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銀喰ノ記  作者:
仙ノ山
16/86

3-3 取り調べ

 小十郎は牢から出された。残念ながら、釈放されたわけではない。根津様からの取り調べを受けるべく、別室に連れていかれたのだ。

 まるっきり罪人の扱いで、少しでも足を緩めれば後ろから突かれそうな剣幕だった。

「す、すみません」

 危うく顔から転びそうになったが、腕を掴まれてほっとした。

「なにしとるか! のろまな奴め」

「……はい」

 それは自覚している。身体の大きさ云々の話ではなく、そもそも不器用で要領が悪いのだ。

 激しい舌打ちに追い立てられながら、小十郎はしおしおと顔を伏せ、素直についていった。


 牢の続きになった所に、尋問の為の部屋がある。

 お世辞にもきれいだとは言えない。あちこちに血の染みと思われるものがこびりつき、室内に漂う臭いも、生理的に不快に感じる生臭いものだ。

 小十郎は心底震え上がったが、その部屋は素通りした。そして、出口に近い所にある、明るく陽が差し込む一角に連れていかれた。

 示された部屋を覗き込むと、根津様が先に待っていて、文机に置かれた冊子をめくっている。

 それほど広い部屋ではないので、小十郎の位置からも、何を見ているのかはっきりとわかった。

 鉱山の地図だ!

 頑張って無表情を保つ。

「まあ座れ」

 にこりと笑う根津様は、表面上は非常に朗らかで、威張ったところのないお方だ。

 尼子家で目付という大役を担っておられるぐらいだから、「朗らか」とか「親し気」というのは、きっと表面のごく一部なのだろう。いやむしろ、そういったところから相手の警戒心を緩め、ことの真偽を見極めているに違いない。

 小十郎はますます委縮した。

「そのように気負わずともよい。佐倉もな、物騒なものは下げよ。まともに話もできぬ」

「ご冗談を」

 佐倉と呼ばれた槍男が、ドン、と槍の柄を床に打ち付けて鳴らした。

「殿の御身に万が一のことがあってはなりませぬ」

「万が一なぁ」

 ふたりの視線が、入口のところで小さくなっている小十郎に向く。

 誰がどう見ても、根津様に危害を加える力量などないとわかるはずだ。否定はしない。いやそもそも、そんな大それたことをするつもりもない。

 しばらくの沈黙が流れた後、根津様は半笑いの表情で咳払いした。

「それほど心配なら、そこにおればよい」

 佐倉は再び、ドン! と槍の柄を床についた。

 その音で首を竦めた小十郎を見て、根津様は改まったように表情を引き締めた。

「……さて、はじめようかの」


 そこでの尋問の内容を、事細かに覚えてはいない。思い出そうとしても、一瞬一瞬が走馬灯のように過るだけだ。

 小十郎がとったのは、疑惑の種を別のところになすりつける作戦だった。

 「黙っていろ」と言われても、何を? もっとはっきりと指示してくれないとわからない。

 隠し坑道の事か? 崩落事故のことか? それが炮烙玉による人為的なものだということか?

 ほかならぬ目代様が現場にいらしているのだ、事故が起こったことは隠しようがない。実際あの場には、腐敗臭のようなにおいが残っていたのだし。

 もちろん、「黙っていろ」という指示だったのだから、小十郎は尋ねられても当たり前の返答しかしなかった。

 知らないことは知らない。わからないことはわからない。推測? いや仕官二日目の新人に何を推測しろと?

 小十郎に疑いの目を向けていた佐倉でさえ、「仕官二日目」という事実にパカリと口を開けて驚愕の表情になった。

 だって本当のことだ。本当に本当。本当にあった出来事しか話していない。

 ――不都合なことは黙っているけど。

 それまで矢継ぎ早に質問を繰り返していた根津様が、不意に押し黙った。

「……炮烙玉か」

 そしてたっぷりの沈黙の末に呟いたその言葉に、若輩者がつたないながらも仕掛けた罠に、目の前の老練な男が引っ掛かってくれたのがわかった。

 いや、引っ掛かったふりをしてくれた、というのが正しいかもしれない。

 小十郎にはその判断はつかなかった。だがしかし、話の流れは望む方に向かっている。

 そう、本城家が被害者の立場に立てる唯一……それが焙烙玉だ。焙烙玉を仕掛けられ、甚大な被害を被ったのは事実であり、それは本城家に対する明確な敵対行為と言えるだろう。

 小十郎にできるのは、そのことを前面に押し出すことだけだった。

「おぬしは、福屋が仙ノ山の利権を奪おうとしていると申すのだな?」

「えっ、違います」

 怖いよこの人、小十郎は一言もそんなことは言っていない。

 ただ、「詰め所があんなことになったのは、火をつけられたからに違いない」と言っただけだ。実際、兵の詰め所に仕掛けられていた火薬が爆ぜたのは、それが原因だと思うし。

 福屋の「ふ」の字も出していないのに、どうしてそこに行きついた?

「だが、そう感じたのだろう?」

「某がどう感じたかですか?」

 あぶない。言質を取られてはいけない。

 言葉を選んでいると思われてもいけないから、考える間もなく即答だ。

「ただの火事ではないと感じはしました」

 詰め所の燃え跡から焙烙玉が出てくれば、本城家に敵対する何者かがそれを仕掛けたのだと考えるのは自然なことだ。

 だが根津様は何故、それと福屋氏を結び付けた? もう何年も仙ノ山を狙ってきている毛利や大内ではなく?

 やはり尼子の査察が時季外れに訪れたのには、理由があるのだ。

 小十郎にはあずかり知らない何か、本城家か福屋家にとって、致命的にもなり得る何かが。

 尋問は、それほど長い時間ではなかったと思う。肝心なところは話さずに済んだとも思う。

 だが、根津様の中にあった疑惑が確信に至ったのがわかる。

 すまない福屋家。……後ろ暗いことがないなら大丈夫だよな?

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― 新着の感想 ―
不器用で要領が悪いちっこいのがちょっと偉い人に尋問される回。痛いことされなくて良かったですね!いやいや、そんなの見たいとか言ってませんよ?
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