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銀喰ノ記  作者:
大森の町
27/86

4-7 宿場通り3

 重要なのは、宿場通りにいる武士たちの素性をいち早く確かめることだった。

 町を内側から乱す尖兵なら、明け方あたりに敵襲があるだろう。あるいは尼子の影共なら、そうだと内々に申告があるだろう。味方の策の一部である場合も同様。

 ……だが、そのいずれでもなかった。少なくとも本人たちはそう主張している。

「だから申し上げておろう! 知らぬものは知らぬ!」

 威勢のいい年長の男の怒声に、「そうだそうだ」と合意の声が上がり、しまいにはドンドン! と床を拳で叩き始める始末。

 上座で腕組みをして座っている宗一郎が、下座にあつめられた素浪人風武士たちの暴挙を睨みつけるが、それでも男たちは頑として口を割らず、ただ不当な扱いを非難するだけだ。

 小十郎は目立たない位置からその様子を観察し、落ち着かない仕草で拳を握った。


 宗一郎らが駆け付け、宿場通りは封鎖された。

 だが、武装した浪人たちをそこから退かせることはできなかった。

 過剰なほどに徹底抗戦の構えを見せてきたからだ。

 宿に籠城する奴らの数は予想していたより多く、これ以上刺激すれば町中で乱戦が広がる事態になりかねなかった。それは敵の思う壷かもしれない。

 このまま数で押し、全員を拘束するのが手っ取り早いのは確かだ。だがその時はまだ、男たちの素性について確たることはわかっておらず、実力行使をして問題ないかの判断がつかなかった。

 仕方がないので、彼らの言い分を聞く場が設けられた。

 それぞれの旅籠に泊っていた武士たちが代表を出してきたので、これで何かがわかるだろうと思いきや、大きな声で言いたいことを言い始める始末。

 それも、あらかじめ準備してあったかのような口上で、こちらの話になど聞く耳を持たない。

 何かおかしくないか? こいつらの目的は何だ?

 絶対に何かあるのだ。自称浪人がこれだけの数集まっていて、何もするつもりはなかった、ただの通りすがりの旅の者だと?

 宗一郎の視線が、ちらりとこちらに向いた。小十郎ではなく、更にその下座に控える大森の町の名主たちを横目で見たのだ。

 怒りが収まらない表情で、それでも辛抱して黙っている庄次郎とあとふたり。特に名主の熊谷治三郎は血まみれの凄惨な姿のまま、時折荒い鼻息を漏らしつつ歯を食いしばっている。

「通行手形は見せることが出来ぬ、荷改めも受け入れられぬ、挙句は、この町の年寄を弓で射て瀕死の重体に追い込んでおいて……何も知らぬと?」

 宗一郎は底冷えのする口調でそう言って、居直る武士たちに圧を掛ける。

 だがいかんせん、彼は若い。小十郎ほどではないが、ギリギリ少年と呼べてしまう年齢なのは見ればわかる。

 対する浪人風の男たちは皆、宗一郎の父、あるいは祖父ほどの年齢の者が多く、老練な男たちが甘く見てくるのは無理もなかった。

 ここにいる者たちは互いに見知らぬ他人、それぞれ別の関所を通ってこの国に来たと言い張っていて、それが通ると確信しているかのような口ぶりがいかにも不審だ。

 小十郎は押し問答が続く様子をしばらく見守っていたが、埒が明かない。むしろこれは時間稼ぎだろうと確信した。

 もう強硬手段をとってもいいのではないか。

 そして周辺に敵兵いないか、すぐにも確認するべきだろう。

 鉱山、あるいは大森の町を襲う予定なら、すでにその兵は近くまで来ているはずだ。

 小十郎は気配を殺して頭を下げた。名主たちの前を通って退出したが、騒ぐ浪人風武士たちは誰一人としてこちらを見なかった。

 前を通るとき、庄次郎が何かを言いたげな顔をした。頷くと、同じように腰を浮かせる。

 すり足で廊下を進むと、宗一郎が連れてきた者たちが警戒した様子でこちらを目で追ってきた。

 見慣れない色の備えを身にまとった男たちの手に握られているのは、見るからに重そうな、実用的な刀や槍だ。とてもではないが下級武士が持てるような武具ではない。

 いまいちこの状況がよく理解できず、一見味方に見える男たちが真にそうなのかさえ確信が持てない。

 監視するかのような視線を俯いてかわしつつ、足早に出口に向かった。

 借り上げた穀物問屋の離れの入口まで来たところで、ひと際立派な身なりの男と行き合った。丁度あちらは入ろうとしていて、小十郎は出ようとしていた。

 本能的に身構えてしまったのは、その視線が重く鋭く小十郎を見据えてきたからだ。

 小十郎は身についた仕草で脇により、頭を下げた。何事もなく男が前を通りすぎたので、ほっとする。

 そそくさと身を翻し、なおも複数の警戒の視線を浴びながら入口の土間に降りようとしたところで、声を掛けられた。

「大江殿」

 いくらか気を抜いていたこともあり、呼び止められて「ひっく」としゃっくりがこぼれた。

「は、はい」

「どちらに?」

「えっ、外の厠に……」

 つい嘘をついてしまった。こんなところで口にはできない、というのが正直なところだが、尋ねてきた男は小十郎がいかにも怯えた様子に見えたのか、あっさり信用した。

「まだ敵が身を潜めておらぬとは言えぬ。ご注意なされよ」

 武骨な口調だったが、年若い小十郎を気にかけての声掛けだとわかる。

「……あの」

 本当なら、出入り口に一番近いところにいる武士に声を掛ける予定だった。

 だが、丁度いいというか、この男なら信用できそうだ。

「時間稼ぎの気がします」

「なんだと?」

 訝し気な視線が返ってくる。

 小十郎は怯みそうになるのをこらえ、きょろりと周囲を見回して、思いのほか注目を浴びていることに気づいた。

 幸いにも近くには宗一郎が連れていた者たちと庄次郎しかいないが、誰かに聞かれていてもおかしくはないので、声を落とす。

「辻番所に木戸をしっかり閉ざしておくよう指示してきます」

 軽く咳ばらいをして、ぺこりともう一度頭を下げる。

「宗一郎殿に伝えてください。浪人たちは問答無用で鉱山に送ればよいと」

 主持ちではなく浪人だと言い張っているのだから、どこからも文句は出ないだろう。

 通行手形は見せることが出来ぬ、荷改めも受け入れられぬ。それはつまり、抜け荷の容疑をはらす気はないとみなしていいはずだ。

 居並ぶ草履から己のものを探しあてて腰を下ろした。

 足を突っ込んだ草履は、鼻緒がぐらついていた。直したいところだがそんな暇はない。

 小十郎は立ち上がり、上がり框のぶんさらに高い位置にある男を見上げた。

「……年寄殿を射た者は?」

「捕えた」

 はっきりとした声色で帰ってきた返答に、頷きを返し、やはり鼻緒の座りが悪いと足元に目を落とした。

「特に厳重に見張っていてください」

 目を離したら、山師一族の復讐の餌食になりかねない。

 それだけではなく、もしかすると偶然ではなく神屋を狙って殺そうとしたのなら、浪人たちの正体につながる何かがわかるかもしれない。

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― 新着の感想 ―
いやいや、小十郎くん優秀ですな! 思考も理論整然としてるし、考えたことを実行する行動する力もある。 ホントに元服してすぐの若造ですか? ほれる・:*+.(( °ω° ))/.:+
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