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銀喰ノ記  作者:
大森の町
25/86

4-5 宿場通り1

 時は戦国。そう言われて随分になる。

 応仁の乱から八十年を越え、今なお日ノ本全土で戦乱が絶えない。

 だからこそ、市井に生きる者たちにも危機意識があった。

 いつか自分たちの住む町にも戦火が押し寄せるかもしれない。そうなった場合どうするのか。

 肥大し続ける町を守る年寄や名主たちは、常にそのことを考えていたのだと思う。

 小十郎の、いや庄次郎の呼びかけに応じ、一刻どころか四半刻ほどで主だった男たちが集まってきた。

「大江様」

 初対面ではないが、会うときにはいつも緊張してしまう町年寄の神屋は、六十を越えてまだ現役の山師だ。

 山師と聞けば、鉱脈を探して津々浦々を放浪する怪しげな奴らを想像するが、石見にいる山師たちは違う。いや鉱脈を探す専門家ではあるのだろうか、それだけではなく、自らの山、自らの坑道を持ち、莫大な財と力を築き上げた存在でもあった。

 つまり、下手な小国の国人領主よりずっと力を持つ存在なのだ。

 小十郎の前で丁寧に頭を下げた白髪の男は、そんな複数ある山師の一族の代表格であり、大森の町の年寄職でもあった。

 鉱夫を入れて六千を越える町人たちの代表だ。木っ端役人の小十郎に頭を下げるいわれはない。特に、幼いころから町中で走り回っていた小僧なわけだし。

 頭を下げられて焦ったが、両手を上げたところで周囲の男たちの視線に気づいた。

 そうか。かつての小僧ではなく、役人の大江小十郎としてここにいるのだ。

「厄介なことになっとるようで」

 神屋はどっしりと太い声でそう言って、遠目に見える宿場通りに目を細めた。

 その背後には、筋骨隆々の山の男たちが、手に刀や槍、ある者はつるはしを握って立っている。斧を持っている者もいる。身なりは様々だが、ほとんどが軽装ながらも防具を身に着け、物々しい雰囲気だった。

 見慣れている屈強な奴らのはずなのに、漂う異様な雰囲気に腰が引けた。

 小十郎はごくりと喉を鳴らし、怯えを飲み込んだ。怖いなどと言っている場合ではない。

「神屋殿」

 しまった。声がひっくり返った。

 だが笑い声をあげる者は誰もおらず、眼光鋭い神屋の目がこちらを向いた。

 口の中がカラカラに乾き、何を言っても震えそうだったが、相手が小十郎の返答を待ってくれているので、数回唾を飲み込んで息を整えた。

「……まずは話し合いからです」

 今度は普通の声が出た。

 神屋はじろりと小十郎を見据え、腹に響くような声で言った。

「何を話し合うと?」

「太助が切られました」

 ざわり、とその場の空気が揺れた。

 おそらく神屋は知っていただろうが、集まっている男衆に周知はしていなかったようだ。

 今でこそこれほどの規模を誇るが、かつては小さな集落だった。だから主だった者には、小十郎のいう太助がどの太助かすぐに分かったのだろう。

 太助は旅籠屋を営んでいる。そして武士たちが宿場を占領しているという非常事態。

 誰もがそれを関連付けるのは無理はないし、間違ってもいない。

 だが、小十郎は手を上げてその騒ぎを制した。

「こちらから先だって、荒事にするべきではありません」

 一度滑り出せば、小十郎の口は早口で回った。

「何を言うっ」

 神屋の隣で、腕組みをした名主のひとりが声を上げる。

「あんな奴ら、まとめて始末するか追い出すかすりゃあいい!」

「もし尼子家の影共なら?」

 本城の殿の策のうちである可能性は口にはしない。

「あるいは、毛利の尖兵なら?」

 小十郎の、普段より早い言葉繰りに、ざわついていた男たちが一気に口を閉ざした。

 ひんやりした夜の空気が、場をさらった。


「遅くに悪ぃな! 店主はいるかい」

 けたたましく入口の木戸を叩く音と同時に、威勢のいい声が、宿場通りのあちこちから響いた。

 一斉に大勢が詰めかけたので、おそらくは警戒していただろう武士たちも対応に迷ったと思う。

 夜間なので木戸が閉められていたが、どの宿もドンドン激しく叩くとつっかえ棒が外され、中から顔がのぞいた。

 神屋と並んで通りに立っていた小十郎は、その多くが店の者ではなく、帯刀した武士だということを見て取った。

 ぎゅっとみぞおちのあたりに力がこもる。

 宿の中では、すでに取り返しのつかない事態になっているのかもしれない。そんな恐怖に血の気が引く。

「あれっ、お武家様じゃぁありませんか。ここの店主は?」

 なかなか芝居がうまい男たちが、三軒となりにまで聞こえるほどの声量でそう問いかけている。

「いやね、いま抜け荷をした連中を追っておりましてね。宿改め中なんでさぁ」

 まったく何も気づいていませんよ、という感じの大声。それをどこもかしこもやるものだから、静まり返っていた通りが一気に騒がしくなった。

「なんだお主ら!」

「夜廻り組でさぁ。ちょーっとすんません」

「待て! 勝手に入るな‼」

「あいや、お武家様には関りございませんよ。抜け荷を請け負う商人を探しておりまして……店主はどこでしょう?」

 お願い、頼む。小十郎は心の中で懇願しながら、ぎゅっと手を握った。

 尼子の影共であってくれ。味方の策の一部であってくれ。

 そんな祈りはかなわなかった。

 けたたましく起こった女の悲鳴が、夜の通りに響き渡ったのだ。

 小十郎だけではなく、その場にいた者全員が一斉に身構えたと思う。

「ついてこい!」

 名主が血相を変えて叫び、走り出した。

 根っからの下っ端気質の小十郎は、配下の男衆に向けたその言葉に従って後に続こうとしたのだが……神屋にぐっと腕を掴まれてその場にとどまった。

「大将はどんと構えておるものです」

 太く朗々とした声色で、本物の侍大将っぽく言われたが、そもそも小十郎には己がそうだという認識がなかった。

 引き留められたので足を止め、年長者の言葉の意味を一瞬考えて、「えっ」とのけ反る。

「神屋の旦那!」

 走って行った名主が呼ぶ声がした。

 再び女の悲鳴がした。今度は複数だ。

 同時に、バタバタと走る音。男たちの怒声。戸を蹴破るような音。

 駄目だ。とてもじゃないが、じっとしていられない。

 ふっと、神屋の手が緩んだ。最初は、引き留める手がなくなったから前に進もうとした。

 だが何故か足が止まった。本能的に身をよじり、振り返る。

 松明を掲げた男衆と目が合った。互いに何を見ているのか、理解していなかったと思う。

 血しぶきが上がった。

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― 新着の感想 ―
わー、わー、わー。 た、大変です!流血です!どうなってしまうのでしょうか。 小十郎くん、大将ポジションの自覚なかったんですね。 うん、どんどん巻き込まれていって下さい!
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