言っていることがまだ今一つわからない。要するに何をしている組織なんだ? ケルベロスってのは。一体俺をスカウトして何をさせたいんだ?」

紙ナプキンで口を拭いつつ俺はアロハシャツ姿の男に視線を向ける。


「わかりにくかったか? まあつまりやな、お前にやってもらいたいことはたった一つだけや」

前置くとアロハシャツ姿の男は俺の目を見据えて口にした。


「それはな、暗殺や」

「あ、暗殺……?」


穏やかではない言葉に俺は面食らってしまう。

だがアロハシャツ姿の男は至って冷静に話を続ける。


「ところでお前さん仕事は? 今は何やってるんや?」

「し、仕事はしていない……」

あまり答えたくない質問だったが、食事をご馳走になっている手前答えないわけにもいかず、そう返した。


「なんや無職か。お前さんもしかして文無しか? じゃあ住むところもないんやないのか?」

「あ、ああ。まあな」

俺にも少しばかりのプライドは残っていたらしく、気恥ずかしさを押し殺してアロハシャツ姿の男の質問に答える。


「せやったらちょうどええ、ケルベロスに入ったらええやん。給料は歩合制や。一人殺して五百万円。ボロい商売やろ」

「人を殺して、五百万円……」

「安いと思うか高いと思うかは自由やけど、お前さんはさっき二人の人間をただで殺してる。それがうちの組織に入っていればすでに一千万円の稼ぎになってるっちゅうことやで。おいしい仕事やと思わんか?」

