ぼくらの謎解きデイズ2:孤島の謎を解き明かせ!と思ったら…ガチの殺人事件だった件
深夜の探偵事務所。
デスクに散らばるのは、現在進行中の連続不審死事件の資料だ。警察は事故と自殺で片付けたが、どの現場にも、被害者の傍らに渦を巻いた奇妙な模様の貝殻が、まるで署名のように残されている。計画的で、冷たい悪意に満ちた犯行。だが、その底には、激情とも呼べるほどの強い動機が感じられた。
その渦模様が、俺の遠い日の記憶の扉をこじ開けた。
そうだ、あの島で見た血文字も、この渦模様だった。
俺がまだ、ただの子供で、世界の残酷さを知り始めたばかりの頃。友情という言葉の脆さと、罪の代償を知った、あの夏の臨海学校。
煙草の火を消し、目を閉じる。
潮の香りと、仲間たちの笑い声。そして、静かに、だが確実に忍び寄ってきた、復讐という名の悪夢。すべての始まりは、どこまでも青い、あの空の下だった。
・・・・・・・・・・
雲ひとつない、突き抜けるような青空だった。
僕たちを乗せた定期船「かもめ丸」の白い飛沫が、太陽の光を浴びてキラキラと虹を描く。カモメたちが、僕らの頭上を陽気に鳴きながらついてくる。
ケンタの事件から一年。僕、ユウタと、リーダー格のタカシ、物知りのヒロキ、そして紅一点のアカリ。僕ら「東京少年探偵団」は、あの忌まわしい事件を乗り越え、学校主催の臨海学校に参加していた。行き先は、地図にも載っていない孤島、月影島だ。
「ユウタ! いつまで船室にいるんだよ! 甲板出ようぜ、潮風、すっげえ気持ちいぞ!」
バンッ、と勢いよくドアを開けて、太陽みたいな笑顔で僕を引っ張り出したのは、もちろんタカシだ。その後ろから「まあまあ、ユウタは船酔いしやすいんだから」とヒロキが冷静にフォローする。
甲板に出ると、心地よい風が僕の髪を撫でた。海の匂い。エンジンが立てるリズミカルな音。どこまでも続く水平線は、まるで世界の果てみたいに綺麗だった。
「見て! アカリがクラスの女子たちと写真撮ってる」
ヒロキが指さす先で、アカリが少し照れくさそうにピースサインをしていた。僕らは、この仲間たちと、そしてクラスのみんなと過ごす一週間に、胸を躍らせていたんだ。
月影島は、息をのむほど美しかった。白い砂浜、エメラルドグリーンの海、緑深い森。崖の上に立つ古い洋館「月影荘」さえ、まるでおとぎ話のお城のように見えた。
昼間、僕らはクラスのみんなと砂浜を駆け回り、波打ち際ではしゃいだ。タカシが僕を海に突き飛ばそうとして、アカリに怒られている。ヒロキは、珍しくノートパソコンを置いて、砂で城を作っていた。
夕方からは、みんなでバーベキューの準備だ。火をおこすのに苦労する先生たちを、僕らが手伝う。そんな、どこにでもある、輝かしい青春の一ページ。この時間が、永遠に続けばいいと、心からそう思った。
異変は、太陽が水平線に沈み、空が深い藍色に変わる頃に始まった。
あれほど賑やかだった鳥の声が、ぴたりと止んだ。森の緑が、まるで黒い口を開けて僕らを飲み込もうとしているように見える。月影荘の古い窓ガラスが、風もないのにカタカタと鳴った。
夕食の時間、食堂に集まった僕らは、異様な雰囲気に気づいた。
「あれ? ケンジは?」
クラスメイトの男子、ケンジの姿が見えない。
皆が顔を見合わせた、その時だった。
「うわあっ!」
食堂の隅から、悲鳴が上がった。
指さされた先の、白い壁。そこに、まるで乾ききっていない血のようなもので、渦を巻いた奇妙な印が描かれていた。
――『偽りの友に、災いを』
ヒロキが「これは、この島に伝わる古い呪いの言葉だ…」と呟く。
