1-5 崩落3
竹内や他の上役たちが目こぼしをしても、鉱夫たちがこの場にいることを許されたのは夕刻までだった。
怪我人のうち自力で歩ける者は治療が済み次第、重傷者は仲間が背負子で石銀地区まで運んで戻ることになる。ここから石銀まで、山道を一刻近く歩くのは大変だろう。
それでも、医者の治療を受け、薬をもらえた者は幸運なのだそうだ。
熱が出ても怪我をしても、医者に診てもらうことなどまずないというが、死にたい者がいるはずもない。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
瀬川の周囲を大勢が取り囲み、感謝の言葉を告げている。
「よいから早う石銀に戻れ。お偉いさんの気が変わらぬうちにな」
瀬川はそう言って、ニコニコと笑っているが、事はそれほど簡単ではない。見過ごされたようでも、後で叱責されるかもしれない。いや叱責で済むならいいが……。
小十郎は、あの場で名乗り出ることが出来なかった自身を恥じた。
「……あの」
正直に言うべきだろうと、瀬川に声を掛けようとしたのだが、何事もなかったかのように肩を叩かれた。
「すまぬが、明日は被害の確認をせねばならん。つきあってくれるか」
「はい」
その言葉にほっとした。責任を擦り付けてしまったが、怒ってはいないようだ。
「どのあたりが崩落したのですか?」
小十郎の問いかけに、瀬川は肩をすくめる。
「それを確かめに行くのだ。ここ何年も、これほど大きな事故はなかったそうだが」
ちらりとみた鉱夫たちが小さく頷いている。
なんでも、仙ノ山は岩山だから、基本的には地盤が頑丈なのだそうだ。岩の中をくり抜くようにノミで掘り進めるので、想像していた土砂崩れとは違って、土で埋まるのではなく岩に押しつぶされる事になる。
今回の崩落で崩れたのは主に入口付近で、奥のほうにはまだ取り残されている鉱夫がいるだろうとのことだ。
「明日まで待っても大事無いのですか?」
「うーん、だが夜だしなぁ」
坑道はそもそも明かりのほぼない暗闇だ。昼も夜もないのではないか。
小十郎は、もう一度鉱夫たちの表情を盗み見た。
彼らが生きているかもしれない仲間を掘り出したいと思っているのが伝わってくる。
「坑道は真っ暗でしょう。夜なのは問題ないのでは?」
「また崩れるかもしれぬだろう」
それはそうだ。掘ってある坑道が崩れたのだから、その部分に手を出すのは危険だろう。
だが……生きているかもしれない者たちを見捨てるのか?
知識も経験もない小十郎には、それが正しいか否かの判断ができなかった。
「よし、あらかた捌けたな」
瀬川はもう一度小十郎の肩を叩いてから、荷物を片付け始めた医者の方へ歩いて行った。
反射的についていこうとしたのだが、無言で立ち尽くしている三人の鉱夫頭の存在が気になって足が止まった。
「……明日で間に合うのか?」
ひたすら無言のままなので、こちらから声を掛けると、三人は初めて気づいたという風に小十郎を見下ろした。
鉱夫は三十で長生きだと言われるそうだが、彼らはもう四十を超えているように見える。いや五十に近いかもしれない。
皺の多い顔は色濃く日焼けをしているから、今は実際に坑道にこもっているのではなく、鉱夫の束ねの役割が主なのだろう。
「……間に合うわけがない」
頭のひとりがぼそりと言った。
「お侍はそんなもの気にもせんのだろう」
「五郎左」
最年長に見える男が制止して、不満を漏らした五郎左はむっつりと口をつぐむ。
小十郎はさっと周囲を見回してから、暗くなり始めた山を見上げ、「おおい、小十郎!」と彼を呼ぶ瀬川に手を振って返した。
「明け方までは近づく者もいないだろう」
夕暮れが深まると、赤茶げた風景も普通の山と見分けがつかなくなってくる。
「……気づかれないようにな」
ぼそりとつぶやいた声は、暗さと強めの風の音に紛れて消えた。
心配なのは二次被害だが、そんなことは小十郎が言うまでもなく本職の彼らの方がわかっているはずだ。
小十郎は言い置いて、瀬川のもとへと向かった。
鉱夫頭らがどういう顔をしていたのか、暗くてよく見えなかった。
医者と話している瀬川の顔を見て、思い出したのは例の男の事だ。
丸太の橋を落としてしまったことも、忘れていたが報告するべきだった。
橋はひとつではないので、少し下流に行ったところを渡れば問題なく町に戻れるだろうが、それよりも気になるのは小十郎を追いかけてきたあの男。
瀬川とどんな関係かわからないが、穏やかな雰囲気ではなかった。
事情を聴くべきか? 無関係を貫くべきか?
あの時、小十郎を追いかけてきた目つきには殺意があり、あわや殺されるのではと肝が冷えた。瀬川には伝えておくべきだろう。
「実は……」
医者も目撃者だから、ちょうどいい。町中から橋のところまで追いかけられた話をすると、瀬川の表情がこわばった。
「何か言っていたか?」
「いえ、待てと言われましたが、それ以上は」
医者とその弟子たちも、見たままを伝えてくれたので、ますます瀬川の顔つきが険しくなる。
何かあるのかと尋ねた方がいいのだろうか。
だがそれを口にするより先に、薬屋に言われたことを思い出した。
「なんでも、町に間者らしき者が紛れ込んでいるようです」
「おお、それはワシも聞いた」
同調してくれた医者とその弟子たちも、いかにも不審な武士を何人か、宿場で見かけたそうだ。
瀬川は、まだ髭の薄い顎をするりと撫でた。
「ですが、あの追ってきた男は、先ほど詰め所のところで見かけましたよね? 割符を持っているということではないのですか?」
間者が町中だけではなく、鉱山にまで入り込んでいるとなれば、それは大問題だ。
だがしかし、瀬川は小十郎のそんな危惧に顔を横に振った。
「いや、あの男は間者ではない」
「……違うのですか?」
「相場様と竹内殿の関係者だ。よく話しているのを見かける」
「それは」
いま、もの凄く危険な事を聞いてしまった気がする。
聞かなかった事には出来ないかと視線を泳がせるが、興味津々の医者の表情を見て手を額に当てた。
瀬川だけではなく、小十郎にも危害を加えそうだったあの男が、上役たちとつながっている?
それはちょっと、いやかなりヤバい状況ではないか?
「だが、逃げ出したのだな? ならばやりようはある」
瀬川はニヤリと笑って、関所の方へ向かって大股に歩き始めた。
いったい何が起こるのかと、不安を覚えながら小十郎も後を追う。
その後瀬川は、関所の兵たちに、不審者への警戒を怠るなと警告した。
そして符丁を持っていようとも、出入りの際には手書きでその理由と出入りの刻限を記録するようにと徹底した。
割符を持っている間者がいるのなら、そこでふるいに掛けることが出来るということだ。
おかげで関所は一晩中煌々と篝火が焚かれ、出入りは一層厳しくなった。
あとから気づいたのだが、普段彼らは夜間の鉱山の巡回をしている。だがこの晩は不審者を警戒していて、主に関所の外を見張っていたそうだ。
おかげで、鉱夫たちが夜間にこっそり仲間を掘り出す間、見とがめられることはなかった。
大きな何かがあって、小十郎君はその一端に触れそうになっています
まだ全貌は見えません
というか、小十郎君は関わりたくないと逃げ腰です