昨日の件も合わせれば俺は五人も殺している。

つまりそれだけで二千五百万円か……。


「……さっきあんたは、腐った世界を正すための必要悪みたいなことを言っていたよな。それはあれか、殺す相手は悪人ってことか?」

「悪人……まあそうやな。この世界を腐らせて汚してる連中のことや。そういう奴らを排除して世界を浄化しようってのがケルベロスの本分や」

「ふーん、なるほどな」

法で裁けない奴らやわけあって手が出せない連中なんかを暗殺するのがケルベロスとやらの仕事か。

要するに勧善懲悪ってことらしいな。


「どうや? 社会に貢献してその上、大金まで稼げる。興味出てきたか?」

「あ、あー……」


俺は小学生の頃はとても正義感の強い子どもだった。

いじめをしている上級生をみかけたら止めずにはいられなかったし、歩きたばこをしているおじさんをみかけたら注意せずにはいられなかった。

ポイ捨てをしているヤンキーをみかけてそのゴミを拾って追いかけたこともある。

だがそんなことをしていれば厄介ごとにもおのずと巻き込まれる。

そうして何度も怖い思いや痛い目を見て学習していくうちに、俺はいつしか生まれながらに持っていた強い正義感を失っていた。


だが俺の心の奥底にはまだ正義感が残っていたのだ。

だからこそ俺は昨日、身の危険をかえりみずホームレスの老人を救った。

控えめに言ってもその時の気分は最高だった。

久々に生きていると実感できた。


「これも立派な人助けやで。一緒にこの薄汚れた世界を浄化しようや。なっ?」


だからこそ俺はアロハシャツ姿の男にそう問いかけられた瞬間、生きる希望のなかった俺に生きる目的のようなものが生まれた気がしたのだ。


そして気付けば俺は、

「ああ、わかった」

と首を縦に振っていた。


「自己紹介がまだやったな。わいは植村守、年は27歳や」

「俺は井上陸、年はあんたと同じく27だ」

「なんや同い年やったんか。てっきり30超えとると思うとったわ」

植村は「がっはっは」と豪快に笑ってみせた。


「あー悪い悪い、気ぃ悪くせんとってな」

「構わないさ」

植村が人懐っこい笑みを浮かべ俺の肩を叩いてきたので、俺は「気にしてないよ」と返す。


「さてと、朝飯も済んだことやしそろそろ出よか」

「ああ。本当におごってもらっていいのか?」

「もちろんや。ただその代わり、これからのお前さんの働きには期待しとるで。なんたってお前さんをスカウトしたわいの沽券にかかわるからな」

言うとウインクをする植村。

正直男のウインクなど見たくもないが、食事代を払ってくれるのだからこれくらいは大目に見てやるか。



◆ ◆ ◆



「んじゃあまあ、とりあえずこれからお前さんが住むところを探してやるか」

喫茶店を出た植村はそんなことを口にする。


さすがに世話になりすぎな気がしたので、

「住む場所くらいは自分でなんとかするって」

と俺はやんわり断るが、

「わいに任しとけって。わいは顔が広いんやからな、めっちゃ安い物件探したるわ」

植村は面倒見がいいのか、俺を引き連れ知り合いの不動産屋へと足を運ぶのだった。



――そして、それから二時間後、

「ここでええやろ。敷金礼金と今月分の家賃なんかはとりあえずわいが払っといたから、お前さんは来月分から自分で払ってな」

俺の新しい住居が決まり、その部屋の中で植村が俺を見て言う。


「何から何まで悪いな。給料が入ったらちゃんと返すから」

「気にせんでええよ。わい、これでもかなり金持ちやからな」

「がっはっは」とおどけた様子で植村。

どうやら俺はいい奴に巡り合えたらしい。


「仕事の紹介やらなんやらは明日するから今日はゆっくり休んでええで。あー、これわいの二つ目の携帯や。お前さんどうせ持っとらんのやろうからあげるわ」

「いいのか?」

「ええねんええねん。じゃあ明日の朝電話するわ、よろしゅうな」

「ああ、いろいろありがとうな」


植村は俺の部屋をあとにしていった。

騒がしい奴がいなくなり部屋には静寂が訪れる。

俺は室内を見回しながら自然と笑みがこぼれていた。


植村に紹介された部屋はかなり狭く、家具や家電は何一つないが、それでも寝るだけなら充分だった。

ついさっきまでホームレスだった俺にとっては屋根があるだけで大満足だ。