パニックが、食堂を支配する。僕らは半狂乱でケンジの名前を呼びながら、懐中電灯を手に館の外へ飛び出した。
森の奥。大きな岩の上に、月明かりを浴びて横たわる、人影があった。
ケンジだった。
でも、その姿は、もう僕らが知る彼ではなかった。身体は無残に引き裂かれ、口は耳まで裂けて、まるで歪んだ笑みを浮かべているようだった。
――嘘をついた者は、口を裂かれ、身体を二つに分かたれて……。
島の伝承が、現実の悪夢となって、僕らの目の前に突きつけられた。
悲鳴が、次々と上がる。腰を抜かして泣き崩れるアカリ。タカシは怒りに拳を震わせ、ヒロキは顔面蒼白で唇を噛んでいる。
僕は、その惨状を睨みつけた。
これは、ただの殺人じゃない。この島に潜む、深い悪意を持った「何か」による、儀式だ。
恐怖で心臓が張り裂けそうだった。でも、それ以上に、友達をこんな姿に変えた犯人への、燃えるような怒りが湧き上がってきた。
翌朝、僕らは絶望の淵に立たされた。夜通し吹き荒れた嵐のせいで、島の唯一の船着き場は木っ端微塵になり、館の電話線も無残に断ち切られていた。携帯電話の電波も圏外だった。
「そんな……じゃあ、一週間、ここに……」
誰かの掠れた声が、重苦しい沈黙を破った。一週間。次の定期船が来るまで、僕らはこの殺人島から出られない。犯人と一緒に、この館で過ごさなくてはならない。
その事実が、皆の心をへし折った。
「もう嫌だ!」
「誰がケンジを殺したんだ!」
泣き叫ぶ声、お互いを責める声が、談話室に響き渡る。昨日まで笑い合っていた友達が、今は、睨み合っていた。
その、張り詰めた空気を切り裂いたのは、アカリだった。
「みんな、やめようよ!」
目に涙を浮かべながらも、アカリは声を張り上げた。
「こんな時だからこそ、私たちがしっかりしなくちゃ! ケンカしたって、ケンジは喜ばないよ!」
アカリのまっすぐな言葉に、皆がハッとして口をつぐんだ。
「アカリの言う通りだ」
とタカシが力強く言う。
「生き残るために、今はみんなで協力しよう。交代で見張りをして、絶対に一人にならないようにするんだ」
ヒロキの提案で、僕らは生き延びるために団結することを誓った。交代で見張りをする当番を決め、夜は全員でこの談話室で眠ることにした。
ほんの少しだけ、希望が見えた気がした。この仲間たちとなら、きっと乗り越えられる。そう、信じたかった。
だが、僕らのささやかな希望は、翌朝、無惨にも打ち砕かれた。
二人、いなくなっていた。担任の斉藤先生と、クラスメイトの沙織ちゃんだ。
僕らは二手に分かれて、館の中を探した。そして、見つけてしまった。
斉藤先生は、屋根裏部屋で、頭を砕かれていた。まるで、神様の通り道を汚した罰を受けるかのように。
沙織ちゃんは、中庭にある古い井戸の底で、水死体となって発見された。手足が、まるで人形のように、奇妙な角度に折り曲げられていた。
「どうして……二人も……」
「昨日の夜、見張りはちゃんとしてたはずなのに……」
僕らの団結は、脆くも崩れ去った。犯人は、僕らのルールを嘲笑うかのように、二人もの命を奪っていったのだ。
再び恐怖と疑心暗鬼が、亡霊のように皆の心に取り憑いた。もう、誰も信じられない。次に殺されるのは、自分かもしれない。
震え、泣きじゃくる仲間たちを前に、僕は唇を噛みしめた。このままじゃダメだ。待っているだけでは、一人ずつ殺されていくだけ。
僕は、探偵団の仲間たちの前に進み出た。
「もう、誰も死なせたくない」
恐怖を振り払うように、僕は宣言した。
「僕たちが、この謎に挑む。犯人を、必ず見つけ出す」
