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銀喰ノ記  作者:
月山富田城
64/86

9-4 富田城下町4

 先ほどまでは強い茜色の西日が差し込んでいたが、障子越しの日差しは陰りを見せ始めている。

 夜になる前に動くべきだ。

 小十郎は、漂う不穏な雰囲気を押して話を進めようとしたのだが……うまくいかなかった。

 無言の圧を掛けられて、言葉が詰まってしまったのだ。

 特に、半助の手が懐に入った時点から、室内の空気が刺々しい。

 勘弁してほしい。少なくとも小十郎には、こいつらと敵対する意図はない。

「やめておけ」

小十郎は、誰に言うともなく呟いた。

「ここで争う意味はない」

 ぴたり、と何かが止まった。張り詰めた糸が急に切れたような錯覚さえあった。

 「ふう」と息を吐いたのは侘助だ。

 小十郎の注視を浴びていた半助も、すっと懐から手を出した。

「ただ待っているだけでいいと思うているわけではございません」

 侘助はそう言って、一度だけちらりと半助に目をやってから小十郎に頷きかけた。

「旦那様のことは、手前どもで何とか致します。大江様のお手を煩わせるわけにはまいりませぬ」

 つまりは、余計な口を挟むなということだな。

 小十郎が侘助の立場だったとしても、同じことを言うだろう。いかにも非力な小僧一人に、何ができるというのか。

 だが小十郎には小十郎の御役目があった。宗一郎の文を、何としてでも大殿のもとへ届けなくてはならない。

 それには、この男たちの助力が必要だった。

「伝八は三の丸にいるそうだ」

「三の丸ですか? 山中御殿ではなく?」

 小十郎が、忍びの半助から聞き出したことを告げると、侘助が驚いたようにそう返してきた。

 富田城は、小十郎が見上げた山頂付近にある一の丸と、それに連なる二の丸、兵の詰め所がある三の丸など、多重の曲輪によって構成されているそうだ。

 侘助が言った山中御殿はもっと山裾の方にあり、そこが尼子家のまつりごとの中枢だ。

 伝八は商人なので、城の奥の方に用はないはずで……いや、備蓄などの御用聞きがあったのか? 確かなことはわからないが、侘助が驚いていたぐらいだから、三の丸に行く用事などなかったとみていいだろう。少なくとも、通常の行動範囲ではなさそうだ。

「大殿に取り次いでもらうはずだった。そのことでなにかあったのかもしれない」

 小十郎のつぶやきに、誰もが重く口を閉ざす。

 侘助だけではなく、福船屋の者たちの大半は大殿が病に倒れたことを知っているのだろう。

「いつも御贔屓にしていただいておりました」

 しばらくして、侘助が沈んだ口調でそう言った。

 伝八は共を二人連れて山中御殿に向かったそうだ。尼子家の御用聞きとして、もう十年来、同じように訪問していた。今回も、大殿が病で倒れたという公表されていない事情があるだけで、御用商人の出入りに問題はないはずだった。

 だが襲撃を受けた。それはつまり、誰かが伝八の存在を脅威に感じていたということだ。強硬手段に打って出たのが、よりにもよって大殿が倒れた今だというのが不穏だ。

 小十郎は小さく頷いた。

「一刻も早く、伝八を引き取りに行った方がよい」

 言っては何だが、たかが御用商人だ。護衛の兵など置いてくれないだろう。生き延びたと知れば、再び襲われる可能性は高い。

「……三の丸ですか」

 侘助は深刻な口調で唸った。

 何かの罪を犯して囚われているわけでもないのに、商人である伝八が三の丸に留め置かれているのは何故だ。

 良い面を見れば、兵舎があるので身の安全を確保できる。悪い面を見れば、確実に伝八の口をふさぐことができる。いや、もしかすると目的は両方なのかもしれない。どちらにせよ、商人である伝八にとっては綱渡りになるだろう。

 だが、一刻も早く保護したいのは山々でも、商人は城の中に立ち入るのさえ難しいのだ。

 侘助らが手をこまねいていたのも、きっとそれが理由だ。


「……お似合いです」

 商人風の着物に着替えた小十郎を見て、侘助が複雑そうな口調でつぶやく。

「そうか?」

 帯刀せず、袖口も袴も武士のものより細身なので、普段より随分と身軽だ。

 小十郎がまんざらではない口調で返すと、侘助は何か言いたげな顔をしたが、結局はだまって頭を下げた。

 もとより、使う予定のない刀は不要だ。ないほうが行動が楽まである。

 帯刀していることが武士の証しのようなものなので、普段から重い刀を二本ぶらさげているのだが、無しでいいならこれからもこれでいきたい。……母と小菊にこっぴどく叱られそうだけど。

「大江様の御用の件は承知いたしました。ですが、福船屋の看板を背負って登城する限り、不審に思われるような行動はお控えください」

「わかっている。さりげなくやる」

 任せておけ、と言い切るまでの自信はないが、とりあえず城に入らなくては何もできない。

 これからの目標としては、まずは伝八と合流する。伝八の助言を聞いて、大殿に会える方法を探す。あるいは、目代の松田様がいらしているなら、御用商人としてあいさつをする。

 小十郎の最終目的は、たいした内容でもないこの文を、大殿に渡すことだ。

 その時の小十郎は、事態を単純に考えていた。

 悪筆に近い文のどこも問題はないと信じていたからだ。

 何かを強請っているわけでもなく、重要なことがしたためられているわけでもない。離れた地にいる息子が、病身の父に宛てたなんということもない文だ。そう大きな問題になることもないはずだった。

 だが世の中には、ただの石の並びにさえ陰謀じみた意味を持たせたがる者がいる。

 悪意は、重箱の隅をつついてでも難癖の種を見つけ出してくるのだ。

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― 新着の感想 ―
またえらく不穏な文章で次回に続く (*﹏*;) 商人にやつして小十郎忍びに弟子入り〜 刀は置いて行っても、懐剣あたりは持っていったほうがいいと思う。 あるいはロマン武器手裏剣とか苦無とか…。まあ、流…
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