6-6 鉱山奉行所外3
問題は、どうやって焙烙玉に火をつけるかだ。
おそらく坑道や詰め所の時には、誰かが直接火をつけたのだと思う。
木箱に詰められた現物を見た与力頭と幸田によると、念入りに箱詰めされ油紙に包まれ、更には木くずで隙間を埋められているそうだ。
筵や木くずはともかくとして、頑丈な木箱の中に火が通るまでには時間がかかるだろう。
若干の知識がある与力頭の久本によると、通常の焙烙玉は手に持って投げることが出来る大きさなのだが、箱詰めされていたものは子供の頭の大きさほどもあるそうで、導火線に火がつくまでに時間がかかる可能性が高い、とのことだった。
たとえば、筵に火矢などで火をつけたとしても、それが焙烙玉に届くまで燃え続けるだろうか。
目にした三沢の兵は、即座に消そうとするに違いない。
「そもそも、焙烙玉だけでは、崖を崩すのは難しいはずだ」
さらには信じがたいことを言い始める。
いや、坑道の入口付近で爆ぜて、大きな被害が出たぞ。
「戦で見た限りだが、壊せるのは柵程度。それより恐ろしいのは、耳が壊れそうなほどの爆音と、大量に人死にがでることと……火だ」
確かに火が出た。爆ぜた時の音というか、地響きは感じた。
だが、あれだけの振動、まるで地面が割れるかのような衝撃があったのに?
「音だけ?」
「音と、煙と……臭いだ。あと、近くの兵の身体を切り裂き、ものを燃やす」
孫九郎はまじまじと与力頭を見上げて、いやそんなはずはないと否定の言葉を上げようとした。
人の身体を容易く切り裂くのなら、壊せるのが柵程度というのは嘘だろう?
だがそれが声にならなかったのは、幸田の顔色がすさまじいことになっていたからだ。
「組頭?」
小十郎が呼びかけると、露骨にギクリと身をこわばらせる。
「なにか心当たりでも?」
幸田は忙しなく左右に目を泳がせ、尼子方の武士たちが不審を強めるのを見て、小十郎は心臓がバクバクと脈打つのを感じた。
思い出したのだ。
怪我人の多くが、岩に身体の一部をつぶされたような怪我だったが……そう、片目に木片が突き立った男がいた。木片だ。しかもあれは角材の一部のように見えた。まさに身体を切り裂く傷だ。
その時はおかしいとは思わなかった。坑道には支えの為などに多く材木が使われているからだ。
だが、焙烙玉に坑道を崩す程の威力がないのだとすれば、あの怪我は? 崩落にではなく爆発に巻き込まれたということか?
大勢の身体をつぶした大量の土砂は、どこから来た?
「……まさか」
「ち、違う」
まだ何も咎めたてていないのに、幸田は真っ青な顔で首をった。
詳しいことを問いただしている時間はなかった。
幸田が示した場所の炮烙玉を使うのなら、今すぐに動かなければ間に合わない。
小十郎は両手で頭を抱えた。
もし与力頭が言う通りなら、仮にうまくその木箱が爆ぜたとしても、道を塞ぐほどの爆発にはならないということだ。
単純に武器として使うか? 何人かは巻き込むことはできるかもしれない。だがそれで軍勢が止まるとは思えない。
「組頭」
両手で頭を抱えたまま、小十郎は言った。
「隠し坑道はふさがりましたか」
返答などあるはずはない。だが構わず続ける。
「事故より前に、坑道の保全、あるいは補強などの名目で普請をしたのでしょう」
沈黙が答えだった。
焙烙玉をしかけたとしても、それだけで完全に坑道を塞げるとは限らない。仮に与力頭が言うような威力ならなおのこと。
仙ノ山は岩の層が多い。今回崩れたのは、硬い岩の上を覆う土だったと聞くが、言われてみれば簡単に崩れるものではない。
確実を期すために、「何か」をしたはずだ。それはきっと、大掛かりなものだったに違いない。
山師たちは、あるいは五郎左たち鉱夫は、そのことに気づいていただろうか。
……ああ、それもあっての口封じか。
鉱夫たちは自らが巻き込まれる仕掛けを、自らの手で作ったのだ。
人為的に坑道を塞ぐためのものだと、ぱっと見でわかるようではいけない。だが、何かのきっかけで発動すれば、地崩れのようなものを起こせる仕掛けだったのだろう。
焙烙玉はそのきっかけだった? いや、目くらましにすぎない可能性もある。
ぎゅっと目を閉じる。吐き気がする。
もはやこれは「もしかすると」ではない。すべては本城家の策だ。敵がひそかに焙烙玉を仕掛けることはできたとしても、大掛かりな普請工事をするのは不可能だからだ。
隠し坑道が露見しそうになったらこうすると、あらかじめ決められていたのだろう。
小十郎は頭を掻きむしる手を止めた。
顔を上げる。まだ顔色の悪い幸田と目があう。
「他には?」
小十郎は馬場の手にあった地図をすっと抜き取り、幸田に突き付けた。
「他に、普請をしたところは?」
幸田は青ざめこわばった顔で固まってしまって、身動きひとつしない。瞬きも息もせず、ただ細かく唇だけを震わせている。
その目がゆっくりと地図に向き、尖った喉ぼとけがゴクリと上下する。
この分だと幸田は何も知らなかったのかもしれない。崩落事故を聞いて、やはり地盤が緩かったのだな、ぐらいに思っていたのかもしれない。
だがすでにもう知ってしまった。
本城の殿は、鉱夫たちだけではなく、その場にいた可能性のある幸田ら役人たちを巻き込んでも構わない、むしろ同時に口封じしようとしたのだ。
……もうだめだ。
小十郎はこの時点で、完全に主家を見限った。