僕の宣言に、タカシが拳を握り、アカリが強く頷いた。ヒロキはすでにノートパソコンを開き、島の情報を分析し始めている。
僕ら東京少年探偵団の、絶望的な状況下での捜査が始まった。
「犯人は、島の伝承に見立てて殺人を犯している。なら、その伝承について詳しく知る必要がある」
僕らは、館で最も情報がありそうな図書室へと向かった。埃っぽい部屋の空気が、まるで何十年も前の秘密を閉じ込めているようだった。
手分けして本棚を調べていく。ヒロキが、この島の歴史を記した、一冊の古い郷土史を見つけ出した。その中に、この月影荘にまつわる、ある記述があった。
『初代島長、その娘を島民に殺され、復讐を誓う。館に数多の仕掛けを施し、自ら命を絶つ』
「復讐…」
その言葉が、雷のように僕の頭を撃ち抜いた。
さらに、アカリが図書室の奥で、壁に埋め込まれた金庫を発見した。開けられるはずがない。諦めかけた時、郷土史にあった島長の逸話をヒロキが思い出した。
『島長は、猜疑心のあまり、最も大切なものの名前を、鍵の番号にしていた』
最も大切なもの。それは、彼が本土から連れてきた、一人娘の名前。
「小夜子…つまり、3、4、5……」
ヒロキがダイヤルを回すと、重い音を立てて金庫の扉が開いた。
中には、島長の古い日記帳と、一枚の写真が入っていた。
写真を見て、僕らは息を呑んだ。何十年も前の、知らない家族の写真。でも、その隣に、見覚えのある老婆が写っていた。今の、月影荘の管理人だ。彼女は、何十年も前から、全く歳を取っていなかった。
日記には、娘を殺された島長の、狂気に満ちた復讐の誓いが綴られていた。
「…わかった」
ヒロキが震える声で結論を告げた。
「犯人は、この館の管理人。あの老婆だ。彼女は、五十年前の復讐を果たすために生き続ける、人間ではない何かなんだ」
超常的な存在。それならば、怪力で先生を殺害することも、誰も気づかないうちに沙織ちゃんを井戸へ連れ去ることも可能だ。密室トリックも、この館の仕掛けを知り尽くした彼女なら造作もないはず。
僕らは、犯人の正体が分かったことに、わずかな安堵の色を浮かべていた。
「とにかく、あの老婆には絶対に近づかないようにしよう」
「皆で固まっていれば、襲われることはないはずだ」
僕らは、ひとまずの結論を得て、調査を切り上げた。あとは、残りの数日間、老婆から身を隠し、船の到着を待つだけだ。
だが、僕らの淡い期待は、談話室の扉を開けた瞬間、地獄へと突き落とされた。
調査に参加せず、部屋で待機していたはずのクラスメイト二人が、血の海に沈んでいた。
一人は背中をナイフで刺され、もう一人は、テーブルに突っ伏したまま、口から泡を吹いて死んでいた。カップに残った紅茶が、不気味に揺れていた。
呆然とする僕らの後ろから、ひょっこりと老婆が顔を出した。
「あらあら、夕食の準備をしておりましたが、何か騒いどおすな」
彼女の手は、小麦粉で真っ白だった。ずっと、厨房にいたという完璧なアリバイと共に。
ヒロキの推理は、根底から覆された。犯人は、老婆じゃない。この中にいる。僕らが調査に夢中になっている間に、仲間を二人も、冷酷に殺した殺人鬼が。
僕のせいで、皆を危険に晒してしまった。僕らの、浅はかな推理が、新たな犠牲者を生んだんだ。
捜査は、完全に振り出しに戻った。いや、状況はもっと悪くなっていた。誰もが、隣にいる友達の顔を、殺人鬼の顔と重ねて見ていた。疑心暗鬼が、濃い霧のように僕らの心を覆っていく。アカリでさえ、時折、不安そうな目で僕を見ていた。
翌朝。
嵐が過ぎ去った後の島は、嘘のように静かで、美しかった。
