9-5 月山登山口
半助は、伝八の居場所を教えてくれて、案内してくれるとは言ったが、それがどういう意味を持つのかもっと考えておくべきだった。
「……本気でここをいくのか?」
富田城へ向かう道は複数あるが、半助が示したのは鋭角の山道で、確かにこれだと主要な関所、それこそ山中御殿やその先を迂回できるのだろうが、どうにも常人が進むべき道には見えない。
仙ノ山での登山を思い出し、結果起こった地滑りの、危うく死にかけた時のことを連想した。
きょろりと周囲を見回して、疑わしげにまじまじと獣道を見る。
「富田城の防備は固く、抜け道は多くありません」
「抜け道ではなく、真正面から訪問するつもりだったのだが」
半助は小さく首を傾げた。
お互いに顔を見合わせて、認識の齟齬があったのだと気づく。
「それは申し訳ございませぬ。我らに頼むということは、そういうことだとばかり」
「ああうん。それはこちらも悪かった」
低頭して謝罪しようとするので、軽く手を振って小十郎も謝ると、半助は意外なものを見る目でこちらを見下ろし、視線が合ってはっとしたように顔を伏せた。
小十郎は気にせず続けた。
「とりあえず伝八の安否と、引き取りたいのだということを申し立てるつもりだ。予想だが、いろいろと面倒なことになるだろう。だが、一度城内に入ってしまえば、動きようもあるはずだ。いざというときの道案内を頼む」
「大江様」
咎める口調でそう言うのは、先ほどより上等の着物を身にまとった侘助だ。
小十郎はにっと口角を引き上げた。
「違うぞ、侘助。小助だ」
「……もっとよきお名があったのでは」
「伝八の息子の小助だ。いいじゃないか」
「はぁ」
名などどうでもいいのだ。実際に福船屋の者として城に入り込めさえすれば。
追い返される心配はしていなかった。伝八を殺したいほど邪魔だと思っている者も、大殿側の派閥の者も、福船屋の者が何をしに来たのか知ろうとするはずだからだ。
「随分と大胆なお方で」
顔を背けて侘助がつぶやくのが聞こえた。そんなこと初めていわれた。小心者で臆病という自らの気質は、大胆とは真逆だ。
だが、そう見えるのだとしたら……もっと慎重になるべきだろう。
「わかっている。福船屋の瑕疵になるようなことはしない。まずは正攻法だ」
そうだな。できるだけ人目が多い方がいい。理想は、出入りの商人や城の端などが大勢いる場所だ。そこで伝八が負傷して、面倒を見てもらっていることへの言及をして……。
すぐに伝八と合流できるならばよし。時間がかかるようなら先に目代様とつなぎを取るべきか。
宗一郎は係わることを避けたいと言っていたが、さりげない助力ぐらいは頼めるだろう。こっそり融通を利かせてもらうとか……ああそうか。
小十郎はちらりと半助を横目で見た。「さりげない助力」か。目代様はすでに動いてくださっているのかもしれない。
山中御殿は、月山の中腹にある書院造の屋敷だが、もちろんそこでさえ、商人がいきなり訪問しても中に入ることはできない。
訪問者はまず登山口近くの下屋敷で、諸々の手続きなどをしなくてはならないのだ。
日用品を搬入する者はここまで。山中御殿に立ち入りを許されるのは、手代や番頭ではなく御用商人本人と、その付き人数人が精々だ。
日没が迫った刻限、荷を従えた商人たちが、門前に列を作っている。
今の刻限だからそうなのか、昼からずっとこの調子だったのかわからないが、その列はじりじりとしか進まない。
このままだと陽が落ちる。夜になって商人の出入りが許されるとは思えない。どの段階かで、門が閉ざされることもあるのかもしれない。
「この刻限に、山岡さまと約束をしているのです!」
待ちくたびれた商人が、門兵たちに向けて声を張る。
「順番を待て」
門兵はすげなくそう言い捨てて、知らぬふりをして顔を背けた。
「ですが!」
商人は門兵に詰め寄ろうとしたが、ガシッと長槍が交差されゆく手を遮られる。
小十郎は息を飲んだ。乱暴なことになるのではないかと身構えたが、腕を掴まれ口をつぐむ。
「……」
振り返って侘助を見た。軽く首を振っている。
侘助は懐に手を入れていて、取り出したのは、明らかに袖の下とわかる銭の袋だった。
見れば同じように、他の商人たちも懐に手を入れている。
ここでも袖の下か。賄賂は決して褒められたものではないが、ほぼ慣習となっているようだ。
小十郎は黙って顔を伏せ、急に進みが早くなった列の流れに沿って、足を踏み出した。
「ふ、福船屋小助にございます」
いかん。つい本名を名乗りそうになった。下屋敷の門を通るために名乗り、ジロジロと見られて愛想笑いを返す。
「父が倒れたという知らせを受け、参りました」
意図して大きな声を張った。近くにいた商人も、門兵たちも、そろってこちらに注目する。
福船屋。倒れた。その言葉が彼らの耳にどう届いたのかはわからない。だがこれも一手。
注目を浴びて驚いた顔を作って、きょろきょろと視線を泳がせた。
「これ以上のご迷惑をおかけするわけにはまいりません。すぐにも引き取りたいのですが」
もちろんここで頭を下げる。小十郎の後ろで、ついてきていた侘助と半助と福番頭たちも同じように頭を下げている。
「あのう……父がどこにいるか、御存知ではないでしょうか」
「いや、知らぬが」
門兵たちは真顔で首を横に振るが、侘助が更に袖の下を追加すると、無意識のうちにだろう、にんまりと唇がほころんだ。




