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銀喰ノ記  作者:
仙ノ山
14/86

3-1 奉行所の牢1

 何が起こっている?

 小十郎は冷たい石床の上に座り込んで、呆然と太い木格子を見つめた。

 こんなところに入れられるような罪を犯した覚えはない。

 だが現実問題として、小十郎は鉱山奉行所の牢に入れられ、厳重に見張られていた。

 どうしてこんなことになっているのだと、これまでを思い返してみる。

 しかし鉱山に立ち入ったのは昨日が初めてだ。出仕二日目の新人に何ができるというのか。

 薬屋に行ったこととか、医者を連れ込んだこととか、そのあたりにしか心当たりがないが、まさかその程度で牢に入れるほどの罪になるとは思えない。

 まさか……間者だと思われている?

 ふと脳裏にかすめたのは、昨日ものすごい形相で追いかけてきた男のことだ。小十郎はあの男こそが間者の類だと思っていたが、違うのか?

 やはり勘違いされている。あるいは……誰かが意図してそう仕向けたのだろうか。

「小十郎」

 こそっと声を掛けられて、顔を上げる。

 湿った臭いのする牢内には小さな明り取りしかなく、誰かが近づいてきたことすら気づかなかった。だが声で宗一郎だとわかる。

「握り飯と水だ。今すぐ食え。見つかったらまずい」

 小十郎の太ももよりも太い格子木の間から、水入れの竹筒と、笹にくるまれた握り飯が差し込まれた。

 考え込みすぎて時間の感覚がわからなくなっていた。今何刻だろう。

 急に強い喉の渇きと空腹を覚えた。

 おずおずと手を伸ばそうとしたところで、宗一郎がこそこそと早口で言った。

「いいか、よく聞け。上は過失による失火にしたいらしい」

「……えっ」

「ワシが尼子の目代様に申し開きをしてやる。絶対に悪いようにはせぬ。故に口をつぐんでいろ」

 目代様? それって鉱山奉行の左近将監様どころか、本城の殿よりも上の人じゃないか?

 小十郎は、さあっと血の気を引かせた。不意に、よくない想像をしてしまったからだ。

「ま、まさか隠し坑道というのは」

 本城家が、尼子に対して秘密にしている坑道なのか?

「……しっ」

 黙るようにと人差し指を立てられ、小十郎は臆して息を詰めた。

 最後まで言葉にすることができなかった問いが、まるで固形物であるかのようにカラカラの喉につっかえる。

 農民は領主に年貢を納める。同様に本城家は、尼子家に対して税として銀を治めている。

 それは、その年の採掘量に対しての割合だ。採掘量が多ければそれだけ増える。つまり……。

 小十郎は、不規則に脈打つ胸の上に手を置いた。

 とんでもないことに巻き込まれてしまった。主家の暗部に触れたのか? だからこんなところに押し込められた?

「とにかく食え。食わねば持たぬ」

 どうすればいいのかわからず強い恐怖に苛まれていると、宗一郎が先ほどより強い口調で言った。

「絶対にここから出してやるから、耐えろ」

 縋り付くように見上げた先に、ぼんやりと整った顔が見える。

小十郎はとっさに、「助けて」と口にしそうになった。

 だが冷静に考えると、宗一郎もまだ若い武士だ。事情がありそうではあったが、同じ新人役人には違いない。

 差し入れに来てくれただけでも、彼にとっては大きな決断だ。下手をしたら、小十郎と同じ立場になりかねない。

「……こんなところに来て大丈夫なんですか」

 声が情けなく震えていたが、宗一郎は聞こえないふりをしてくれた。

「大丈夫だ。知り合いに頼んだ」

「すみません」

「何を言う。ワシがそなたを詰め所に置き去りにしたのだ」

 もっとうまくできたはず。宗一郎はそう呟く。だが宗一郎がいたとしても、焙烙玉の爆発を何とかできたとは思えない。

 続けて問われた。

「組頭の幸田がどうしているかわかるか?」

「ああ、それは」

 乾いた喉を潤しながら返事をしかけて、そう聞くという事は、幸田がまだ石銀方面から戻っていないのだと気付いた。

「……枝野から聞いてはおりませんか? 後続で二名を探しに向かわせたのですが」

「枝野の話にはいまいち信頼がおけぬ。幸田はまことに石銀に行ったのか?」

「鉱夫たちを広場に集めるために、五組にわけて数人を走らせました。そのあと、詰め所が大きく揺れ、昨日のように砂煙が充満したので、また崩落事故が起こったのかと様子を見に……」

 小十郎がそこまで言ったところで、二人そろって牢の入口の方へ目を向けた。明らかな足音が聞こえてきたからだ。

「瀬川様、尼子家の目付役様がいらっしゃいます」

 こちらに駆け寄ってきたのは、槍を手にした牢番らしき男だった。

「すぐか?」

「いまこちらに向かわれています」

 宗一郎は舌打ちした。基本的に牢へ向かう出入り口はひとつだ。このままだと鉢合わせしてしまう。

「……行ってください」

 本当は心細くて恐ろしかったが、宗一郎を巻き込むわけにはいかない。

 小十郎が意を決してそう言うと、宗一郎は「だが」と呟き躊躇う様子だったが、牢番に急かされて立ち上がった。

「いいか、何も言うな。いや、隠し坑道の話はするな。もしそのことを知っていると気付かれたら、口封じされるやもしれぬ」

 それを聞いた瞬間に、ぞっと背筋が震えた。

 それは尼子家からか? いや違う。上役たち……本城家からの口封じだ。

 忠告してくれた宗一郎に、引きつった顔で「はい」と答えて、小十郎は握りしめていた竹筒と膝先に置かれた笹包みを返した。差し入れがあったことを知られるのはまずいからだ。

 まだ喉は乾いていたが、空腹はどこかに行っていた。

 これからどうなってしまうのかという恐怖に、血の気が下がり、指が細かく震える。

「五郎左に話を聞いてください」

 去り際、ギリギリで思い出したことを口にすると、宗一郎は一度だけ振り返った。

 だがそのまま、何も答えず行ってしまった。

尼子奉行衆……国会議員

目代……地方知事

目付……警察・監察官

ここまでが尼子側、中央役人のようなイメージ

山吹城主は軍事・日常運営の現地トップ。市長?

その弟が務める鉱山奉行はその下の位置づけです。公団とか、地方の警察署とか?


1560年ごろ、銀山は山吹城主+尼子家からの監査役で監督されていました

監査が来るたびに、本城兄弟は“尼子中央”への献銀や軍事貢納を示さなければならりません

尼子にとっても、石見の銀は重要な資金源なので、不正がないか、他国にちょっかい掛けられていないか、常に目をひからせていたかと思います

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― 新着の感想 ―
あとがきの解説、ありがとうございます。 わかりやすい役職現代置換、イメージしやすくなりました! 宗一郎くん、何者なんすかね? いいとこのボン? 小十郎くんは新入社2日目で牢屋行き…。波乱万丈の社会人…
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