朝焼けの光が、洗い流された木々の緑をキラキラと照らし、海の青は、どこまでも澄み渡っている。白い砂浜には、波が作った美しい模様が、無限に続いていた。
こんなにも、世界は美しいのに。どうして、僕らは、こんな場所で、殺し合わなくてはならないのだろう。
僕は、砂浜に座り込んで、膝を抱えた。思い出すのは、たった数日前の、楽しかった記憶。船の上でタカシとふざけ合ったこと。ビーチで、アカリやヒロキも一緒になって、子供みたいにはしゃいだこと。あの輝くような時間が、あまりにも遠い昔のことのように思えた。
涙が、頬を伝って砂浜に落ち、小さな染みを作っては消えていく。やりきれない悲しさと、犯人へのどうしようもない怒りで、胸が張り裂けそうだった。
その時、ふと、足元に落ちていた貝殻が目に入った。渦を巻いた、奇妙な模様の貝殻。
僕は、ハッとした。この模様…食堂の壁に描かれていた、血の呪印と、同じ形だ。
頭の中で、バラバラだったピースがはまる予感がした。伝承。復讐。五十年前の日記。そして、この呪印。違う。何かが足りない。犯人の、もっと根源的な動機が…。
その時、脳裏をよぎったのは、ケンタの事件の後、僕らのクラスで起きた、ある出来事だった。
いじめを苦に、一人の女の子が転校していったこと。
僕らは、その事実から目を背けていた。関係ないと思っていた。でも、本当にそうだっただろうか。クラスの中心グループは、あの子を追い詰めた。先生たちは、見て見ぬふりをした。そして、僕ら探偵団は…何もせずに、ただ見ていただけの、傍観者だった。
――『偽りの友に、災いを』
血文字の意味が、今ならわかる。犯人の目的は、五十年前の復讐じゃない。もっと身近な、僕らの「嘘」に対する、復讐なんだ。
僕は、館へと駆け戻った。
そして、新たな惨劇を目の当たりにする。談話室で、さらに二人のクラスメイトが死んでいた。
一人は、大量の睡眠薬を飲まされていた。彼女は、生前、保健室の薬を盗んだ嘘をついたことがあった。
もう一人は、鏡の前で、自分の喉を掻き切っていた。彼の傍には、『お前は自分のことしか考えない嘘つきだ』と書かれたメモが。彼は、自分の見栄のために、いつも嘘をついていた。
犯人は、被害者たちが生前ついた「嘘」にちなんだ方法で、殺害している。これは、ただの復讐じゃない。歪んだ正義感に基づいた、「裁き」だ。
僕は、確信した。犯人は、誰よりも僕らのことをよく知る人物。そして、誰よりも、僕らの「嘘」を憎んでいる人物。
生き残っているメンバーの顔が、一人、また一人と、頭に浮かんで、消えた。残された時間は、もうない。
「みんな、大ホールに集まって」
僕の声は、自分でも驚くほど、冷静に響いた。生き残ったのは、僕ら探偵団の四人と、クラスメイトが数人だけ。その中には、いつも静かに本を読んでいたミカちゃんの姿もあった。
僕らは、蝋燭の灯りだけが揺れる、不気味な大ホールに集まった。
「もう、終わりにしよう。こんな悲しいこと」
僕は、皆の顔を一人ずつ見つめながら、静かに語り始めた。
「犯人は、五十年前の亡霊なんかじゃない。僕らの、すぐそばにいた。そして、その目的は、僕らの『嘘』への裁きだった」
僕は、これまでの事件と、被害者たちがついた「嘘」との関連性を、一つ一つ説明していく。皆、息を呑んで僕の言葉に耳を傾けていた。ヒロキが、僕の推理を裏付けるデータを冷静に付け加えていく。
「この犯行が可能なのは、誰よりも僕らのことをよく知り、この館の構造を事前に調べ上げ、そして、誰よりも僕らの罪を憎んでいた人物…」
僕は、ゆっくりと、一人の人物を指さした。