「とりあえず……寝るか」


満腹になったことで睡魔に襲われ続けていた俺は、早速部屋の真ん中に寝そべると一分もしないうちに深い眠りへと落ちていった。


久しぶりに夢を見た。

それは死神の夢だった。


『我の力は役に立っているか?』

死神はしゃがれた声で訊いてくる。


「ああ、おかげさまでな。腹も膨れたし、仕事も住むところも、なんなら生きる目的ってやつもみつかったよ」

『そうか。それは何よりだ』

死神は無表情のままそう言った。


『気に入ったのならば、貴様が生きている間は死神の力は預けておいてやる。せいぜい楽しめ』

「感謝するよ、死神」


俺がそう口にした途端、死神の姿がフェードアウトしていく。

そして次の瞬間、俺は夢から覚めていた。



◆ ◆ ◆



朝七時頃だったか、植村から電話がかかってきた。

話の内容は早速仕事を始めてもらうから出てきてほしいというものだった。

俺は電話で指示された通りの場所に行くため部屋をあとにする。


金がないので目的地までは徒歩で向かう。

スマホの画面を見ながら歩くこと十分、俺は小さな神社にたどり着いた。


「待ち合わせ場所は、ここのはずだよな……」


辺りを見回し植村の姿を探すが見当たらない。

どうやらまだ来てはいないようだった。


俺は暇を持て余し、境内をぐるりと一周する。

そしてもといた場所に戻った。

するとちょうどそこへ、スーツ姿の四人の男が神社へとやってきた。


少々異様な光景のような気がしたが、あまりじろじろ見ても悪いので、俺は何食わぬ顔で青い空を見上げつつ息を吐く。

冬の寒気で吐いた息が白く染まる。


とその時だった、

「おらっ!」

「ぐあっ……!」

俺の背中に重い衝撃が加わったと同時に鈍痛が走った。

振り返り見ると足元には大きな石が落ちていた。

察するに、スーツ姿の男のうちの一人がその石を俺の背中めがけて投げつけたらしい。


「……な、なんだいきなりっ。どういうつもりだっ!」

「死んでもらうぜっ!」

「おらぁっ!」

「はぁっ!」

「うりゃぁっ!」


男たちは問答無用で襲いかかってきた。

俺は先頭にいた男に顔を殴られてしまうが、その流れで男の腕を捕まえた。

即座に念じて生命力を奪い取る。


背中と顔の痛みが消えたところにすぐさま第二撃、第三撃、第四撃が同時にやってきた。

俺はとっさに空へと回避する。


「「「っ!?」」」

それを見て男たちが唖然となった。

その隙を逃さず、俺は瞬時に自身を透明にして二人目と三人目の顔を両手で掴んだ。

俺が強く念じたことで二人の全生命力が俺に流れ込んでくる。


最後の一人は何が起こっているのか理解できない様子で、それでもやたらめったらパンチを繰り出してきた。

だがそれらはすべて空を切る。


「くそっ、どうなってんだーっ!」

と男は見えない俺に向かってがむしゃらに攻撃を放ち続けた。


「それはこっちのセリフだ」

俺は男の背後に回り込むと、手を伸ばし男の首にそっと触れる。

そして男の生命力を根こそぎ吸収し尽くした。



俺は透明化を解くと地面に転がる四人の男の死体を前に、

「なんだったんだ……?」

つぶやいた。


とその直後、

「いやあ、びっくりしたわ~。なんや自分、人間とちゃうんか?」

大きな木の陰から拍手をしつつ姿を見せたのは、俺をここに呼び寄せた張本人である植村ともう一人、黒いロングコートを羽織った長身の女性だった。


「植村っ?」

「マジでどうなっとるんや今の? 空飛んだり、消えたりしとったで自分」

植村が驚きの表情を浮かべ俺を見る。

さらに植村の隣にはもう一人背の高い女性がいて、その女性は俺を身も凍るような冷たい視線で無遠慮に眺めていた。


「いつからいたんだよ植村、っていうかそっちの女性は誰なんだ?」

別に死神の力を見られたからと言って特段慌てたりはしない。

植村にはうすうす感づかれていただろうし、隣の女性にしてもおそらくは組織の人間なのだろうからな。


「ああ、この人か? この人はわいの直属の上司である段原さんや。わいがお前さんを組織に推薦したい言うたら直接殺しの腕を見極めたい言わはってな。いつもは現場には出えへんねんけど今日は特別に足を運んでもらったっちゅうわけや」

