2-7 崩落再び? 4
手が足りないなら作ればいい。小十郎の考えは極めて単純なものだ。
広場に集められた人数は、おそらくだが千人を越える。もっといるかもしれない。
これだけの手があれば、探し物も容易だろう。
「そうか、おおよそ坑道から出た後だったか」
「……へぃ」
くぐもった低い声でそう返答するのは、五郎左だ。まだこちらを警戒している様子だが、話を聞いてはくれている。
今朝の崩落は、鉱夫たちに集まるようにと指示が来た後だったそうで、すでに坑道内に人はほとんどいなかったそうだ。まだ早朝で、深くまで潜っている者がいないのも幸いした。
よかった。ほんとうによかった。
まだ何も解決していないが、大きな難所を越えた気がした。
「見ろ。わかるか? 燃え残った棚の奥に藁の包みがあるだろう」
五郎左と、あと二人ほどの鉱夫が首を伸ばして小十郎が示す場所に目を凝らした。
「ああいう風に藁で包んである。中には油紙でくるまれた焙烙玉があるだろう」
「それを探せばよろしいんで」
「そうだ。探すだけで触れるな。触れただけで爆ぜるようなものではないが、用心はしておくべきだ」
ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ。
「は、爆ぜるんで?」
「あそこにある包みは、濡れた故に火が付かなかった。乾いたまま火種に触れれば、そのほうらも見たであろう、昨日や今朝のようなことになる」
詳しいことは聞かないでほしい。小十郎とてまた聞きだ。
「濡らせば爆ぜないのだろうが、確実とは言えない。油紙などで包まれているだろうし」
小十郎は複雑な表情を浮かべている鉱夫たちを振り返り、今にも屋根が落ちそうな場所から出るよう促した。
「おそらくまだ他にも隠されているのではないかと疑っている」
枝野は、屋根がある場所だろうと推測していたが、たとえば厳重に箱詰めされていたら、雨が当たりにくい木陰や岩の隙間などもあり得ると思う。
「焙烙玉を爆ぜさせるには、火をつける必要がある」
用心深く足元を見ながら小声でささやく。小十郎はあえて顔をあげなかった。
「これ以上死なせたくないなら、仲間の動きに注意を払うことだ」
炭と化した床板を踏むと、もろく割れる音がする。あれだけしっかりした建屋だったのに、もはや見る影もない。
帳方の詰め所は爆発というよりも延焼だが、隣の兵方に面した壁が大破していることからも、焙烙玉の威力がすさまじいものだったとわかる。
「……探すだけでよろしいんで?」
五郎左に更に問われ、足を止めた。
小十郎はぐるりと振り返り、黒ずんだ肌の偉丈夫たちを見上げる。
この状態で事態が収束してしまうと、例えば銀を運び出すことは難しい。ならば、更なる混乱のために、隠してある焙烙玉があるならそれに火をつけようとするはずだ。
「火をつけさせねば爆ぜぬ」
そう、爆発させるためにはまず火をつけなければならない。焙烙玉は、ただそこにあるだけでは爆ぜたりはしないからだ。
小十郎の言葉を聞いて、五郎左の黒々とした獣の目がすうっと細まった。
微妙な言い回しだが伝わっただろうか。
あとはそれをどう判断してくれるかだが……頭たる五郎左に任せるしかない。
それから更に半刻ほどして、ようやく事態が動いた。
山道をずらずらと登ってくる物々しい武装の兵たち。それは関所周辺を守っていた者たちだ。その数はおおよそ五十人ほど。いや、もっといる。
その頼もしい姿に、小十郎の口から深い安堵の息がこぼれた。これで諸々のことに片が付く。
先頭にいるのは竹内だ。並んで歩いているのはその上役の樋口様か。
いや、もっと後ろに、立派な身なりの武士がいる。見たことがない顔だ。
その人物は、前日に紹介を受けた上役たちよりも明らかに身分が上だった。
もしかして、鉱山奉行である左近将監様か? 左近将監様なら本城の殿のご実弟だ。
曲がりくねった山道のもっと先に、更に大勢の兵の姿が見えてきた。
おかしい。関所や奉行所、大森の町にいる兵を含めたとしても、そんな数にはならない。山吹城の兵も連れてきている? ……いや。
理由はすぐに分かった。仰々しく立てられた中旗の家紋が、本城家ものではなかったからだ。
紺地に白抜きで平四ツ目……本城の殿がお仕えしている尼子家の家紋だ。
黒笠の足軽がおおよそ五十。その後ろにもっと身分が高そうな武士が十数名。さらに後方から、目を引く立派な陣笠に、白茶の陣羽織姿の武士が姿を見せた。
近づいてその姿がはっきり見えてくると、小十郎は安堵より不安を感じて背筋を震わせた。
遠目でもわかる。ものすごく渋い、あるいは母上の梅干しを頬張った時の父のような顔をしている。それが略式とはいえ武装をして山道を登ってきたことへの不服ならいいが……違うだろう。
「大江っ!」
ものすごい怒声を浴びせられ、ひゅっと息が詰まった。
「そこへ倣え‼」
竹内の顔は真っ赤だった。山道を速足で登ってきた為ではなく、あきらかに怒っている。
え? なんで?
そう思った瞬間、強く肩を押されてその場で尻餅をついた。
「あっ」と誰かが声をあげた。
それは小十郎の先輩たる役人たちではなく、どことなく遠巻きな兵たちでもない。広場に集められていた、名も知らぬ大勢の鉱夫や手子たちだった。
訳が分からないうちに胸ぐらをつかまれ、反射的に奥歯を食いしばった。
襟をつかまれたまま、馬乗りになられ、数発拳をふるわれた。
だがなんというか……うん。へろへろ拳の竹内の一打は、細腕の母の拳骨よりもたいしたことがなかった。
どうしよう、痛がるべき? いや、痛くないわけではない。殴られるよりも、揺さぶられた後頭部が地面にぶつかることのほうが痛いけど。
赤黒く染まった竹内の顔が、鼻先に噛みつかれそうなほどぐっと寄る。
「……頷け」
歯の隙間からこぼれる息で、そう囁かれた。
「いいから頷けっ」
「竹内殿!」
どういう意味かと聞き返す間もなく、一見ひどい暴行現場に見えるに違いない状況を、宗一郎が止めに入った。
「まだ詮議が終わっておりませぬ!」
宗一郎ともう一人の役人の手で引き離され、小十郎はそこでようやく、自身に向けられた無数の槍先に気づいた。