「…あなたしかいない。ミカちゃん」
「…」
ミカちゃんは、何も言わずに、ただ静かに僕を見つめ返した。その瞳は、いつものような穏やかさの欠片もなく、底なしの闇のように、冷たく、深かった。
「…さすがだね、ユウタくん」
やがて、ミカちゃんは、ふっと寂しそうに微笑んだ。
「その通りだよ。私が、『裁き手』だ」
ミカちゃんは、全てを告白した。
転校していった女の子は、彼女の、たった一人の親友だったこと。クラスメイトたちが嘘の噂で彼女を追い詰め、先生たちもそれを黙認したことへの絶望。
彼女は、親友の復讐を誓い、この臨海学校を計画した。曾祖父が残した月影荘の日記を見つけ、大叔母である老婆を「不老の亡霊」役に仕立て上げ、協力させた。伝承に見立てた殺人は、全て、僕らの罪を暴き、僕らを絶望させるための、彼女が作り上げた舞台装置だったのだ。
密室トリックも、毒殺も、全てはこの館の隠し通路や仕掛けを利用したものだった。
「でも、どうして…。あなたの親友は、そんなこと望んでないはずだよ!」
アカリが、涙ながらに叫ぶ。
「望んでるよ!」
ミカちゃんが、初めて感情を爆発させた。
「あの子は、あんたたちみたいな『偽りの友』に殺されたんだ! だから、あんたたちも、友情が偽りだって思い知りながら、一人ずつ死んでいけばいいんだ!」
その時だった。それまで呆然と聞いていたクラスのリーダー格の男子が、獣のような叫び声を上げて、ミカちゃんに襲いかかった。
「お前のせいで! お前のせいで、みんなっ!」
「危ない!」
タカシが叫ぶ。男子が振り下ろした燭台と、ミカちゃんの間。そこに割って入ったのは、大叔母である老婆だった。
ゴッ、という鈍い音。老婆は、ミカちゃんを庇うようにして、その場に崩れ落ちた。
老婆は、ミカちゃんの頬に優しく触れると、そのまま、動かなくなった。
「いや…いやあああああああっ!」
ミカちゃんの悲痛な叫びが、ホールに響き渡った。
夜が明けた。
一隻の船が、霧の中から現れた。
悪夢の一週間が、終わった。
ミカちゃんは、泣き崩れたまま、駆けつけた大人たちに保護された。他のクラスメイトたちも、ショックで言葉を失っていた。
生き残った僕らは、言葉少なに船に乗り込む。
僕は、タカシ、ヒロキ、アカリの隣で、ゆっくりと遠ざかっていく月影島を見つめていた。
どこまでも広がる青い空と海。でも、その色は、島に来た時とは全く違う、どうしようもなく悲しい色に見えた。
僕らの青春は、たくさんの嘘と、一つの悲しい復讐と共に、あの島に永遠に葬られた。もう二度と、あの頃の僕らには、戻れない。
船のエンジン音だけが、やけに大きく、耳に響いていた。
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デスクの上の事件資料に、再び目を落とす。渦模様の貝殻。やはり、ただの目印ではない。犯人が被害者たちに突きつける、罪の告発状だ。
あの島で俺が学んだのは、謎解きのスリルなどではない。見て見ぬふりをした罪、何もしなかった罪。その傍観という名のナイフが、時として誰かの心を深く、静かに殺すということだ。
今回の被害者たち。彼らもまた、誰かの心を殺した「傍観者」だったに違いない。犯人は、ミカと同じように、歪んだ正義感で「裁き」を下している。
俺はコートを羽織り、立ち上がった。
あの島で失われた青春が、今も俺の背中を押している。
「偽りの友に、災いを」
その言葉の本当の重さを、この街の誰かに思い知らせる時が来たようだ。
ドアを開け、俺は湿った夜の街へと踏み出した。