「なるほどな。ってことは俺を襲ってきたこいつらはその段原さんとやらの差し金か」

俺は足元に転がる男たちの死体を見下ろす。


「まあそういうこっちゃ。あ、でも気に病むことはないで、そこの奴らはみんな前科者やからな。大金をちらつかせたら喜んでお前さんの殺しを買って出た社会のゴミや」

「別に気に病んじゃいないさ。相手が何者であれ、相手を殺そうって奴は当然殺される覚悟もあるだろうからな」

そういう意味では俺もこの仕事を選んだ以上、常に殺される覚悟を持つべきなのだろう。


「ところで段原さんは喋れないのか?」

「段原さんは寡黙なだけや、喋れへんわけちゃうで」

「そうなのか」


俺は植村から段原さんへと視線を移す。

どうでもいいが段原さんとやらはやたらと背が高い。

178cmある俺と大して変わらなく見える。


「はじめまして段原さん。俺は井上陸、27歳です」

「私は段原ミミ、29歳だ」

思いのほか可愛らしい名前で一瞬戸惑うも俺は話を続けた。


「えっと、それで俺は合格ですか? 組織に入れます?」

「うむ、合格だ」

「よかったな自分、段原さんに認められて。これで晴れてお前さんもケルベロスの一員や」

「サンキュー、植村」

「井上、お前の超常的な力は気にしない。存分にその力を組織のために発揮してくれ」

言うと段原さんは俺のもとへと近寄ってくる。

そしてコートのポケットから大量の札束を取り出し、俺の足元に放り投げた。


「え? これは?」

「そこの四人を殺した報酬の二千万円だ。受け取れ」

「え、でも……」


これは仕事ではないし、大体こんな簡単に二千万円をもらっていいのだろうか。

悩む俺に植村が声を飛ばしてくる。


「段原さんが受け取れっちゅうとるんやから、素直に受け取っといたらええねんて。自分無一文なんやろ」

「あ、ああ、まあそうだけど」

「ではな井上。植村行くぞ」

段原さんは話は終わったとばかりにきびすを返すと、俺の前から立ち去っていく。

植村もそれに付き従った。


俺はそんな二人の背中を眺めながら、そっとお辞儀をするのだった。


いともあっさりと二千万円という大金を手にした俺は、その金で自分の部屋にこたつを買った。

部屋では寝るだけなので必要最低限の暖がとれればそれでいい。そう思い、こたつを部屋の中央に置く。

俺の部屋は激せま物件なのでこたつだけで部屋の半分以上が埋まってしまった。

だが俺としては大満足だった。



買い出しを済ませ自室で夕飯を食べていた時のこと、玄関のドアをノックする音がした。

なんだろう、俺は箸を置くとドアに近付いていきこれを開ける。


「こんばんは、はじめましてっ。あたし、ついさっき隣に引っ越してきた岸本瞳っていいますっ。これ気に入るかわかりませんが引っ越し祝いなので、よかったらどうぞっ」


そこにいたのは明朗快活という言葉がとてもよく似合う女性だった。

ポニーテールの髪型も元気で明るい雰囲気をさらに高めていた。


「あ、これはご丁寧にどうも。俺は井上陸です」

「陸さんっておいくつですかっ?」

「27歳ですけど」

「じゃああたしの3つ上ですねっ。あたしの方が年下なので敬語はいいですよっ」


「いや、でも――」

初対面なので遠慮してみせるが、岸本さんとやらは少しばかり自己中心的な性格らしく、

「じゃあそういうことなので、これからよろしくお願いしますね陸さんっ」

と言うなりドアを閉めてしまった。


俺の手には[粗品]と書かれたやけに軽い箱だけが残されていた。

ちなみに中身はポケットティッシュの詰め合わせだった。



◆ ◆ ◆



明くる日の正午過ぎ、部屋の中でぼーっとしていたところ突然スマホが鳴り響いた。

画面を確認すると植村からの着信だった。


「もしもし」

『よう、起きとったか自分?』

「もう昼過ぎだぞ。さすがに起きてるさ」

『そりゃそうやな』

電話口から植村の『がっはっは』という笑い声が聞こえてくる。


「どうかしたか? もしかして仕事か?」

『その通りや、自分の初仕事やで。気張っていきぃや』


俺はこのあと植村から暗殺ターゲットの詳しい情報を教えてもらった。

名前、性別、年齢、体型。メールでは顔写真、住んでいる場所や職場の地図などだ。

さらには殺す理由も植村は話し始めた。


『後藤は何度も女性に乱暴を働いとる。でもその都度動画を撮影していてそれを公開されるのをおそれて女性たちは全員泣き寝入りや』

「なるほどな。だから俺の出番ってわけか」

『そういうこっちゃ』


後藤翔、31歳。工場勤務。

身長180cm、体重75kg。

暗殺理由:婦女暴行


『あとついでに後藤が持っとる女性たちの動画はすべて破棄してな』

「ああ、わかってる」

『ほんならよろしゅう頼むで』

植村はそう言うと電話を切った。


俺は部屋の中で一人静かに、

「後藤翔か……待ってろよ」

初仕事である暗殺任務に向けてやる気をみなぎらせていた。


「ここか……後藤の勤め先は」

見上げてつぶやく。


俺は都内のとある工場の前にいた。

というのもその工場で働いている後藤翔という人物が今回の暗殺対象だからだ。


後藤は女性たちをレイプし、その様子を動画におさめているという。

つまり女性たちの敵。社会のゴミだ。

間違いなく俺が片付けるべき存在だ。


ウゥゥゥゥゥゥ~!


