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銀喰ノ記  作者:
月山富田城
80/86

10-3 病室3

 日を追うごとに、嫌な予感が増した。

 栗原様は変わらずよくしてくれるし、藤姫様も毎日来る。

 それでも、いい方向に進んでいるわけがないと感じてしまうのは、刺々しい視線が絶えず小十郎を見張っているからだ。

 何か悪さでもするのだろうと、確信しているかのような目だ。

 そんな事はないと主張したくても、そもそも彼らが近づいてくることはなく、小十郎が距離を詰めようとしても無視するか、ささっとどこかに行ってしまう。

 居心地悪いどころの話ではない。

 怪我で身動きにも苦労する間、細々とした身の回りの世話をしてくれるのは彼らだ。

 できることなら友好的にと思うのに、日常の会話ですらままならない。

 避けられているのは仕方がないのかもしれない。

 問題はその中に、敵意が混じっていることだ。

 小十郎は、無言で部屋を出て行く小者を見送って、溜息をついた。

 今のところ、直接命にかかわるような問題は起こっていないが、些細な嫌がらせはされている。

 こんなところに長居したくなかった。


 コツン。

 どこからか物音がした。

 小十郎ははっとして顔を上げた。

 わざとなのか、小者は開けっ放しで部屋を出て行ったので、廊下のほうまで丸見えだ。

 その向こう、庭先に見覚えのある男が膝をついて控えていた。

 半助だ。

 この男は大殿の手の者なのだ、とりわけ用心が必要だ。

 小十郎はさっと周囲を見回してから、軽く手招いた。

 半助はその場で丁寧に頭を下げ、滑らかな動きで近づいてきた。

 そういえば、実際に山中御殿から大殿を救い出したのはこの男だ。

 小十郎ではなく、彼こそが優遇されてしかるべきだろう。……針のむしろ状態がいいかどうかはさておいて。

「怪我はないか」

 半助が何かを言う前に、この男が負傷していないことを確かめた。かなりの無茶ぶりをしたから、ずっと気になっていたのだ。……人の事をいう資格はないんだけど。

 半助は視線を下げたまま、「はい」と小声で返してきた。

 小十郎はほっと表情を緩めた。

「そうか」

 礼を言うのも違う気がして、軽く頷きかけるにとどめる。

「ご伝言を預かってまいりました」

 この男がここに来たのは、大殿に命じられたからに違いなく、改めて居住まいを正す。

 背筋を伸ばせば、あらゆるところが痛むが、辛抱できなくはない。

「明後日、お迎えがいらっしゃるそうです」

 迎え? 伝八だろうか。

 忘れられていなくてよかった。このまま完治までここにいるのかと心配していたのだ。

 ……いや待て。大殿が小十郎ごときに、わざわざそんなことを伝えてくるだろうか。

 また何か厄介ごとではないか?

 意識が戻ってから今日で五日目なので、さすがに手を動かした程度では痛まなくなったが、まだまだ思うように身体が動かない。お役に立てるとは思えない。

 よくよく聞いてみたところ、大殿自身が療養先を城から別のところに移すらしく、何故か小十郎もそれに同行しろということだった。

 えええ……なんでだよ。遠慮したいんだけど。

 確かに、富田城は山のてっぺんにあるので、療養するには向かない。

 山城はそもそも人が住むようにはなっておらず、小十郎はともかくとして、大殿や姫君たちにとっては不便ではあるのだろう。

 だからといって、小十郎にまで気を遣ってくれなくてもいいのに。

 半助はそれだけ言って去ろうとした。呼び止める理由はすぐには思い浮かばなかったから、小十郎もそのまま見送ろうとした。

 だがその前に、半助は何かに気づいたようなそぶりを見せた。

 小十郎も、数秒おいてその理由がわかる。

 足音が聞こえるのだ。小十郎を無視する使用人たちのものではなく、栗原様や藤姫様のものでもない。見舞いの客でもなさそうだ。

 というのも、ダンダンダンと、もの凄く荒々しい足音だったからだ。

 とっさに、逃げ出したい衝動にかられた。

 それは正しい本能ではあったが、まだ身体が思うように動かず、素早く行動に移せない。

 開け放たれた障子の、見えない方から誰かが近づいてくる。

 ここが二の丸だということと、足音の荒さから言っても、身分は相当高く、間違いなく小十郎など木っ端だ。

 どうしよう……と周囲を見回し、縋るように半助を見た。

 半助はすぐにも立ち去りたそうだったし、実際そうしようとしていたが、懇願の目で見つめると少し考え、浮かせていた腰を静かに下ろしてくれた。

 それだけでもいくらか心強い。

 やがて現れたのは、どこか見覚えのある容貌の若い男だった。

 とっさにそれが誰かわからなかったのは、小十郎が知る尼子家姉弟、藤姫様と宗一郎のふたりと、あまりにも似ていなかったからだ。

 だが身なりが良いし、なにより栗原によく似ている。

 正体は定かでなくとも、尼子家のお方だというのは確実で、確実に身分は上だ。

 小十郎はあばらの痛みを堪えて、正しく貴人を迎える所作で頭を下げた。

 故に、その後の男がどういう表情をしていたのかはわからない。

 もの凄く怒っていたから、叱責されるのだろうという身構えはあった。

「……大江小十郎か?」

 しばらくして、いくらか戸惑ったような口調で声を掛けられた。

「はい」

 もちろん顔を上げたりはせず、即座に是と返す。

 誰かが咳ばらいをした。たぶん、目の前の男ではない。

「顔を上げられよ」

 そう言われ、小十郎はおずおずと上半身を起こした。思わずわき腹に手をやりそうになったのは、痛みが走ったからだ。それはかろうじて耐えたが、苦痛の表情を我慢することはできなかった。

「あー、臥せっているところを済まぬな」

 とりなすようにそう言ったのは、栗原によく似た容貌の男に従う、彼よりも少し年上の男だった。

 小十郎は、ちらりとふたりを見はしたが、すぐに視線は下げた。

 特に先頭を突っ切って、足音も荒く近づいてきた男は、誰の目にもわかるほど立派な身なりで、城中で刀も所持している。

 逆らっていい相手ではない。

「臥所に戻ってはどうか? 顔色が悪いが」

「虎之助」

 緊張と痛みで、おそらくは相当ひどい様子に見えるのだろう。虎之助と呼ばれた年長のほうが気遣うようにそう言ってくれたが、荒い足音の主がそれを乱暴に遮った。

「この者は父上と藤乃に付けこみ、たぶらかした佞臣ぞ」

「とてもそのようには見えませぬが」

「か弱きふりをして油断させようとしているに違いない!」

 ……うわぁ。

 女中や小者らにそう思われているのはわかっていたが、面と向かって言われるとさすがに引く。

 違うと言い訳したくてたまらなかったが、ぐっと飲み込んだ。

 相手の正体がわかってしまったからだ。

 おそらくはこのお方こそが、尼子家の当代当主。

 大殿の嫡男であり、宗一郎の兄君だ。

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― 新着の感想 ―
虎之助さんは苦労が絶えなさそうですね…。 ┐(´д`)┌
大河毛利元就で尼子家を脳内再生。重篤の晴久は緒形拳、高嶋政宏を倫久に配役替え。義久は中村獅童のまま、藤乃姫は岩崎ひろみ・・・小十郎は元就に出演がないので龍馬伝から引っ張ってきて佐藤健でどうか。
あっこいつアホや、と読者に理解させる解像度の高さよ。 こんな嫡子で大丈夫か大殿。 ……大丈夫じゃないです(史実)
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