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銀喰ノ記  作者:
仙ノ山2
42/86

6-5 鉱山奉行所外2

 負傷者に話を聞きに行った馬場が、与力頭と話しながら足早に奉行所から出てきた。

 どうやらどこで迎え討つか話し合っているようだ。

 そもそも鉱山に残されていた尼子兵は二十人程度。うち五人が負傷。二人が死亡。

 つまり残された十数人だけでここを死守しなければならない。

 敵は三百。鉄砲も持っているとなれば……無理だ。絶対に無理だ。

 だが二人とも逃げるつもりはないようだった。山吹城まで半刻ほどの距離なのだから、いったん本隊と合流するのが合理的なんじゃないかとは思うが。

 小十郎にしてみても、ここが抜かれたら次は大森の町だとわかっている。なんとしても食い止めたいが……正直この数では難しい。

 厄介なのが鉄砲で、どの程度が射程になるのかさえわからない。とはいえ焙烙玉のように大規模な被害がでるようなものではないから……焙烙玉?

 ふと、五郎左の顔が脳裏を過った。あの男に探させた焙烙玉は、結局見つかったのだろうか。

 まとまりのない考えにとらわれ、しばらく立ち尽くした。

 ゆっくりと目をしばたかせる。深刻な表情の男たちを見回し、それから空を見上げる。

 赤茶の木々と対照的に、今日の空はどこまでも青く、済んでいた。

「幸田殿」

 若干ぼんやりとした声で、隣に立つ男に声を掛ける。

 やけに言葉少ない幸田は、三沢の襲撃をどう思っているのだろうか。尼子がここで崩れることを望んでいるのか?

「三沢と本城家は組んでいるのでしょうか」

 だとすれば、本城は尼子から離反するつもりでいるのだろう。

 隠し坑道がそもそもそれを目的にしたものなら、小十郎や幸田が尼子に味方するのは裏切りなのかもしれない。

 だが公的には、本城家はあくまでも山吹城の城番城主だ。そこに攻め込んできた三沢軍を迎え撃つのに、何の問題もないはずだ。

「……わからん」

 小十郎のきわめて微妙な問いかけに、幸田はしばらく黙ってから小声で答えた。

「殿は城番を下ろされるかもしれません」

 ぎょっとした風にこちらを見下ろす気配がしたが、小十郎はじっと空を見つめ続けた。

 いや、見ているのは雲の動き、風の向きだ。

「……ワシらは本城家の家臣だ」

「はい。ですがこの山は本城家のものではありません」

「それは」

「尼子家から遣わされた城番役にすぎないのです。不祥事が続けば下ろされるでしょう」

 ゴゥと重い風の音がした。ざわざわと赤茶色の木々がざわめく。

 鉱山特有の臭いが薄いのは、昨日今日と採掘錬成していないからだろう。

「ここで三沢を食い止めれば、殿の面目がたつのでは」

「食い止めるというてもどうやって」

 幸田の言葉が不自然に止まった。

 小十郎はようやく、空に向けていた視線を戻した。

 幸田だけではない、いつのまにか馬場や与力頭の凝視がこちらに向いていた。

「焙烙玉です」

 しばらくして、内緒話をするようにこぼした言葉に、周囲の男たちがそろって息を飲んだ。


 五郎左はちゃんと仕事をこなしていた。隠されていた焙烙玉を見つけ出し、誰かに報告しなければと思いつつ、結局その機会はなかったのだろう。後からわかりやすいよう筵を掛けていた。

 隠し坑道を探していた与力頭は、それが何か気になって中をのぞいたようで、慌てて根津様に報告を上げていた。

 詰め所の爆破が目的で、もうないのかもしれないと危惧していたが、よかった。……いや本当はよくないのだが、今回に限って言えば、貴重な武器だ。

 そして与力頭曰く、その焙烙玉は、まだ各所に置かれたままなのだそうだ。

「いや、我らだけでは全ては運べぬ」

 そんなに量があるのか?

 ともあれそういうことなら、まずは回収から始めなければならない。敵方に使われては目も当てられない。

「取り急ぎ、近場のものをいくつか集めて、山道に仕掛けましょう。一か所に仕掛けるがよいか、道沿いに間隔をあけてがよいか……三百ですよね? 全軍が細い道にいる時がいいのでは」

「いや、そんな猶予はない」

 与力頭が首を振り、馬場も頷いた。そうか、もうそれほど近いのか。

「すでに詰め所のあたりにまで来ている。筵に気づかれたら、焙烙玉を奪われるぞ」

 大量の焙烙玉が敵の手に渡ることを想像して、ぞっとした。それが大森の町に使われるのかもしれない? ……あり得ない。あってはならない。

「いや」

 不意に、これまで黙っていた幸田が口を開いた。

「一か所。ここです」

 馬場が広げていた地図に近づき、詰め所から出て山を下るあたりを指さした。

「ここの山側は崖になっていて、おそらく必要であれば山道を塞ぐことを目的に仕掛けられたと思います」

 まだ土地勘のない小十郎が思い浮かべたのは、詰め所の前の広場で、目代様が山道を登ってくる行列を見た時のことだ。

 確かに片方には山の斜面が迫っていて、もう片方は崖だった。そんなところにまで仕掛けていたのか?

 どれだけ大がかりなんだ。

「三沢が焙烙玉を仕込んだのでしょうか」

 幸田が敵愾心のこもった口調でつぶやく。

 小十郎はそれに対しての答えを一応は持っていたが、絶対に正しいとは言えないので黙っていた。

 敵なら敵で、よくぞここまでと言いたいが、おそらく仕掛けたのは本城家だ。こうやって敵に攻め込まれたときのことを想定してだろうか。

 あるいは、その敵というのは……尼子家なのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
もうね、勝ちそうな方に転職しちゃえ!って思うのですが、この時代は転職難しいですよねぇ、多分。転職代行もないしさ。 誰に向けての正義なのかがフワフワしてるとこが、なんかモヤ付きます。
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