とここで正午のサイレンが鳴った。

その途端に工場から沢山の人が流れ出てくる。

俺は人の波に押し流されまいと踏ん張りつつ、大勢の人の中から後藤を探した。

だが後藤の姿はみつけられなかった。


これは初仕事でやる気だけが空回りしていた俺のミスだった。

暗殺なのだから人が多い場所でどうこうしようとすること自体が間違いだったのだ。

なので俺はとりあえず夜まで外で待つことにした。


それから七時間後、人影がまばらになって工場から出てくる中、俺は後藤の姿を確認することが出来た。

俺は後藤を目で追いながらそっとそのあとをつける。

尾行がバレないようにもちろん透明になった状態でだ。


植村に聞いていた情報通り、後藤は社宅に帰っていった。

俺はドアが閉まる直前に、後藤の部屋の中へと体を滑り込ませる。


部屋の中には沢山のギターがきれいに並べられていた。

俺は音楽に関してはド素人だが、それでもかなりの額をギターに注ぎ込んでいるであろうことが想像できた。

工場勤務とはそんなにも稼げるのだろうか。

もしかしたら動画を撮った相手方から金銭まで要求しているのではないだろうか。

そんな考えが頭をよぎる。


「あー、疲れたぜー」


言うなり後藤がベッドにダイブした。

俺がすぐ近くにいることなど気付いてもいない。


今すぐにでも殺すことは出来るが、俺は少し様子を見ることにした。

植村の話を信じていないわけではないのだが、自分の目で見て耳で聞いて、暗殺対象が死に値すべき人間なのかどうかを確認したかったのだ。


するとベッドにうつ伏せになったまま、

「こんな時は女をメチャクチャにしてやりてぇぜ」

おぞましいセリフを吐く後藤。

やはり植村の話は事実だったようだ。


俺は確証を得たことで暗殺を実行することにした。

殺害方法は至ってシンプル。

透明状態の俺が後藤の体に触れて念じる、ただそれだけ。


俺は無防備な姿をさらしている後藤の後頭部を手でグッと掴んだ。

「なんだっ!?」

その感触で異変に気付き声を上げる後藤。

だが時すでに遅く、

「うげっ……!」

とうめき声を発したかと思うと後藤はぴくりともしなくなった。


そのあと俺は後藤が持っている女性たちの映った動画を探すため、部屋の中を隅から隅までしらみつぶしに漁った。

だが部屋は思いのほか広かったので、それなりに時間を要した。

するとその最中、透明化の効力が消え、俺の姿があらわになる。

どうやら透明になっていられる時間には制限があるらしい。


「まあ、いいか」


どうせ部屋には俺と後藤の死体だけ。

そう思い、押し入れの戸を開けた時だった。


!?


俺は目を丸くする。


「な、なんだ、この子……?」


なんと押し入れの中には幼い女の子がいて、すやすやと眠っていたのだ。


「だ、誰だ、この子……?」


押し入れの中で枕を抱きしめながら眠っている女の子は、10歳にも満たないように見えた。

後藤の娘か……?

いや、そんな情報はなかったはずだが……。


「と、とにかく、植村に電話するか……」

対応策を仰ごうと思い、スマホを手にした時だった。

「……ぅん……? ……だれ?」

少女が目を覚ました。

俺を見上げ不思議そうに首をかしげる。


「あ、いや、えっと、俺は……」

「?」

可愛らしく目をぱちくりする少女。

まだ眠いのか、指で目をこする。


「そういうきみは誰なのかな? なんで押し入れの中にいたの?」

とっさに訊き返す俺。

すると少女は俺をみつめて「だって、ここはわたしのお部屋だもん」と答えた。


続けて、

「わたし、お父さんがお仕事行っているときはこの中にずっといるの。お父さんとの約束なの。なんかねぇ、ここのおうちって一人しか住んじゃいけないみたいなの。だからわたしのお部屋はこの中なの」

とつたない口調で口にする。


「たまに大家さん? って人が見に来るから、レイは隠れてるんだぞってお父さんに言われてるんだよ。だからわたし、いつもこの中にいるの。えらいでしょ?」

「え? あー、うん、まあそうだね」

「えへへ~」

俺の言葉に気をよくしたのか、少女はにこっと笑った。


おそらくだがお父さんというのは後藤翔のことだろう。

つまり、やはりこの子は後藤の娘ということか。


「えっと、きみ名前は?」

「わたしは後藤レイだよ、7歳だよ」

「そっか……レイ、悪いんだけど、もうちょっとだけ押し入れの中に入っててもらってもいいかな?」

俺は努めて優しく問いかける。


「うん、いいよ」

「悪いね、ありがと」

言って俺は押し入れの戸を閉めた。

立ち上がり、別の部屋に移動してから植村に電話をかける。


後藤の死体を横目に、

「あ、植村か? 実はちょっと困ったことになってな」

植村に話しかけた。


『なんや? まさか返り討ちに遭って逃げられたとか言うんちゃうやろな』

「いや、後藤はちゃんと殺したから問題ない」

『だったらどないしたんや?』

「どうやら後藤には小さい娘がいたらしくてな、今押し入れの中にいたのをみつけた」

『はぁ? なんやそれ。そんな情報わいは知らんで』

植村が声を大にする。


「俺も初耳だよ。それよりどうすればいいんだ?」

『どうするも何も目撃者は全員殺すのがルールや』

さも当たり前のように言ってのける植村。

俺は一瞬言葉を失ってから、

「……こ、子どもも殺すのか?」

再度訊ねる。


『その娘っちゅうのが、あんさんの殺人を見てたかもしれへんのやろ? だったらその娘も始末せい。もちろん、それはギャラには含まれんからな』

「……」

『おーい、聞いとんのか? 井上はん?』

「あ、ああ、聞いてる……わかったよ」

『よっしゃ。せやったらもう切るで。わい、今ちょう手が離せんくてな。ほななっ』

パチンコの音だろうか、背後からは騒々しい音が聞こえていた。


植村との通話を終えると俺は押し入れのある部屋に戻る。

すると少女は、律儀にも俺との約束を守ってずっと押し入れの中に入っていたようだった。


俺は押し入れを開けて少女を出させた。

少女は枕を抱きしめつつ、俺の前にちょこんと正座する。


「ねぇ、あなたはだれ? お父さんのお友達?」

純真無垢な瞳を俺に向けてくる。

そんな少女の問いかけを無視して、俺は少女の頭にそっと手を乗せた。


「?」


あとは念じればいい。

ただそれだけでこの少女の命は尽きる。

植村の指示通りに行動するんだ。

父親を殺すところを見られていたかもしれない以上、殺すしかない。

俺は覚悟を決めた。


だがその矢先、

「おじさん、なんで泣いてるの?」

少女が口にした言葉で俺はハッとなる。

自分でもわからないが、なぜか俺は涙を流していた。


頬を伝う涙を少女が手で拭う。

「おじさん、お腹痛い? あ、もしかしてお腹すいてるの? だったらわたしと同じだね」

俺がしていたように少女もまた俺の頭の上に手を乗せた。

そして優しく撫でてくれる。


「……レイ。きみのお父さんはちょっと遠いところに行ったんだ……だから、だから、俺がその間きみの面倒を見るようにお父さんに頼まれていたんだよ」

気付くと無意識のうちにそんなセリフが口をついて出ていた。


「そうなんだ。じゃあ、あなたはお父さんのお友達なんだね」

「あ、ああ。そうだよ」


とここで、ぐぅ~と可愛らしい音が少女のお腹から聞こえてきた。

それを受けて少女は「えへへ、わたしお腹すいちゃった~」と照れて笑う。


「そっか。じゃあ……俺とご飯食べに行くか?」

「うんっ」


満面の笑みを浮かべて返す少女を見て、植村の指示を無視してでも、俺は正しい選択をしたのだと心からそう思えた。

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